あいあい傘。「…雨だ」
「…雨だね」
授業が終わり、シメオンと一緒にRADを出ようとした途端、バケツをひっくり返したような雨が降ってきた。
さっきまで、雨の気配なんか一ミリもなかったのに、魔界にもゲリラ豪雨というものがあるらしい。
俺とシメオンは、二人並んで、エントランスで空を見上げていた。
「傘、持ってねーし」
「俺、持ってるよ?折りたたみのちっちゃいのだけど」
さすがシメオン、用意がいい。
「じゃあ、シメオン傘差して。俺、こーしてるからっ」
俺は、シメオンの腰に手を回し、ギュッと自分に引き寄せる。
「ちょっ…とぉ!」
シメオンが、頬を染めながら慌てた様子で俺を見る。
「だって、こーしないと…俺、濡れちゃう…」
「もぉ…」
捨てられた子犬のような目で見ると、シメオンは渋々受け入れてくれる。
なんだかんだ、俺には甘い人。
「近くのカフェまで、ね?そこで時間潰して、雨収まるの待とう?」
「…わかった」
シメオンが俺の提案を了承し、白に水色のラインが入った小さな折り畳み傘を開く。
男二人で入るには本当にギリギリで、肩がぴったりくっつくほど体を寄せあっているのに、外側の肩はお互いビショビショだ。
そんな自分たちの様子を見て、お互い顔を見合わせて笑う。
RADと家のちょうど中間ぐらいにある、よく行くカフェに入る。
ガラス張りの店内は明るく、内装もシンプルで落ち着いた雰囲気が、二人のお気に入りの店だ。
俺はコーヒー、シメオンは紅茶。
窓際の席が空いていたので、そこに座り、二人でぼんやり、土砂降りの外を眺める。
「すごい降ってるねー」
「ねー。やむのかな?これ」
「心配しなくても、こーゆー雨は一時間ほどでやむよ」
「へぇー、MC、よく知ってるね。そういえば昨日…」
そこから、お互いの他愛ない話が始まる。
昨日、夕飯にソロモンがとんでもない料理を出してきたこと、ベルフェが風呂で寝てて俺とベールが助けに行ったこと…。
そんな、日々の小さな出来事を話すこの時間が好きだ。
気付けば雨はすっかり上がり、時計の長い針は二回りしていたらしい。
好きな人と過ごす時間は、いくらあっても足りないぐらい短く感じる。
「あ、雨上がってる」
「ほんとだ!よかったぁ…って、もうこんな時間!」
シメオンが時計を見てワタワタしはじめる。
どうやら、今日の夕食当番だったらしい。
「じゃ、買い物して帰るか」
「うんっ」
カフェを後にして、シメオンの夕飯の買い物に付き合い、俺が買い物袋を持って、手を繋いで帰る。
途中、シメオンが手を離したと思ったら、大きな水たまりを長い足でぴょんっと飛び越えた。
「えへへー」
嬉しそうにこちらを向くシメオンは、子供みたいに無邪気に笑っていた。
「ズボン、汚れるよ?」
「だいっじょうっぶっ!」
心配する俺をよそに、シメオンは道中にある水たまりを大小問わずひょいひょい飛び越えていく。
たまにこういう子供っぽいところが見えるから、可愛くて仕方ない。
そんなことをしているうちに、あっという間に、メゾン煉獄の前まで帰って来てしまった。
「じゃあ…」
そう言って、荷物を受け取ろうとするシメオンに顔を寄せると、俺の口に手を当てる。
「ち、ちょっと待って!」
そう言うと、もう差す必要のない折り畳み傘をパッと開いて、煉獄の門の方に向ける。
「もういいよ」と言うように見つめてくるシメオンに、再び顔を近づけ別れのキスを交わす。
どうやら、煉獄の二人には見られたくないらしく、傘で隠したかったようだ。
皆が俺たちの関係を知っているのに、今さらだな、とも思うのだが。
名残惜しくも唇を離したあと、買い物袋を渡そうとすると、その手をギュッと握られる。
「ねぇ…また明日も会える?」
急に不安そうな顔で俺を見つめるので、ドキッとする。
シメオンは、たまにこうして寂しがり屋な面を見せる。
だから俺は、ありったけの愛でシメオンを温める。
「うん、毎日会えるよ。明日の朝も迎えに行くから」
俺は、持っていた荷物を渡すと、さっきとは逆に、シメオンの手を包み込む。
俺だって、本当はずっと一緒にいたい。
でも、離れてる時間があるからこそ、会えた時の喜びは、より大きいものになる。
明日の朝は、とびきりの笑顔で愛を伝えよう。
シメオンが安心して、俺の胸に飛び込んできてくれるように。
俺は、最後に、シメオンを強く抱き締めた。
シメオンは、俺の肩に頭を預けて小さく頷く。
「うん、待ってる…」
二人を隠していた傘が手から落ちて、二人だけの時間に終わりを告げるようにバサッと音を立てる。
夢見心地だったシメオンが、ハッとして体を離した。
「じ、じゃあっまた明日!」
落ちた傘を畳んで、シメオンが足早に煉獄の門を開けて入っていく。
「うん、また明日…」
俺は、手を振りながらそれを見送る…つもりだったが、無意識に呼び止めてしまった。
「シメオンっ!」
「…ん?」
扉の前でシメオンが立ち止まり、クルっと振り返る。
今、シメオンにかけたい言葉はひとつしか思い浮かばない。
「愛してるよっ!」
俺は、近所中に聞こえるぐらいの大声で叫んだ。
みるみるうちに、シメオンは耳まで赤くなり、
「…バカっ!!」
と大声で叫んで、バタンと扉の向こうに消えてしまった。
しばらく、門の前で佇んでいたけれど、最後の顔、可愛かったなー、と余韻に浸りながら、俺は嘆きの館へと足を向けた。
その頃、煉獄の扉の向こうで、シメオンが羞恥心で飛び出しそうな胸を押さえながら、
「…お、俺も、愛してるよ…」
と小さく返していたことなど、俺は知るよしもなかった。