Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    限界羊小屋

    @sheeple_hut


    略して界羊です

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 68

    限界羊小屋

    ☆quiet follow

    フレリン 2w6dのif
    リンドウの代わりにモトイさんに復讐してあげる話

    #モトリン
    motrin
    #フレリン
    frelin

    友達想い「モトイさん……」
    「信じてたのに、ってもう一回言いたいのかな」 
     継ぐべき言葉さえも奪われて、リンドウは黙って俯いた。 かつて彼を導く星座であったはずの"アナザー"の言葉は、今は彼を苛む刺にしかならなかった。端から見ていても分かるほど彼は傷ついていた。
     ビイトもナギも、かける言葉が見当たらない。しかし、その姿に一番驚かされたのは親友であるはずのフレットだった。彼らの付き合いは、長いとは言えないもののそれなりに濃かった。その中で、彼がここまで感情を顕に見せたことはあっただろうか。

     何から何まで気に入らない、と彼は思う。
    こんなつまらない人間が、悪びれることもなく友人を傷つけているのが一番気に入らない。
    正直、自分たちは賢い友人関係を築いてきたと自負していた。スマートにやってきたはずだ。深く心を打ち明けず、その場のコミュニケーションだけを流し続ける軽い関係。お互い傷つくこともないし、喧嘩して台無しにしてしまうこともない。
     個人的に思うところがなくもないけれど、きっとリンドウもそんな関係を望むだろうと思っていた。彼はともかく自らの価値観を否定され、傷つくことを嫌う。何かを素直に肯定し、幻滅して失望したり茶化されて恥をかくことを嫌う。その程度は理解していた……つもりだった。
     だから、彼がモトイに向けてのびのびとした憧れを語ったとき、強い違和感を覚えた。
     それはフレットが気になっている部分だった。彼は基本的に、検索エンジンから得られる情報は正しいものと受け取っている。SNS越しの相手は信頼できるものと思っている。そして……晴れて知己となったインフルエンサーにも無邪気にその信頼を持ち越している。
     彼に言いたいことがあった。大丈夫?それってキャラ違くない?だってそれなら……俺との距離ももうちょっと違うべきじゃない?

     モトイが勝ち得ている信頼が欲しかった。彼に向けている純粋な憧れがうらやましかった。
     俺にしておけば良かったのに、言わんこっちゃない。下手に信頼するから、一番深い部分に傷を負うことになる。
     さぞ痛いだろう。
     可哀想に。見ていられない。
     いまだリンドウは俯いて、次の言葉を継ごうとしていた。言っちゃえよ。それが聞きたいんだろ?
     フレットは密かに「参加者バッジ」に手を伸ばした。加工の跡が鮮やかな青空の写真と、捻りのないただの文章としか思えない"ポエム"。自分の持てるイメージを最大限に使って、「アナザー」のイメージを作り出し、飛ばす。
     打ち明けちゃいなよ、楽になっちゃえよ。
     そう願いながら。

    「アナザーさんの頃も…人を騙すとか普通だったんですか」
    「俺はあなたの言葉、全部好きだった」
    「僕も好きだったよ、あれは僕が考えたんじゃないけど」
    「え?」
     リンドウの声には微かな震えが混じっていた。モトイはにこやかに言葉を続けた。
     全て拾い物だよ、全世界のユーザーからのね。
     いい言葉も、面白い冗談も埋もれて流れて誰の目にも触れずに消えるんだし。
     消えるくらいなら利用したほうがいい、そうでしょ?

     ふと、フレットは昼間のリンドウの言葉を思い出していた。
    「あの人が生きてた頃、1年前くらいまで。俺にいろんな考え方を教えてくれた。
    本当にいろんなことを面白く解釈する人で…そのとき考えてたことに対してどう判断して決めればいいか 分かったんだ」
     そう言って彼はふわりと笑った。なんだその幸せそうな顔。安堵しきった顔。俺には見せてくれないくせに。

     残酷な言葉を受け続けるリンドウの肩が小さく震えていた。
     あぁ見ていられない。
    「リサイクルだよ」
     モトイの横文字が耳にまとわりつき、神経を逆撫でする。
     自分の中で何かが切れるのを耳にした。気がした。とても気に入らない、とフレットは思った。




