The day after(ラブレター) 狡噛がいなくなってから世界は色を失って、彼に再び会ってから色をとりもどした。彼が海外ででも生きていることに俺は安心して、どうにかこうにかやっていけた。狡噛は便りをよこさなかった。一通も。頭の回る彼のことなのに、俺に合図を送らなかった。俺はそれに安堵したような、悲しかったような、不思議な感覚を覚えたのを思い出す。一人でも生きていけるから便りはいらない。一人でも生きていくために便りが欲しい。そんな時に見つけたのが、彼が公安局を出奔する前に俺に置いて行った手紙だった。
それは非公式には存在しないことになっている。というのも、俺が報告しなかったからだ。狡噛の手紙を見つけたのは彼とよく遊んだ廃棄区画のガレージだった。仕事のついでにどうなっているか見に行った時、そこに一通の、埃をかぶった手紙が置かれていた。内容は次のようなものだ。これから仕事を一つ片付けなきゃならない、すまない、愛している、あの時からずっと。
ロマンチックな手紙を書くものだな、と思った。宛名はなかった。でも彼の綺麗な字のおかげですぐに差出人は分かった。仕事を一つ片付けるって、本当に狡噛は槙島を殺すつもりだったんだろう、最初から。けれどあの時からずっと愛しているとは、いつの時からなのだろう? 学生時代? 監視官時代? それよりもずっと前? 俺はいつから愛されていたのだろう。こうやって手紙を残すようになるまで。危険を犯して手紙を残すほど愛されるなんて。
手紙は執行官時代はロックを掛けた引き出しに置いてあった。外務省に行ってからは数少ない本に挟んでいる。いつか彼が見つけて恥ずかしがればいいと思って、そんなふうにしてある。
「なぁ、ギノあの本なんだが、出島で手に入れたのか?」
「まさか、お前がくれたんじゃないか。耄碌したのか?」
ある日狡噛がそう言った時、ついに手紙が見つけられたんだと思った。狡噛は見つけたとは言わなかったが、顔がそう語っていた。彼は少し伸びた髭をさすって、煙草を咥えてコーヒーを入れている。俺はそれを待ちながら、夜中に書いたラブレターの恥ずかしさを思い知れ、と思ったのだった。