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    spring10152

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    spring10152

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    藤花さまとちづるちゃんの水族館デート

    水の生き物「千鶴、明日予定が無ければどこか出掛けようか」

     夏休みの間ずっと家に独りで退屈だっただろう。土曜日の夕飯の後、母が食器を洗う音を聞きながらリビングのソファーにうつ伏せに寝転び、気怠げにスマホの画面を眺めていた千鶴に父が声をかけた。
     普段共働きで忙しく、千鶴を気に掛ける暇のない親のいつものご機嫌取りだ、と千鶴は小さな画面の中に流れる動画を見る姿勢を変えることなく「んー」と気の無い返事をする。
     親と出掛けることが嫌いなわけではないが、疲れているのに休日を返上して遊びに連れ出してやっているのだ、という雰囲気が隠し切れていないのを千鶴はいつも感じており、家族3人で出掛けるのは特別好きなわけでもなかった。
     友達を連れて行けるのなら存分に楽しめるだろうが、友達との予定を取り付けられなかったから明日は予定が無いのだ。

    「どこ行くの」

     親の方からこうして出掛ける日の直前に申し出てくる時の行き先はどこでもいいわけではないのだ。出来るだけ移動に手間が掛からず、費用もそこまで掛からない所でなければいけない。突然夢の国に行きたいなどと言っても却下されてしまう。

    「どこでもいいよ」

     それなのに、千鶴の為に出掛けるという体なので、行き先の決定権は千鶴に握らされる。どこでもよくないのにどこでもいい、と言われるのが一番面倒で困るのだ。
     しかし家に居ても退屈なのは事実だ。出掛けた方がまだマシだと考え、明日突然気軽に出掛けられそうな場所はないだろうかと、動画を一時停止して検索画面を出し、慣れた手つきで『休日 お出かけ』とフリック入力して一番上に出てきたページをタップする。
     そのページを流し見していると、『水族館』という文字に目が留まった。
     そういえば、この前珍しく藤花さまがながら見ではなくちゃんとテレビを見ていて、何事にも無関心な彼女が特別興味を持つなんてどんなに面白い番組なのだろうと覗き込んだら、海中の生物が自由に泳ぎ回っている様を優雅な音楽と共に流し続けるものだったということがふと思い出された。
     
    「水族館行きたい。藤花さまも誘っていい?」

     水族館くらいなら却下されないだろうと、返事を待つことなく近所の水族館を調べながら問うと、父は一瞬渋い顔をしたが、「失礼の無いように。藤花様のご予定を優先するんだよ」と条件をつけて首を縦に振った。
     
     行きたい水族館に目星をつけると、藤花さまのお世話をしている家の子である、従兄弟のスマホに電話を掛ける。藤花さまもスマホは持っているが、電話を掛けても基本的に出ないので取り次いでもらう為だ。
     藤花さまはいつでも無感情なので、顔が見えないと余計に感情が分からないが、明日水族館へ行こうという提案を彼女はすんなり了承した。迎えに行く時間を告げて通話を終えると、千鶴は無意識に口元を緩ませていた。

     翌日、身支度を済ませて約束した時間に藤の社へ藤花さまを迎えに行く。彼女も準備を済ませており、普段の巫女装束ではなく見た目相応の洋服を着て家から出てきた。
     千鶴が車に乗り込む反対側で父が後部座席のドアを開けて藤花さまが乗り込むのを確認すると丁寧に閉めて運転席に乗り込み、発進する。
     
     水族館へ到着し、入館するとチケットと共に渡されたリーフレットを広げて展示内容の確認をする。
     
     「今は何時か」

     一緒にリーフレットを覗き込んでいた藤花さまが顔を上げて両親に問うと、父が素早くスマホを取り出し、ロック画面の時刻を見せながら口でも読み上げる。それを聞くと藤花さまは再び千鶴が広げているリーフレットに視線を落として「先にこれを見に行く」と、指差した所に書かれていたのはイルカショーだった。
     開始時間より少し早く会場に訪れると、まだ他の観客はあまり来ておらず、席を好きに選べる状態だった。藤花さまは「どこが一番見応えがあるのか」と問うので千鶴が一番前と答えると、すかさず千鶴の母が「藤花様、あまり近いと水が掛かりますよ」と真ん中辺りの席を勧める。
     しかし藤花さまは「多少はよい」と千鶴が選んだ席に座った。
     ショーが始まると、イルカが見事に芸を披露する度に周りから歓声が上がり、千鶴もその例に漏れなく手を叩いて喜んだ。目の前で派手にイルカが飛び上がった時には、水に戻っていく際に大きな飛沫を立てた為、想定していたよりも水を被ることになった。それを見た千鶴の母は慌てて藤花さまにハンカチを差し出すが、受け取りながらも藤花さまはじっとイルカを見ていた。
     