     どうやら話は終わった。モトイは気落ちした様子で踵を返した。
     誰も話し出さない。渋谷川のシャワーの音がさあさあと場を満たしていた。ピコ、と通知音がしてRNSが更新される。標的討伐チーム、該当なし。トップチーム、ルーイン。リンドウはいまだ放心した様子で、モトイが去っていった方向を眺めていた。
     沈黙に耐えきれなくなったのはビイトだった。
    「今日はほっといてやろうぜ」
    「もう自由行動でいいすか?」
    「そうだな……お前らも少し休んだ方がいいぜ」
    「ナギセンちょっと」
    「何です?」
    「話したいことがあってさ…」
     私はありませんが、と気まずそうにはねつけようとするナギに、フレットは向き合った。
    「お願い」
     いつもの軽口ではない気配を感じとり、ナギは渋々と言った様子で頷く。ちょっとリンちゃんをよろしくね、とビイトに声をかけて、フレットはナギを率いて歩き出す。

     幸い、すぐ近くに渋谷川を見下ろすカフェがあった。
    「それで…なんの御用事でしょうか」
     プラスチックのタンブラーを両手で握りながら、おずおずとナギは話を振る。机の上に置いた琥珀色の液体をぼんやり見つめていたフレットは、ゆっくり目線を上げた。不服そうに口を尖らせている。
    「いやー……モトイちゃん、マジでないなって思ってさ」
    「はぁ」
     ナギの眼鏡の奥の瞳が揺れる。確かに穴沢基威は不快な男だが、それがどうしたというのだろう。
    「リンドウちゃんが可哀想でさ」
    「まぁ……そうですな」
     話が読めない。

    「俺たちは結構仲良くやってきたわけ」
    「お互い喧嘩しないように、話合わせて、なるべくリンちゃんに合わせるようにしたし」
    「あいつ自分のこと喋るの苦手だからあんまり深くならないよう気をつけてた」
    「なのにあんな薄っぺらな奴に真面目に傷ついてさぁ……」
    「可哀想だし」
    「俺も納得いかないし?」
    「まーリンちゃんが何を好きだろうと俺は構いませんけども?」
    「桃斎殿」
    「でもそんなに信頼してくれてる相手を騙すのはさ」
    「ないわ。マジでない」
    「桃斎殿!!」
     鋭い一言で、ナギは浮かされたように言葉を並べ続けるフレットを何とか押し止めた。何、と一息ついた声色は未だに熱を帯びていたが、押し返すように強い圧力を込めてナギは言葉を返した。
    「桃斎殿がリンドウ殿を推し、思いやる気持ちは承知いたした。大変尊い感情ではありますが、しかし」
    「しかし?」
    「先ほどから、話が見えませんな。それでワイに何の相談を?」
    「あぁ……まぁ聞いて」
     フレットの声が一段低くなる。ナギは息を飲んだ。

    「俺、あいつのことなんかどうでもいいと思ってたけど。初めて思ったのよ。
    あいつが何に喜んで、何に傷つくんだろうって。だからさぁ」
     フレットはしっかりとナギの目を見据えた。冷たい光がナギを射すくめる。
    「ナギセン、"見せて"よ」

     ナギの頭脳が回転する。
     見せる。自分にできること。人の心を覗く能力。相手のことを知りたい。知ってどうする?
     触澤桃斎にできること。思い出させる。過去にあったこと、身近な思い出の断片、そして……おそらくは人の嫌な記憶でさえも。

    「ダイブですか」
    「そうです」
    「復讐ですか」
    「そういうのキライ?」
    「感心しませんな」
     その反応は予測できた。
     ナギは心優しい女性だ。渋谷の街の人々がノイズに衝き動かされ、振り回されている姿を見てきた。リンドウが祓ってあげたいと願えば、喜んで力を貸していた。ナギはリンドウに大きな借りがあるが、それだけではないことは分かっていた。
     人々の顔に光が戻ったときはいつも、ナギの目は心からの安堵に緩んでいた。人の心を見抜き、その自然な動きを愛することができる彼女であればこそ……短絡的な復讐行為に手を貸すことはよしとしないだろう。それでもフレットは食い下がる。

    「あいつは最低のゲス野郎でしょ」
    「完全に同意」
    「リンちゃんは、優柔不断なところはあるけどいい奴でしょ」
    「まぁ同意」
    「あいつのせいでこれ以上リンドウが傷つくくらいなら……邪魔しちゃってもいいんじゃない?」
    「…………そこは、同意できませんな」
    ナギは流されない。

