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    短い話を放り込んでおくところ。
    SSページメーカーでtwitterに投稿したものの文字版が多いです。
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    9/10ワンライ
    お題【合宿・月】
    外務省の子女たちの合宿を監督することになった狡噛と宜野座が川の近くで取り留めもなく喋るお話です。

    #PSYCHO-PASS
    ##狡宜版深夜の創作60分勝負

    死んだっていいわ 深夜、川べりでのキャンプファイヤーに気を良くした学生が、メディカルトリップでない本物の酒に手を出すのにはそれほど時間はかからなかった。俺と狡噛は確かに彼ら——外務省高官の子女たち——を監督する立場にあったのだが、何せ彼らからは距離があったので、合宿にはしゃぎパーティーを始めた子どもたちに気づくまでには時間がかかった。それに監督といったって、危険な侵入者から彼らを守るのが俺たちに期待される行動であって、健全な合宿生活を送れるようにする教師の役割は求められていない。あくまでも俺たちは彼らの警護を仰せつかっているのであって、その守るべき存在が勝手に馬鹿をやるのなら止める方法はなかった。
     ちなみに今回の合宿は、最終考査が終わり、学生生活が終わり、その思い出づくりで行われたものらしい。多くが中央省庁に就職が決まったエリートたちだから本当の馬鹿はやらないだろうが(たとえば違法なストレスケア薬剤に手を出すとか)、アルコールを許すかどうかは微妙なラインだった。酒はその依存性から、現在では煙草と同じく色相を曇らせるものとして扱われている。俺の隣でスピネルを嗜んでいる潜在犯がいい例だ。彼の現在のサイコ=パスは知らないが、俺よりも濁っているのは確かだろう。それに俺も人のことは言えないくらいの色相だ。健全な学生たちが一夜だけ楽しむくらい、見逃してやってもいいのかもしれない。そう思い、俺は報告書に彼らがアルコールを楽しんだのは書いてやらないことにした。
    「それにしてもいい月だな。俺も一杯貰ってきて月見酒と洒落込もうかな」
     狡噛が煙草の煙を吐き出しながら言う。全く、いいご身分だ。自分が警護要員だということをすっかり忘れてしまっている。
    「お前を見たら酔いがさめる。あいつらのためにもやめてやるんだな」
     俺はそんな意地悪を言って、狡噛をとどめた。だが彼は酒がほしくてたまらないのか、それとも月に執着しているのか、開けた山にぽつんと浮かぶそれを見て、「そろそろ中秋の名月じゃないか」と言った。狡噛はそういった年中行事に詳しかったから、またうんちくが始まるのかもしれない。そう思ったのと同時に、彼は口を開いた。
    「一年で一番月がきれいな日だぜ? 酒を楽しむなら今じゃなきゃな」
     平安貴族たちは宴を催して水面に映る月を眺めたり、盃に月を映して月見酒を楽しんだっていうじゃないか。俺たちは貴族じゃないけどさ。狡噛はそう言って、キャンプファイヤーの火が映る川に石を投げた。それは水を切って飛んでゆく。子どもがするその遊びをいい年をした彼がしていることに、俺は少し笑ってしまった。確かに酒を飲んだら気分がいいだろう。けれど任務だからと俺たちは持ち込んでいなかった。もったいないことをしたと思う。それとも狡噛の言う通り、あの学生たちに口止め料として酒をもらって楽しもうか? いや、駄目だ、学生最後の楽しみを大人が邪魔してはまずい。俺たちは気分だけは若かったが、彼らにしてみればいいおじさんだ。
    「夏目漱石はアイラブユーを月がきれいですねと訳したと言われているが、あれは俗説なんだってな」
     突然狡噛がそんなことを言った。彼が有名な作家の言葉を借りることはよくあったが、否定するのは久々に聞いた。けれど俺は「そうか」以外に何も言えず、それが本当だったら狡噛にとってはたいそうロマンチックだろうなと思った。そしてそういえば、学生時代に彼に同じようなことを言われたのも突然思い出す。月がきれいだな、ギノ。そうだな、狡噛。それっきりで終わった話だったが、ロマンチストな彼にしてみれば一世一代の告白だったのかもしれない。でもどうして月がきれいですねがアイラブユーなのだろう。同じものを見ているということが、同じ方向を見ているということが、古めかしい作家にとっての愛情だったのだろうか? それがあの時代の作家には真新しかったのだろうか?
