輝きは、永遠に。いつものようにお泊まりしてイチャイチャしたあと、一緒にベッドに入った。
寝ようと思って後ろから抱きついた時、ふと、あることを思う。
「シメオンの瞳って、宝石みたいだよね」
「なに?突然」
背中から声をかけられ、シメオンが思わずこちらを向く。
「いや、綺麗なグラデーションで、そんな宝石があったら、ずっとシメオンと一緒にいるみたいに思えるなー、と思って」
「そ、そんなこと言うなら、俺だって、MCの瞳の色の宝石が欲しいよ」
シメオンが少し顔を赤らめながら、俺の頬に手を置いて、瞳を覗き込むようにして言う。
「ほんと?」
「うん。花が咲いたみたいに虹彩が綺麗で、ずっと見ていたくなっちゃう」
俺のヘーゼルの瞳は、人間界でも珍しいらしく、よく綺麗だと言われた。
中心が茶色で外に向けて緑がかっていくグラデーションが、ひまわりの花が咲いたように見えるらしい。
シメオンがそう言いながらじっと俺の瞳を見つめる顔が妙に真剣で、思わず、イタズラ心に火がついてしまう。
「じゃあ、俺にも、シメオンの瞳、もっとよく見せて?」
「え?…い、いいけど…」
俺のそんな気持ちなど知る由もなく、シメオンは真面目に瞳を見開いて少しだけ俺に顔を近づける。
「そんなんじゃよく見えないから、もっと近づいて?」
俺が腰をグッと抱き寄せると、シメオンが体ごと近づいて、お互いのおでこがぶつかる。
「そ、そんなに近くちゃ、見えないでしょ?」
瞳はお互いの影ですっかり見えなくなってしまったが、近づいた分感じるシメオンの熱と、視線を逸らす仕草が、さらに俺の加虐心を煽る。
「…バレた?チュッ」
鼻先をくっつけてイタズラっぽく笑ってみせたあと唇に触れると、逸らされていた目がこちらを向いて見開かれる。
「……っ!」
その反応が可愛くて、つい、調子に乗って、唇を尖らせてシメオンに顔を近づける。
「もっと…」
が、その唇は、頬に添えられていた両手で塞がれてしまう。
「今日はもうシないよ?」
シメオンが眉根を寄せながら俺に言う。
なぁんだ、このままもう一回ぐらい出来るかと思ったのになぁ。
「ちぇっ…おやすみっ」
俺は、少しふてくされながら、シメオンの胸に顔を埋める。
「ふふ…おやすみ」
シメオンは、そんな俺の頭を優しく撫でながら、もう片方の手を俺の背中に回し、互いに眠りに就いた。
――――――――――
翌朝、昨夜の思いついたことを、ソロモンに相談してみる。
「ソロモン、宝石って、魔法で作れないの?」
「材料さえあれば作れないこともないけど…かなりの高等魔法だよ?」
ソロモンが、顎に指を添えながら答える。
「でも、出来るんだよね!?なら、やってみたい!」
俺が、前のめりに言うと、ソロモンは少し唸ってから頷いた。
「んー、確かに、MCなら、出来ちゃうかもしれないね。今までも、驚くようなことたくさん起こしてきたから」
「やった!じゃ、今度、教えて!シメオンと一緒に行くから!」
俺の思わぬ発言に、ソロモンが目を見開いて驚く。
「え、シメオンも!?わ、わかった」
――――――――――
数日後、何も知らないシメオンを連れて、ソロモンの実験室へとやってきた。
「おっじゃまっしまーっす!」
元気に声をかけると、白衣に身を包んだソロモンがこちらを向く。
「来たね。じゃあ二人とも、そこに座って?」
ソロモンに示されたテーブルに、二人並んで座る。
「ねぇ、何するの?」
何も知らないシメオンが、俺とソロモンの顔を交互に見る。
「実験だよ、実験!」
「…実験?」
首を傾げるシメオンに、詳細を説明する。
「そう。この前、『瞳の色の宝石が欲しい』って話しただろ?それ、作ってみようと思って」
「えっ!?」
驚くシメオンの向こうで、準備をしていたソロモンが頷く。
「あぁ、それで『宝石を作りたい』なんて言い出したのか」