    「何でよ。これ以上ゲス野郎のせいでリンドウが傷つくくらいなら……」
    「まず桃斎殿、その考えは非常に危険です。それと……ご友人のために、貴方がそこまで背負わなくてもいい、かと」
    「やさしーね。でもそれは気にしないで」
    「……関係ありません。却下です。呑み込んでいただくほか、ないですね」
    「やだ」
     強い口調でフレットは跳ね返した。

    「ナギセンさ、レガストだっけ?新章やりたいんだよね」
    「ふぁ、ふぁい」
     唐突に趣味の話を振られ、思わず声が上ずる。
    「生き返りたいよね」
    「それはもう勿論」
    「……俺が抜けたら嫌だよね」
    「……」

     ナギセンごめんね、とフレットは心の中で謝った。それは一番卑怯な人質だった。だが……その負い目は、友人の信頼を踏みにじった人間への怒りとは到底釣り合わない。
     そして彼にはある種の自信があった。基本的に他人同士である自分たちがぎこちなくもチームを成立させるため、彼はそれとなく会話を振り、休憩や食事を提案し、脱落者が出ないよう補助に回っていた。それは彼の得意技だったが、意識した部分もある。仲間同士の信頼関係はチームの成績に直結する。だから「糊」となる存在は欠かせないはずだった。
     ぐぅ、とナギは口惜しげに声を漏らす。重い沈黙ののちに、彼女はゆっくりと口を開く。
    「背に腹は変えられまい…承知いたした。それで、彼をどこに追うのです?」
    「さぁ?でもターゲット討伐に失敗した以上は、スミヲ君たちと"ミーティング"でもしなきゃじゃない?」
    「成程?」
    「ピュアハートがメインで抑えてたのはスペイン坂、それとセンター街。まぁその辺りまで追えばいいんじゃないかな」
    「成程」
    「負けたばっかだから気絶させるなんて簡単でしょ。そのうちにサクッとダイブしちゃいましょ」
    「はぁ……」
    「つーワケで行こっか」
    「…承知」
    二人は渋谷川を後にして、高架下の円形歩道橋を急いだ。首都高と玉川通りの音が、遮蔽物の多い空間に響いていた。


     結局、彼らはJRの高架下でモトイに追いついた。追跡に間違いはなかった。敗北してなお、彼は常に手にしているパソコンで何かを打ち込んでいた。ミーティングの指示か、もうすぐ着く……といった程度の連絡かもしれない。いずれにせよ、彼は画面に集中していた。
    「……いくよ」
    「……どうぞ」
     気乗りしないナギの声を後ろに聞きながら、フレットは手にしたバッジを強く握りしめた。軽く放たれる電流に彼の髪が軽く逆立つ。
     そして次の瞬間、彼は勢いよく前蹴りを繰り出した。それはモトイの背中にまともにあたり、グェ、という声を絞り出したモトイは前のめりに倒れ込んだ。立ち上がらないのを確認して、フレットはナギに手招きをした。
    「オッケー、ナギセン!多分しばらく気絶してると思う!」
     ナギが歩み寄ってくる。
    「どこまで見れば良いですかな?」
    「まぁ見れるだけ?」
     はぁ、とナギは溜息をついた。口調だけはどこまでも軽いが、声色に笑いは含まれていない。こういう場合、彼は意外としつこい。これはナギが一週間強の付き合いの中で知り得た知見だった。
    「まぁ……承知。少し時間がかかりますぞ」
    「オッケーオッケー」
     返答を確認して、彼女はフッ、と呼吸を整えた。他人の心の中に入るのは疲れる。……ましてこの男のような邪悪な小心者の心は、正直言って近寄りたくない領域である。だがレガスト新章に変えることはできないのだ!
    「……お邪魔!」
     小声で、しかしキッパリと彼女は宣言し、深くモトイの心の中に入っていった。
    彼女と手を繋いだフレットの精神を引き連れて。