     狡噛はあまり愛しているとは言わない。それは自分が責任を取れないのを分かっているからかもしれないし、単に残酷なだけなのかもしれない。俺たちはほとんど愛情について言葉を交わすことがない。この街に住む移民たちはすぐに抱き合い、愛情を確かめ合うというのに、俺たちは昔の日本人のように、もういい大人だというのに上手くコミュニケーションすら取れないでいる。
     狡噛がまた石で水を切る。水面に映った月が揺れる。俺はそれが美しく見えて、狡噛が美しく見えた。彼は精悍な顔立ちをしている。だというのに目元は優しく、濃いまつ毛はきれいな陰影を作っていた。
    「どうして日本にはアイラブユーがなかったんだろう。他の国の人々と同じように愛し合っていたはずなのに」
     俺がそう言うと、狡噛は少し驚いた顔をした。
    「かなしひ、って言葉はあったらしいがな。可愛いとか、愛おしいとかいう意味で使ったそうだが。あとは恋しとか……俺の専門外だからよく知らないけども」
    「へぇ……」
     俺はそうだけ言って、また学生たちが馬鹿をやらないかキャンプファイヤーを見つめた。すると彼らは早々に酒が回ってしまったのか、あちこちで眠っている。馬鹿をやるならこれからだろう。そろそろ回収しに行くとするか。
    「旅の途中でアイラブユーって言われたことは?」
    「金の無心に言われたことは何度か」
     俺たちは示し合わせたように歩き出す。狡噛は外国の女にもモテたのか、それが悔しかったが金の無心になら許すことにしよう。
    「この分じゃ酒は残ってるな。全部終わったら月見酒と洒落込もう」
     学生たちを全てバンガローに運び終えたら、二人きりで酒を楽しもう。そう言うと、狡噛は嬉しそうに口元をほころばせた。
     彼と初めて飲んだ酒は散々だった。思えば俺の恋人は一人の男に酒も、煙草も教えられていたのだった。あいつはたいそうな女好きだったから狡噛のことはアイラブユーの意味では愛していなかっただろうが、古語のかなしひ、は使ったかもしれない。俺はそう思い、よく見れば愛くるしい恋人の横顔を見た。
     月はまだ欠けもせず、ぽつんと空に浮かんでいる。周りだけぼんやりと明るくなって、キャンプファイヤーの光を受けてもぼやけることなく光っている。それはまるで俺が愛した男のようで、いや、彼は太陽のような人間だったが夜だけは月のようで、酒の勢いでキスを一つくらいしてやろうかと思った。狡噛はそんなことを考えているなんて知らないだろう。俺が酒を飲んで馬鹿をやることなんて想像もしていないだろう。でも俺だって人間だ、それくらいやってしまうさ。
     俺はそんなことを考えながら、学生たちが寝転ぶキャンプファイヤーの周りに近づく。高い酒の匂いがして、いい気分だった。これだけでも月見酒の気分になれる。全く、いい仕事が回ってきたものだ。
     月はまだ明るい。この分だと一晩中明るいだろう。だったら酒を酌み交わしながら彼のうんちくに耳を傾けるのもいいかもしれない。愛していると言われなくても、彼は誰かの言葉を借りてそう表現するだろうから。それが彼の言葉の使い方だから。
     焦れったいが仕方がない。俺が愛したのはそういう種類の男だったからしょうがない。でも、今夜ばかりは酒の力を借りたなら、戯言が聞けるかもしれない。俺はそれを期待して、仕事を始めることにした。月明かりの下で、愛しい恋人ともに。
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    TRAININGお題:「昔話」「リラックス」「見惚れる」
    盗賊団の伝説を思い出すネロが、ブラッドリーとの初めてのキスを思い出すお話です。軽いキス描写があります。
    かつての瞳 ブラッドは酔うと時折、本当に時折昔話をする。
     普段はそんな様子など見せないくせに、高慢ちきな貴族さまから後妻を奪った話だとか(彼女はただ可哀想な女ではなく女傑だったようで、しばらく死の盗賊団の女神になり、北の国の芸術家のミューズになった)、これもやはり領民のことを考えない領主から土地を奪い、追いやった後等しく土地を分配したことなど、今でも死の盗賊団の伝説のうちでも語り草になっている話を、ブラッドは酒を飲みながらした。俺はそれを聞きながら、昔の話をするなんて老いている証拠かなんて思ったりして、けれど自分も同じように貴族から奪った後妻に作ってやった料理の話(彼女は貧しい村の出で、豆のスープが結局は一番うまいと言っていた)や、やっと手に入れた土地をどう扱っていいのか分からない領民に、豆の撒き方を教えてやった話などを思い出していたのだから、同じようなものなのだろう。そしてそういう話の後には、決まって初めて俺とブラッドがキスをした時の話になる。それは決まりきったルーティーンみたいなものだった。
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    TRAININGお題:「花火」「熱帯夜」「一途」
    ムルたちが花火を楽しむ横で、賢者の未来について語ろうとするブラッドリーとそれを止めるネロのお話です。
    優しいあなた 夏の夜、魔法舎に大きな花火が上がった。俺はそれを偶然厨房の窓から見ていて、相変わらずよくやるものだと、寸胴鍋を洗う手を止めてため息をついた。食堂から歓声が聞こえたから、多分そこにあのきらきらと消えてゆく炎を作った者(きっとムルだ)と賢者や、素直な西と南の魔法使いたちがいるのだろう。
     俺はそんなことを考えて、汗を拭いながらまた洗い物に戻った。魔法をかければ一瞬の出来事なのだが、そうはしたくないのが料理人として出来てしまったルーティーンというものだ。東の国では人間として振る舞っていたから、その癖が抜けないのもある。
     しかし暑い。北の国とも、東の国とも違う中央の暑さは体力を奪い、俺は鍋を洗い終える頃には汗だくになっていた。賢者がいた世界では、これを熱帯夜というのだという。賢者がいた世界に四季があるのは中央の国と一緒だが、涼しい顔をしたあの人は、ニホンよりずっと楽ですよとどこか訳知り顔で俺に告げたのだった。——しかし暑い。賢者がいた世界ではこの暑さは程度が知れているのかもしれないが、北の国生まれの俺には酷だった。夕食どきに汲んできた井戸水もぬるくなっているし、これのどこが楽なんだろう。信じられない。
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