男の勲章?(オスアキ前提オスカー+ジェイ)*
エリオスタワー内のジム設備があるフロアにて、こそこそとロッカールームに入っていく背中を見つけた。人目を気にするような、それとなく周囲を伺っているような。ただそのたった今入室していった人物がオスカー・ベイルだったので、ジェイ・キッドマンは思わず、んん? と声に出して首を傾げた。
ジェイは以前、同チームのグレイ・リヴァースとトレーニングをした際に『人の目があると落ち着かないからロッカールームに人のいない時に着替えている』と話していた事を思い出した。彼は自分の筋肉のつきにくい体質や筋力不足を気にしていたようだが、果たしてかのオスカー・ベイルが、それを気にするような男だろうか。否や寧ろ逆であろう。
オスカーがシャツを脱いでエリオスタワー内のジム器具を利用している様子は何度も見かけているし、自己鍛錬と研鑽に妥協のない男だから、まだまだだと冷静に己を見つめる事はあれど、人目から隠れて着替えようとするほど卑屈になる事はないだろう。ここは間を置いてから入るべきかと思ったが、もし何か思うところがあって体を縮こまらせているのならば、その悩みを聞くくらいは出来るし、何か人にいえないような怪我を負っているならば早急に確かめなければならない。
いつも通り接すれば大丈夫だ。ジェイは左手で生体認証を行い、ロッカールームに続く電子制御の扉を開いた。
「ジェイさん?!」
「お、オスカー……」
オスカーの喫驚の声を聞くまでもなく、なるほど、とジェイは思った。正確には『あっふぅ〜ん、そうかそうかなるほどなぁ』と口の中で言った。
確かにこれは、人目につかせたくなかったのかもしれない。オスカーの青褪めたり赤くなったりする顔色と、中途半端に首を通す前の段階で腕に通したままのシャツをどうにかする事も出来ないほど動揺した様子も、すべてがそれを物語っていた。
同じ方向に、ほぼ平行に、同程度の力加減の、二本だったり三本だったりの、赤いミミズ腫れのような引っ掻き傷。そして上腕には丁度腕を下ろしていれば服に隠れて見えないような絶妙な位置に、赤い痣。
もしかしなくても、これはつまり。
「ははは、そうかそうか! 男の甲斐性……いや、勲章だなこれは!」
我慢出来ずに足早にジェイは歩み寄り、オスカーの背中をバシリと叩いた。嬉しくて堪らず二、三度同じように叩いて、叩かれる度にオスカーは肩と首を竦め体を縮こまらせた。ついでに「うっ」と低く呻いた。明るく笑うジェイの横で、オスカーは小さな痛みに耐えつつ既に傷を負っている箇所に的確に狙いを定められているのかと疑ったが、スーパーヒーローは平時でも基本的な戦闘動作を忘れないのだから致し方ないのだと諦める事にした。
こんなにも、日頃謙虚に控えているこのオスカーに、そんな情熱的な傷を残すような人物がいたとは!
親戚の子供に恋人が出来たと分かった時のような晴れやかな祝福の思いで、ジェイは満面の笑みを向ける。オスカーは相変わらず萎縮したままで、遂に首を竦めて俯き空いた手で顔を覆った。
「そんなに恥ずかしがる事もないだろう。いやぁ若さって素晴らしいな……っと、おじさんくさい反応をしてすまない」
「い、いいえ……」
オスカーは小刻みに震えるように首を振って、俯かせた目線をうろうろと彷徨わせた。前髪で隠しきれない頬から耳にかけてを紅潮させて、困り果てた表情で声量を小さく絞って訊ねる。
「ジェイさん、その、お願いします……この事は、ブラッドさまには……」
「ああ分かってるとも! ブラッド以外の他の誰かにも、他言はしないさ」
「あ、ありがとうございます……」
目に見えてホッとした表情を見せたオスカーは、ジェイに目線で促されて漸く中途半端に着ようとしたままだったシャツに首を通した。シャツを着てしまえばすっかり例の情熱的な傷跡は隠れてしまう。きっとそうやって上手く一日乗り切っていたのだろう——そこまで考えてジェイは思い至る。
実はこういう事態を想定して、予めどの範囲なら他人から見えないかを計算可能になる程度には、慣れた関係なのでは?
しかし憶測で予想するというのも野暮というものだろう。同じセクターのビリー・ワイズなら詳細な情報を得たがるかも知れないが、自分は情報屋ではないし、私的な事柄を訊ねてこれ以上オスカーを困らせるのも気が引ける。万が一にもブラッド、そして件の彼の耳にも入れる訳にはいかない。
それにしても春が来ていたとはなぁ、とジェイはやはり頬を緩ませて今度は手加減してその肩を軽く二度叩いたのだった。
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