本とネオンと、生徒手帳。ある日、俺は一冊の本に出会う。
『過去に触れられる本』
歴史小説か何かかと思って持ち帰り、自室で重厚な表紙を開くと、途端に、俺は光に包まれた。
目が眩み思わず目をつぶると何も見えなくなる。
しばらくして光が落ち着くと、ゆっくりと瞼を開いてみる。
そこは、見慣れない街だった。
天界の古代的な自然溢れるものとも、魔界の中世的な石造りのものとも違う、現代的なビルが立ち並ぶ街。
「…ここ、人間界?」
僕はいつの間にか、人間界にワープしていたようだった。
周りには時計もなく、今がいつでここがどこなのかのヒントはひとつもない。
「どうしよう。…まぁ、その辺歩いてみればわかるか」
が、そこは、持ち前のポジティブのおかげで、特に落ち込むこともなかった。
適当に、人通りの多そうな中心部へ向かってみると、ようやく、そこで時計を目にすることが出来た。
「三時半か、おやつの時間だな」
などと、呑気なことを思っていると、ふと、見慣れた姿が目に入る。
束ねた金色の髪、それにあの歩き方…あれは、MC?
気付いた途端、俺は無意識にその人物を追いかけていた。
なんだ、MCも人間界に来てたのか。
何だろう?買い物かな?
そんなことを思いながらあと一歩のところまで近付き、声をかけようとすると、予想外のことが起きた。
「あっ、MC!おっそーい!」
「あ?来てやっただけマシだろ?」
広場にある噴水の縁に腰かけていた茶髪のゆるふわパーマの女の子が、パッと立ち上がり手を振って、俺より先に声をかけた。
MCも、気だるそうにその女の子に返事をする。
あ、人間界のお友達と待ち合わせでもしてたのかな?
人と会う約束があったんだ…。
その光景を目にし、俺は胸がチクリと痛んだ。
いやいや、女の子とはいえ友達じゃないか。
何をそんな傷付くことがあるんだ。
そう、自分に言い聞かせながら、すっかり声をかけるタイミングを失った俺は、なぜだか、MCからは見えないように近くの建物の陰に隠れて様子をうかがう。
二人はしばらくその場で話したあと、俺とは反対側の道へと歩き始める。
その時、女の子が自然とMCの腕に絡みついた。
「えっ…?」
俺は、目の前の光景が信じられず、目を擦って何度も確認する。
が、結果は同じ。
女の子は、MCに体をピッタリ密着させてずっとMCを見つめながら歩いている。
「…どういうこと?」
俺は少し混乱しながらも、見失わないように二人のあとを追いかける。
本当なら、あの二人の間に割り込んで問い詰めるところだが、確証もないのにそんなことをして、本当にただの友達だったら合わせる顔がない。
まだ、決定的証拠を掴むまでは出ていけない。
そう思い、俺は探偵のようにこそこそと二人のあとをつけた。
しばらく歩いて、二人は繁華街にあるファミレスへと入っていった。
俺も同じように入店し、近くの席を確保する。
終始スマホを見るMCと、そんなMCに話し続ける女の子。
注文は全部女の子がしていて、ドリンクバーも彼女が二人分取ってきた。
あ、やっぱりMCはコーヒーなんだ。
こそこそ見ながら、つい、そんなところに目が行ってしまう。
運ばれてきた料理は、カルボナーラとマルゲリータピザ。
女の子がピザを切り分けてから、カルボナーラに手を付ける。
その間も、MCは変わらずスマホを眺め、たまにコーヒーを口にする程度にしか動かない。
堪らず女の子が切り分けたピザを差し出すと、先の部分だけ小さく齧った。
「もーっ!全然食べないじゃん!」
そう言いながら、MCが齧ったピザの残りを自分の口へと運ぶ。
ガツガツと女の子が食べる間、MCはコーヒーを取りに行くのとトイレで二回席を立っただけで、あとはずっと足を組んでスマホをいじっているだけだった。
俺は、ドリンクバーの紅茶をすすりながら、そんな光景に少し疑問を抱く。
あれは、本当に友達なのかな?
