非日常を、君と。ある日、ディアボロから、嘆きの館とメゾン煉獄宛てに、
『今度、コスプレパーティーをしよう!』
と言う連絡が来た。
ディアボロらしい、唐突な発案だ。
どうやら、レヴィとコスプレの話で盛り上がり、自分もやってみたい!となったらしい。
となると、どんなコスプレをするか、俺は、泊まりに来たシメオンの部屋で、「コスプレ 定番」「コスプレ 可愛い」などと検索しながらネタを探していた。
時折、隣に座るシメオンに向けて、人差し指と親指をL字にして重ね、被写体を探すように覗き込む仕草をする。
それがあまりに気になったのか、シメオンが読んでいた本を閉じ、俺の方を向く。
「…何してるの?」
「コスプレのネタ探し」
俺は、指の間からシメオンを覗き込んだまま答える。
「あぁ、ディアボロが言ってたあれだね?」
「そう、せっかくなら、シメオンが可愛く見えるのがいいじゃん。だから、何がいいかなーって」
「…俺のコスプレ、決めてくれてたんだ」
まさか、自分のコスプレをこんなに真剣に考えているとは思わず、シメオンが半ば呆れている。
「あ、せっかくだからお揃いにする?いいじゃん、ペアルック!」
最近は、ようやくみんなの前でも手を繋いだりしてくれるようになり、恋人と見られることにも抵抗がなくなってきたようだった。
だから、気心の知れたメンバーの中なら大丈夫かな?と思って提案してみる。
「えっ!?ペアルック!?そんな…恥ずかしいよ」
シメオンが、顔を赤くして首を左右に振る。
「そもそも、コスプレしてる時点で恥ずかしいんだし、一緒じゃない?」
「…そう、かな?」
ふと、思ったことを口にすると、シメオンの反応が良かったので、これは、押せば何とかなる、と必死に口実を考える。
「そうだよ!それに、全く一緒じゃ面白くないから、ちょっとずつ変えてさ、よく見ればペアルック、ぐらいにするから!」
「…それなら、いいかも。MCとペアルック、したいし」
はい、交渉成立。
しかも、嬉しい本音も聞けたし、これは気合いが入る。
「よしっ!じゃあ、考えとくから、当日楽しみにしてて!」
そうと決まれば俄然ヤル気が出て、俺はまたD.D.D.へと視線を戻す。
すると、そんな俺の腕を、シメオンが慌てて掴んだ。
「えっ!先に教えてくれないの?試着とか…」
「そんなのしたら、シメオン絶対拒否るから、当日まで教えなーい」
「…あー…どんなの考えてるか、わかっちゃった…」
俺が口の前に人差し指を当ててニヤリとすると、何かを察したようで、シメオンがジト目で俺を見る。
「お、スゴいね!シメオン!エスパーなんじゃない!?」
俺はわざと大袈裟に、拍手をしてシメオンを褒めたたえると、シメオンが少し頬を赤くして俯きがちに答える。
「…MCがそういう時って、いやらしいことしか考えてないの、知ってるだけ」
可愛らしいシメオンに、思わず両手で頬を包んで微笑んでしまう。
「俺の考えがわかっちゃうなんて、相思相愛だね!シメオン!」
「……っ!!また、そういうこと言う!」
照れ隠しで睨まれたけれど、シメオンは首まで真っ赤になっていた。
そんなわけで、俺は、ペアルックのコスプレを制作することとなったのだった。
――――――――――
「はいっ!シメオン!素晴らしいコスプレ衣裳持ってきたよ!俺もここで着替えるから」
パーティー当日、スーツケースに二人分のコスプレ衣装を入れて、シメオンの部屋までやってきた。
意気揚々と現れた俺に反して、シメオンの顔は暗く沈んでいる。
「…遂に、この日が来ちゃった」
「わー、シメオン、嬉しそうな顔ー」
「どこがっ!」
シメオンの頬を指でつつくと、パシンと手で払われた。
「じゃ、俺はこれね。シメオンはこれ!デザイナーからのお手紙付きだから」
「…?」
同じスーツカバーに入れられてはいるが、シメオンの衣裳には、ファスナー部分に、二つ折りの紙がくくりつけられている。
俺は、それを解いてシメオンに手渡した。
『尊敬する、ピジオン大先生様へ。大変お似合いになると思われます。』
「…そういうこと」
シメオンに対して、こんなことを言う人間、いや、悪魔は一人しかいない。
シメオンは、手紙を読んで全てを理解したらしい。
「何回か服作りは頼んでるからサイズわかってるし、何より、どんなのが似合うかで盛り上がっちゃって…」
