手紙(ラブレター) 狡噛は変にアナクロなところがある男だった。授業はほとんど重ならなかったが、教師の講釈をタブレットにまとめるでなくノートに書き写したり、そして今ではほとんど見ない小説を読んでいたり。だからからなのか、狡噛にかぶれた少女たちは、彼と同じ本を読みたがった。そしてその本に感化された少女たちは、狡噛に手紙を書くのだった。愛しています、好きです、そんな簡単な、けれど想いを込めたラブレターを書くのだった。狡噛の靴箱には、いつだってラブレターが詰まっていた。俺はそれに胸を痛めながら、彼が学生鞄にそれを入れるのをじっと見た。そしてその手紙はどこに行くのだろうかと、俺は思うのだった。
彼の同級生がいたずらを思いついたのは、狡噛があまりにもラブレターをもらっていたからだろう。ラブレターで狡噛を呼び出して、待ちぼうけさせてやろう、という馬鹿ないじめだった。全国一位の男には敵わないから、せめてそんな男でも手に入れられないものがあることを教えてやる、ということなのだろう。俺は話を聞いても、それを狡噛には伝えなかった。ただ俺は狡噛が傷つくとどうなるのか少し気になった。そんなこと、どうでも良いことなのに。
狡噛がラブレターで呼び出された日、多くのギャラリーが窓から彼を眺めていた。狡噛は裏庭にいて、じっと本を読みながら送り主を待っていた。狡噛くん、好きです。そんな思いが詰まったラブレターを書かされた不良と付き合う少女は、もしかしたら本当は狡噛が好きだったのかもしれない。これは、俺の想像だけれど。ラブレターの送り主は来ない、狡噛は待っている。ラブレターの送り主は来ない、狡噛は待っている。その時、俺のデバイスが鳴った。狡噛からの着信だった。俺は素知らぬ顔でギャラリーから抜けて、彼の待つ裏庭に行った。彼はすぐに俺を見つけて、そして俺の腕を握ってこう叫んだ。
「もう相手はいるから、すまない!」
自分をからかったギャラリーを見て、落ちてくるざわめきなんて知らないふりをして、狡噛はそんなことを言った。
「狡噛、誤解、され……」
その頃俺は狡噛と付き合っていなかったから、俺は最後の抵抗をした。けれど俺の腕を引いて走り出した彼には敵わなかった。もう相手はいるから、それは俺だから、どうか、どうかラブレターはもう送らないで。この人は俺を選んだのだから、俺から奪わないで。それが俺の人生で唯一手紙を遠ざけようとした日の出来事だ。