友達相手に、あんな態度取る?
んー、どんな関係なんだろう?
MCの交友関係をハッキリ聞いたことはない。
特に、人間界でのことなんてほとんど知らない。
だから、あれで成り立つ関係もあるのかもしれない。
それに関して、俺が口を挟むようなことではない。
モヤモヤしつつも、そう自分に言い聞かせて、俺はその光景をずっと見続けていた。
女の子が、カルボナーラとピザをペロッと食べ終わり、最後にミニパフェまで完食して席を立つ。
お会計を二人で出し合う光景を見てハッと気付いた。
あれ?
俺、いつもご飯に行くと、お金出してもらってばっかりだ。
出すって言っても断られたり、知らない間に払ってくれたりしてるんだよね。
割り勘してるってことは、じゃあ、彼女じゃ…ない?
ずっと、ハッキリ口に出せなかった単語をようやく言葉をしてみる。
どう見たってあれはカップルに見えた。
でも、俺に対するものと、明らかに態度が違う。
だからやっぱり、あれはただの友達なのかも。
そう思うと、少しだけ心のモヤモヤが晴れた。
そうは言いつつも、やはり二人の動向が気になって、ファミレスを出たあとも尾行を再開する。
気付けばすっかり日は落ちていて、繁華街は色とりどりのネオンで輝いていた。
相変わらず腕を組んで歩く二人は、アーケードの端にあるコンビニに寄り、お菓子とジュースを買った。
コンビニを出ると、アーケードから一本外れた通りに入っていく。
あれ、ここは…?
同じような建物が続く、少し暗い道。
ただ、ネオンだけは明るく、派手な色が使われている。
どの建物の看板にも書いてあるのは「HOTEL」の文字。
それに気付いた時、俺の心臓がドキドキと大きな音を立て始めた。
嘘だ、そんなわけない…!
必死に頭を振って最悪の状況を考えないようにする。
ただ、その間に二人を見失ってはいけないので、すぐに視線はそちらに向ける。
身体中がじわりと汗ばみ、自然と涙が溜まって視界がぼやける。
見たくない…。
でも、確かめなければ…。
相反する気持ちが交錯し、もう、心の中はぐちゃぐちゃだ。
ただ、ただ、最後までMCを信じたくて、二人の行く先を見つめる。
女の子があるホテルの前で入口を指さし、くいくいと腕を引っぱると、MCが迷うことなくそちらに足を向ける。
ダメっ!
入っちゃ…!
行かないでっ!
必死に心の中で祈るが、その祈りが届くことなく、二人は、そのままホテルの入口へと消えていった。
なんで…?
俺、MCを信じてたのに…。
その場で呆然と立ち尽くし、何も考えられなくなる。
何組かのカップルが俺のことを不思議そうな顔で眺めて行ったような気もするが、もはやそれも記憶にない。
しばらくそこでうなだれていると、ふと、体に当たる冷たいものに気付く。
それは一粒、二粒と増えていき、やがてシャワーのように俺に降り注いだ。
雨か…。
もはや、びしょ濡れになることもいとわず、近くにあった電柱にもたれかかる。
自分で立っていることも座ることも出来ないほどの絶望感に苛まれ、俺はホテル街で一人、ただ雨に打たれ続けていた。
あれから何時間が経ったのだろう。
いや、そんなに経っていないのかもしれない。
もう、時間感覚も麻痺し始めた頃、ようやく、ぼんやりと意識を取り戻す。
気付けば、あんなに降っていた雨も止み、ずぶ濡れなのは、街の中で俺一人だけだった。
とにかく、魔界に帰ろう。
そう思い、重い体を引きずって歩き始めた時、後ろから声をかけられる。
「お兄さん、大丈夫?」
鼓膜を震わす聞き慣れた声。
まさか…。
そう思い振り向くと、心配そうな顔をしたMCが俺を見ていた。
「あ…うん…」
どう答えていいかわからず適当に返事をすると、MCは俺を上から下まで見回したあと、
「そう。風邪引くから、服着替えた方がいいよ。じゃっ」
と言って、ピョンピョンと水溜まりを避けながらその場をあとにした。
あれ…MC、だよね?
