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    短い話を放り込んでおくところ。
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    POIPOI 192

    11/19ワンライ
    お題【上司・録音】
    縢くんと仕事終わりに喋ってる狡噛さんが、佐々山のことを思い出したり、宜野座さんとのことを考えている執監です。

    #PSYCHO-PASS
    ##狡宜版深夜の創作60分勝負

    過去と終わり ギノが俺の上司になったのは、全てこちらの至らなさによるところが大きい。もし俺が執行官堕ちなどしなければ、彼はいつまでも同僚であり、親友であり、恋人であっただろうから。それでも、そんなに大切な人と思っていたくせに、譲れないものがあると彼を苦しめたのは他でもない俺だった。情けないことだ、あれだけ愛していると言ったくせに、俺はかつての部下だった、憧れてやまなかった、刑事らしい刑事であった猟犬が残した事件に今も夢中になっているのだから。犯人という亡霊に夢中になっているのだから。
     しかし、それでも、ギノの鋭い視線を受ける度に、こちらを傷つけているように見えるくせに自分が傷ついているあの視線を受ける度に、俺はどうしてもあの本当の自分を見せずに生きている彼を愛おしく思うのだった。狡噛、狡噛と俺の名を呼んでくれたあの青年のことを、自分が取りこぼしてしまったものの大きさにおののくのと同時に、彼の秘めた優しさを愛おしく思うのだった。
     
     
    「コウちゃんさー、ギノさんと付き合ってるの?」
     仕事上がりの夕暮れ時、さっさと部屋に戻ろうとしたその時、タイミング悪く縢が携帯用ゲーム機を触りながら言った。ただ、一係には俺たちの他には誰もおらず、ギノすらおらず、真実二人きりだったのは幸いだろう。まぁ、最近やって来たばかりの縢は知らないかもしれないが、俺たちがかつて同期だったことも、ともに監視官として働いていて、いつかはとともに未来を誓い合った仲だったことも、聡い人間ならすぐに理解するだろう。だから縢も、それに気づいていたとしても不思議ではないと俺は思った。
     もしここで縢に素直に自分たちの不安定な関係を話したとして、監視官が執行官と付き合っているなどと噂が立てば、ギノの将来に障りが出るだろう。それにあと数年をともに過ごせば、彼は俺の前からいなくなってしまうに違いない、そんな予感めいたものもあった。だからなのだろう、俺はどうしてか濁してしまった。縢がかつての恋人に惹かれるかもしれないことを予想して、牽制をしたかったのかもしれない。
    「さぁ、どうだろうな」
    「あーやしー」
     縢がにやにやと笑いながら、この会話も遊びといわんばかりにゲーム機を軽く操作する。そうしてつまらなさそうに唇を尖らせ、簡単なゲームを終わらせる。そうすると縢は椅子をくるくると回して、部屋を出る準備をする、煙草を口に咥える俺に向き直って言った。
    「俺はコウちゃんたち結構お似合いだと思うけどな。ボケとツッコミみたいでさ」
    「ギノには言うなよ、それ。雷が落ちるぞ」
    「言わない言わない。俺だって分別がありますー。それにコウちゃんはさ、俺にギノさんを取られるの怖がってるでしょ? やめてよねー、そういう醜い嫉妬。俺はおっぱいがついてる女の子が好きなんだからさぁ」
     俺はその言葉に少しほっとして、けれどもう恋人とも名乗れない立場にあるかつての恋人のことを思った。ギノは俺と二人きりになるのを避けている。二人きりになったとしても、決して俺の目を見ない。見てくれない。それについては後悔はしていない。たとえ歪な関係であろうとも、彼は今も俺と寝てくれている。乱暴なセックスばかりだというのに、彼はそれを甘んじて受け入れてくれている。俺はそれだけをよすがにしていた。かつて恋情を向けてくれていた相手の、憐れみを掬って生きているのだ。
    「でも案外、コウちゃんが思ってるよりギノさんはコウちゃんのこと好きかもよ」
    「……知ってるさ」
    「え? 今の惚気? 録音しとけばよかったな。やっぱ付き合ってんじゃーん!」
