なんでもない日常(単なるシミュレーション) 行動課に所属しているからといって、ずっと仕事があるわけではない。俺たちは実働部隊だったから日々はほとんど訓練に費やされていて、それが終われば官舎に買える生活だった。それはサラリーマンの生活にも似ていて、狡噛はよく出島のマーケットに行っては自然派食材を買って俺に料理をしてくれた。煙草の匂い、香辛料の匂い、ビールやチェリーコークの匂い。石鹸の匂いにボディクリームの匂い。出島で掘り起こしてきたレコードを聴きながら俺たちはそんな匂いに囲まれて、一日を終える。多くの場合は、セックスをしてから。
これらがなんでもない日常になったのは、運命の巡り合わせというしかない。執行官はこれほど自由はないし、監視官だった頃だってこれほど幸せではなかった。狡噛も放浪中より自由そうで、俺たちは管理されているというのにそれを感じなかった。それは全て花城の手腕なのだろう。俺たちを生かさず殺さず猟犬として躾けて、うまく使うのだ。
「ん……」
眠る前に狡噛がマッサージをしてくれるというので、俺はベッドに寝転びながら身体を放り出す。香の匂いがして、じんわりと汗がにじむ。狡噛は丁寧に俺の身体を開いていって、硬くなった身体は自由になる。狡噛とはセックスする日もあるし、今日みたいにしない日もあった。再会してすぐは求めることばかり考えていたけれど、それも落ち着けば全てが日常になった。そうして俺たちは自由に似た何かに身を任せて、かりそめの関係に夢中になった。馬鹿みたいに結婚式をあげる空想なんかをしたりして(多くは甘くはなく金銭面や警備面、法整備についてのシミュレーションごっこだったが)なんだかんだ上手くやっている。二人とも潜在犯でこれなのだから、もっと昔にそうしたら、本当に上手く行ったかもしれない。そう思うと、父に狡噛との関係を言わなかったことが悔やまれた。父は俺たち家族を日常として受け入れてくれていたのだろうか? ずっと続くものとして思っていてくれたのだろうか? 俺は狡噛との関係を、それと似たものとして受け入れているのだろうか? 俺はそんなことを考えて、大きく息を吐いて枕に沈み込む。狡噛はマッサージが上手かった。
「考え事か?」
勿論、尋ね方も。でも俺は笑って誤魔化して、恋人を親に紹介するシミュレーションをしていたのは秘密にして、元の日常に戻る。お互い以外何もない、そんな日常に。