Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    sayuta38

    鍾魈短文格納庫

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 72

    sayuta38

    ☆quiet follow

    鍾離魈小話。喫茶店謎現パロ。あまりショショではないかも。

    #鍾魈
    Zhongxiao

    とっておきの一杯 いつからそこにあったのか。もう記憶にはない。
     幼い頃からそこにあったような気もするし、違うかもしれない。
     その場所に今、僕は立っている。
     秋になると、店の庭に植えてあるイチョウの葉がよく舞っているのが目に入る。軒下には、橙色の光る石が置いてあり、夜に通りかかると足元を照らしてくれている。この石は何という名のものなのかはわからないが、この辺ではここでしか見掛けないものだ。
     何屋だろう? と長年疑問に思っていたが、そこが喫茶店だということを最近祖母に教えてもらった。
     外には看板もなく、何が置いてあるのかもさっぱりわからない。ただ、いつ見てもその店の外観は変わっていない気がする。壁にひび割れや、朽ちている箇所もない。
     店の明かりはついている。僅かに珈琲の香りもした。おそらく今日は営業している。疑問を疑問のまま置いておくのも良いが、一生のうちに一度くらいは入ってみようと意を決して、僕は恐る恐るドアを開けることにした。
    「む。珍しく客人が来てくれた。いらっしゃい。好きな所に掛けてくれ」
     カランカラン。小気味よい音が鳴り響く。正面にある、アンティーク調のカウンターがまず目に入った。その中に若い店主らしき人物が、コーヒーカップを白い布巾で磨いていた。誰か他にも客が来ていたのだろうか。店主はカップを磨く手を一旦止め、こちらに目を向け声を掛けてきた。
     どんなヨボヨボじじいが出てくるかと思ったが、長年やっている店にしては、店主が若過ぎる。二代目、或いは三代目のマスターといったところかもしれない。背が高く、整った顔立ちをしている。
     店内はテーブル席が二席と、あとはカウンター席が六席ほどしかない、小さな店だった。敢えてテーブル席に座るのもと思い、店主の正面へと腰掛ける。
    「何か飲みたいものはあるか? 料理も出来なくはないが、少し時間を頂戴する」
     メニューも手渡されることもなく、オーダーを聞かれた。ぱっと見渡してみたが、やはりメニューらしきものはない。あまりキョロキョロするのも失礼だ。初心者丸出しでは恥ずかしいので、絶対あるであろう品を頼んだ。
    「コーヒーを一つ」
    「承った」
     店主が頷くと、すぐにコーヒー豆をミルに入れて豆を挽き出した。アンティーク調のそれは、手動で回して豆を粉砕するタイプのようだ。少々油が切れているミルのキィキィという音と、豆が粉砕されるガリガリという音を聞いていると、これから淹れられるコーヒーの味に期待が高まる。ゆっくり丁寧に仕事をするタイプの店主のようで、その手つきは異様にゆったりだった。
    「豆を挽いている間に昔話をしようと思うのだが、何がいいだろうか」
     店主が豆を挽いている様子をじっと見ていた僕に、店主が声を掛けた。昔話? なんだろうか。桃太郎とか金太郎とか、そういうことを答えれば良いのだろうか。
    「何を聞かせてくれるのか?」
    「そうだな。たくさんあるが、まずは……」
     そこまで店主が話しをしたところで、後方からカランカラン。と音がした。誰かが店に入ってきたのだ。この店、僕が知らなかっただけで、客足は悪くないのかもしれない。
     振り返るのはマナー違反だと思い、カウンターの上に手を組み店主の話の続きを待った。しかし店主は僕の方を見ていなかった。
    「おかえり、魈」
    「あ……ただいま戻りました……」
     少年の声がした。おかえり、ということは客ではないようだ。カウンターの横を通り過ぎ、階段を登って行く途中で彼はこちらを一瞥した。
     一見すると女か男かわからないが、学生服からして男だろう。ややつり目がちの黄金の瞳を持つ彼を、何故か眩く感じてしまう。一目見て目が奪われる程に、とんでもなく美少年に出会ってしまったと、僕は思った。
     魈、と呼ばれた少年は一度姿を消した後またすぐに戻ってきて、カウンターの一番端の席に座った。手にノートやペンなどの勉強道具を持っている。今度はこちらを全く見ることもなく、少年はノートを開いてシャーペンのノック部分ををカチカチと鳴らしていた。
    「魈、学校はどうだったか?」
    「……特に何もありません」
    「そうか、なら良かった」
     店主と少年は、親子関係にしては歳がそう離れていないように見える。兄弟にしては、顔立ちが全然違う。二人の関係性が気になって仕方ない。
    「時に、魈」
    「はい、何でしょうか?」
    「客人に聞かせる昔話について悩んでいる。お前はどれが良いと思うか?」
    「は……え、えぇと」
     少年は顔をあげ、店主を見ながら明らかに困った表情をしていた。ちらっとこちらに目線を向けられ、三秒ほど見つめられてしまった。かわいい。何故か僕の脳内にはその言葉が浮かんだ。
    「魔神オセルが復活して討伐した話など、どうでしょうか」
    「ああ、そうしよう」