     縢が楽しそうに叫ぶ。俺はそれに答えることもなく一係を後にし、官舎に向かう。そして早々にソファに陣取ると、煙草を吸いながら、アルコールを取り出した。
     佐々山が使っていた部屋にはほとんどものがない。彼の遺品で金になるものの多くは遠縁の親戚とやらに持っていかれ、存外蓄えてあった、きっと妹のための財産は彼が憎んでいたらしい父親に渡った。俺がその中から得たのは、誰にも役に立たないと捨てられたカメラやネガ、そして写真だけだった。その中の一枚は、佐々山がマキシマと彼が呼んでいた、一人の銀髪の青年が映るぼやけた写真だった。
     執行官に堕ちてすぐは、佐々山の、最後の事件ばかり追っていた。けれど今では日々のあれこれをこなすばかりで、ただ女神の託宣に従ってドミネーターを扱うだけで、あれほど遺志を継ぐと意気込んだくせに、ほとんど捜査らしい捜査は出来ていない。自分で作った資料も、どこからが本当で、どこからが妄想かも分からなくなっていっていた。けれど皮肉にもそれを否定するギノと寝ている時だけは、俺はあの悪夢が事実だったことを思い出すのだ。
     ギノは夜勤明けなどに、特に疲れた顔でこの部屋にやって来る。いつも疲弊した顔で、メンタルケア薬剤に頼り切りになって、カウンセラーにも頼り切りになって、それでも救ってくれる何かが欲しくて俺の元にやって来る。彼が恋人だった頃の甘い慰めを求めているのは分かっていた。だが、俺にはそれをやれる自信がなかった。それに、甘い期待を与えてやったとしても、ギノはもうすぐ厚生省に上がってしまう。俺たちは離れ、きっと二度と会うことはないだろう。官僚になるということは、俺との関係が途切れることを意味していた。俺はそれに焦りを覚えているくせに、実際は何もせずにそれを待っていた。ギノ、ギノ、と自分からも彼を求めているくせに、彼が離れてゆくまでの時間を、じっと待っていた。
     佐々山ならこんな俺にどんなアドバイスを寄越すだろう、時折そう考えることがある。俺とギノの関係を彼は知っていて、さっきの縢のようにからかうことも多かった。佐々山は年の離れた、血のつながらない兄のようだった。そこまで思うくせに、今では彼のデバイス越しでない、明るかったあの声を思い出すことすら難しく、それに動揺するのを隠すように俺は煙草を吹かし、酒を飲むのだった。
     ノックもなしに扉が開く。きっとギノだろう。今夜もまた、きっと彼は眠れないのだろう。俺は煙草を吸いながら目を閉じる。自分の睡眠を分けてやれたらと思う。
     なぁ、佐々山、お前がからかっていた俺たちは駄目になってしまったよ。ここから関係を修復することなんてきっと無理だ。俺たちは多分、セックスをして、吐き出すものを吐き出したら、今夜もすぐに全部が終わってしまうのだろう。そうして、彼が上に行ったら、俺は今度こそシビュラシステムの奴隷になってしまうのだろう。
     佐々山が残した事件を解決したい。その気持ちは嘘じゃない。復讐心は薄れていない。だが、俺は恋人がやがて離れてゆくと思うと、気が気じゃなかった、恐ろしくすらあった。人間はご都合主義の生き物だ。軸が揺らぐ時、かつて確かだったものにすがろうとする。それは俺にとってはギノで、ギノにとっては俺だった。全く健全じゃない。分かってる、分かってるんだ。
    「狡噛?」
     ギノが俺の名を呼ぶ。俺はそれに静かに息を詰める。彼を失えば、やがて残るものは復讐だけで、決して過去には戻れないと意識する。そしてそれはきっと現実になるのだ。佐々山、俺にはお前しかいないのかもしれない。お前の残した事件しかないのかもしれない。あれがなきゃ、俺は立ってもいられない。ギノとともに歩みたいのに、それすら叶わない。
     ギノが近づいてくる。ゆっくりと、助けを求める表情で。俺はそれから目をそらし、煙草を灰皿でにじり消して乱暴に彼を抱きしめる。今はこれしか出来ない。これしか、今の俺には出来ない。そしてこれもやがて過去になる。やがて彼も全てを捧げる過去になる。避けられない過去になる。
    「ん……」