「お兄さん」って、俺のこと、気付かなかった、のかな?
それになんか、ほっぺた、赤かったような…。
声をかけられたことで、ようやく頭がハッキリする。
とにかく、魔界に帰ろう。
そう思って一歩踏み出したところで、足元になにかが落ちていることに気付いた。
水溜まりの中に沈むそれは、学生手帳だった。
手帳の窓から見える学生証には、左に、金髪を束ねた仏頂面の男の子の写真、右には、印刷された文字で、
『○○高校 三年A組 MC』
と書かれていた。
高校…?
MC、確か二十歳越えてたような…。
ってことは、今、俺、過去にいるの?
ようやく、自分の置かれた状況を理解し、慌てて角のコンビニに入る。
入口に置かれている新聞を見ると、確かに、日付は三年前のもの。
そっか、俺、『過去に触れられる本』を開いて過去に飛ばされたんだ。
じゃあ、あれは、高校生のMCで、まだ、その、ふしだらな生活を送っていた頃で。
魔界に来る前だから、もちろん俺のことも知らなくて…。
なぁんだ、気にする必要なんかなかったんじゃないか!
これは過去の話で、今のMCじゃない。
俺は、ホッと胸を撫で下ろし、先ほどの水溜まりのところに戻る。
不思議なもので、水溜まりに沈み、ゆらゆらと揺れる水面から見える仏頂面の青年の写真が、先ほどとは違い、急に愛らしく見えてくる。
すっかり水に濡れてしまっているが、そのままにしておくのは可哀想で、水溜まりからそっと拾い上げる。
その瞬間、また光が全身を包み込み、俺は目をつぶった。
次に目を開けると、景色はすっかり見慣れたメゾン煉獄の自室に戻り、魔界に帰ってきたことがわかった。
机に置いたD.D.D.の画面を見ると、確かに現在に戻っていることも確認出来た。
ただ、本を開く前と違うことは、自分の手に、びしょ濡れの学生手帳が握られていることだった。
そのあと、『過去に触れられる本』の表紙をよく見てみると、注釈として、
『この本では、あなたの知りたい過去が体験出来ます。知りたい人物や時代、場所を想像してから、表紙を開いてください』
と、書かれていた。
俺は特に何も考えずに開いたつもりだったが、潜在意識の中で、常にMCのことが知りたいと思っていたのが表れたらしく、MCの過去に行くことになったようだった。
俺は、手元に残った生徒手帳を丁寧に乾かしたあと、そっと、キャビネットの一番上の引き出しにしまった。
――――――――――
数日後、MCが泊まりに来た。
愛し合ったあと、いつものようにMCの腕に閉じ込められる。
MCの温もりに包まれて目を閉じようとした時、「あ、そういえば…」と背中から声がかかり、思わず後ろを振り向く。
「この前ふと思い出したんだけどさ、俺、昔、シメオンによく似た人に会ったことがあるんだよね」
「えっ?」
ニコニコと楽しそうに話すMCに、見開いた目を向ける。
「高校生の頃にさ、雨でびしょ濡れになった男の人を見かけて、『大丈夫ですか?』って声かけたんだよ」
「……っ!」
「暗かったし、俯いてたからよく見えなかったんだけど、その中で光るターコイズの瞳の色が妙に印象に残ってて。…って言っても、最近まで忘れてたんだけどね」
それって…。
「そうだ!そのあと生徒手帳なくしちゃってさー。翌日学校で怒られたんだよなー」
MCのその言葉に、思わず俺を包む手をどけて、キャビネットの方へと歩き出す。
「…シメオン?」
急にベッドを抜け出した俺を不思議に思い、MCが起き上がって声かける。
俺は、キャビネットからそれを取り出し、同じくキャビネットの上に置いてあった本も一緒にベッドへと戻る。
掛布に足を突っ込んで、膝の上に本を乗せると、生徒手帳をMCに差し出した。
「はい。落としてたよ」