何個か候補を絞ってレヴィの部屋に相談に行ったが最後、レヴィのデザイン画を見ながらキャッキャして、レヴィの部屋で寝落ちした日が連日続いた。
そうして、この、素晴らしいコスプレ衣裳が、満を持して完成したのだった。
「わかった。…着る!着るから貸して!」
レヴィの渾身の作品と知って、シメオンは渋々俺に向けて手を伸ばす。
「そうそう、素直が一番だよ、シメオン」
そんなシメオンの手に、ニッコリ微笑んでハンガーを手渡した。
少し離れて、お互い着替え始める。
俺は、自分の着替えもそこそこに、後ろから聞こえてくる衣擦れの音に耳がダンボになっていた。
「うぅ…」
すると、しばらく無音が続き、そのあとに、シメオンのうめき声が聞こえてきた。
「…あの」
「ん?なぁに?」
シメオンの小さな声に振り返ると、ボディラインに沿った真っ赤なチャイナドレスに身を包んだシメオンが、下を向きながら、腰周りに手を当てている。
「これ…下は?」
「…ないよ?」
俺は、さも当たり前かのように答える。
確かに、アオザイのように下にパンツを合わせることも出来たが、シメオンが着るチャイナドレスとなると、もちろん、脚が強調されたシルエットじゃないと、と俺が譲らなかった。
「…え?」
シメオンは、驚きのあまり声も出ないようだった。
「シメオンの美脚を見せるならコレしかないよね!って全会一致で決まったから。スリットも、ギリギリのラインを攻めてみました!」
「だから!それが困ってるんだってば!お尻、ほぼ見えちゃうじゃない!」
そう言いながら、シメオンが横を向いて俺にスリット部分を見せてくる。
チャイナドレス特有のそれは、シメオンの腰骨の辺りから切れ込みが入っていて、少しでも足を動かせば、横尻から太ももにかけて、丸見えになってしまう。
おぉ、これが俺の求めていたものですよ!
完璧だよ、シメオン!!
と、心の中で絶賛する。
「大丈夫だよ!誰にも触らせないようにガードするから!」
「そーゆー問題じゃなくてねっ!?」
俺が、真剣な顔で、シメオンの腰の辺りに手を広げてガードする素振りを見せると、シメオンは、呆れた顔で俺を見る。
「あ、シメオン!大事なもの忘れてるじゃない!」
「えっ?服はちゃんと着たよ?」
シメオンの声には耳を貸さず、チャイナには欠かせないある物をスーツカバーから取り出す。
ドレスと同じ素材で出来た、フリルのついたまん丸のそれを二つ、シメオンの頭にパチンとピンで留める。
「チャイナには、お団子でしょ」
「…こんなのまで作ってたの?」
シメオンが、頭についたそれを触りながら目を丸くする。
「ちなみに、綿詰めたの俺だからねっ」
「…いつもながら、情熱がすごいよね」
褒めて欲しくて自慢げに話すと、先ほどより呆れた顔を返された。
「ほら、時間だから、行くよっ!」
俺は、シメオンに黒いハイヒールを渡してから腕を取る。
「えっ!ちょっ!待って!!」
シメオンは、渡されたハイヒールを反射的に履きながら、俺に腕を引かれて部屋をあとにした。
――――――――――
「あっ!MCおそーいっ!」
魔王城に着きパーティー会場に入ると、ブリブリのピンクと白のロリータ服を着たアスモが、俺に向かって大声で叫ぶ。
「シメオンも、ちゃんと連れてきたんだろうなっ!」
続いて、足元からズイッと、耳の立った子犬の着ぐるみを着たルークが顔を出す。
「いるよ。…って、あれ?シメオン?」
俺の自慢の恋人を見せびらかしたくて後ろを向くが、そこに、先ほどまで一緒にいたシメオンが、いない。
見回してみると、開いた扉の裏から、ひょこっとお団子頭だけが出ていた。
これはこれで可愛いけど。
「…やだっ!こんなのでみんなの前なんか出れないっ!」
日頃の格好と大して布面積は変わらないはずなのに、シメオンの中ではそういう問題ではないらしい。
扉の裏の影にしゃがんで、上目遣いで俺を見てくる。
いやー、これはこれで堪らないんだが。
「そんなことないよ!みんな、待ってるよ?」
「やだぁ!」
扉を掴んでいる腕を引いてみるが、シメオンは頑として動かない。
そこに、カツカツと靴音を鳴らしながら、誰かが近づいてきた。
振り返ると、細いチェーンのついた片眼鏡をかけ、シルクハットにマントに牙までつけた、完璧なドラキュラ伯爵姿のルシファーが立っていた。
意外と、こういうの、ノリ気なんだよね。
「何をしている。ディアボロを待たせる気か?」