「あれ、言ってなかったっけ?」
つい、勢いで提案しただけで、どうやら、ソロモンに説明するのをすっかり忘れていたらしい。
「聞いてないよ。でも、相変わらず君たちは、ロマンティックだね」
「でしょーっ」
振り向いて俺たちを見るソロモンに見せつけるように、隣のシメオンの肩を抱いて、頭をコツンと合わせる。
「お、俺だって聞いてないよ!」
ソロモンに見られるのが恥ずかしいのか、ワタワタと逃げようとするシメオンの肩を、さっきより強い力で押さえ込む。
「だって、言ったらサプライズにならないじゃん」
そう言って頬にキスをすると、シメオンが、肩まで一気に赤くなった。
「はいはい、見せつけるのはその辺にして。始めるよ」
「はーい!」
ソロモンが腕を組んで俺たちを見ながら溜め息混じりにそう言うので、俺は手を挙げて元気に返事をした。
「…もう」
その横で、シメオンは真っ赤になりながら、小さくなって俯いていた。
「宝石を作る、ということだったから、今日は簡単な石英を用意したよ。ダイヤは合成が難しいから」
材料の説明ついでに、ソロモンの鉱石についての授業が始まる。
自分の知らない知識が増えることは楽しいから、博識のソロモンの話を聞くのは好きだ。
「へー。やっぱ、ダイヤって難しいんだ」
「普通に作るのも難しいからね、魔力を使うとなると、かなりの力が必要になる。その点、石英の方が、まだ力が少なくてすむ。ただ、こちらも透明で綺麗な宝石になるよ。水晶と同じだから」
「水晶って、結晶の形が綺麗だよね」
シメオンが、実験室に置いてある水晶の結晶を見ながら言う。
窓辺でキラキラ輝く六角柱は、心を綺麗に浄化してくれるほどに、無色透明だ。
まさに、シメオンの瞳の宝石を作るのにぴったりの鉱石だと思った。
「そうだね。ねぇ、ソロモン。色は付けられる?」
「そうだな、それも魔力が必要になるんだけど、形と色は、その術者の思いによって変わるから、強く念じれば、想像通りの宝石が作れるはずだよ」
「なんか、難しそう…」
「でも、物は試しだから、やってみようよ!」
眉を下げ自信をなくすシメオンに、俺は声をかける。
何事も、やってみなくちゃ始まらない。
失敗しても、それがシメオンとの思い出になるなら、俺はチャレンジしたいと思った。
そんな思いが伝わったのか、シメオンの瞳が輝きを取り戻す。
「うんっ」
「で、どうすればいいの?」
「ここに魔法陣を書いてから宝石を作るのに必要な石英を置くから、そこに手をかざして、作りたい宝石の色や形をイメージするんだ」
「それだけ?」
俺はもっと、魔法薬を調合したり、呪文を唱えながらかき混ぜたりするものだと思っていたから、あまりにも単純明快で逆に驚いた。
「それが難しいんだよ。邪念が入ったら形にはならない。宝石のことだけを考えて集中するって、なかなか出来ないんだよ」
確かに、魔法薬や呪文は、量や文言を間違えなければほぼ100%成功するだろうが、魔力と思念となると、術者自身の力量が試される。
そんな高等技術を、こんな邪念の塊の俺にしろというのか。
「失敗したらどうなるの?」
一応、リスクマネジメントを兼ねて聞いてみる。
「透明にならなかったりドロドロになったり、弾けて粉々になっちゃうこともある」
弾けた破片は危険かもしれないが、まぁ、聞いた限りの現象は想定の範囲内だ。
俺はもっと、化け物みたいになって襲われたりするのではないかと思っていたから、安心した。
「襲ってきたりはしないんだね、それなら…」
「わからないよ?報告がないだけで、変な事考えてたら襲われるかもしれない」
そんな俺の心を見透かしたように、ソロモンが忠告をする。
俺とシメオンは一瞬固まり、しばらくの沈黙のあと、シメオンが口を開く。
「…MC、気を付けてよ?」
