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    nochimma

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    モクチェズワンドロ『後悔』モ+チェにちかいです

    「やーごめんね、付き合ってもらっちゃって」
    「いいえ。あなた一人に任せるとへいきで既製品のペラペラを買ってきそうですから」
    「うっ……だってスーツってお高いし……」
     繁華街からちょっと引っ込んだ地下にひっそり佇むカフェの、一番奥の席で。感謝に対して打ち返されたクールな台詞に、図星を突かれたモクマはしおしおとちいさくなった。
     というか、知らなかったのだ。仕事柄いろんな『勝負服』は着てきたけれど……、
    「あんなすみずみまで測られたの初めてだよ~。スーツ作るのって大変なんだねえ」
    「スーツは身体とのフィット感が重要ですから。とはいえ急に必要になったので、フルオーダーとはいかなかったのが悔やまれますが……」
    「あの店でフルオーダーだったらゼロが何個増えちゃうのかおじさん心配で眠れなくなっちゃうんだけど……」
     想像するだけで財布が悲鳴をあげそうだ。
     次のターゲットの情報を集めるためにモクマが実業家のふりをすることとなり、しかし着の身着のまま根無草でやってきた彼がスーツなぞ持っているわけもなく……、チェズレイに連れられて仕立て屋に行ったはいいが、さすが拘りのある相棒のお眼鏡に適った店というべきか、既成の型紙から組み合わせるだけのいわゆるイージーオーダーでも、目玉が飛び出るような見積もり金額だった。まあ、隣の人は少しも動じず支払っていたけれど……。
     正直モクマは、今でも服は着れればいい、くらいに思っている。上から下まで採寸されるのも、次から次に出てくる布地とボタンも、必要以上に丁寧な接客も、戸惑って気疲れしてしまった。
     だけど……、
    「マイカ式のゆったりとしたシルエットもあなたらしくていいですが、フォーマルな服も姿勢を正して髪を整えれば、意外としっくり来ていましたよ。……また今度、あなたのアンバランスな身体にあつらえた正装をお贈りさせてくださいね」
    「そりゃ、有難いが……また利子が増えちゃうね」
    「あなたは私の相棒ですので。見劣りしては困ります。必要経費ですよ」
     そう言いながらコーヒーの入ったカップを優雅に傾けるチェズレイは、ちょこちょこ挟まれる憎まれ口とは裏腹にとても楽しそうだった。
     そのご機嫌は一日単位で、仕立て屋のあとに寄った百貨店でも、高級ブランドのこれまたゼロの多すぎる服のハンガーをあれこれモクマに重ねながら、すみれの目のきらきらと星くずのように輝くこと! 正直自分に似合っているとは思えなかったが、それを見られただけでも、ふたりで出かけた価値はあったと思った。
     価値が、あったので……、
    「……そだね。でもま、これくらいはお礼として」
    「……。なんです、これ。いつの間に?」
     言いながらかばんからリボンのかかった小さな箱を取り出すと、チェズレイは驚いたように目を瞬かせた。よし。サプライズは成功のようだ。
    「帰り際にトイレ行ったでしょ。あの時にちょちょいっとね」
    「この私の目を易々と欺くとは……、相変わらず食えないニンジャさんだ」
    「へへへ。ま、とりあえず開けてちょ」
    「……これは……」
     リボンを解いて。真っ暗な包装紙の中から飛び出したブランド名で、さとい男はすぐに理解したようだった。息を呑む音、それから視線。頷く。
    「俺に服、当てがいながらさ、ちょこちょこ見てたでしょ? 買うかと思ったのに、買わないから。興味ないものを見るお前さんじゃないし、必要なものを買わないお前でもない」
     だったら、誰かが背中押してもいいかなって……。
     そう。モクマが贈ったのは、さきほどの高級ブランドのひとつが手掛けている化粧品のラインの、ばら色をした口紅だった。人気の映画女優がつけているということから一昔まえに大ブームになった、モクマですら知っているそのパッケージ。を、信じられないという目で眺めたチェズレイは……、
    「……あなた、野花のことで味をしめていませんか? 見ていたら欲しがっていると?」
    「うっ、そう言われちゃうと……、ヒトにそんなモノあげたことない人生なもんで……」
     すぐに動揺をひっこめて、冷ややかに返された言葉に言い淀む。楽しそうなチェズレイを見ていたらなんだかお礼がしたくなって、もっとその目を輝かせたくて、衝動的に買ってしまったけれど、安直と言われたら確かに言い返せない。
     なにせ二十年、というか割と生まれてこの方、軽薄な付き合いはあれど人と深く関わったことなどなかったから。一度の成功体験で調子に乗ってしまったかも……、とまたしおれたら、
    「……ですが」
     ふ、と、対面のくちびるがゆるんで、
     外出中はいまだはずさぬ、白い手袋がそっと、細長い刀身の鞘を抜く。
     くるくると根元を回すと、静かに顔を出す紅。あざやかな花の色はけれど下品ではなく、彼の瞳の紫と白い肌にとてもよく似合っていた。
     見つめて、チェズレイの目が細まる。
    「……ありがとうございます」
     その声を聞いて、モクマはほっとする。
     ……今回も、外さずには済んだようだった。
    「……また、お母さんが好きだったやつ?」
    「ええ、……『また』」
    「嫌味じゃないよ?」
    「わかっていますよ」
     ぽつぽつ、交わされる言葉は短く、まるでオブジェのようにかんぺきな形をした手のひらの上で、踊る口紅に追憶が被せられるのを感じる。
    「これは……母が、父にもらった口紅で」
    「え……」
    「もう、父の気持ちはすっかり離れた後で、ゆえに母はその喪われた愛に執着していましたが――あまりに母が追い縋るので、機嫌でも取ろうかと思ったんでしょうね。それはそれは喜んで、ドレッサーに大切にしまって、いつかこの紅を纏って、一緒に出かけるのを楽しみにしていました」
