天使に、祝福を。シメオンと、人間界でデートをしていたある日、通りにある教会からカランコロンと鐘の音がする。
二人でそちらを向くと、純白のドレスとタキシードに身を包んだ新郎新婦が、大勢からのフラワーシャワーを浴びながら、幸せそうに見つめ合って微笑みながら教会の大階段を降りてきた。
「結婚式だね」
シメオンが、自分のことのように嬉しそうな顔で口にする。
「うん…」
俺は、そんな眩い光景を見ながら、チクリと胸が痛んだ。
結婚式、想い合う男女が晴れて夫婦になる儀式。
そう、あくまでそれは一般的には男女であって、俺たちみたいなカップルには難しいことだ。
ふと足を止め、考え込んでしまった俺の顔をシメオンが覗き込む。
「…どうしたの?」
「シメオン…ああいうの憧れる?」
突然の俺の問いに、シメオンはしばらく考えたあと、
「んー…素敵だな、とは思うよ。一応天使だからね、祝福してあげたいって思う」
と、再び教会の方を向いて答えた。
いつも、他人のことばかりを思うこの天使は、自分が幸せになりたいとか、祝福されたいとか、思ったことがないのだろうか。
天使とは、人間と違って、ここまで欲の無いものなのか。
俺には、シメオンを幸せにしたい欲がある。
シメオンに、もっと欲張りになって欲しい欲がある。
だから、この時、ある考えが浮かんだ。
――――――――――
「はぁっ!?『男が着られるウェディングドレス』を作りたい!?」
海の底のように青く輝く静かな部屋に大声が轟いた。
身近でこんなことを相談できる人と言えば、レヴィしか浮かばなかった。
「うん、女の子が着るみたいなフリフリしすぎてない、でも、可愛らしさがある、みたいなヤツ」
「難しすぎるわ!」
再び、レヴィからの鋭いツッコミが入る。
「出来ることは何でも協力するし、お礼は弾むからぁ!」
俺が、レヴィの肩を掴みブンブン揺すると、ボソッと聞こえるか聞こえないかぐらいの声が返ってくる。
「…狂シュクのプレミアチケット」
「え?」
「狂シュクのプレミアチケット、朝から電話かけるの手伝ってくれるなら、やってもいいけど…」
「やります!知り合いの悪魔も集めて総動員でやらせていただきますぅ!」
俺は、何度も何度も土下座でひれ伏してお礼を言った。
さっそく、俺が思い浮かべた服をレヴィに形にしていってもらう。
ふわっとイメージしていたものが、レヴィの手によってデザイン画になり、少しずつ現実のものとなっていく様子にワクワクが止まらなかった。
「…ねぇ、誰が着るか何となくわかるから聞くけどさ、なんでそこまでするわけ?」
レヴィがペンを走らせながら、ボソッと俺に聞く。
「んー、喜ぶ顔が見たいから?」
俺は、思ったままを口にする。
「そんなことだけで、ここまでする?」
悪魔のレヴィには理解できないらしく、手を止めて俺の方を向く。
「いつも人のことばっかり気にかけて、自分はどう思ってるのか全然言わないんだもん。だから、確認作業、みたいなもん?俺も、自分がここまでしつこい人間だって知らなかったし」
「ふーん…。それって、僕より嫉妬深いんじゃない?」
「そうかも」
レヴィが、フッと笑って作業に戻る。
そうか、俺は嫉妬深かったのか。
レヴィに言われて初めて気付いた。
――――――――――
メゾン煉獄に泊まった日、風呂に行く道すがら、とある部屋のドアをノックする。
コンコンッ
「はーい。って、MC!?何の用だ!」
なぜ、そこまで敵対心剥き出しなのかわからないが、とにかく、騒ぐルークの口を押さえてドアを閉める。
「…っぷはっ!何するんだ!」
「まぁ、落ち着いて。ルークは、シメオンのこと、好きだよね?」
「なんだ突然?当たり前だろ!?大好きだ!お前よりも、シメオンのことが大好きだぞ!」
短い手足をジタバタさせて俺に食ってかかる。
「なら、シメオンがお姫様になれるベールを作ってくれない?シメオンに似合うとびきりのヤツ」