     見えたのは、彼の人生の抄訳だった。毒々しいまでに平凡な幼年時代。試行、挫折。彼の信条に価値を置かない世界。アナザーとしての成り上がり。世間の注目。
     転身。成功。そこから先はまるでビジネス本の世界だった。
    「なるほどね……」
     正直、フレットには眩しくも感じられた。自分の言葉を語らずに成り上がり、世間の甘い汁だけ吸わせてもらっているその立ち位置を掴めたこと自体が奇跡だ。そしてその奇跡の合間合間にモトイの努力がないわけではなかった。だが……
     その行動の基底にある信条が気に食わなかった。
     使いこなせないものが財宝を持っていても仕方ない。
     投げ捨てられた言葉達だって、有効活用してもらったなら本望だろう。
     ファンだって僕という指針が得られて良かったじゃないか。適当な言葉に勝手に希望を見出して、勝手に救われて、それで勝手に頑張ってくれればいいじゃないか?俺も傷つかない、ファンも嬉しい……これこそWin-winの関係だ。
     自分本意が毒々しく正当化されていた。ゆらゆらと立ち上る"ファン"という言葉のイメージは、やがてフレットのよく知る少年の姿を取った。
     奏竜胆。
    「アナザーさん」
    「俺、アナザーさんのファンでした」
     彼は純粋な、キラキラと輝く瞳でこちらを見ていた。慕うような親愛が伝わってきた。
     彼との交わしたテキストとのイメージが立ち上ってくる。一介の疑いももたない真っ直ぐなやりとりが続いている。フレットは目眩を覚えた。そして……黒い感情が湧いてくるのを感じた。
     これ以上、友達を踏み躙るような行為はさせない。
     させちゃならない。

     平衡感覚を狂わせるような感覚とともに、彼らは他人の想念の中から立ち戻った。
    「……大方見終わりましたかな」
    「うおー…」
     お望みのものは見られました?と、ナギは振り返る。
    (さあ、どうしますか……)
     フレットは組み立て、想像した。懸命にモトイの人生を深くまで再現しようと努めた。そのつまらない歓喜と悲哀を、なるべく鮮明に呼び起こしてあげよう。
     幸か不幸か彼は他人の心を察する能力に長けていた。
     そして彼の想像は拙い形をとって、イメージとして不器用に飛んで行った。



     小学校の学舎。モトイは国語の授業を受けていた。
    家族についての詩を書いて、発表するという宿題の発表があった。モトイは誇らしかった。知らない言葉を一生懸命調べて、お母さんへのありがとうの気持ちを精一杯表現しようと思った。
    椅子を立ち上がって、読み上げる。少し緊張した声色で音読を終える。さあどうだろう、とあたりを見回したが、誰もがよく分からないと言った表情でこちらを見ている。
    「モトイくんは」先生の声に前を向く。「難しい言葉じゃなくて、ちゃんと自分の言葉で作ったらもっと素敵な詩が作れるよ」
    せんせー、わたしもわかんなかったー!ぼくもー!雑音が教室の中に広がり、やがてさざめく笑い声になった。それはモトイを馬鹿にしているように聞こえた。
    顔が熱い。頭が痛くなった。保健室に行きたいな、とモトイは思った。

     中学校の学舎。モトイは図書室に急いでいた。
    その日は、中高生の詩文コンクールの結果の小雑誌が届く日だった。
    高まる鼓動を感じながら、モトイは頁をめくり、入賞者欄を食い入るように見つめた。彼の名前は……あった。穴沢基威。68ページ。急いで頁をたどる。
    14年前の長野県のコンクールに載っていたものを、少しだけ改変して投稿した。自分が見て、いいなと思った言葉。ざわつく胸の痛みが瑞々しい言葉で形にされていて、モトイ自身も大好きな作品だった。
    笑いがこみ上げてきた。中高生コンクールの作品なんてこんなものだ。時が経てば忘れられる。せっかく光を放っていた言葉たちも、一年かせいぜい二年のうちに省みられなくなるのだ。自分がやっていることはリサイクルだ。悪いことではない。
    図書室には夕暮れの甘い光が差し込んでいた。

     オフィス。会議室。モトイはインタビューを受けていた。
    彼の"アナザー"としての初めての出版の売れ行きは、大変好調だった。インフルエンサーとして活動している時には、ただただSNSの海を潜っては誰かの呟きを拾っていた。
    活動の場を公に移してからは、無駄な諍いを生まないよう英語でSNSに潜るようになった。そこで得た言葉を日本語に直して自分の言葉とした。別に英語でなくても良かった。翻訳ボックスに入力すれば、言わんとしていることはだいたいわかる。テイストさえ合えば何でも良い。
    そうして作った詩集に特に感慨は無かった。当たり障りのない答えを返しておけば、向こうで勝手に良いように解釈してくれた。
    浮ついた言葉を、若手社員だろう男性が忠実にPCに打ち込んでいた。カタカタという音。