その目には、明らかに懐疑的な心が透けて見えていて、俺ならやりかねないと顔に書いてあった。
「なんでそんな目で俺を見るんだよっ」
ただ、それは俺も同感だとは思ったが、情けないので心の奥底にしまって、シメオンの目を手で隠してごまかした。
「さ、始めよう!」
そうやいやいと言っているうちに、遂に実験が始まる。
ささっとソロモンがチョークで書いた魔法陣の上に、奥の準備室から持ってきた石英の粉をひと山盛る。
スプーン一杯分で、アクセサリーで使うぐらいの宝石ひとつ分になるらしい。
準備が整うと、さっそくそこに両手をかざして、思い描いている宝石をイメージする。
ころんと可愛らしい、小さな水晶の結晶のイメージ。
ただ、やはり、出来なかったらどうしよう、とか色んなことを考えてしまい、邪念が入って集中出来ない。
それはシメオンも同じようで、隣でうんうん唸っていた。
「うーんっ…むずか…しいっ…」
「ぜんぜんっ…固まらないっ!」
二人の前の粉の山は、小さな赤い光がチラチラと見えたり、時折、パチパチとスパークするような様子は見せるが、一向に固まっていく気配はない。
これが本当に一塊の宝石になるのか、今は全くもって信じられずにいた。
「熱は持ち始めてるんだけどねぇ。もっと、集中して?」
ソロモンの言葉に、シメオンは眉間に皺を寄せて目が寄るほど凝視し、俺は目が血走るほどの力を込めた。
「うーーーんっ!」
「おりゃーーー!!」
が、その甲斐もなく、二人の前にある石英の粉は微動だにせず、魔法陣の上に留まっていた。
「「はぁ…はぁ…」」
俺とシメオンは肩で息をしながら、なすすべもなく呆然としていた。
その、あまりにも悲惨な光景を見かねたソロモンが、堪らず俺たちに声をかける。
「…ちょっと休憩しようか」
ソロモンの声に我に返ったシメオンが、椅子からすっくと立ち上がる。
「お、俺…気分転換にお茶淹れてくる」
「ありがとう」
俺は、虚ろな瞳のまま準備室へと消えていくシメオンの背中に、声をかけるのがやっとだった。
しばらくして、ポットとティーカップが乗ったトレーを持って現れたシメオンは、お茶を淹れている間に少し落ち着いたようで、微笑みを称えていた。
温めたティーカップに紅茶が注がれると、部屋の空気が一変する。
さっきまでの張りつめていた空気が、紅茶の湯気と共に柔らかく溶けていくようだ。
カップから漂う紅茶とラベンダーの香りが、さらに心を落ち着けてくれた。
どうやらシメオンは、リラックスするようにラベンダーブレンドの紅茶を淹れてくれたようだ。
「はぁ…シメオンのお茶、落ち着くー」
紅茶に口を付けると、力んでいた体が一気にほぐれる。
シメオンの癒しの効果は、淹れてくれた紅茶にも表れるらしい。
シメオンに笑顔を向けると、シメオンも同じように笑ってくれた。
「ありがとう」
殺伐としていたのが嘘のように、三人でまったりティータイムに興じていると、ソロモンが、思いついたとばかりに、ティーカップを置いて話し始める。
「そうだ!お互いの瞳の色の宝石を作るんだろう?なら、相手のことを思ってやってみればどうかな?」
「「えっ?」」
ソロモンの提案に、俺とシメオンは同時に顔を見合わせる。
「その方が、イメージが具現化出来て、結晶化しやすい気がするんだけど。まぁ、あくまでも想像の話だけどね」
確証はないが、俺たちの様子を見てふと思いついたと、ソロモンは言った。
確かに、さっきまではとにかく「固まって石になれー!」としか思ってこなかったが、どんな宝石にしたいのかのイメージがなければ、石だって固まることが出来ないだろう。
その点、シメオンのことを考えながらやれば、シメオンの雰囲気にあった宝石がイメージしやすい。
ソロモンの言うことには、一理あるかもしれない。
「わかった、今度はそれでやってみる。シメオン、続きしよう!」
