悪魔は「人」と呼べるのか「んー、どうしようかな。……メフィスト、ごめん、やっぱりこっちのジャケットも着てみてくれる?」
俺はずらりとハンガーに吊るされたジャケットの中から、少し光沢のあるダークグリーンのものを手に取り、メフィスとフェレスに差し出した。
「おい、これで何着目だ。何でも同じだから早く決めろ」
メフィストフェレスが苛ついた口調で言う。何度もリテイクを繰り返され、さすがに嫌気がさしてきたのだろう。俺もそうなるだろうとは思っていたので、ここに来るまでの間、必死にウェブカタログを読み込んで、衣装については「これでいこう」というものを決めていた。しかし、ウェブで見た画像と実際に目にする衣装は違うし、何を着せてもスマートに着こなしてしまうメフィストフェレスに、ついつい色々な衣装を試したくなってしまったのだ。
「ごめんって。もうこれで最後にするから」
「全く。私は暇じゃないんだぞ」
肩をすくめてため息を吐きながらも、差し出したジャケットは律儀に受け取ってくれる。
(センパイのそういうところ、好きなんだよなぁ)
嫌な顔をしつつも、約束したことは途中で投げ出さずにきちんと最後まで向き合ってくれる。基本的に根は誠実で素直なんだと思う。これも貴族としての育ちに所以するものなのだろうか。まぁ、分かりやすく文句は言われるし、嫌な顔はされるんだけど。
MAJOLISHはアパレルの販売だけではなく、着替えた服装で写真の撮影もできる。
撮影スタジオの背景には多種多様なバックスクリーンが用意されており、お馴染みのRADから魔界の観光地、天界や人間界、そして、七代君主たちの部屋までもが完備されていている。バックスクリーンとはいえ、魔界仕様なので馬鹿にはできない。きちんと魔法がかかっているので、現実にそこにいるのと変わらないレベルの撮影が可能だ。撮影した画像は、現像して持ち帰ることもできるし、D.D.Dの背景に設定することもできる。
魔界の若者たちは、ここで好きな衣装に着替え、好きな背景で自由に撮影して、ファッションや気分転換を楽しんでいるらしい。もしくは、憧れの悪魔……ルシファーやディアボロの部屋で撮影して恋人気分を味わう夢見がちな悪魔もいるようだ。
「はい、じゃあ、ここに立ってて」
やっとのことで衣装に着替え終わったメフィストフェレスをスタジオに呼び、カメラの前に立たせる。
「背景は新聞部ね」
テーブルの上のリモコンで番号を押すと、一瞬でスタジオ内が新聞部の部室に変わった。
「うわー、すごい。本物みたい」
テーブルセットも棚の上の小物も、全て記憶のままの新聞部だ。
「おい、おかしくないか。新聞部の背景はまだ実装前だったと思うが」
はしゃいで周りを見て回る俺に、メフィストフェレスは合点がいかない様子で疑わしげな表情を浮かべている。それはそうか。自らの管轄である新聞部の背景が無断でリリースされていては不審に思うのも無理はない。
「あぁ、これはね……ディアボロに直談判して作ってもらったの」
「はっ!? 殿下に!?」
「そう。やっぱ欲しいじゃん、新聞部。リリースされたのは一週間前だよ。待ち望んでたメフィストファンに大好評だって、お店のスタッフもディアボロも喜んでるよ」
ディアボロの名前を聞き、メフィストフェレスは頭を抱えた。
「お前のくだらない遊びのために、お忙しい殿下を煩わすんじゃない」
「ちゃんと稟議書を作ってバルバトス経由で提出したから大丈夫だと思うけど」
「そういう問題ではない……」
ますますうなだれるメフィストフェレスの背中をポンっと叩いて、俺はカメラの位置まで戻る。
「はい、それじゃ、そろそろ撮影いきますよー」
カフェのオープンテラスでコーヒーを飲みながらぼんやりと空を見上げる。
ロンドンの空は高く、公園の木々は黄色く色づいていた。
「おぅ! お待たせ!」
後ろから肩を叩かれ、大学の友人が姿を現す。自主映画制作サークルの同期だ。手に持ったテイクアウトのコーヒーをテーブルに置き、俺の向かい側の椅子に腰を下ろす。
「何見てたんだ?」
俺はただぼんやりとしているだけだったが、友人からは何かを見つめているような後ろ姿に見えたらしい。開口一番にそう聞かれた。
「いや、別に。秋だな、と思って」
「そうか、それはノスタルジーだな」
はははと笑って、彼はコーヒーをひと口飲んだ。
「で、その画面の彼は誰なんだよ」
テーブルの上に置いたままになっていたD.D.Dのロック画面を指差しながら彼が言う。
「それ、お前が撮ったんだろ? 随分とまた、ビシッと決まったスーツ姿の男前だな。どこかの貴族様みたいだ」
貴族様、という単語に、俺は思わず吹き出しそうになる。
「あぁ……これはね、俺の大切な人なんだよ」