親愛スト2話を踏まえたグラエマの話 気付いていた。足音も小さな声の独り言も聞こえていた。気配は感じていたから、単純に目を開けるタイミングを見失っただけだ。声をかけられたら、それで今目が覚めた、という事にして目を開けようと思っていた。
その心持ちでいたのに、妙に静かだと思って薄目を開けて様子を窺ったら、隣でエマは両目を閉じて規則正しく小さく呼吸をしていて、というより、どうやら眠ってしまったらしかった。
寝ているところを起こすのも忍びないと思い、起きるまで待とうとしたらしい。そのつもりはなかったとはいえ、寝たフリをしていた事に変わりはないので、少しだけ申し訳なく思う。
改めてエマの顔を見る。罪悪感、という単語が浮かぶ。
こんな偽善めいた良心でどの口が、とも思って短く息を吐く。誤魔化すように見上げた木漏れ日は時間と共に移ろいだようで木々の影が交差の角度を変えていた。どこかで鳥の鳴き声がする。風もほとんど吹いていない。
あまりにも静かだ。
だから目を閉じて休もう、などと思ったのだ、人並みに油断して。次に目を開けたら、もうそこに何も無いかもしれないというのに。
――目的を忘れた訳ではない、エデンを探す事、黒妖精を辿れという言葉の真相を明かす事、或いは個々の夢を実現するための旅。他者を巻き込むのは悪手だとはいえ、必要な関わり合いというものは避けて通れない。危険も困難も承知で、それでも立ち止まる理由にはならない、少なくとも自分にとっては。目指しているものも求めるものも、そのために背負ったものも決して軽くはない。望んだものが大きいからこそそれ以上なんて望んでいる場合ではないと。……それなのに。
名誉も賞賛も、或いは人一人の命さえも、束の間のものでしかない。守りきれる確かな保証などどこにもない。自分の力量も分かっている筈だというのに。
(それでもまだ、欲しいのか。俺は)
結局のところ、根本的なところで自分はあの時から何も変わっていないらしい。我ながら呆れてしまう。今更その外れた部分を矯めるにはとっくに手遅れだし、どうにかなるものでもない。
諦め方を知らぬ分別のない獣を飼い慣らし時にはその道化となって釣り合いを保つより他には。
「エマ」
彼女は起きない。あたたかな陽射しを木の葉越しに浴びて微かにほどけた唇の隙間からは、すう、すう、と穏やかな呼気が洩れていた。そっと肩を支えて抱き寄せてみる。僅かに眉を寄せたものの、またすぐに穏やかになった表情で寝入ってしまった。
ああ生きている、と。当たり然の事にさえ胸が詰まる。
「俺はお前が思っているよりずっと悪い男だぞ。あまり気を許すなよ」
そっと膝の上に彼女の頭が乗るように誘導して、髪を撫でる。まだ起きる様子はないが、このくらいにしておこうと手を退けた。
エマが目を覚ましたら、何を話そうか。寝起きの彼女が見る自分の顔がせめてもう少し優しい表情でいればいいのだが。
〈了〉