ひとつのオレンジ 一部 顔をあげると、間近にモクマの目とかちあう。上目でなく、おなじ目の高さ。確実にチェズレイの姿を捉えている。笑ってもいない。激情を秘めているとも思えない、見たことのないモクマの表情。
気もそぞろだったとは言え、急なこの距離にチェズレイは胸をつかまれ動けない。モクマの表情の意味を解析しようとしても頭が働かない。一番近いのは「どしたの」と聞いてくるときのモクマ。
表情の裏がわからないなど詐欺師の名に恥じる。
モクマは手さえつかず、チェズレイを見すえたまま下方から顔だけ近づいた。チェズレイはその先がわかる。ただわかるだけで、理解は追いついていなかった。
ただ追い立てられるよう動くがまま、チェズレイは自分からも首を前に倒す。
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