     だけど、それはついに叶わなかったのだろう。
     みなまで語られることはなかったが、その結末はモクマにも容易に察せた。
     無骨な手がカップのハンドルを所在なくいじる。
    「……もしかして、持ってた?」
    「いいえ。母と暮らしていた邸は燃えてしまいましたから。彼女にまつわるものは、もう記憶以外にどこにも」
    「そっか……」
    「……いつも、どこかで探しているんでしょうね。あの面影を。でも、私はあの日、彼女をついに掬い上げることはできなかったから……、どうしても手を伸ばしきれずに、止めてしまうのを」
     そっと、視線が口紅からこちらへ。困ったような、まぶしいような、複雑な感情で乱反射する、宝石色のうつくしい笑み。
    「――あなたは、いつも捕まえてしまう」
    「――」
     ため息みたいな声だった。もともと静かなカフェから、一切の音が消えてなくなる。
     ……心が、ぐらぐらと揺さぶられる。
     聞きながら、ふいにモクマの頭をよぎったのは、燃え落ちるマイカ城だった。
     あの美しいお姫様が、自室に残した手紙。焼け落ちる前に読めてよかった、と、心から思う。
     果たされなかった想いは、もう、誰のものでもない。故人に口はなく、この世は生者のもので、今さら知ったところで、できることはなにもない。
     だけど、でも――、
    「……あのさ、チェズレイ」
     カップから手を離して。正面から相棒を見つめて、モクマは思わず、口を開いていた。考える前に、想いが胸が飛び出てしまう。燃えるようだ。
    「これから言うことは、ひどく無神経かもしれんから――不快だったら怒っとくれ」
    「……あなたにはいつも不快にさせられていますので、今更断っていただかなくとも平気ですよ」
    「しおしお……それ昔の話じゃ……」
    「……」
    「ちょっと! 止まらんで! ……じゃなくって!」
     そんな軽いやり取りも楽しいけれど、今は煙に巻かせないぞ。気を取り直して、こほんと咳払い。
     それから、手を差し出して、にっこり笑って、
    「今度さ、俺と、デートしてくれませんか?」
    「…………は?」
     でもおおまじめに。問いかけると、チェズレイはしばらく固まった後で、思い切り眉をしかめた。飛び出た声も地を這うよう。
     ああ、ちがうちがう、茶化してるんじゃなくて。
    「……今日のスーツ、できたらさ。それ着て、それだけじゃなくて、髪も整えるし髭もあたるし……とにかく、めいっぱいおめかしして! それで、チェズレイはきれいなお姫様に変装して……、その口紅引いて、腕組んで、どっか素敵なところにお出かけいくの。
     ……とか、考えたんだけど、ど……?」
     最後の方は、ちょっと飛躍しすぎたかも? とか、冷静になってきて、尻切れとんぼで。
     だけど提案は、本気の、心からのものだった。
     故人を偲ぶためのものじゃあない。彼女のためとか、そんな押し付けがましいことを言うつもりもない。そうじゃなくて……、
    「フ……フフ……。母も、デートの相手が下衆なニンジャでは浮かばれない……」
     とりあえず、大意は通じたのだろう。しばらくの沈黙のあとで、聞こえてきた低い笑い声に背筋がのびて眉毛が下がる。
    「あ~……そうだよね、お相手ならアーロンとかのがワイルドで近いかも……?」
     確かにあの美しいひとの横に並ぶのが自分ではいかにも見劣りするだろう。肯定すれば、しかしチェズレイの顔がさっと渋くなった。
    「父も相当に下衆でしたが、あの野獣と……まァ品性としては同列ですかね。どちらにせよ並んで歩くなんてごめんですよ」
    「ははは……相変わらず手厳しいねえ」
    「当然です。
     ……ですが……そうですね……」
     …………はあ。
     今度は明確に、ため息がこぼれた。長く長く、過去と未来を繋ぐような、言葉にならない想いが込められた、遠い響きだった。
     同時に厳しかった表情から、上から糸で吊られたようにまっすぐ伸びた身体から、ゆっくりと力が抜け落ちていくのをモクマは見た。
     迷子になって途方に暮れた子どもみたいに。母のことに想いを馳せるときの彼は、いつもすこし、幼くなる。
    「私はけして母にはなれませんし、彼女もそんなこと、望んでいないと思いますが……、
     まァ……、後悔の消化の手段しては、悪くないかもしれませんね」
    「……うん」
     そう。そうなのだ。
     故人を偲ぶためのものじゃあない。彼女のためとか、そんな押し付けがましいことを言うつもりもない。
     そうじゃなくて、これは、遺された者たちのエゴなのだ。そうやって、後悔に押しつぶされそうになる心を掬い上げて前に進むための、ばかげた儀式。くだらないごっこ遊び。
     だけどそういう区切りが必要なことを、モクマは知っているから。この、目の前にいるきれいなひとに、教えてもらったから。
     一度、目を閉じて。今日も嘘みたいに長いまつ毛がはばたいて、ふたたびこちらを見たときには、もうすっかり相棒はいつも通りに戻っていた。
     それからちょっと演技の入った、とびきり綺麗な微笑みとともに、小首を傾げる。
    「お姫様のエスコート、せいぜい丁重にお願いしますよ」
    「は……プレッシャーだなあ」
     笑ってはみせるけど、たぶん、彼の期待するようにはできないだろう。忍びはあくまでお姫様の陰の守り手であって、王子様にはなれないのだ。
     だけど、それでもいい。残ったコーヒーをごくりと飲み干す。舌に残る、深い苦味。
     だって、このきれいなひとは、けして守られるだけのお姫様ではなく、共に歩んでいく相棒なのだから。
     エスコートはうまくできないかもしれないけど、後悔と言う名前の苦味を飲み干す手伝いくらいは果たしてみせよう。
     ……これからも、ふたりならんで同じ道を往くために。

