花言葉を、君に。それは、バレンタインの日のことだった。
俺は朝から、シメオンにもらえるであろうチョコのことばかり考えていて、一日中、上の空だった。
俺が甘すぎるの嫌いって知ってるから、ビターかな?
見た目も、凝ったことせずにシンプルなのかなー。
味はもちろんおいしいだろうし…楽しみだなー。
そんなことを考えながら、放課後の廊下を歩いていると、正面から、3人組の魔女グループが走ってきた。
「ほらっ早く渡しなよっ」
「ま、待ってっ!心の、準備がっ!」
両脇の魔女が、真ん中の子をはやし立てる。
どうやら、俺への告白に来たらしいことはすぐにわかった。
「あ、この子、MCのこと好きなんだって!チョコ、作ってきたんだよ!」
「先に言わないでよっ!…あ、あの…MCが、好きです…受け取ってください!!」
世話焼き風の右の子が、告白より先にバラしてしまう。
それに焦ったのか、勢いに任せて真ん中の子がチョコを差し出してきた。
人間である俺は、魔女には獲物としか見られてないと思っていたから、好かれることがあるなんて、ましてや、告白されるなんて思ってもみなかった。
「…!ありがとう。気持ちは嬉しいけど、受け取れないかな?」
正直、人間界にいた時も、この光景にはよく出くわした。
ありがたいことに告白されることが多く、バレンタインには抱えきれないほどのチョコをもらった。
靴箱からチョコも、机の中にチョコも経験したことがある。
あの頃は、どの子とも真剣に付き合う気はなかったし、ただでチョコもらえるからラッキーぐらいに思っていた。
しかし、今の俺にはどうしても欲しいチョコがある。
むしろ、それしかいらないのだ。
だから、お礼だけを言って丁重にお断りをした。
のだったのだが…
「じ、じゃあっチョコだけでも!一生懸命、作ったんで!」
「わ、わかった、ありがとう」
さすが、魔女は違う。
何がなんでも受け取らせてやろうという圧がすさまじかった。
頑なに断るとあとで何をされるか分からないと思った俺は、とりあえず、顔をひきつらせてチョコを受け取った。
「…キャー!!もームリー!カッコよすぎるー!!」
真ん中の子は、手からチョコが離れたと同時に、顔を隠して大声で叫びながら廊下を猛ダッシュして去っていく。
彼女の残した疾風に煽られ、手元に残ったチョコを見つめながらあっけに取られていると、すかさず、左前方から声がした。
「…あ、これ、私も作ったから…あげる!」
「は、はぁ…」
それは、先ほどまで真ん中の子を後押ししていた、少し控えめそうな魔女だった。
雰囲気は先ほどまでと大して変わらないが、目が、ギラついているのがわかる。
こちらも恐かったのでとりあえず受け取ると、右の子の方をちらりと見て、にやりと笑い去っていった。
ま、魔女って…恐い…。
「ちょっ!抜け駆け!?私もっ!余ったから、あげるっ!」
それを見て、先を越されたとばかりに焦りはじめた右の子が、ぐいっと俺にチョコを押し付けて、二人を追いかけるように去っていった。
たぶん、余ったとか言ってるけど、嘘だろうな…。
だって、ピンク色の大きなハート型の箱に赤いリボンのチョコは余らないだろ。
「あ…ありがとう…」
女の殺伐とした戦いを目の当たりにして唖然としていると、俺によく絡んでくる、色気全開のサキュバスとすれ違う。
「あら、MCチョコもらってる!モテる男は辛いわねぇ。私からも、チョコ、あ・げ・る♥お返しは、MCのカラダでいいわよー」
俺の姿を見るや、コツコツとヒールを鳴らしながらゆっくりと近付き、肩を撫でるようにぬるっと手を乗せる。
その指先には小さな紙袋に入ったチョコが引っかかっていた。
「うわ、絶対ヤバい媚薬とか入ってそー。もらったら何されるかわかんないから、いらない!」
「安心して、フツーのチョコよ♥ツテでブランド物のチョコもらったから、おすそ分け。私が本気でチョコを作るなら…そりゃ、惚れ薬の一つや二つ、入れるけどねー」
「こわっ!」
冗談に聞こえないところが、さすがサキュバスだ。
「ま、ムラムラしたらいつでも呼んでー、相手してあげる♥」
彼女は最後に、たわわな胸を俺の背中にムギュっと押し付けてから体を離す。
そのボリュームと弾力に、これで堕ちない男はいないだろう、とは思う。