「う、うんっ」
俺の誘いに、口に付けていたカップを慌てて離してシメオンが頷く。
残っていた紅茶を一気に飲み干すと、頬をパンっと叩いて、再び石英の山と向き合う。
「うーーんっ…」
「ふぬぬーーっ!」
デジャヴかと思うほど、休憩前と同じ光景が広がる。
ただ、傍から見ると、その光景には変化があったようだ。
「あっ!でもさっきよりいい感じだよ!だんだん固まり始めてる!」
ソロモンの言葉に奮起した俺たちは、出来うる限りの魔力を込める。
「「えーーーいっ!!」」
その瞬間、二つの石英の山が、同時に内側から光を放つ。
あまりの眩しさに目を覆ったが、閉じた瞼の裏でも明るさを感じるほどの光が放たれているのがわかる。
光とともに熱も発せられているようで、顔や手がほのかに熱い。
しばらくしてその熱が落ち着くと、ゆっくりと目を開いてみる。
すると、目の前に無色透明の輝く宝石がふわふわと浮いていた。
隣を見ると、シメオンの目の前にも同じものが浮かんでいる。
出来た、俺たちにも出来たんだっ!
「おぉー!ちゃんと宝石の形になった!すごいすごい!じゃあ、あとは色付けだね。これがまた難しくて…」
ソロモンが俺たちを褒めてくれている。
が、その声は俺には遠く聞こえ、今は目の前の宝石とシメオンのことで頭がいっぱいだった。
ふと、シメオンの瞳が見たくなって隣を見る。
「シメオンっ!」
「へっ?」
突然名前を呼ばれて、驚きのあまり目をまん丸にしながら反射的にこちらを見たシメオンを見つめる。
純真無垢なその瞳を、そのまま宝石に出来たら。
そう思うと、愛しさが込み上げて、叫ばずにはいられなかった。
「愛してるよっ!」
「……っ!!」
シメオンが全身を真っ赤にした瞬間、ボンッという音とともに二人で煙に包まれる。
遂に、恥ずかしさでシメオンが爆発したのかと思ったが、煙が引いていくと、シメオンの姿が現れた。
違うのか、と思った時、コロンと手のひらに何かが落ちてきた。
見ると、ターコイズからイエローのグラデーションに彩られた宝石が、手の中でキラキラと輝きながら転がっていた。
「出来たっ!」
「えぇぇぇーーっ!?」
俺の言葉に、普段顔色を変えないソロモンが、目を見開いて驚く。
ふと隣を見ると、シメオンの手の中にもキラキラと輝くものがあった。
覗いてみると、俺の瞳と同じ、ブラウンからグリーンのグラデーションが広がる宝石が転がっている。
「ほら、シメオンのも出来てるよ?」
「…ほんとだ」
俺の声に、シメオンは正気を取り戻し、自分の手の中を見た。
そこに転がる宝石を見て、思わず声が出る。
宝石を指で摘んで明かりに当てると、宝石の色がよくわかる。
「綺麗だねー。ホントにシメオンの色だぁ」
くるくると回転させると、万華鏡のように光が表情を変えていく。
「うん、宝石の中にお花が咲いてるよ」
シメオンも、俺にならって同じように指先で宝石を回転させて見つめる。
気が付くと、シメオンが俺の肩に頭を乗せていて、俺もまた、シメオンの方に体を寄せて二人でお互いの宝石を見つめあっていた。
「ゴホンっ!…俺がいるの、忘れてない?」
と、そこに、ソロモンの咳払いが聞こえて我に返る。
「「あっ…」」
二人で顔を見合わせたあと、何となく気まずくなってさっと距離を取った。
「で、それ、どうするの?」
ソロモンは、声はかけたものの特に気にする様子もなく話を進める。
そういえば、宝石を作った後のことは考えていなかったと、今更ながら気付いた。
「どうしよう?ブレスレットはこの前送ったし…ネックレス?」
「MCなら、髪留めでも素敵だね」
せっかくなら、見えるところに着けておきたい。
ネックレスなら制服の下に忍ばせられると思ったが、すでにブレスレットがあるから、なんだか新鮮味がない。
シメオンが髪留めを提案してくれたけれど、俺は使うがシメオンは使わない。