    おしまい
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    Replies from the creator

    nochimma

    DONEあのモクチェズJD/JK長編"spring time"(地球未発売)の待望のアフターストーリー!わかりやすいあらすじ付きだから前作をお持ちでなくてもOK!
    幻想ハイスクール無配★これまでのあらすじ
     歴史ある『聖ラモー・エ学園』高等部に潜入したモクマとチェズレイ。その目的は『裏』と繋がっていた学園長が山奥の全寮制の学園であることを利用してあやしげな洗脳装置の開発の片棒を担いでいるらしい……という証拠を掴み、場合によっては破壊するためであった。僻地にあるから移動が大変だねえ、足掛かりになりそうな拠点も辺りになさそうだし、短期決戦狙わないとかなあなどとぼやいたモクマに、チェズレイはこともなげに言い放った。
    『何をおっしゃっているんですか、モクマさん。私とあなた、学生として編入するんですよ。手続きはもう済んでいます。あなたの分の制服はこちら、そしてこれが――、』
     ……というわけで、モクマは写真のように精巧な出来のマスクと黒髪のウィッグを被って、チェズレイは背だけをひくくして――そちらの方がはるかに難易度が高いと思うのだが、できているのは事実だから仕方ない――、実年齢から大幅にサバを読んだハイスクール三年生の二人が誕生したのだった。
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