「……えぇっっ!?な、なんでシメオンが持ってるの!?」
あまりの驚きで、夜中にもかかわらず大声を出し、生徒手帳と俺の顔を交互に見る。
「…この本、過去が見られる本で、無意識にMCのこと考えて開いたら、MCの過去に飛んじゃったみたいで…その、尾行してた」
手帳をMCに渡し、膝の上の本を手で指しながら事の顛末を説明する。
表紙を覗き込んだMCも「ほんとだ、書いてある」と、注釈を読んで納得していた。
「…え、じゃあ…」
MCが気まずそうに俺の顔を見るので、俺は素直に返答した。
「うん、見ちゃった。MCが、女の子とホテルに入っていくとこ…」
ただ、どうしても目は見れなかったので、あの時と同じく俯いたまま、声もだんだん尻すぼみになる。
「あちゃー…。シメオン、違うからね!?あれは、高校生の時の俺だから!」
MCが俺の肩を揺さぶって必死に否定する。
わかってる。
あれは過去のMCだって今はハッキリ言い切れるから、そんな必死なMCが逆に可愛く見えてくる。
「…ふふっ。わかってるよ。最初はわからなくてすごくドキドキしたけど、この生徒手帳のおかげで過去に来たんだってわかったから」
そう、この生徒手帳があったから、俺はMCへの疑念が全て吹き飛んだ。
そう思えるほどに、今はMCを信じてる。
信じられる、自分がいる。
「そっか…じゃあ、コイツに感謝しなきゃな」
「そうだね」
二人で肩を寄せあいながら、濡れて少しよれてしまった生徒手帳を眺める。
仏頂面のMCの写真が、青臭い頃の反抗的なMCを象徴しているように見えた。
ふと隣を見ると、同じように俺を見るMCと視線がぶつかる。
思わず二人で微笑んだ顔は、この写真とは比べものにならないぐらい柔らかかった。
「…そういえば、MC、あの時ほっぺた赤かったけど…何かあったの?」
俺はふと、声をかけられた時を思い出し、MCに問いかける。
途端に、MCの顔が一気に青ざめた。
「えっ!?…いやっ、あれはっ…」
声が裏返るなんて珍しい。
絶対に何か隠そうとしている。
「話して。何があったの?」
今の俺には、MCの過去を全て受け止められる自信がある。
どんなことをしてきてこんな人になったのか、知りたい。
だから、包み隠さず話してほしい。
真剣な目を向けると、MCは聞こえるか聞こえないかの声でボソボソと話し始めた。
「…いや、ホテル入ってヤり始めたのはいいんだけど、あまりに俺が淡白だから怒られて、面倒臭いから別れようって言ったら殴られた」
MCが、視線を逸らして頭を搔く。
自分でも、恥ずかしい過去だという自覚はあるらしい。
「…あー、ビンタの跡だったんだ」
「うん…」
MCの返事のあと、気まずい沈黙が続く。
「…そのあと、生徒手帳なくしたのに気付いてさ、次の日担任に話したら『昨日はどこに行ってたんだ?』って聞かれて…ホテルって言えないじゃん。だからゴニョゴニョ誤魔化したら担任にも怒られてさー…」
「…サイテーだね」
「そ、サイテーなガキだったの、俺」
笑い話のつもりでMCが続きを話すので、一応、軽蔑の眼差しを向ける。
ただ、その中にある愛情を受け取ったらしいMCが、苦笑しながら俺を見る。
そう、それは過去の話。
俺に出会う前のMCの話。
「…反省してる?」
「はい。関係を持った全ての女性に謝りたいです」
俺が厳しい視線を向けると、MCはベッドの上で正座をして俺に土下座をした。
俺を通して、すべての女性に謝っているつもりなのだろう。
こんなに真っ当に生きられるようになったんだよ、と当時のMCに教えてあげたい気分になった。
「じゃあ、戒めとして、この生徒手帳は俺が預かっておきます」
俺が、MCの手元に置かれていた生徒手帳を取り上げると、MCがハッとして取り返そうと手を伸ばす。