     「良い見せ物であった」

     ショーが終わると、藤花さまを水で濡らしてしまったことに怯える両親に気付きもせず凄かったですね!と感想を共有しようとする千鶴の言葉に藤花さまは小さく頷いた。水に濡れたことは気にしていないようで、顔に掛かった水を拭き取ったハンカチを何も言わず千鶴の母に返していた。
     その後は入り口付近まで戻り、順路に沿って水槽を眺めて回った。藤花さまは人だかりを避けて空いている水槽ばかり眺めていたが、唯一タッチプールだけには吸い寄せられるように近寄っていき、列に並ぶので千鶴もそれに倣った。
     ようやく二人の番になり、水槽の前までやってくると藤花さまはそろりと水に手を浸し、じっとしていて大人しいネコザメの背を撫で、その手触りを堪能する。「ザラザラしてる」という千鶴の呟きに「珍妙な質感だ」と同意しながらいつまでも触っていたが、後ろで千鶴よりも幼い子供が「まだー?」と親に文句を言う声に振り向き、列が続いているのを見ると名残惜しそうに手を引いて次に場所を譲った。

     展示を見るのに疲れてくる辺りを計算された位置に丁度現れた売店を見ると、千鶴が「何か食べたい」と父の手を引いて立ち寄っていく。藤花さまも一休みしたいと思っていた所らしく、特に何も言わずにレジの横のガラスケースの中に並べられた、海の生物を模したパンをしげしげと眺めている。

    「藤花様、何か召し上がりますか」
    「このクラゲと適当な飲み物を」

     千鶴がメニューを選んでいる間に千鶴の母が藤花さまに声を掛けると、藤花さまはガラスケースの真ん中に陣取っているクラゲの形をしたパンを指差す。飲み物にはこだわりがないらしく、どれでもよさそうにレジの上のパネルに掲示されたメニューを見上げている。

    「藤花さまクラゲ好きなんですか?クラゲのジュースありますよ」

     藤花さまの注文を聞いていた千鶴が指差したのはソーダの中にカラフルなゼリーの入ったものだった。その写真を見た藤花さまは「それにしよう」と頷くので、千鶴の両親が合流して全員分の注文と支払いをまとめて済ませる。
     注文した品がテーブルに揃うと、千鶴は「かわい〜」とスマホを取り出し、ゼリーの入ったソーダを色んな角度から撮影し始める。藤花さまはそれに構うことなくクラゲのパンを手に取り、顔やら裏側やらを観察すると気が済んだと言わんばかりに足をむしり取って口へ運ぶ。

     休憩を終えて歩き出すと様々な種のクラゲが並ぶ大きなスペースに出た。藤花さまは元々歩くのがゆっくりだが、ここに来るとより一層その歩みが遅くなった。ゆっくりゆっくり歩いて展示を一周すると、気に入ったらしい水槽の前に戻っていく。千鶴は感情のある動きをする藤花さまを物珍しそうに眺めながらそれについて回る。
     じっとミズクラゲを見つめる藤花さまに、「写真撮ったらいいんじゃないですか?スマホ持ってきてます?」と千鶴が声を掛けると、藤花さまは滅多に出さないが外出時にいつも財布を入れている肩掛けの小さな鞄を漁るとスマホを取り出してパシャリと1枚写真を撮った。
     しかし気に入らない様子で、「お前が撮れ」とスマホを千鶴に手渡す。千鶴は標準装備のカメラアプリしか入っていない殺風景なホーム画面を見て唸る。

    「私のスマホでフィルターかけて撮った方がきれいに撮れます。後で写真送りますから、LINE教えてください」

    と、藤花さまにスマホを返し、自分のスマホでフィルターの種類が豊富なカメラアプリを起動してクラゲの写真を撮って藤花さまに見せる。お眼鏡にかなったらしく藤花さまは「うむ」と頷く。

    「写真はラインとやらでしか送れぬのか」

     全ての展示を見終えて家に帰る車の中、LINEのアプリの説明を読んでめんどくさそうだと思ったのか、新しいアプリを入れたくないのか、藤花さまは「印刷はできぬのか」と千鶴に問いかける。それを聞いていた千鶴の父親が「印刷もできますよ。今度お届けいたします」と控えめに会話に割り込む。会話に割り込まれても気を悪くした様子はなく、藤花さまは「それがよい」とLINEをインストールすることなくスマホを鞄にしまいこんだ。
     藤花さまがLINEを入れてくれれば連絡が楽になったのになと千鶴は残念に思いつつも、水族館で撮った写真を一緒に眺めてくれる藤花さまの、普段よりも機嫌が良さそうな様子に胸が満たされるのを感じた。
     