しかし、俺には愛する恋人がいるのだ。
「間に合ってます」
「あ、そー」
いつもそう言って無下にするから、余計に堕としたくて絡んでくるのかもしれない、とは思いながらも正直に答えると、サキュバスは、余裕綽々に投げキッスをしてから手をヒラヒラと振って去っていった。
その時、サキュバスが去っていった廊下の先に、ふと天使の羽のようなふわりとした白いマントが見えた気がした。
もしかすると、シメオンがそこにいたのかもしれない、と考えを巡らせていると、前から、見慣れたパーマの髪をなびかせたアスモがやってきた。
「あー!MC、チョコもらってるー!ズルイズルイー!誰からもらったのー!?」
「魔女とサキュバス。って、アスモの方が断然数多いじゃん!」
目の前に立つアスモの手には、ちゃっかり準備していたのであろうブランド物の大きな紙袋に、山盛りのチョコが入っている。
「それはそーだけど、ひとつでも他の人に渡されてるチョコがあると思うと悔しくって!魔界中のバレンタインチョコは、全部ぜーんぶ僕のものになればいいのにー!」
手にした紙袋をブンブン振り回しながらアスモが怒る。
俺の持ってる4つばかりのチョコにさえ執着するとは、さすが色欲の悪魔。
「お、MC、誰からチョコもらったんだよ?ま、俺様のチョコの数には敵わねーだろーけどなー」
そこへ、ガラガラと、台車にダンボール箱を山積みにしたマモンが通りかかる。
それを見たアスモが、またムキーッ!と怒って紙袋をぶん回す。
魔界一のモデル様には、さすがのアスモも敵わないようだ。
「また、スゴいねマモン…。魔女とサキュバスからもらったけど、一番欲しいチョコ、まだもらえてないから。…って、シメオン見なかった?」
二人のバチバチした雰囲気に呑まれていたが、ふと我に返る。
そうだ、シメオン、どこ行ったんだろ?
一緒に帰るって約束したのに。
「おーおー、またノロケかよ。そーいや、見てねぇな。アスモ、お前見たか?」
「ううんー、今日は見てないよー」
その時、先ほど廊下で見かけた白いマントが頭をよぎる。
まさか、先に帰ったとか?
「そっか…一緒に帰るって言ったのにな。ちょっと探してくる!…あ、これあげるよ」
急に不安になった俺は、シメオンを探すことにした。
しかしそれには、両手に抱えた4つのチョコが邪魔なので、マモンにポイッと投げ渡す。
「おまっ!これ、手作りもあるじゃねーか!?いいのかよ!?」
「断ったのに渡してきたからもらっただけだし、シメオンのチョコ以外興味ないからいいー」
バラバラと宙に散らばったチョコを器用にすべてキャッチしたものの、明らかな本命チョコが混ざっていることに困惑したマモンをよそに、俺は、俺の本命を探しに廊下を駆け出した。
「ったく、どーすんだよ?コレ」
「マモンがいらないなら、僕がもらうー!それで、僕の分に換算するから!」
受け取った4つのチョコを手に頭を掻いていたマモンの横から、アスモがすかさずそのチョコの山を奪い取る。
「なっ…そーゆーことなら話は別だ!俺様がもらったんだから俺様の分だ!そこは、お兄様に譲れ!」
「えー?そーゆー時だけお兄ちゃんぶるんだからー」
アスモの言葉にハッとしたマモンは、慌てて、取られたチョコの山を再び奪い返す。
都合のいい時だけ発動する兄権限にキーキー文句を言うアスモの甲高い声を遠くに聞きながら、俺は、シメオンが居そうなところを求めてRAD中を駆けずり回った。
最後の授業を受けた教室の辺りに来ると、ルークの姿を見かけた。
ルークなら、授業中は一緒にいるから、どこにいるのか知ってるかもしれない。
そう思い、声をかけた。
「ルーク!シメオン知らない!?」
すると、息を切らしながら走ってきた俺に驚きながらも、不思議そうな顔をしてルークが答える。
「えっ、シメオンなら用事があるからって先に出たぞ?お前、聞いてないのか?いつも仲良いのに」
「だって、一緒に帰るつもりで……くそっやっぱりか」
本当に用事が出来たなら、真っ先に俺に言うはずだ。
だって、一緒に帰る約束を忘れるはずがないから。
そんな見え透いた嘘をつく理由なんて、ひとつしかない。
あー、もーっ!やっぱりあれ、シメオンに見られてたのか!