     甘い口づけ、普段よりもずっと素直なそぶり、そんな愛しいもの全てを俺は検分して、忘れないようにと頭に記録しようとする。だが、そんなことが上手くいくわけがなかった。彼にすがるには、俺の全てが遅すぎた。緊急カウンセリングを蹴った時点で、こうなることは分かりきっていたくせに、俺はどこかで後悔し、それを打ち消すのだった。何度も何度も、それを打ち消すのだった。自分の存在意義である事件の解決を誓って、一番欲しかったものを手放す準備をするのだった。
     ギノ、お前を愛してる、それは嘘じゃない。でも、多分俺たちは何かをかけ間違えてしまったんだ。そしてそれは元に戻りはしないのだ。もし手放す時が来たなら、俺は素直に彼を送り出すだろう。そうして過去になった彼を、きっと俺は手慰みに愛するのだろう。そんな予感があった。そしてそれは、きっと正しいのだ。
     執行官官舎には窓がない。明かりを落としてしまえば、今が何時なのかも分からない。けれどそれでよかった。終わりが来るまでを数えるより、知らないふりをしていられる今の方がよかった。ギノ、ギノ、愛してる、ギノ、ギノ。俺はただつぶやく。自分勝手に、まるで自分を慰めるように。ギノは俺を見ない。きっと、それが答えなのだ。
     ギノはやがて過去になる。そしてギノにとっても俺はいつか過去になる。俺たちはその日が来るまでをモラトリアムとしてただ、抱き合っているだけなのだった。
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    TRAININGお題:「昔話」「リラックス」「見惚れる」
    盗賊団の伝説を思い出すネロが、ブラッドリーとの初めてのキスを思い出すお話です。軽いキス描写があります。
    かつての瞳 ブラッドは酔うと時折、本当に時折昔話をする。
     普段はそんな様子など見せないくせに、高慢ちきな貴族さまから後妻を奪った話だとか(彼女はただ可哀想な女ではなく女傑だったようで、しばらく死の盗賊団の女神になり、北の国の芸術家のミューズになった)、これもやはり領民のことを考えない領主から土地を奪い、追いやった後等しく土地を分配したことなど、今でも死の盗賊団の伝説のうちでも語り草になっている話を、ブラッドは酒を飲みながらした。俺はそれを聞きながら、昔の話をするなんて老いている証拠かなんて思ったりして、けれど自分も同じように貴族から奪った後妻に作ってやった料理の話(彼女は貧しい村の出で、豆のスープが結局は一番うまいと言っていた)や、やっと手に入れた土地をどう扱っていいのか分からない領民に、豆の撒き方を教えてやった話などを思い出していたのだから、同じようなものなのだろう。そしてそういう話の後には、決まって初めて俺とブラッドがキスをした時の話になる。それは決まりきったルーティーンみたいなものだった。
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    TRAININGお題:「花火」「熱帯夜」「一途」
    ムルたちが花火を楽しむ横で、賢者の未来について語ろうとするブラッドリーとそれを止めるネロのお話です。
    優しいあなた 夏の夜、魔法舎に大きな花火が上がった。俺はそれを偶然厨房の窓から見ていて、相変わらずよくやるものだと、寸胴鍋を洗う手を止めてため息をついた。食堂から歓声が聞こえたから、多分そこにあのきらきらと消えてゆく炎を作った者(きっとムルだ)と賢者や、素直な西と南の魔法使いたちがいるのだろう。
     俺はそんなことを考えて、汗を拭いながらまた洗い物に戻った。魔法をかければ一瞬の出来事なのだが、そうはしたくないのが料理人として出来てしまったルーティーンというものだ。東の国では人間として振る舞っていたから、その癖が抜けないのもある。
     しかし暑い。北の国とも、東の国とも違う中央の暑さは体力を奪い、俺は鍋を洗い終える頃には汗だくになっていた。賢者がいた世界では、これを熱帯夜というのだという。賢者がいた世界に四季があるのは中央の国と一緒だが、涼しい顔をしたあの人は、ニホンよりずっと楽ですよとどこか訳知り顔で俺に告げたのだった。——しかし暑い。賢者がいた世界ではこの暑さは程度が知れているのかもしれないが、北の国生まれの俺には酷だった。夕食どきに汲んできた井戸水もぬるくなっているし、これのどこが楽なんだろう。信じられない。
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