     古本屋。モトイは探し物をしていた。
    一度だけ、試しに広い物ではない彼自身の言葉で詩集を作ってみた。結果は散々で、ネットのレビューには「意味不明」「いつものアナザーを期待すると的外れです」と言った書き込みが相次いでいた。炎上は彼にとっても面白くない。Recovery-Planとして溜め込んでいた言葉たちを急遽まとめ上げ、急いで新刊を発売した。
    しかし失敗にしても冊数を刷りすぎた。週末に近くの古本屋にいくと、彼自身の詩集だけはいつも100円コーナーに置かれていた。一縷の希望を持って翌週に訪れても翌々週に訪れた。結果は同じで、全く同じ位置に置かれた詩集はモトイを嘲笑っているかのようであった。
    褪せた埃の匂いが鼻につく。

     オフィス。面接室。モトイは面接を行っていた。
    「Great!君の技術力があれば、僕達のProductはもっと良いものになる」
    「本当ですか!」受験者の顔が喜びに輝く。
    「歓迎するよ。是非ウチで力を発揮してほしい!」
    モトイは所謂プログラミングに明るくなかった。必要最低限の知識を身につけた後は技術者のリクルーティングに専念した。それらしい言葉を並べて懐柔すれば良い。Anotherとして稼いだ信頼と元手、検索すれば出てくる情報さえあればよかった。あとは流行っている製品を探し、機能を真似て安価なものを作らせればいい。権利が面倒ならプロダクトごと買ってしまえ。人件費を引き下げて安く売り叩こう。元手と信頼があれば難しくはないだろう。
    時計は21時を回っていたが、ガラス張りの面接室の後ろでは一人も欠けることなくメンバーが手を動かしている。

     同じく、オフィス。モトイは自分のデスクの前に立っていた。一つだけ離れた島となっていた。
    「退職届」と書かれた封筒が、その上に置かれている。彼のやつれた顔が目に浮かんだ。
    "モトイさん、俺は……エンジニアです。新しいことがやりたいんです"
    酒の入った席で、彼はぷつりと漏らした。その結果がこれである。やれやれ、とモトイは溜息をつく。また技術者を補充しなければならないじゃないか。
    最近は増えてきた。ぽつぽつ欠員もでているし、正直言って"補充"は追いついていない。いつまで続けられるだろう……と考えたところで、モトイは考えるのをやめた。その先を想像するのは少しだけ恐ろしかった。
    おはようございますー!と、張り上げたような挨拶と共に一人が入ってきた。彼の目元にも隈があった。

     何もない、暗い空間だった。
    そこにモトイだけが立っていた。彼の足元には原稿の束と愛用のPCが無造作に置かれていた。
    モトイは原稿を拾い上げる。そこには誰か知らない人間の名前と、彼が作った詩が書かれていた。
    モトイはPCを立ち上げる。そこには何のアプリケーションも、ファイルも残っていなかった。
    彼の足元から真っ直ぐに伸びていく、光の道がある。
    その道はただひたすら伸びていた。何と交わることもなく、どんな曲がり道も起伏もなく、ただ平板に続くだけ。その光はだんだん鈍くなっていった。果ては見えない。

    栄光。
    無価値。
    成功。
    空虚。

    "アナザー"の言葉を皆が褒めるだろう。
    その言葉は全てからっぽなものだけれど。
    この先ずっと、その空虚から逃れられない。
    自分自身の言葉が誰かに響くことは、これから先も決して、あり得ない。
    "アナザー"の成功は、お前のものでは、ない。


