(また脱ぎ散らかしている……)
チェズレイはソファの背もたれに掛かっている黄色の羽織を見つけて嘆息した。同道して半年経つが、モクマのずぼら癖は直りそうになかった。彼基準で綺麗を保とうとする努力は垣間見えるものの、チェズレイ基準では1日以上同じ服を洗濯しないまま着続けるなどあり得ない。
この羽織もいつから洗っていないのか。今日1日外出した気配がないのに土埃の付いているそれをチェズレイはつまみ上げた。
カラン……――
「…………は?」
足元に転がってきたものを見て思わず声をあげる。使い古しの短くなった黒い鉛筆だ。
どこから来たのかと不思議に思い身を屈めると、もうひとつカラカラと音がした。羽織の裾から飛び出たそれがフローリングの床に叩きつけられて跳ねる様子を見てしまった。
チェズレイは絶句した。
恐る恐るモクマの羽織を逆さに振る。
カンカンカン、カラカラカラ。
打ち出の小槌のように尖った鉛筆が次から次へと出てくる。その数、8本。どれもが使いかけで小さくなった黒鉛筆だった。
「チェ〜ズレイ、なにしてんの?……ハッ!」
背後からスキップしてやってきたモクマへ振り返る。ゆっくりと首を回し、髪を広げ、不愉快を露わにすると、モクマは口に手を当てて「はわわ」とおののいた。
逃げを打たれる前にチェズレイは先制攻撃を開始する。
「モクマさァん……、こちらはゴミ入れでしょうかァ?」
「人の羽織を捕まえてなんてひどいことを。そいつ、まだ下ろしたてピチピチよ?現役選手よ」
だからなんだ。チェズレイは蔑む視線を送る。
「羽織から出てきたたくさんの鉛筆は何のためのものですか。ここまで小さくなればシャープナーにも入らないでしょう」
足元に散らばった鉛筆は親指よりも短い。筆記には向かないだろう。
「そこはほら、カッターで削ればまだ使えるし。焙烙の割れも三年置けば役に立つって言うじゃない。そいつもいつかは役に立つかなあって、ね」
「例えば」
「た、例えば? えーと……、うーんと……」
頭を悩ますモクマへチェズレイはため息を吐く。羽織を摘んで洗濯機へ投げ入れた。
「洗濯はしておきますから、鉛筆たちを片してください」
「合点承知の助!」
追求を免れた嬉しさからかモクマは威勢よく敬礼ポーズを取った。
そんな会話をしたのが、ちょうど2週間前――
チェズレイはモクマと共に敵対組織の構成員たちに追いかけられていた。買い物デートへ出かけたところをつけられたのだ。
まこうにも土地勘に長けた複数人相手を惑わすにはこちらの分が悪い。徐々に包囲網を築かれ追い詰められていく気配だけは濃厚に感じ取った。
真正面からやり合うしかないか。
そう思った時、曲がり角で黒づくめの構成員と相対する。ぶつかる寸前に腰をねじり、飛び退る。
「どわっ!」
チェズレイの隣で同じ動きを取ったモクマが短く悲鳴を上げた。
ふわり揺れた羽織からバラバラと飛び散るのは短い鉛筆たち。
(まだ持っていたのか)
呆れた矢先、チェズレイたちを追いかけていた構成員がすっ転んだ。モクマの羽織から転がってきた小さな鉛筆を意図せず踏んづけて足元を滑べらせたのだ。
「……!」
包囲網の一辺が崩れたすきを見逃すはずもない。
モクマが旋回し、すれ違い様、構成員を殴り倒す。抜け道が出来たところをモクマが走り抜け、その背中をチェズレイが追いかける。
しばらく走ったところでモクマとチェズレイは足を止めた。追ってくる気配はない。無事に追跡から逃れられたようだ。
ほっと息を吐いたチェズレイは隣に立つモクマへ首を向けた。モクマは得意げに笑っていた。
「…………なんです、そのしまりのない顔」
「えへへ。ちびた鉛筆も捨てたもんじゃないだろ?」
モクマの台詞に数週間前のやりとりを思い出す。
チェズレイは興奮のあまりペロリと舌を出した。
「モクマさァん……」
「え、それどんな感情」
後日、チェズレイは褒賞として鉛筆セットをモクマへ贈った。
モクマからは「こんな高級な鉛筆使えないよ〜」とのお言葉をもらうのだった。