日付変更線上の祝歌 そろそろ日付が変わるなと思った次の瞬間に朗らか、もとい騒がしい笑顔で誕生日を祝われた日も懐かしい。だいたいにしてその笑顔が既にうるさいのだ。仕事中は一欠片も見せない油断を、スイッチがプライベートに切り替わった瞬間に駄々漏れにするのだから気付かないようにする方が苦労する。気付いてほしいとか喜んでほしいとかいつもと違う反応が見たいとかの雑多な欲求が多過ぎるのも問題だ。こんな人間だからこそこの、人好きする年増の男を皆甘やかしてきたのだろうし、またその好意を甘んじて享受してきたからこそ受けた報いもあったんだろう。
だからもうコイツを甘やかしてやれるのは俺しかいない。これは許容ではない、惚れた弱味などでは決してない。妥協と諦観、こちらが折れてやったのだ。
今年もきっと、老いぼれはくだらない事を考えている。
***
遥か海と空の向こうの子午線が二三時五五分の時刻を割り出した。
もう計測上の一日は幾許もない、その僅かな時間を邪魔する可能性があった野暮な瑣末事はすべて片付けてきた。遮るものはなにもない。だからきっと待ちかねていただろうこの一言、あと数分で新しい歳を重ねる彼を言祝ぐ決まり文句を。
「ビシッと決めて締め括るつもりだったんだけどなぁ」
「いっそ清々しい小細工だな、ええ? この程度で驚く俺と思ったか」
前回は日付が変わる瞬間に祝ったから今度は逆に日付が変わるギリギリまでハッキリとお祝いは言わないでおこう、という計画は本日より遡る事一週間前からあたためていたサプライズだった。しかし何処から漏れたのか、或いはこちらの考えそうな事などお見通しという事なのか。あっさりと見破って悠々と待ち構えていたターゲットは、態とらしくやれやれと肩を竦めて笑った。
照準を合わせていたのは俺の方だった筈なのに、どうにも彼の前では見せたい格好良い自分でいられない。
「次は諦めて正面突破するんだな」
「おっ来年も祝わせてくれるのか!」
「ああそうだ、挽回の機会を与えてやる」
但し二度目はない。と言外に添えている眇めた眸は一旦見なかった事にして、いやぁよかったよかったと腰に当てている彼の手を捕まえた。ぎゅっと握ってしまえば両手は拘束したも同然になるというのに案外注意不足だ。気を許されていると思えばこそばゆい。逃がす訳にはいかない。
「その機会には全身全霊で、今すぐにでも」
〈了〉