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    短い話を放り込んでおくところ。
    SSページメーカーでtwitterに投稿したものの文字版が多いです。
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    POIPOI 192

    夏の終わりの出島のお話。
    800文字チャレンジ36日目。

    #PSYCHO-PASS
    ##800文字チャレンジ

    夏が終わる声(ひぐらしの鳴き声) 雑賀先生が隠居していた森の中には、様々な生物がいた。夏の終わりには夕涼みに誘われて、狡噛と訪ねることもあった。そんな日はいつもひぐらしが鳴いていて、俺は幼い頃に祖母に手を引かれて、見知らぬ人の中を通ったことを思い出す。あれは祭りか何かだったのだろうか? 記憶はあやふやで果たしてそれに行ったことすら曖昧だ。だが、あの鳴き声はいつも思い出すのだ、夏が終わる頃、もう楽しい日々も終わると、俺に教えるように。
     
     出島でもひぐらしは鳴いた。俺はそれに懐かしい思い出を引き出されそうになって、改めてそんなんではいけないと思い直した。優しい思い出で自分を慰めてもしょうがない、今は狡噛がいる、そう思うのだ。しかし今日は何故か狡噛が俺を誘って出島のマーケットに任務帰りに寄った。なんの記念日でもないというのに花城の許可まで取って。
     出島のマーケットの一角にたどり着いた時、そこは赤い丸提灯や金魚が揺蕩う夏祭りだった。中華系の移民がやっている、夏のお祭りだ。狡噛はそこで金魚を掬い上げ、りんご飴を買い、ちゃちなボールをいくつも買った。そしてそれを俺に押し付けると、手を握って人混みの中を歩き始めた。ひぐらしは鳴かない。でも、祖母と一度だけ過ごした夏の日が再現されて、俺は泣きそうになる。俺は何も分かっていなかったけれど、突然父がいなくなり母が病に臥せり、まだ若かった祖母は大変だっただろう。そんな焦りは俺にも伝わって、俺は祭りを楽しみながらも口をつぐんでいい子を装った。狡噛はそれに気付いたのだろうか? だからそれに上書きするように、こんな祭りを俺にくれたのだろうか?
    「狡噛」
     俺は彼の名を呼ぶ。しかし帰ってきたのは、こんな短い言葉だった。
    「迷子になるから、手は絶対に離すなよ」
     ギノ、そう狡噛は言った。そんなの、話すわけがない。お前からもらったもの全て捨ててもこの手は離さない。それくらいお前でも分かるだろうに、俺の行動原理くらい。
    「ギノ……」
     狡噛が手を握る。俺たちは人混みの中でそっと唇を重ねる。見る人は誰もいない。丸提灯が照らす赤い光だけがゆく人々を美しく輝かせている。そして俺はその幻想の中で、あのひぐらしの鳴き声を聞くのだった。
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    TRAININGお題:「昔話」「リラックス」「見惚れる」
    盗賊団の伝説を思い出すネロが、ブラッドリーとの初めてのキスを思い出すお話です。軽いキス描写があります。
    かつての瞳 ブラッドは酔うと時折、本当に時折昔話をする。
     普段はそんな様子など見せないくせに、高慢ちきな貴族さまから後妻を奪った話だとか(彼女はただ可哀想な女ではなく女傑だったようで、しばらく死の盗賊団の女神になり、北の国の芸術家のミューズになった)、これもやはり領民のことを考えない領主から土地を奪い、追いやった後等しく土地を分配したことなど、今でも死の盗賊団の伝説のうちでも語り草になっている話を、ブラッドは酒を飲みながらした。俺はそれを聞きながら、昔の話をするなんて老いている証拠かなんて思ったりして、けれど自分も同じように貴族から奪った後妻に作ってやった料理の話(彼女は貧しい村の出で、豆のスープが結局は一番うまいと言っていた)や、やっと手に入れた土地をどう扱っていいのか分からない領民に、豆の撒き方を教えてやった話などを思い出していたのだから、同じようなものなのだろう。そしてそういう話の後には、決まって初めて俺とブラッドがキスをした時の話になる。それは決まりきったルーティーンみたいなものだった。
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    TRAININGお題:「花火」「熱帯夜」「一途」