ズイッと顔を寄せられると、ドラキュラ姿のせいで、いつにも増して迫力がある。
俺は、すっかり気圧されてしまった。
「いや、俺は行こうとしてるんだけど…」
「ルーシー!」
俺とは逆に、元兄弟がゆえか、ルシファーの顔を見て、何とかしてくれると期待するシメオンがいた。
「…何を恥ずかしがる必要がある?早く来い」
「あっ!ちょっとっ…」
しかし、シメオンの期待はあっけなく裏切られ、しゃがみこむシメオンを一瞥すると、俺とは比にならない力で、シメオンを扉の影から引っぱり出した。
ディアボロに全員参加と言われれば、それに従うのがルシファーの主義だからだ。
「きゃー!美しい担当はぼくなのにー!」
「やはりっ神々しいっっ!!」
「MC!また、シメオンにそんな、ハレンチなっ…」
「あ、お子ちゃまは見ちゃダメだぞー」
「おいコラ!手を離せ!」
完璧なプロポーションのチャイナ美人が現れると、ロリータアスモの悔しがる声や、えらく幅の取る大判焼きのおーちゃんの着ぐるみを着たレヴィの崇め奉る声が聞こえる。
最後には、俺の服の裾を引っぱりながらチワワが猛抗議をしてくるので、そっと目を隠してやったら暴れはじめ、会場は一気に賑やかになった。
「いつもながら、MCのチョイスは絶妙だね」
全員揃ったところでデモナスで乾杯し、パーティーが始まる。
みんなが、自分のコスプレの話をしたり写真を撮って盛り上がる中、俺の横にすっとソロモンが立ち、すっかり話題の中心になっているシメオンに視線をやりながら俺に声をかける。
「でしょ?シメオン、よかったね。みんな、大絶賛だよ!」
「…恥ずかしい」
ソロモンの一言は、俺がシメオンのことをわかっていると言われているようで嬉しくて、ついニヤリとしてしまう。
少し離れたところにいるシメオンにみんなからの賛辞を伝えると、シメオンは恥ずかしそうに俯いて顔を隠してしまう。
「なんで?堂々としてなよ。みんな、コスプレで恥さらしてるんだから」
せっかくおめかししているのにもったいないと、俺はシメオンに駆け寄り頭を撫でる。
そこに、大きな黒い影がズンズンと近付いてくる気配がした。
「おぉ、MCにシメオン。なんだい?二人はペアルックかい?」
振り向くと、大きな黒い頭に太いツノが二本、紫色の鼻に口が大きく開き、ギザギザの歯が見えている被り物に、ずんぐりむっくりの黒いボディーに矢印のようなしっぽ…。
あぁ、あのキャラ!菌的な!
ってか、なぜ主催者がそのチョイス!?
と、様々な疑問を抱きつつ、
「そう、いーでしょー」
「ひゃっ!」
俺は、シメオンとお揃いの、少しダボッとした赤い中華服を腕を広げて見せながら、片方の腕でシメオンの腰をぐいっと抱き寄せる。
「いやぁ、羨ましいね!そうだ、バルバトス、次回は私とペアルックを…」
「致しません、坊っちゃま」
ディアボロが瞳を輝かせながら振り向くと、そこに、昔ながらの、スカート丈の長い漆黒のメイド服を纏ったバルバトスが、深々と頭を下げて、言葉を被せ気味に全否定していた。
しれっと女装を着こなすバルバトスには、さすがとしか言いようがない。
「…そうか、残念だ」
その反応に、ディアボロは明らかにしょんぼりとしていたが、そのやりとりがコントのようで、俺は思わず吹き出してしまった。
「お、俺、デモナス取ってくる!」
すると、隣で、腰を抱かれていることに耐えきれなくなったのか、シメオンが慌ててその場を離れていく。
「あ、シメオン!せっかくだからメイクしてあげるね!」
「わっ!アスモデウス!ちょっと、待って!」
追いかけようとしたが、シメオンがアスモに捕まってしまったので、俺はその姿を目で追っていた。
椅子に座らされ、あれよあれよという間にアスモの手によってますます美しくなっていくシメオンに、俺は目を奪われていた。
「はい、できた!悔しいけど、今日はぼくより美しい、かも。今日のぼくは、可愛い担当だからね!」
そう言われて、シメオンがアスモに肩を押されているので、俺は、デモナスを持ってシメオンを迎えに行った。
「綺麗だよ、シメオン」
「あ、ありがとう…」
デモナスを渡しながら言うと、シメオンは、チークの上からでもわかるぐらい顔を真っ赤にした。
「……っ!!」
あまりの可愛さに頬にキスをすると、シメオンはその場で固まってしまった。
まだ、パーティーはまだ始まったばかり。
今日の夜は長くなりそうだ。