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    限界羊小屋

    @sheeple_hut


    略して界羊です

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    限界羊小屋

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    モトリン
    AnotherDay次元

    最近はこの次元なら二人は幸せになれるのではないかと言う仮説が熱いです

    #モトリン
    motrin

    はじめての再会 友人はよく何かに没頭して周りが見えなくなる。そう珍しいことではないし、もう自分も慣れている。6割ほどの席が埋まっている休日のカフェで、丸いテーブルとコーヒーのマグカップ2つ分を隔てて彼は大判の本を開き、熱心に見入っていた。ページを繰っては、はぁ、と恋する乙女のような甘い溜め息を漏らしている。コーヒーに手を伸ばそうと彼が本を置いたタイミングでフレットはそっと話しかけた。
    「本当に”アナザーさん”?好きだね、リンドウ」
     マグカップからコーヒーを一口啜ったリンドウが目を輝かせて答える。
    「当たり前!お前も読んだだろ!」
    「う〜んまぁ、パラパラとは読んだけどさ……正直俺には刺さんなかったかなぁ」
     いいこと言ってるから!と半ば押し付けられるようにして彼と同じカラー本 ~ アナザーさん語録集 ~ を手渡された時は驚いた。特典のサイン会応募券のために3冊買って、もう1冊は抜かりなくガールフレンドへの布教に使ったのだという。手垢の付いていない新品の語録集は巻末の切り取り部分だけがなくなっていた。なお中身について特にコメントはない。
    「まじ?本当に読んだ?」
    「まぁ俺はあんまりってだけで、リンドウが好きならいんじゃね?」
    「メッチャいいと思うんだけどな」
     そう言った彼は改めてスマホを取り出し、画面を立ち上げる。机の上に置かれた自分のスマホに指を添えてそっと起こすと、デジタル時計の時刻は10時25分を指していた。そろそろかな、と言って慌ただしく席を立つ彼に従って、フレットも少し残ったコーヒーを勢いよく飲み干した。”アナザーさん”サイン会はLOFTの6階、本日11時から始まる。ここから歩けば40分頃には着いてしまうだろうが、ソワソワしてしまう気持ちは分からなくもない。フレット自身、シブフェスの予約の際は家中のスマホにPCを総動員し、徹夜の気負いで1番のチケット番号を手に入れたものだった。