    ムルたちが花火を楽しむ横で、賢者の未来について語ろうとするブラッドリーとそれを止めるネロのお話です。
    優しいあなた 夏の夜、魔法舎に大きな花火が上がった。俺はそれを偶然厨房の窓から見ていて、相変わらずよくやるものだと、寸胴鍋を洗う手を止めてため息をついた。食堂から歓声が聞こえたから、多分そこにあのきらきらと消えてゆく炎を作った者(きっとムルだ)と賢者や、素直な西と南の魔法使いたちがいるのだろう。
     俺はそんなことを考えて、汗を拭いながらまた洗い物に戻った。魔法をかければ一瞬の出来事なのだが、そうはしたくないのが料理人として出来てしまったルーティーンというものだ。東の国では人間として振る舞っていたから、その癖が抜けないのもある。
     しかし暑い。北の国とも、東の国とも違う中央の暑さは体力を奪い、俺は鍋を洗い終える頃には汗だくになっていた。賢者がいた世界では、これを熱帯夜というのだという。賢者がいた世界に四季があるのは中央の国と一緒だが、涼しい顔をしたあの人は、ニホンよりずっと楽ですよとどこか訳知り顔で俺に告げたのだった。——しかし暑い。賢者がいた世界ではこの暑さは程度が知れているのかもしれないが、北の国生まれの俺には酷だった。夕食どきに汲んできた井戸水もぬるくなっているし、これのどこが楽なんだろう。信じられない。
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    TRAINING学生時代の狡噛さんと宜野座さんのラブレターにまつわるお話。
    800文字チャレンジ9日目。
    手紙(ラブレター) 狡噛は変にアナクロなところがある男だった。授業はほとんど重ならなかったが、教師の講釈をタブレットにまとめるでなくノートに書き写したり、そして今ではほとんど見ない小説を読んでいたり。だからからなのか、狡噛にかぶれた少女たちは、彼と同じ本を読みたがった。そしてその本に感化された少女たちは、狡噛に手紙を書くのだった。愛しています、好きです、そんな簡単な、けれど想いを込めたラブレターを書くのだった。狡噛の靴箱には、いつだってラブレターが詰まっていた。俺はそれに胸を痛めながら、彼が学生鞄にそれを入れるのをじっと見た。そしてその手紙はどこに行くのだろうかと、俺は思うのだった。
     彼の同級生がいたずらを思いついたのは、狡噛があまりにもラブレターをもらっていたからだろう。ラブレターで狡噛を呼び出して、待ちぼうけさせてやろう、という馬鹿ないじめだった。全国一位の男には敵わないから、せめてそんな男でも手に入れられないものがあることを教えてやる、ということなのだろう。俺は話を聞いても、それを狡噛には伝えなかった。ただ俺は狡噛が傷つくとどうなるのか少し気になった。そんなこと、どうでも良いことなのに。
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    TRAINING児童養護施設で子どもたちに本を読んであげる宜野座さんのお話。
    800文字チャレンジ39日目。
    童話の王子様とお姫様(スノーホワイト) 仕事で児童養護施設を訪れた時、ギノがスーツの裾を引っ張る子どもたちに、童話を読んでやっているのを見たことがある。彼は長い髪を少し垂らして、ぼろぼろになった、今では珍しい紙の絵本を読んでやっていた。絵柄はディズニーの白雪姫。美しい白雪姫と、幼い頃に彼女と出会い、王妃に捨てられてしまった思い人をずっと探し求めていた王子様のストーリー。毒林檎を食べて仮死状態になってしまった白雪姫が、王子様のキスで目覚めるストーリー。いつの日にか王子様が来てくれるその日を私は夢に見る。
     ギノの落ち着いた語り口に、子どもたちはもっと、もっとと絵本を持ち込んで、その様は花城が呆れるくらいだった。私はあなたを子守役として雇ったんじゃないんだけど? とは彼女の弁だ。俺もそう思ったが、普段ドローン任せにされている子どもたちは、人間の大人に興味津々だった。結局この日は残りの俺たちが職員に聞き込みをして、ギノは子どもたちにかかりきりだった気がする。それでも優しい、慈しむような彼の表情は、俺にとって素晴らしいものだった。もしこんな仕事をしていなかったのなら、彼はあんな表情を多くの人々に向けただろう。そう思うと、胸が少し痛んだけれど。
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