     藤花さまを藤の社まで送り届け、家に帰ってくると千鶴はリビングのソファーに寝転がり、藤花さまの為に撮ったクラゲの写真を何度も見ながら、今日の藤花さま楽しそうだった。と充実した1日を噛み締めながら、心地よい疲労感からくる眠気に任せて瞼を閉じた。
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    spring10152

    DONE烏丸さんが芽衣ちゃんを育てて食べようと決意する話
    捕食者と被食者の出会い「おじさんあたしを隠して!」
    彼女との出会いはこの一言だった。私は彼女の通う小学校の学校医で、職務を終えて自分の病院へと帰ろうと丁度車のドアを開けたところに彼女が飛び込んできたのだ。何事かと事情を問おうにも彼女はしっかりと車に入り込んでしまい後部座席の足元に姿を隠して早く発車しろと怒鳴るばかりで取り付く島もないので、仕方なく私は彼女を車に乗せたまま出発した。
     到着するとひとまず彼女を病院に上げて事情を聴くことにした。何でも担任が気に食わなくて鋏で刺してきて追われていたところを私は保護してしまったらしい。そういえば健康診断の時に問題児が居るから怪我を負わされないよう注意しろと言われていたが、もしやこの子の事だったか、と面倒事を抱え込んでしまった事にため息を吐いた。食べて隠蔽しようかとも思ったが、事前準備もなく連れてきたのでは警察に捕まってしまうかもしれないし、聞いてみれば4年生だという彼女は食べるにはやや大きい。どうしたものか、とりあえず学校に帰そうかとすると「どうせ明日には処分が決まるんだから今日はここに居させてよ」とふてぶてしい態度の彼女は病院内の備品に張り付いて離れない。しぶしぶ私は彼女を病院に置いたままその日の診察を終わらせた。
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    spring10152

    DONEひなたに彼氏の肉を食わせる静さんの話
    幸福な食卓私はルームシェアをしているひなたの為に毎日食事の用意をする。それが私達の役割分担だったから。私は正直料理の腕には自信がある。毎日一汁三菜、ほかほかと湯気を立てる温かい食事を、愛を込めて用意していた。そう私は彼女の愛していた。
    私が彼女の愛していたというのは、友愛や親愛ではない。恋愛感情だ。私は彼女が欲しいと思っているし、彼女が他人と話していれば嫉妬する。正真正銘欲を持って愛していた。
    けれど彼女が同性愛者でない事は分かっていたし、私はこのルームシェア生活が続きさえすればそれで良かった。想いを伝えるつもりなどなかった。あの日までは。
    彼女が男の恋人を作ってきたのだ。今まで恋愛にはあまり興味が無い、彼氏はいらないと言っていた彼女が。私の見知らぬ男の隣で幸せそうに笑っていたのだ。許し難かった。そんな男の何がいいのだ。背なら私だってひなたよりも高いし、性格だって女の子に好かれやすい。顔だって悪くないはずだ。私の方がひなたの事を何でも知っていて気遣いができて最高の恋人になれる筈なのに。それなのに、あいつは男というだけで私からその座を奪い取ったのだ。
    1581

    recommended works

    @t_utumiiiii

    DOODLE #不穏なお題30日チャレンジ 1(2).「お肉」(傭オフェ)
    ※あんまり気持ちよくない描写
    (傭オフェ) ウィリアム・ウェッブ・エリスは、同じく試合の招待客であるナワーブと共に、荘園の屋敷で試合開始の案内を待っていた。
     ここ数日の間、窓の外はいかにも12月らしい有様で吹雪いており、「試合が終わるまでの間、ここからは誰も出られない」という制約がなかろうが、とても外に出られる天候ではない。空は雪雲によって分厚く遮られ、薄暗い屋敷の中は昼間から薄暗く、日記を書くには蝋燭を灯かなければいけないほどだった。しかも、室内の空気は、窓を締め切っていても吐く息が白く染まる程に冷やされているため、招待客(サバイバー)自ら薪木を入れることのできるストーブのある台所に集まって寝泊まりをするようになっていた。
     果たして荘園主は、やがて行われるべき「試合」のことを――彼がウィリアムを招待し、ウィリアムが起死回生を掛けて挑む筈の試合のことを、覚えているのだろうか? という不安を、ウィリアムは、敢えてはっきりと口にしたことはない。(言ったところで仕方がない)と彼は鷹揚に振る舞うフリをするが、実のところ、その不安を口に出して、現実を改めて認識することが恐ろしいのだ。野人の“失踪”による欠員は速やかに補填されたにも関わらず、新しく誰かがここを訪れる気配もないどころか、屋敷に招かれたときには(姿は見えないのだが)使用人がやっていたのだろう館内のあらゆること――食事の提供や清掃、各部屋に暖気を行き渡らせる仕事等――の一切が滞り、屋敷からは、人の滞在しているらしい気配がまるで失せていた。
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