なら、行く場所はメゾン煉獄しかない、絶対一人で帰ったんだ。
俺は、ルークにお礼を言って、また走り出した。
そんな俺にルークは声をかけようとしたが、すでに俺の姿はそこにはなかった。
バレンタインで賑わう校内や街中には目もくれず、俺はメゾン煉獄までやってきた。
こんなに全力で走ったのはいつ振りだろう。
体力には自信のある方だったが、さすがに、この距離を全力疾走すると、肺が痛くなった。
でも、シメオンを一人にさせたくなかった。
早く、逢いたかった。
ただそれだけで、体が勝手に動いていたのだ。
「シメオン!いるんだろ!?開けて!!」
シメオンの部屋の前まで来ると、俺は扉をドンドン叩きながら中に呼びかけた。
すると、少し間を空けて、中で人がモソモソと動く音が聞こえる。
やっぱり、いた…
「…MC?あ、開いてるけどっ入っちゃ…」
うつ伏せていたのか少しくぐもった声がする。
その後、状況を理解したのかガタガタと物音をさせながら戸口まで近付いてくる音がするが、俺は容赦なく部屋の扉を開けた。
すると、中から、目の周りと鼻を赤くしたシメオンがビックリした顔で姿を現した。
やっぱり、泣いてた…
「勝手に帰るなよ!今日は一緒に帰るって約束しただろ!?」
「ご…ごめん…」
俺は、シメオンの肩を掴み、ブンブンと揺すった。
シメオンは、気まずそうに俯いて視線を逸らす。
「用事なんてないくせに。俺がチョコもらうとこ、見てたんだろ?」
「…知ってたの!?」
俺が問い詰めると、シメオンはターコイズの瞳をまん丸にして俺を見つめた。
「マントが見えたから、シメオンじゃないかと思って」
「見えてたんだ…。たまたま通りかかったら遭遇しちゃって、そしたら…笑顔でチョコ、受け取ってたから…」
俺は、昔から八方美人なところがある。
おかげで友達はすぐできるが、同時に敵も増える。
異性に至っては顕著に弊害が表れ、彼女が出来ても他の女子にいい顔をするのですぐに嫉妬される。
それが面倒で別れると、いい顔をした女子が勘違いをして寄ってくる…そのループだった。
そんなことを繰り返しているうちに、彼女を欠かしたことは無かったが、どの子とも本気で付き合ったことは無かった。
これが俺の処世術、そして、悪い癖…。
「断ったのに、しつこく渡してきたんだよ。笑顔は、その…俺の悪い癖が出たとゆーか…」
「知ってるよ。MCは誰にでも優しくて笑顔で…だからみんなに好かれること。わかってるんだけど…」
「嫉妬しちゃうんでしょ?」
シメオンは、そんな俺の面倒な性格をわかって好きになってくれた。
シメオンが、そこを気にしないようにしてるのも知ってる。
でも、実際目の当たりにすると、やはりモヤモヤとするらしい。
「…うん。こんなの、天使失格だよね…。MCの方が天使向いてるよ」
本当に、天使が純真無垢で穢れのない存在だったとしたら、そうなのかもしれない。
しかし、俺は魔界に来て、初めて悪魔や天使と出会って、悪魔や天使にも心があることを知った。
そして、こんな俺にも心があることを教えてくれた。
だとしたら、俺たちは、生まれた世界が違うだけで、同じような生き物なのかもしれない。
シメオンと同じ時を生きられるのなら天使にだってなるけれど、シメオンより向いているとは思わない。
「いや、そんなんでなれるもんでもないでしょ。それに、俺がちゃんと態度で示さないのが悪いんだよ。シメオンを不安にさせてばっかりで…」
「そんなことない!だって、そんな、みんなに愛されてるMCが好きだし、そんなMCが俺を好きでいてくれることが、嬉しい…から」
必死に愛を伝えてくれたかと思ったら、途中から急に恥ずかしくなったのか、そっぽを向いて、言葉が尻すぼみになる。
シメオンの、こんなに真っ直ぐな気持ちを聞くのは、付き合い始めの頃以来かもしれない。
最近は、俺がからかい過ぎるせいで、すっかり言葉にしてくれなくなったから、素直に嬉しかった。
「...バレンタインに、最高の告白だね。俺もね、こんなだから、シメオンを不安にさせてばっかりかもしれないけど、シメオンしか好きじゃないから。俺には、シメオンじゃなきゃダメなんだ」
俺は、シメオンをぎゅっと抱きしめた。
それに応えるように、シメオンも、俺の腰に手を回す。
「MC…」
「だから、もし次、そんな場面に出くわしたら、『俺のだからダメ!』って出てきてくれていいからね」
