オルゴール(あなたを思うということ) 父が母に贈ったプレゼントの中に、木箱を薔薇模様を彫ったオルゴールがある。母はもう意識を失ってしまったが、まだ薬を打ちつつ俺の世話をしてくれていた頃に、夜中そのオルゴールを鳴らしていたことがあった。エリーゼのために。ベートベンが愛した女のために書いた曲。父は音楽知識も豊富だったから、それを贈ることに何か意味があったのかもしれない。母と示し合わせた何かがあったのかもしれない。けれど俺はそれが分からないで、悲しい曲を夜中、空を見ながら聴く母を、家に帰って来ない父を、そしてそんな両親と暮らしていかねばならない自分を不安に思ったのだった。
だから狡噛がオルゴールをくれた時、それがエリーゼのためにだった時、俺は少し驚いた。何となく父を思わせるところのある彼は(会ったこともないというのに、狡噛は父に似たことをよく言った)、五年目の記念に、と進級したばかりの俺にそう言った。俺はいつものようにあたふたしてしまって、ちゃんと答えられなかったと思う。でもそれをもらった時、俺はもしかしたら、二人に別れが来るかもしれない、と思わずにはいられなかった。狡噛を思って、空を見上げながらオルゴールを鳴らす時が来ると思わずにはいられなかった。そして数年後に、それは現実となったのだった。
オルゴールが鳴っている。俺は目をこすって起きる。すると同じベッドで寝ていた狡噛が、自分がかつて贈ったオルゴールを鳴らして座っていた。俺は寝返りをうつ。すると彼は「起こしたか?」と言って、俺に優しく語りかけ髪を撫でてくれた。
「そりゃあな。眠れないのか? 仕事が辛かったとか?」
俺は仕事を終えて彼と共寝をして、ぐっすりと眠りに落ちたが、狡噛はそうではなかったのだろうか? 俺は少し不安になって、彼の近くに毛布をたぐり寄せながら近づく。
「まだ持っててくれたのかって思ってな。俺はお前にくれたもの、全部捨てたのに」
少し申し訳なさそうな狡噛に笑ってしまって、俺は彼の額を弾いた。そしてゆっくりとキスをして、「お前が帰ってきたんだから充分だよ」と、彼を抱きしめたのだった。
オルゴールは鳴り続ける。母が父を思いながら鳴らしたオルゴールとはまた違うそれを、今度は狡噛が鳴らしながら夜はふけてゆく。