「はぁ!?なんだそれ?なんでそんなものがいるんだ!?」
「シメオンのためなんだ。シメオンが喜ぶもの、作ってあげてくれない?」
訝しげに俺を睨むルークに、手を合わせて頭を下げる。
「ま、まぁ、お前の頼みなのは納得いかないけど、シメオンのためなら…やってやらなくも、ない!」
「ありがとー!ルーク!!さすが、話のわかる男だねー!」
俺は、ルークの手をギュッと握って感謝を伝えた。
「ほ、ほめても何も出ないぞ!」
顔を真っ赤にしたルークが顔を逸らして俺に言う。
「期待してますよ、ルーク大先生!…あ、でも、このことは、シメオンには絶対内緒にしてね!出来たら俺に連絡してー!」
俺は、ルークの背中をポンと叩いて、部屋を出ていった。
よし、これで準備は整った。
――――――――――
「人間界に泊まりで行くのはわかるけど、荷物、多すぎない?」
あれからしばらく経ち、MCに、今度は泊まりで人間界に遊びに行かないか、と誘われた。
身軽な荷物の俺に対し、MCは、ガラガラと大きなトランクケースを引きずって、待ち合わせ場所に現れる。
「まぁ、色々とね。じゃ、行こう」
「うんっ」
俺たちは、手を繋いで人間界へと向かう。
着いた先は、先日、MCと見た結婚式が行われていた教会。
エントランスに入ると、さっそくスタッフに出迎えられた。
「お待ちしておりました、どうぞこちらへ」
話は通っているらしく、奥にある控え室らしき部屋へと続く廊下へと通される。
俺は、まったく状況が把握出来ず、MCの腕を引っ張って見つめてみたが、MCは素知らぬ顔。
「じゃあ、シメオンはそっち、俺はあっちね。またあとで」
「あっ!ちょっと…MC!」
結局、何の説明もないまま、MCは、俺と反対側の部屋に消え、俺はその場に置いていかれる。
「お客様はこちらです、どうぞ」
呆然と立ち尽くしている俺に、スタッフから声がかかり、促されるまま、俺は、目の前にある部屋に入っていった。
「では、まずこちらにお着替えください」
訳も分からないまま部屋に通され、服を脱ぐように言われる。
スーツ姿の女性数人に囲まれた俺には逃げ場がなかった。
そのうちの一人が、MCが持ってきた大きなトランクケースを開く。
そこには、白いタキシード、のようなものが入っていた。
「これに…着替えるの?」
「はい。この日のためにご自身で用意されたそうで、素敵な彼氏さんですね!」
そう言って、俺より嬉しそうな顔をしながら、その洋服を広げていく。
俺は、半ば強制的に服を脱がされながら、必死に何が起ころうとしているのか考えていた。
そうこうしているうちに、テキパキと着替えが終わり、気付いた時には、全身が純白のスーツに包まれていた。
「あとは、こちらを上に羽織っていただきます」
差し出されたのは、繊細なレースでできた、ガウンのようなもの。
形は、ジャケットのようになっているけれど、裾が長い。
羽織ってみると、スーツを着ているはずなのに、まるでドレスのような格好になった。
「わぁー!良くお似合いですぅ!」
周りにいた女性が、一斉に俺を見て感嘆の声を上げる。
「こんな形の服は初めて見ましたが、お似合いになるものを、よくわかっていらっしゃるんですねぇ」
一番近くにいた女性が、目をキラキラさせながら俺に言う。
なんか、まるでウェディングドレスみたいな服。
これを、MCが用意してくれたの?
なんで?
ここ、教会だし、なんだか、結婚式するみたい。
徐々に、胸騒ぎがして緊張しはじめる。
「最後にこれを。こちらも、お友達が用意してくださったそうですよ」
女性が持ってきたのは、ベールのような薄い生地のついている花で飾られたカチューシャ。
「お友達…?」
「はい、ドレスもベールもお友達の手作りとおうかがいしてます。遠方にお住まいで、残念ながらどなたも参加はできないとのことですが」
え、なに、それ?
俺の知らないところで何が起きてるの?
