頭上でチチッと鳥の声がした。まだ下手くそな鳴き方だったからこのあたりに巣があるのかもしれない。
空を見上げると雲がゆったりと流れていく。
ああ、あの雲はこの間見た悪魔の目玉に似ているな。
あちらはスライムによく似ている。
分かれ道の脇にある大きめの岩に腰掛けて、ぼんやりと雲を眺める。他にすることがないからだ。
微かに聞こえる話し声はまだまだ終わりそうにない。
そっとため息をこぼすと足元に何か触れた。
視線を下に向ければつぶらな瞳と眼が合う。
口元を緩めて手を伸ばすと頭を擦り付けて甘えてきた。
精一杯背伸びして膝に足を突っ張っていたので、抱き上げてやればグルグルと喉を鳴らす。
柔なか毛並みを堪能しているとピンと怒気が張り積めた。手のひらに感じる毛が逆立っている。
「だから何回言わせるのよ!」
「貴様こそ一度で理解できんのか」
悲鳴染みた女の声と地を這うような男の声に、驚いた毛玉が跳ね上がって逃げてしまった。
いっそ自分も逃げ出したい。
その背を恨みがましく見送って、だがそうもいくまいと腹を括った。
そろそろ目の前の現実と向き合わねば。かれこれもう半時はこの状態が続いているのだ。いい加減にしてほしい。
「二人ともいい加減に」
「あなた/お前は黙ってて/いろ」
何故こういう時は息ぴったりなのだろう。
食い気味に撥ね付けられ、憮然とした面持ちで男女を見るがこちらを見もしない。眉をしかめて腹の底から溜息を漏らすと、ヒュンケルは先程よりも声を張った。
「もうお前たちで行け。オレが一人で行く」
要は二手に別れるのにどちらがヒュンケルと行くかで揉めているのだが、本人だけが理解していないのだ。
立ち上がった彼の腕は両側からがっしりと掴まれた。
「それは駄目よ/だ!」
「なら早く決めてくれ!時間の無駄だ!」
ヒュンケルの苛立ちを感じてか、一瞬二人が怯むがすぐさま互いをギッと睨んだ。
再び言い争い始めた彼らに心底呆れた顔をしていたヒュンケルだが、元来気が長い方でもない。
「わかった」
ドスの利いた声にぴたりと止まった二人がギギ、と首を回す。
「ならオレが決める」
文句はないな?と眼光鋭く睨み付けられ、言葉に詰まる。
それを肯定と捉えたヒュンケルが荷物を漁ると一枚のコインを取り出した。
「表ならエイミ、裏ならラーハルトだ」
有無を言わせずすぐさまピンッとコインを親指で弾き上げた。元戦士の指圧で高く上がったコインはくるくると綺麗に回転しながら落ちてくる。
ヒュンケルとしては気楽に放ったのだが、固唾を飲んで見守る二人の真剣さにより妙な緊張感を味わう羽目になった。
目前まできたそれを受け止めようとヒュンケルが動き出す瞬間、小さな影が横から飛び出す。
ヒュンケルの手に落ちるはずだったコインをかっさらっていった。
全員がコインに集中していたせいで、殺意も敵意もない闖入者の影に気付かなかったのだ。戦士二人は密かにショックを受けていた。
「お前は‥」
影は先ほどヒュンケルに構われていたキラーパンサーのこどもだった。
得意気に咥えたコインを掲げている。
褒めてと言わんばかりにキラキラとした眼で見上げてくるベビーパンサーにヒュンケルも力の抜けた笑みを返す。
そっとコインを受け取って小さな身体を抱き上げると、呆けた二人を横目で見た。
「表でも裏でもなかったな」
ハッとした二人が異議を申し立てる前に足元に来たもう一つの影の頭を撫ぜる。おそらくベビーパンサーの親だろう。立派な体格のキラーパンサーが一頭、ヒュンケルの足元に侍っていた。
「ではオレは彼らと行く」
お前たちはあちらの道だ。
さっさと歩き出した彼に添うように、固まる二人をちらりと一瞥してキラーパンサーも続く。
背を向けたヒュンケルの肩に顎を乗せたベビーパンサーが覗く。ヒュンケルの首元に頭を擦りつけた彼は、勝ち誇った顔で取り残された二人を見た。