ごつサブに振り回されるアッシュの悪夢完結編チラ見せ***
あれは体のいい脅しだった、とジェイは思う。強要もあったし、なんなら先日は寝込みを襲ってしまった。
夜半アッシュが部屋を出ていく気配がして、なかなか戻らないから心配で起きてリビングへ行った。ソファで上半身だけ横に倒して眠っているアッシュがいて、こんなところで眠るなんてと思って声を掛けた。起こそうと頬を軽く撫でるくらいの軽さで叩いたりもした。
その時確かに、ジェイ、と呼ばれた。
普段ついぞ名前を呼ばないアッシュに驚いて、でも、アッシュは目を閉じたままだった。どうにもむず痒い気持ちで、もう一度呼んでほしいような気持ちになって、唇に触れてしまった。
あの時アッシュが目を開けていたら、どうなっていたのか。もったいないような気持ちもあるし、あれでよかったのだという気持ちもある。
どちらにしても、夢だと言って誤魔化したのはジェイだ。完全に出来心であったし、アッシュの方も例の事件の日については一切話題に出さなかったし、あの夜の翌日もいつも通りで、何もなかったかのように振る舞われた。
(本当に何事もなかったかのようになってるなぁ……)
ジェイが部屋に戻るとアッシュは既にベッドで横になっていた。壁の方に顔を向けて横になるアッシュの後頭部をじっと見つめて注意深く耳を澄ませると、穏やかな寝息も聞こえてくる。本当に眠っているらしい。
こうして見るとあの夜は一体なんだったのだろうかとさえ思う。本当にたまたま、夜中に目が覚めただけで、ついうたた寝をして、本当に夢という事にされているのか。いずれにせよ、アッシュがそう望むのであれば、それでいい。ジェイは口の中だけで呟く。
あの日の事はなかった事にすればいいと思う一方で、何か引っかかるような気がするのは、身勝手な罪悪感からだ。決して寂しさではない。こんな余所事を考えてしまう日は眠ってしまうに限る。
ジェイは目頭を揉んで、ふぅと息を吐いた。深呼吸してみても妙に落ち着かない。ベッドに潜り込んでからも眠る気になれず、ジェイはそっと自分の唇に触れてみた。この唇でアッシュに触れた。……触れた筈、だ。何故か不安になってくる。柔らかかったし、唇の内側に指で触れた時はあたたかくて、舌先は熱があって、湿っていて。
(このままだと忘れてしまうな……もったいない)
ジェイは苦笑しながら枕元のスタンドの灯りを消した。
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