    「今日、別について来てくれなくても良かったんだけど」
     早足気味になりながらセンター街を抜け、坂道に向かう。そっと友人の方を振り返ったリンドウの顔と声色には少々の申し訳なさが滲んでいた。
    「やー、待ってる時間とかヒマかなって思って?つか俺も暇だし」
    「それは有難いんだけど……」
    「荷物持ちでもなんでもするからさ、こないだのお詫び」
     やや大袈裟に両手を合わせ、”スミマセン”のポーズを作る。シブフェスのチケットを無くした一件は楽天家のフレットにも少々堪えており、グループラインでもしばらくは下働きよろしくメンバーのご機嫌を伺っていた。ナギに対してはイシモト様のCD購入特典に協力し、ショウカに対しては口溶けスフレで有名なパティスリーの予約を代行し、年長者のビイトとネクに対しても数年前のレアバッジをわざわざ見つけ出して手渡した。彼らはそれぞれに生暖かい眼差しでフレットのお詫びを受け入れてくれた。
     リンドウに対しては彼なりの小さな親切で少しずつ返していた。頼まれもしないのに雪見だいふくを一つ分け、どこかで貰ってきたコーヒーチケットを「リンドウが使って」と掌に押し込む。彼が熱っぽく”アナザーさん”について語り出せば、そっかそっかといつまででもニコニコ聞いていた。
    「別にもう怒ってないよ、結局VIP席取れたし」
    「リンドウが怒るってよりは俺が申し訳なくて」
    「お前がそんな落ち込むとか意外だな……あ、」
     坂道の手前でリンドウがふと足を止める。
    「アナザーさん」
     立ち止まって呟いたリンドウの視線の先を追う。視界に入ったのは上半身にややゆったりと肉をつけた若者だった。写真集の中の端正な”アナザーさん”のイメージとは似ても付かず、ワックスで整えられた髪色と力強さを感じさせる目元にかろうじて面影が感じられて程度。事前にリンドウに公式サイトの写真を見せられていなかったら、同一人物だとは判別できなかっただろう。
     マネージャーだろうスーツの男に先導されるようにして、割合にキビキビと坂道を登ってゆく。出版の後にどんな不摂生が祟ったのかは不明だが、とりあえずは減量でもした方が格好がつきそうなものである。
    「ソッコーで見つけちゃうとか、ラッキーだったねリンドウ」
     そう言って彼に視線を戻すと、その口が小さく動いた。
    「…トイさん」
    「うん?誰?」
     聞き慣れない名前を問い直すが、答えることもなくリンドウは軽く駆け出した。
    「あ、待ってリンドウ!?」
     人混みを縫い潜るようにして真っ直ぐに”アナザー”のもとに向かう彼を追いかける。コートの裾がひらひらと靡き、傍らの人にぶつかってははらりと折れた。それを気にもかけずリンドウはただただ走り抜ける。
    「モトイさん!」
     叩きつけるように呼ばれた大柄の男は、うん?と鷹揚に振り向いた。
    「君は……リンドウ君?」
     何気なくそう呟いてから、あれ、と目を丸くして口を抑える。呼びかけられたリンドウは、はい、と急に身を固くする。その姿は先生に名指しされた小学生のようにも見えたし、”待て”を命じられた犬のようにも見えた。モトイ、と呼ばれた男は、しばらくモゴモゴと”リンドウ”の名を口の中で繰り返していた。整った営業スマイルを浮かべたままだったが、少し困ったように眉尻が下がっている。
    「何だろう?何かそんな気がしたんだけど……もしかして君の名前?」
    「はい……俺の名前、リンドウです」
     おずおずと、しかしはっきりと彼は答えた。呑み込みかねた表情でモトイは頭を掻き、うーん、と唸った。
    「ファンタスティック……不思議だね、何でだろう?君も俺の名前知ってた?」
    「いえ、……何か俺もそんな気がして」
    「そうか」
     モトイは少し考え込む。
    「その本……僕のファン?サイン会来てくれるのかな」
    「ハイ!行きます!超行きます!」
    「そう」
     鼻息交じりに熱っぽく答えたリンドウに、モトイはふわりと包み込むような笑みを向けた。どことなく作り物めいてはいるが、ぽってりとした体格も相まって和やかで親しみやすそうな雰囲気が醸し出されている。そうして大きな右手を差し出した。
    「人と仲良くなるチャンスは大事にしていきたいね。……よろしく、リンドウ君」
     白く柔らかそうな大きな手を、リンドウはしばらく見つめていた。戸惑うようにそっと差し伸べられた小さな右手がゆったりとした動作で握り込まれる。見比べるとリンドウの手はいかにも小さく、子供っぽく見えた。どうしていいかわからない、と言った表情のままのリンドウと静かな握手を続けたのちにその手は離れ、そのままひらひらと振られる。
    「じゃ、また会おうリンドウ君。シーユー」
     そう言って再びマネージャーの男に従い、LOFT前の雑踏に紛れていく。茫然自失といった体で立ち尽くしているリンドウに声をかけ、現実に引き戻した。
    「なになに?リンドウ、もともと知り合いだったん?」
    「いや……何でだろう」
    「名前覚えられてんじゃん」
    「……初対面、なんだよ」
    「何それ?」
     面を上げたリンドウの顔を見て、フレットは内心が急に波立たされたのを感じた。友人の頬は軽く赤くなっており、その眼には薄い膜が張ってゆらゆらと少し潤んでいる。突然曝露された感情を宥めようと「どったの!?泣いてる!?」と声をかけてやって初めて、相手はハッとしてぐしぐしと涙目を拭った。
    「あれ、俺泣いてた?」
    「え、マジ泣き?そんなに感激しちゃったわけ?」
     リンドウはきょとんと自分の掌を見つめる。その瞳はまだ微かに揺らいでいた。
    「何だろう……初めて会ったって気がしなくて」
    「変なリンドウ……ティッシュ要る?」
    「ありがとう」
     残った涙を軽く拭って、ようやく見慣れた人好きのする笑みを浮かべた。
    「……俺今日手洗わないでおこうかな」
    「うへー、それは汚いわリンちゃん」
    「冗談だよ」
     行くぞ、そう言って彼も再びLOFTへの坂道を登り始める。はまり込めば一途で周りが見えなくなる。それはリンドウの悪い癖でもあり、同時に純粋で好感が持てる部分でもあった。サインを受け取った後の姿をフレットは思い浮かべる。直筆のサインを誇るように自分に見せて、それからじっと見つめては大事そうに抱きかかえて夢想するように緩く微笑むのだろう。
     そんな幸せそうな姿を思い浮かべながら、10時45分の間坂を友人について登っていった。
     
