癖(あなたの好きなところ) 狡噛は唇をいじる癖がある。考え事をする時それは頻繁になって、それはよくある癖なのに、俺はそれが気になってたまらなくなる。唇。言葉を発するところ、唇同士を重ね合わせて愛情を伝えるところ、苦しそうに、気持ちよさそうに声を出すところ。俺はそんなことを想像してしまって、彼がブリーフィングルームで新しい事件のファイルを見ているのに目をやれなかった。ただ唇をいじっているだけなのに、花城だって、須郷だって同じ仕草をすることがあるのに、狡噛のそれは俺に取って毒で、甘くて、ほとんど致死量なのだ。認めたくはないことだけれど。狡噛はそれを知っているのだろうか? 心臓の動きが活発になって、体温が上がる。狡噛と視線が合う。彼はゆっくりと舌で持って唇を舐める。セックスをしている時みたいにゆっくりと、俺の唇を舐める時みたいにゆっくりと。
「それでこの事件なんだけど、いつも通り私と須郷、狡噛と宜野座の割りで行きましょう。質問は何かある? 何か思いついたらなんでもいいから私のデバイスに連絡して。それじゃあ今日は解散して聞き込みにしましょう」
花城が髪をかきあげる。それが合図になって会議は解散となり、俺は狡噛から仕掛けられたアピールを無視することが出来た。それからは仕事をした。狡噛とバディを組まされたことは不満ではなかったが、また何かあるのではないかと思うと胸が苦しかった。またあのブリーフィングルームでのような何かがあったらどうしようと思ったのだ。
仕事が終わって官舎に戻ると、どういうわけか狡噛がいた。彼は青島ビールを飲んでいて、俺は仕方なくそれを許して彼が持参したビールを飲むこととなった。彼はまた唇を舐めている。指でたどっている。俺にするようになぞっている。そう思いつつソファの隣に座ると、狡噛はこんなことを言った。
「俺はもう限界なのに、お前って我慢強いんだな」
思っても見なかった言葉に固まっていると、どうやらずっと俺を誘っていたらしいことが分かった。全く、迷惑なやつだ。それに喜んでいる俺もそうなのだけれど。狡噛が癖でまた唇をいじる。俺はその指ごと舐めて、ゆったりとキスをした。答えはオーケーだ。それくらい癖で分かっているだろうに。