久し振りの純粋な甘い雰囲気がどうにもくすぐったくて、俺はまた、いつもの調子で冗談を言う。
でも、本当にシメオンがそう言ってくれたら、嬉しいのも事実ではあるけれど。
「行かないよ!恥ずかしい…。でも、それを聞いて、安心した」
シメオンは、いつものようにちょっと怒って照れたあと、眉尻を下げてふにゃりと微笑んだ。
この笑顔が見られるだけで、俺は幸せだ。
「よかった。誤解させるようなことして、ほんとゴメン」
「ううん、俺も自信つけられるように…頑張る」
俺が、頭を撫でながら謝ると、シメオンは決意を新たにした面持ちで俺を見つめた。
「…たぶん、無理だと思うけど」
その気持ちは嬉しいけれど、恐らく、そう簡単に割り切れるものでもないだろうと思って、俺は、そんなシメオンを見て苦笑した。
そんな俺を見て、シメオンもくすりと笑った。
「…だよね。あ、あの、それで、すっかり渡しそびれちゃったんだけど…」
話も一段落し、本来の目的を果たそうとシメオンがワタワタし始めたところで、俺は、当初からの計画を打ち明けた。
「それなんだけどさ、もともと一緒に帰るつもりしてて、ホントはウチに呼ぶつもりしてたから、今からウチ来ない?」
「嘆きの館に?」
「そう!来てほしいんだ!」
不思議そうにするシメオンの両手をやんわりと包み込むと、シメオンもそっと握り返してくれる。
「わ、わかった。どこで渡しても一緒だし、いいよ」
「じゃ、行こっ」
快諾してくれたシメオンを連れて、俺はメゾン煉獄を出た。
嘆きの館に着くまで、俺とシメオンは仲良く手を繋いで歩く。
日頃は、人目を気にして繋いでくれないけど、今日は、俺の差し出した手を素直に握ってくれた。
それだけでも、今日は特別な日だった。
今日の嘆きの館は、珍しく静かだった。
バレンタインということで、各自パーティーに赴き、楽しんでいるらしい。
残っているのはレヴィとベルフェぐらいだが、どちらも部屋から出てくる気配もない。
俺は自室の扉の前まで来ると、シメオンに扉を開けるよう促す。
「さ、開けて?」
「え…自分の部屋でしょ?MCが開けなよ」
「いいからっシメオンが開けて?」
今日はどうしても、シメオンにこの扉を開けて欲しい。
そのために、準備したんだから…
「…じゃあ」
ガチャ…
扉が開くと、そこには、一面の、と言いたいところだが、数に限りがあったので、ベッドの上とテーブルの上を、一面の白薔薇で埋めつくした光景が広がった。
「わぁっ!!どーしたのっ!?これ!」
シメオンが、白薔薇で埋め尽くされた部屋と俺の顔を交互に見る。
そんなシメオンの手を引いて、まるでお姫様をエスコートするかのようにベッドの脇に座るように促した。
その間もキョロキョロする一挙手一投足が堪らなく可愛い。
頑張って準備してよかった。
「昨日、魔界中の花屋回って集めてきた」
「大変だったでしょ!?」
「魔界だからさ、白薔薇ってなかなかなくて…。黒とか赤ならいっぱいあったんだけど」
最初は、簡単に出来ると思って近くの花屋から始めてみたものの、ここが魔界だということをすっかり忘れ、あまりの白いもののなさに初っ端から挫折しかけた。
しかし、今回は自分でやると決めてしまったばっかりに、どこか悔しい気持ちが優り、マモンにデモニオちゃんを出してもらい、魔界の端から端までとにかく花屋を回った。
散々文句を言われたが、礼は弾むと言ったら嬉々として受けてくれた。
薔薇と言えば赤が一般的ではあるけれど、今回はどうしても白薔薇じゃないとダメだった。
「なんでっ…なんで俺のためにこんなにしてくれるの?」
くるりと振り返り、俺の手をぎゅっと握りながら涙目でシメオンが俺を見つめる。
「なんでって……好きだから…?」
俺は、頭をポリポリ掻きながら視線を逸らす。
「またそんなっサラッと言う…」
「だって、好きなんだもん。喜ばせたかったんだもん。世界で一番早い、ホワイトデーのお返しでしょ?」
本当なら、RADで放課後すぐにチョコをもらって、そのままその足でこの部屋まで連れてくる予定だったのが、こんなに遠回りしてしまった。
でも、こんなに早いお返しは他にはないって胸を張って言える。
「まだ、あげてないのに」
「あ、そーだった。すっかりもらった気でいた。じゃ、シメオン、ちょーだい!」
欲しくて欲しくてたまらなかった、俺の本命チョコ。
やっと、手にできる!