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    限界羊小屋

    DONE用語
    <キルドレ>
    思春期で成長が止まり決して大人にならない種族。一般人からは異端視されている。
    ほとんどが宗教法人か戦争企業に所属して生活する。
    <戦争>
    各国に平和維持の重要性を訴えかけるために続けられている政治上のパフォーマンス。
    暴力が必要となる国家間対立は大方解決されたため実質上の意味はない。
    <シブヤ/シンジュク>
    戦争請負企業。
    フレリン航空士パロ 鼻腔に馴染んだガソリンの匂いとともに、この頃は風に埃と土の粉塵が混じっていた。緯度が高いこの地域で若草が旺盛に輝くのはまだもう少し先の話。代わりのように基地の周りは黒い杉林に取り囲まれている。花粉をたっぷりと含んだ黄色い風が鼻先を擽り、フレットは一つくしゃみをした。
     ここ二ヶ月ほど戦況は膠着していた。小競り合い程度の睨み合いもない。小型機たちは行儀よく翼を揃えて出発しては、傷一つ付けずに帰り着き、新品の砂と飲み干されたオイルを差分として残した。だから整備工の仕事も、偵察機の点検と掃除、オイルの入れ直し程度で、まだ日が高いうちにフレットは既に工具を置いて格納庫を出てしまっていた。
     無聊を追い払うように両手を空に掲げ、気持ちの良い欠伸を吐き出した。ついでに見上げた青の中には虫も鳥も攻撃機もおらず、ただ羊雲の群れが長閑な旅を続けていた。
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    はじめての再会 友人はよく何かに没頭して周りが見えなくなる。そう珍しいことではないし、もう自分も慣れている。6割ほどの席が埋まっている休日のカフェで、丸いテーブルとコーヒーのマグカップ2つ分を隔てて彼は大判の本を開き、熱心に見入っていた。ページを繰っては、はぁ、と恋する乙女のような甘い溜め息を漏らしている。コーヒーに手を伸ばそうと彼が本を置いたタイミングでフレットはそっと話しかけた。
    「本当に”アナザーさん”?好きだね、リンドウ」
     マグカップからコーヒーを一口啜ったリンドウが目を輝かせて答える。
    「当たり前!お前も読んだだろ!」
    「う〜んまぁ、パラパラとは読んだけどさ……正直俺には刺さんなかったかなぁ」
     いいこと言ってるから!と半ば押し付けられるようにして彼と同じカラー本 ~ アナザーさん語録集 ~ を手渡された時は驚いた。特典のサイン会応募券のために3冊買って、もう1冊は抜かりなくガールフレンドへの布教に使ったのだという。手垢の付いていない新品の語録集は巻末の切り取り部分だけがなくなっていた。なお中身について特にコメントはない。
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