全く理解が追いつかない。
薄くメイクをして髪を整えてもらったあと、俺は、早くMCに会って聞きたいことが山ほどあって、部屋を飛び出した。
「お客様、扉を出て右手にお進み下さいねー!」
女性の声がかすかに聞こえ、扉を出て右へ向かって走り出す。
通路を抜けると、高い天井の教会の入口に出る。
スタッフが扉を開くと、真っ赤な絨毯の先に、白いタキシードを身にまとった、王子様のようなMCが立っていた。
「思った通り、よく似合ってる」
「ねぇ!どういうこと!?ここ、教会でMCタキシードだし、こんな、ドレスとかベールとか用意してくれたり…何するつもりなの?」
そこがバージンロードという神聖な場所だということも忘れて俺は走り出す。
俺の姿を見てにっこり微笑むMCに、俺は駆け寄って問いつめた。
「シメオンさ、俺に言えてないことない?」
「え?」
ゆっくりと、諭すように話すMCが、俺の両手を優しく包み込む。
「なんかずっと、不安に思ってること、あるでしょ?」
「それはっ…」
思い当たることがあるので、俺は思わず目を逸らす。
「俺はね、シメオンとずっと一緒にいたいよ。死ぬまでずっと。ううん、死んでもずっと」
「MC…」
MCの言葉に、俺は逸らしていた視線をMCに戻して見つめ合う。
「シメオンはいつもニコニコして受け入れてくれて、俺ばっかりワガママ言ってる気がするんだ。今だって、こんなこと言って重いよなって思ってる」
「そんなことないっ!俺も、ずっと一緒にいたいって、思ってる…けど」
俺は、せっかく整えてもらった髪が乱れるほど首を左右に降って否定する。
「けど?」
「寿命の違いとか、種族の違いとか、考えたらキリがなくて。だから、そんな約束できないこと、簡単に口にしちゃいけないって思ってた…」
うつむいた俺の目に涙が溜まり、視界がぼやける。
「そんなの、誰にもわかんないよ。この先どうなるのかなんて。でも、二人が同じ気持ちなら、きっとなんとかなる」
「MC…」
MCの右手が、そっと俺の頬に触れる。
「だから、もっと思ったことは言って?俺はもっと、シメオンにワガママになって欲しい。シメオンのワガママが聞きたい」
「……俺は、MCと…一緒にいたい。ずっとずっと…一緒にいたい!」
俺は、MCが離れないようにギュッと腰に腕を回す。
「俺も、シメオンとずっと一緒にいたい。だから、叶えよう、二人で」
「うんっ」
MCも、左手で俺の腰をぐっと引き寄せる。
MCといると、何でも出来そうな気がする。
不安なんて、何にもなくなる。
本当に、不思議な力を持つ人。
俺は、MCの目を見つめて大きく頷いた。
「シメオン、愛してる」
「俺も、愛してるよ、MC…」
頬に添えられていたMCの右手が、すっと俺の顎を引き寄せる。
陽の光を浴びてステンドグラスが色とりどりに輝く中、俺たちは誓いのキスを交わした。
唇が離れてそっと目を開けると、その眩さに天界と錯覚するほど、俺に見える世界は光に満ちていた。
「こっち来て!」
「えっ!な、なにっ!?」
しばらく見つめ合ったあと、MCが俺の手を引いてバージンロードを駆け出す。
二人で教会の扉を開くと、高らかに響く鐘の音とともに、スタッフが階段に並んで、一斉にフラワーシャワーを降らせた。
「うわぁ!綺麗…」
俺は、思わず天を仰ぐ。
先日見た景色の中に俺がいる。
MCが、俺をここに立たせてくれた。
「シメオン、キラキラした目で見てたから、こういうの好きなのかなって」
MCには、俺の思ったことはお見通しのようだ。
「うん、花びらが陽の光を浴びてとっても素敵!MC、ありがとう!」
見つめ合い、お互いに微笑んでいると、MCの胸元から聞き覚えのある声がする。
『ちょっとー!まだー!?』
「あ、忘れてた」
MCが胸元のポケットからD.D.D.を取り出すと、そこには画面いっぱいにレヴィアタンが映っていた。
『忘れてたんか!?お、映った映った。…似合ってるじゃん』
「レヴィアタンさまさまです」
「え、これ、レヴィアタンが作ってくれたの?」
『はい、僭越ながら、ピジオン先生のドレスを作らせていただきました!』
俺が画面を覗き込むと、レヴィアタンが緊張でこわばった顔で大きく手を挙げる。
「ありがとう、こんな素敵なドレスを作ってくれて」
『お褒めに預かり光栄ですぅ!』
お礼を言うと、レヴィアタンはずずいと後ずさり、土下座の格好でひれ伏してしまった。
『おーい!ぼくだってそのベール作ったんだぞ!』
すると、そんなレヴィアタンと入れ替わるように、横からルークが顔を出す。
「ルークっ!?お友達ってルークのことだったの?ありがとう、とっても可愛いベールだね」
『ふふん!とーぜん!』
俺が、作ってもらったベールを持って画面に見せると、ルークは得意げに上を向いて鼻を鳴らした。
「二人とも、もういいだろ?じゃーな!」
『お、おい!あとで写真送れよ!?ちょっ…』
ブツッ!
MCが、強引に通話を切ってD.D.D.をポケットにしまう。
「…よかったの?」
「いーのいーの、見せろって言われただけだから」
そう言うと、MCが俺の腰を抱いて正面を向く。
「お二人!こちらに視線お願いします!」
階段の下にいるカメラマンに視線を向けると、フラッシュの光とともにカメラのシャッターが切られる。
ふとMCの方を見るとMCもこちらを見ていて、気付いた時には唇にキスをされていた。
スタッフからの「おぉー!」と言う歓声とともに、再び、カメラのシャッターが切られる。
こんなに大勢の人の前でキスするなんて恥ずかしすぎるけれど、おかげで、一生忘れられない思い出になった。
これからも、色んな思い出をMCと作っていけたらいいな。
ずっとずっと、一緒にいようね!