悪魔は人を導けるのか 昼休みのRAD学食。
留学生がいつにもなく真剣な面持ちでD.D.Dの画面を見つめている。ランチは既に食べ終わっているらしく、トレイに乗せたままの食器がテーブルの脇に寄せられたままになっている。
何を見ているのか知らないが、普段のダラダラとした「ながらスマホ」ではなく、何か真剣な悩みでもあるような雰囲気だ。
「調べ物か?」
「あ、メフィスト!?」
声をかけると、何をそんなに驚いたのか留学生の肩がビクッと大きく飛び跳ねた。
「座るぞ」
ランチセットのトレイをテーブルに置き、留学生の向かいの席に腰を下ろす。
「真剣な顔をして何を見ていたんだ」
留学生が大事そうに握るD.D.Dにチラリと視線をよこして問いかける。
「あー……まぁ、メフィストなら詳しいかもしれないね。今度みんなで海に行く話あるじゃん? 俺、水着を持ってなかったから、買おうと思って見てたんだよね」
(なんだ、そんなことか)
心配などして損をした気分だ。水着ごときで思いつめた顔をするな。
「Akuzonを見てるんだけど、たくさんあるから面白くなってきて色んな種類を見てたら、どれがいいのか分からなくなってきてさー」
「どれ……見せてみろ」
手を伸ばし、留学生からD.D.Dを受け取る。
(!?)
渡された画面を見た瞬間、脳の処理が追いつかずに固まってしまった。
「ね? 色々あって分からなくなるでしょ? スケスケのシースルーだったり、片側だけしか腰に引っかかってないやつとか、股間が象さんになってるやつとか。これ、おしゃれなのかな」
全く見たこともないふざけた謎の水着ばかりが表示されているAkuzonの画面に眩暈がした。なんだこれは。こんなものが売られているのか。誰が買うんだ。そして、なぜこの画面を見て悩んでいるんだ、人間。
「もっと……普通のものは無いのか……」
薄ら怖い気持ちとともにD.D.Dを留学生に返す。
ファッションやトレンドについては上流階級の嗜みとして、新聞や雑誌、またはVIPとして招待される展示会などで一通りの情報は得ている。先程の画面に表示されている水着の中にも、奇抜ながらも上級のファッションと呼べないこともない部類のものも少しは混ざっている。しかし、かといってそれを実際に着用するかどうかは別の話だ。
「普通の……ね。最初はそういうところから探してたんだけど、うちの兄弟たちはみんな背も高いし筋肉もあってスタイルがいいじゃない? そこで俺が普通の水着を選んだら見劣りするだけで面白くないかなぁと思って」
なかなかクレイジーな思考回路を持っていた留学生は、ふぅっと大きなため息をついた。
「せめて、ち○この形だけでも大きく……」
大袈裟に局部の形を模したインナーパッドの購入ボタンを押そうとする留学生を慌てて静止し、迅速にD.D.Dを取り上げる。
「待て待て待て! 早まるな! 分かった、私が買ってやろう」
「ほんと……?」
そこで改めて留学生の姿をよく見た。背はまぁ低い方だとは思うが、そこまで悲観するほどのルックスでも無いと思った。
「普通の水着を普通に着るのでいいと思うぞ」
「そうかなぁ……」
「変なものを着て私のとなりを歩かれても困る、普通のものにしておけ」
「でも、メフィストみたいなブーメランはイヤだよ絶対」
「…………」
「ねぇ、見て! メフィストと留学生、お揃いの水着だ〜! 可愛い〜」
「本当だ。いつの間に……」
週末の海水浴場。
メフィストフェレスと留学生は、ごく普通の膝丈サーフパンツを色違いで履いて現れた。
憑き物が落ちたように屈託のない笑顔で海を楽しむ留学生の姿。それを遠くから眺めるメフィストフェレスの瞳は穏やかで、安堵の表情に包まれていた。