     魔神オセル? 何を言っているんだこの二人は。魔神なんて御伽噺でしか聞いたことはない。最近攻略したゲームの話でもするのか?
     そう思ったが、口を挟む隙もなく店主は深く頷き「今から六千年以上昔のことだ。璃月という国がまだあった頃……」と語り始めたが、まず璃月という国がわからない。これは途中で質問をしても良いものかと口を開くと、隣から平凡な僕でもわかるくらいの殺気を感じ、思わず肩が震えた。恐る恐る殺気のした方を向けば、魈と呼ばれた少年が鬼の形相でこちらを見ていた。黙って聞けということらしい。慌てて口を固く結び、店主の昔話を静かに聞くことにした。
     それからどのくらい時間が経ったのかわからない。この店には時計の類が置いていないのだ。下手すると数時間程は経っている気がする。未だに豆を挽く店主と、勉強をする少年、そしてさっきからずっと聞かされている昔話。一体いつになったらコーヒーは出てくるのかと疑問に思わずにはいられないくらいの時間は経過しているはずだ。
    「よし、豆が挽けた。待たせたな」
     一応待たせているという感覚はあるらしい。魔神オセルの話から、謎の群玉閣という空飛ぶ建物の話まで聞いたところで、店主はサイフォンを取り出して、湯を沸かしている。店主の所作は丁寧かつ丸見えなので腕の信用はあるが、幾分時間がかかり過ぎではないだろうか。
     そう思いながらも、次第に少しずつ店にコーヒーの香りが充満してくる。ここまで待たされていることあり、とてつもなく良い香りに感じる。少しずつ落ちていくコーヒーを見つめる。いよいよ、いよいよコーヒーが飲めるのだ。
    「よし、完成だ。召し上がってくれ」
    「ありがとう」
     磨き抜かれ、艶のあるコーヒーカップに淹れられた一杯のブラックコーヒーが、やっと目の前に現れた。深みのある香りを存分に感じながら、まずは一口。苦さはまずまず、酸味とコクのバランスが良い。素人目に見ても、美味しいとわかる一杯だ。
    「どうだ。魈も飲むか?」
    「……少しだけ、いただきます」
     店主は魈の返事を聞くと、牛乳を温め砂糖を入れて溶かしている。ビーターで少し泡立たせてから、コーヒーと合わせてカップへ注いでいた。カフェオレよりももっとコーヒーの薄い、初めてコーヒーを子供に飲ませるような、子供騙しの甘そうな飲み物に見える。しかしそれを魈は受け取り、少し口角を上げながらちびちびと飲んでいた。どうやら少年は甘党のようだ。
     おそらく数時間ほどかけて作られたであろうコーヒーをすぐ飲み干してしまうのは勿体なかったが、美味しかったので気づけば飲み終えてしまっていた。さて、気になるのはお代だ。ここまで手間暇を掛けたものなら、例え数千円のコーヒーだと言われたところで驚きはしないが、一体いくらなのだろう。
    「ご馳走になった。さて、会計をお願いしたいと思うのだが」
    「会計か。忘れていた。二百モラでどうだろうか」
     モラ? なんだその単位は……? 思わず首を傾げてしまった。
    「……二百円でも構わないぞ」
     五秒程悩んでいた所で、魈が横から口を挟んだ。二百円。この一杯が……? 何かの冗談だろう。
    「少年、大人を揶揄うものではない」
    「冗談ではない。鍾離様のコーヒーは、いつも客人が値段をつけて払っている。お前がこのコーヒーに二百円の価値があると思えば払えばいい。値段の是非で鍾離様は対応を変えないお方だ」
     少年は、存外ゆっくりと僕に言い聞かせるように話をした。僕の方が年上のはずなのに、謎の達観した貫禄を感じずにはいられない。
     それより、鍾離様……この店主の名前らしいが、現代において人を様付けで呼ぶことがあるのか……? 反して僕への態度は、とても年上に対するものとは思えなかった。
    「では、ここにお代を置いておく。今日は興味深い話をありがとう」
    「ああ、話はいくらか持ち合わせているので、また来てくれると嬉しい」
     さすがに二百円を置いて行くのはどうかと思い、お札を数枚カウンターへと置いた。
     カランカラン。小気味よい音が鳴り店を出る。時計を見ると、この店に入った時より数時間が経っていた。この足元を照らしている橙色の石は何だったかくらい聞けば良かった。空腹を覚えたお腹をさすり、今日の晩御飯は何にしようかと考える。
     謎の店主、謎の少年、出てくるのに数時間かかるコーヒー。謎の昔話。
     謎だらけの喫茶店であったが、なんとも非現実的な空間だった。
     機会があればまた行きたいと思う。


    「魈」
    「……どうかされましたか?」
    「今日のコーヒーの味はどうだったかと思ってな」
    「……我には、飲みやすい味でした」
    「はは。そうか。奥深いものだったが、コーヒーを淹れる手つきもだいぶ極めてきたと思ってな。次はチャイの淹れ方を極めようと思う」
    「ご随意のままに。すぐ道具を揃えましょう」
    「ああ。週末市井に出掛けてくる」
    「我も共に行きます」
    「そうしよう。それまでに色々調べておかなくてはな。明日は図書館へ行ってくる」
    「はい。お気をつけて」
     
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    ☕☕☕👍💖☕🍮
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works