傷跡(痛み) 狡噛には傷跡がたくさんある。執行官となってからそれは目に見えてのことだったが、ナノマシンで傷が完治する日本とは違い、海外を放浪していた彼はいびつな傷跡がたくさんあった。銃撃戦でやられた足、肉をえぐったナイフ、それは彼の身体を確かめる度に見付かって、俺はなんとも言えない気分になった。狡噛は強い男だ。彼が傷跡を残しているのには理由はない。ただ、身体を重ねている時、いっそこれらを消してくれたらいいのにと思うことがある。俺の知らない恋人を知るようで怖いのだ。俺の知らない恋人を知るようで悔しいのだ。流石に、顔の近く、こめかみにある傷跡は花城が消させたようだけれど。そんなんでは海外調整局のメンバーが気にすると言って。仕事にも差し障りが出ると言って。彼女は狡噛の傷をどこまで知っているのだろう。俺しか知らない傷はあるのだろうか? それは独占欲を満たすようで満たさない。海外について語らないから、俺は彼の秘密を知れない。
「そんなに気になるか?」
セックスを一度終えて彼の身体をなぞっていた時、狡噛にそう尋ねられた。そんなに気になるか、それは傷跡のことだろう。そりゃあ気になるさ、この銃弾を抉った跡はどんなに痛かっただろうっていつも思っている。その場にいたらきっともっとちゃんとした手当てをしてやれたのにと俺は思う。
「別に、盛り上がって消えないなと思ってるだけさ。こんなに傷跡だらけじゃ、女が怖がるな」
「今の男がそう言うのが好きみたいだからいいんだよ。なぁ、ギノ?」
煙草に火をつけて狡噛が言う。そりゃあその通りだが少し悔しくて、俺は狡噛が口から煙を吐くのをじっと見つめていた。重いタールの匂い。彼の髪にも染み付いて、もう消えそうにない。
「俺は好きじゃないよ、狡噛。お前が痛かったと思うと、好きじゃない」
ぽつりと言うと、狡噛は煙草を灰皿ににじり消し、俺の肩を抱いた。俺たちはそのままベッドに沈み込む。言葉も何もなしで、痛みをこらえるように。