着けるなら、お揃いがいい。
思わぬところで問題が発生し、二人で頭を悩ませる。
と、ソロモンが、究極の一言を口にした。
「もう、指輪にしちゃえばいいんじゃないか?」
「えっ?」
まさか、ソロモンから提案されるとは思わず、俺は驚く。
「持ってないんだろ?周りはみんな知ってるんだし、着けても問題ないと思うんだけど」
「…って、友人殿は言ってくれてるけど?」
正直、俺は大歓迎だ。
付き合った時から、指輪はずっと送りたいと思っていた物だから。
ただ、それには、シメオンの同意が必要だった。
シメオンは、最初から付き合っていることはなるべく隠したいと思っていたから、明らかな証は嫌がっていたのだ。
ソロモンの後押しもあって、ふと、隣の様子をうかがうと、シメオンは下を向いて考え込んでいるようだった。
そして、チラッと俺の目を見てこう言った。
「え…MCが嫌じゃないなら」
「俺はずっとペアリングしたいって思ってたから大歓迎だけど?」
俺の言葉で、怯えたように見つめていた目に輝きが戻る。
「…ほんと?」
「うんっ」
大きく頷くと、シメオンは嬉しそうに笑った。
「じ、じゃあ、指輪が、いい」
「だそうです。さっそくアクセサリーショップに持ってって…」
そう言って席を立とうとすると、ソロモンが俺たちを制止する。
「待って!」
「ん?」
「せっかくこんな素敵な場に立ち会えたから、友人として、プレゼントさせてよ。ちょっと待ってて」
ソロモンは準備室へ向かうと、手に何かを持って戻ってきた。
テーブルに置かれたそれは、小さな金色の塊で、金属の破片のようだった。
ソロモンが、その破片に向かって指をかざし、クルクルっと宙に円を描くと、破片は二つに裂け、それぞれが生き物のようにくねくねと棒状になって動き出す。
ひとつは俺の宝石に、もうひとつはシメオンの宝石にまとわりつき、あっという間に、宝石を支える台座の付いた指輪へと姿を変えた。
「こんなので、どうかな?」
手に取ると、どこからどう見てもちゃんとした指輪で、魔法で作られているからか、つなぎ目もなく、台座に施された装飾も曲線が綺麗に出ている。
「素敵だね」
その装飾の素晴らしさに、シメオンが思わず声を漏らす。
「うん。ソロモン、ありがとう」
「ありがとう!本当に嬉しいよ!」
シメオンの言葉に同意し、俺はソロモンに礼を言った。
俺のあとに続いて、シメオンが礼を言ってソロモンの手を握りブンブンと振る。
「どういたしまして」
そんな俺たちに、ソロモンも笑顔で応えてくれた。
「じゃあ…」
そんな和やかな空気の中、俺は、シメオンの肩を掴んで自分の方に向かせる。
「えっ…あ…こんなとこでっ」
これから何が始まるかを察したシメオンが、俺とソロモンを交互に見てアタフタし出す。
「さ、俺は片付けでもしてこようかなー」
そんな空気を察したソロモンは、ティーセットの乗ったトレーを持って、わざとらしく、準備室へと消えていった。
「気を遣わせちゃった」
シメオンは、申し訳なさそうな顔で準備室の方を見るけれど、指輪を提案した張本人なら、こんな時ぐらい、二人っきりにさせてくれないと困る。
そう思いながら、改めて、シメオンの肩に手を置いて、俺たちは向かい合った。
「いいんだよ。じゃ、改めて」
俺が左手を差し出すと、シメオンがビックリした顔をする。
「ひ、左手なの?」
「当たり前でしょ?」
俺は、シメオンが何に驚いているのかわからずキョトンとしてしまう。
「え、でも…」
「俺はシメオンしか好きじゃないの。もう一生一緒だって決めたの。だから、左手でいいの!先に言わさないでよ」
躊躇うシメオンに、俺は心からの気持ちを伝えた。
本当は、シメオンに指輪を嵌めてから言おうと思ってたセリフなのに、もう言っちゃったじゃないか!