「ちょっ!」
「MCにやましいことがあったら、これ見せるからねっ」
そんなことはないとわかっているのに、わざとそう言ってMCを焦らせる。
でも、生徒手帳ごときで、そこまで焦るのも何かおかしい気はしていた。
すると、取り上げた生徒手帳のページがはらりと捲れ、その中から何かがぽとりと落ちてきた。
「…ん?」
「あっっ!!」
MCが慌てて取り上げようとするので、ひと足早く、俺がそれを奪い取った。
小さな写真のようなそれは、同じ写真が連続して連なっている。
頬を寄せあっている写真と、女の子がMCのほっぺにキスをしている写真と、二人がキスしている写真…。
ピンクのハートの縁取りやキラキラの手書きの文字が施され、そこには『MCたん♡らぶたん』と書かれていた。
「…なに、これ?」
俺が疑念の目を向けると、MCは明らかに視線を逸らし、頭に手を置きながら唇を尖らせる。
「…プリクラって言ってさ、高校生なら誰でも一回は撮る写真シールなんだけど…さ」
「…なんでこんなに大事に取ってあるの?」
俺の聞いた話では、本気になったことはなく、いつも遊びだったと言っていた。
ならなぜ、わざわざ生徒手帳に忍ばせるほど、このシールだけは大事に取ってあるのか、それが気になった。
「それは…その子、学校のアイドルでさ、ちょっとちょっかいかけたらホイホイなびいたんで、友達に自慢するのに、持ってて…」
「…へー。自分から狙いにいった子、いたんだー…」
ジト目でMCを見ると、MCが今までにないほどあわあわしはじめる。
「ば…罰ゲームでねっ!?行ってこいって言われたんだよっ!」
「…へー」
一向に信じていない様子の俺にKO寸前の瀕死のMCが、俺がヒラヒラさせていたプリクラを奪い取り、ベッドサイドのゴミ箱に捨てた。
「ねっ!ほらっ!今はなんとも思ってないから!」
「…ほんとに?」
「ほんとにほんとっ!シメオンがいるのに、他の女の子に興味あるわけないじゃん!」
俺の疑い目に、必死に取り繕おうと手をヒラヒラさせながら笑顔を作るMCが、可愛くて仕方ない。
たぶん昔なら、そんなことを言う女の子は面倒臭くて相手にしなかっただろう。
そう思うと、自分にだけ一生懸命愛を伝えてくれるMCが、心から愛おしい。
「…じゃあさ、MC。俺を信じさせてよ」
ふと、俺の中に悪戯心が芽生え、手帳をベッドサイドに置いて、MCの首に腕を回す。
すると、MCにもスイッチが入ったのか、俺の腰に手を回すと、瞳の奥に情欲の炎が宿るのが見えた。
「いいよ?ただ…今夜は眠れないからね?」
腰に回った腕に力がこもると、俺もMCの首をぎゅっと引き寄せ、二人の体が密着し、コツンと額が合わさる。
「うん。寝かさないで…」
鼻先をつけて至近距離で見つめ合い、やがて唇が重なる。
啄むようなキスは、次第に深いものへと変わり、俺たちはそのまま、ベッドの海へと沈んでいった。
宣言通り、空が白みはじめるまで体を重ねる間、MCが俺に何度も「好きだ」「愛してる」と囁く。
今までに体を重ねた相手が何人いようと、MCが、好きだと言って抱くのは、俺だけ。
愛の言葉は本当に好きな人にしか囁かない、と言ってくれた言葉を信じている。
だから、この言葉があれば、俺は信じられる。
どんなに情けない過去だって、そんな過去があるから今がある。
だから俺は、この人の過去も全て受け止めて、これから先も愛していこう。
天使の俺には、それが出来る。
不安になった時は、この人の愛の言葉を信じよう。
素直で真っ直ぐで嘘のつけない、この人の言葉を信じよう。
生徒手帳は、過去を忘れないための二人の戒め。
たまに二人で見て笑いあえるぐらい、強くなれたらいいな。