俺は期待に胸を膨らませ、両手をシメオンの前に差し出した。
「なんか、順番逆になっちゃったけど、はい、ハッピーバレンタイン」
シメオンが後ろ手に取り出したのは、金のリボンがかかった四角い白い箱。
「わぁ!やっぱりシメオンはシンプルイズベストだね!開けていい?」
「あんまり派手なの、好みじゃないかと思ったから。どーぞ」
そう言うと、シメオンは少し頬を染めながら微笑んだ。
「お、チョコの見た目もシンプルだけど、味は凝ってるんでしょ?きっと」
箱の中には、四角いチョコが4つ。
デコレーションも何も無い、いかにもチョコ、な一品だ。
しかし、料理上手なシメオンのことだから、なにかあるに違いない。
「…食べてみて?」
俺の予想は当たったのか、シメオンが少しイジワルな顔をする。
答えは、食べてからのお楽しみということか。
「あーん、してよ」
せっかくなので甘えさせてもらいたくて、俺はシメオンにねだった。
「もうっ!……あ、あーん」
いつものように怒りはしたけれど、早く食べて欲しいからか、顔を赤らめながら、箱からチョコをひとつ摘んで俺の方へと差し出した。
食べてみると、思った通りのビターチョコで、口の中にカカオの深い風味が広がる。
と、その中から、チョコとは違う味が顔を出す。
キャラメル状のそれは、俺にとって馴染みのある味だった。
「んっ、ビターチョコに…コーヒーヌガー?」
「うん、甘いの好きじゃないけど、コーヒーは好きでしょ?ヌガーは甘めにしたからビターチョコと相性いいかなって…」
俺の好きな物をわかってて、それをちゃんと取り入れてくれるシメオン。
苦さと甘さのバランスが絶妙で、これなら何個でも食べられそう。
「んふふ、おいしいっ。俺でも食べられるチョコ作るなんて、シメオン天才!で、シメオンは食べたの?」
「一応、味見はしたけど…?」
こんなにおいしいチョコを作ってくれたシメオンにお礼がしたくて、俺の中にイタズラ心が湧いた。
「なるほど…。シメオン!」
「なにっ…んっ!んんっ」
急に名前を呼ぶと、シメオンはビックリして俺の方に顔を向ける。
その隙に、俺はシメオンの顎を掴んで、ポカンと開いているシメオンの唇に自分の唇を重ねて舌を差し込んだ。
先ほど食べたチョコが溶けて、俺の舌を伝い、シメオンの口内へと流れ込む。
突然のことに目を見開きながらも、流れてきたチョコを必死に飲み下す。
口を離すと、チョコの混ざった唾液が二人の間に糸を引いた。
「どう?おいしいでしょ?」
「んん…っ、お、おいしいけどっ。…でも、作った時より、甘い…?」
「それは、俺の隠し味だよ」
「……っ!!また恥ずかしげもなくっ」
俺の冗談に何を想像したのか、顔を真っ赤にしながら俺の胸元をペチペチ叩く。
「ご飯食べてくでしょ?食事当番のレヴィに頼んでくる!」
俺は立ち上がり、扉の方へと歩を進める。
「…ありがとう」
お礼の言葉に振り返ると、白薔薇の絨毯に囲まれたシメオンがこちらに向かって微笑んでいる。
マジ、ここは天国なんじゃないだろうか。
そう思った時、ふと、肝心なことを伝え忘れていたことを思い出した。
「あっ!!」
「な、なにっ!?」
俺が急に大きな声を上げたので、シメオンが一瞬ビクッとする。
「そーいえばさ、白薔薇の花言葉って、知ってる?」
「…?知らない」
再びシメオンの元へと戻り、シメオンにたずねる。
しばらく思案してみるが、答えが浮かばないらしく、頭を振りながら返答する。
「…永遠の愛」
俺は、シメオンの耳元に口を近づけ、ぽそりと呟く。
本当は、これが一番伝えたかった、俺の気持ち。
「……え?」
状況が把握出来ていないのか、キョトンとしたまま俺を見上げるが、ぐるぐると頭の中で繰り返すうちに理解が追いついてきたのか、次第に頬が赤くなる。
「じゃ、キッチン行ってくる!」
そんなシメオンから逃げるように戸口まで戻り、俺は部屋を後にした。
「ちょっ…と!…そんな、ずるいよ、言い逃げなんて…」
耳まで真っ赤になったシメオンが俺を呼び止めようとしたけれど、その時既に俺の姿は扉の向こうに消え、シメオンは、白薔薇が敷きつめられたベッドに寝転がり、一人でのたうち回っていた。