「ごめん。…はい」
シメオンは、俺の言葉に耳まで真っ赤になりながら、差し出された左手を取り、薬指に指輪を嵌めてくれた。
指輪の嵌められた左手をヒラヒラと動かすと、その度に、シメオンの瞳の色の宝石が輝く。
何時間でも眺めていられそうだったが、俺には、重要任務が待っていたことを思い出し、その手を裏返して差し出した。
「じゃ、シメオンも」
「うん…」
おずおずとシメオンが左手を差し出す。
が、その手には、黒い手袋がついている。
「手袋、外す?」
「中だと見えなくなっちゃうから、外に着ける」
たずねると、シメオンは相変わらず耳を赤くしたまま俯いて答えた。
恥ずかしがるわりには、発言には愛が溢れていた。
今まで散々「バレたくない」「指輪なんて」と言っていた人の口から出た言葉とは思えず、そのギャップに思わず吹き出してしまった。
「ぷっ!あんなに躊躇ってた人の発言とは思えないね」
「つ、着けるなら、目に入るところがいいでしょ?」
俺が笑うのが気になるのかチラチラこちらを見ながらも、言い訳のようにさらに恥ずかしい言葉を並べる。
でも、それは俺が思っていたのと同じことで、シメオンも同じ気持ちなのかと思うと、自然と笑みがこぼれた。
「はいはい、そうだね。じゃあ…」
差し出された左手を優しく掴み、手袋の上から、薬指に指輪を嵌める。
魔法で出来た指輪はサイズが自由に変わるようになっているらしく、手袋の上からでもピッタリとフィットしてくれた。
指輪を嵌めた左手を俺は両手で優しく包み込み、シメオンの瞳を見つめる。
「シメオン」
俺の呼びかけに、シメオンも優しい笑顔で見つめ返してくれる。
「はい」
シメオンの透き通る海のような瞳を見ていると、今の真っ直ぐな気持ちを伝えたい。
素直に、そう思った。
「これからも、ずっと好きだよ」
今までも、今も、もちろん好き。
でも、この先も、ずっと一緒にいたい。
心から愛するのは、シメオンだけ。
そんな気持ちを伝えるには、この言葉しか出てこなかった。
自分の気持ちを伝えて満足していると、ボソッと、何かが聞こえた気がした。
「お、俺も…好き…だよ」
それは、俺の恋人からの小さな小さな愛の告白。
日頃、恥ずかしがって伝えてくれない人からの、精いっぱいの愛の言葉。
本当は、心のフォルダに永久保存出来るぐらいちゃんと聞こえたのに、欲張りな俺が顔を出し、もっと声が聞きたくなった。
「なぁにー?聞こえなーい」
包み込んでいた手をグッと引き寄せ、俺の腕にシメオンを閉じ込める。
わざと大声で不満を言うと、ソロモンの存在を気にしているのか、これ以上、この話題に触れてくれるなと、俺の胸を全力で押し返してくる。
「い…言った!言ったから、もう言わない!」
「えー、もっと言ってよー!」
俺も負けじと逃げられないように腕に力を込めて、頬にキスをして応戦する。
こんなふざけた押し問答をくり返すたびに、俺の腕の中で真っ赤になるシメオンが可愛くて仕方ない。
何があっても手離したくない、大切なひと。
これからもずっと、こうやって、二人で過ごしていこうね。
俺は今日、薬指に嵌めた指輪にそう誓った。