他愛のない喧嘩(仲直りの方法) 別に大した理由があったわけじゃない。そんな大した理由があっての喧嘩じゃない。かといって、他愛のない喧嘩と言われればそうじゃない。それなりに真剣に喧嘩をしたと思う。狡噛は哲学書を引用して俺を責め、俺は過去の彼の不出来を持ち出して責めた。どちらも本気の喧嘩だった。喧嘩の原因はそうだ、多分食事後の皿をそのままにしていた狡噛を俺が注意したのが始まりだったのだけれども。あぁ、これじゃあ他愛のない喧嘩か。
「あなたたち、喧嘩をするのはいいけど、オフィスにまで持ち込まないでよね」
喧嘩の当日、花城はそう言った。そんなに剣呑さが顔に出ていただろうかと思うが、ここで素直に謝るのも少し違う気がして黙っていると、「そういうのをやめなさいって言ってるのよ」とたたみかけられた。狡噛はこうなるのが分かっていたのか煙草休憩で、さっきからずっと姿が見えない。すると花城は言った。「追いかけて謝りなさいよ」でも、皿を出しっぱなしにしたのは狡噛が悪いんじゃないか? そう言いかけると、「先に謝るとこれから立場が上になるわよ」との花城の提案が追いかけてくる。それならいい。上の立場に立てるなら、謝ってやってもいい。でも、どうやって謝る。すまなかったって、どんなふうに?
「じゃあ、行ってくる」
花城が手を振る。俺はとりあえずそう言ってオフィスを出たが、かといって何がしかの案があったわけではなかった。残念ながら。
俺は狡噛がカートンでデスクに置いている煙草をかっぱらってオフィスを出た。これは彼のものだが、何か手土産にと考えた時、これしか思いつかなかったのだ。狡噛がいそうなところはすぐに分かった。人の途切れたテラス、そこで煙草を吸っているのだ。ほら、いた。彼はいつもの場所で煙草を吸っている。「ほら」俺は煙草を渡す。しかし彼は「もう持ってるんでね」と俺を拒否する。いい心がけだ。まだ喧嘩をしようっていうのか。「じゃあ俺も吸うことにするよ」俺は封を破って、一本咥える。狡噛が驚いた顔をする。火はなかったから、彼の煙草の火をもらう。肺に重い煙が入って来る。俺は煙草を吸いながらすまなかった、と言った。すると彼もつられて俺も、と言う。
不恰好なごめんなさいは一応は成功したのだろうか。彼に謝る度に煙草を吸うと、肺が黒くなりそうだと、自分たちの喧嘩の多さを、俺は少し反省したのだった。