     集合場所はハチ公前広場で、すでにモトイ以外は揃っていた。メンバーの多いピュアハートがミーティングを開く場所はそれなりに限られていた。おぼつかない足取りで、モトイは何とかそこにたどり着いた。モトイさん、と駆け寄ったスミヲがてきぱきと報告する。伏兵も挟み撃ちも失敗という無様な結果ではある。が、振り返りは実施せよ、後悔はするな、というモトイの指示に彼らはあくまで従順だった。
    しかし……反応がない。
    「……モトイさん?」
    不審な沈黙に耐えかねたスミヲが恐る恐ると言ったていで声をかける。
    「あ、あぁ…」
    モトイは右手を頭にやった。寒気がするのに、額に嫌な汗がじわりとにじむ。
    「失礼、少し頭痛がしてね…ちょっと、一人にさせてもらっていいかな…?」
    「大丈夫ですか?」
    「大丈…夫…」
    モトイはフラフラと、神宮通りを上る方向へ足を進めた。ただ事ならぬ雰囲気にピュアハートの構成員たちは思わず道を開ける。彼らとてモトイの動揺は感じ取っていたが、今まで強くチームをまとめ上げていたリーダーの訴えに、互いに顔を見合わせるばかりだった。

    (……逃さない)
    彼らに見つからないよう、フレットは静かに跡をつけた。

    後ろ姿に懸命にイメージを送り、語りかけ続けた。
    誰かの言葉と誰かの成果で生き続けて、どうだった?
    それで信じてくれた大切なファンまで裏切って、お前は何を得た?
    いつまで続けられる?
    なぁ、どうだよ。
    なぁ。



     翌朝。
    いつものように唐突な目覚めだった。色とりどりの装飾を施されたアーチが目に入る。お菓子のような甘ったるい匂いが大気に流れている。神宮の森の朝の空気のおかげで、渋谷のメインストリートより少しだけ涼しい。原宿、午前10時。爽やかな朝だった。
    「おーはよ」
    「……おはよう」
     不思議と彼らはいつも同じ時間に目を覚ます。
     ツイスターズの朝会の始まりだった。ミッションが配布されるまでまだ少し時間がある。とは言え、7日目である今日に配布されるミッションの内容は見当がついていた。
    「ルーイン、倒さないとな」
     ビイトがぎこちなく話の先鞭を取る。リーダーのリンドウはいまだに口をつぐんでいた。昨日の出来事で少なからず気落ちしている様子は3人にも伝わっていた。
    「またアイツ首都高下にいんのかな」
    「前回みたく逃げ回ってるかも」
    「それで時間を取られるのは少々厄介ですな」
     彼らは無理にリンドウを引き入れなかったが、少しだけ間を置いて流れる会話にはリンドウが参加するだけの余白が十分にあった。その空気を感じながら、リンドウは話し出すべき言葉を懸命に考えていた。まずはスクランブルに向かおう。少し遠いし、ヴァリーに先を越されないようにしないと。それからツグミもなんとかしないといけないよな……
     思考しながら目線を泳がせていると、ゲートの下に見知った人影がたたずんでいるのが見えた。恰幅の良い身体を包む青いスーツ。胸ポケットに無造作に差し込まれた白いハンカチ。キツめのワックスが今日はやや乱れている。
    ……穴沢基威だった。
    「モトイさん」
    「へ?」
     ビイトが反応する。
    「すみません、俺ちょっと行ってきます!」
    「あ…おい、待てって!」
     駆け出したリンドウを追いかける。息が上がらない程度の距離でリンドウは立ち止まった。
    「……モトイさん?」
     彼の目は虚空を泳ぎ、口の中でぶつぶつと何かを呟いていた。リンドウはもう一度呼びかける。
    「モトイさんっ!」
    「あぁ、おはようリンドウくん」
     モトイの目線がなんとかリンドウの像を結んだ。ハハ、と自嘲するような笑みが広がる。
    「……俺はさ、もう……どうでもよくなったよ。ポイントはツイスターズに譲ってあげる」
    「モトイ、さん、何を言って……」
    「いいんだ。死神にはなれないし、もし生き返ったとしても、俺は……」
     何もないからさ、と言葉がこぼれた。
    「さようなら、リンドウくん。頑張ってね」
    モ トイはおぼつかない足取りで代々木の方面へ歩いていった。そちらには…何もない。どこへも行けない。

     フレットは心の中でほくそ笑んだ。完璧!これでこいつが蘇ることはないだろう。
    長いお散歩だったね。そんなに応えた?光栄だな。
    人の心を弄ぶからだろ。いい気味だ。
    愉悦に浸っていた彼を、リンドウの請願するような声が現実に引き戻した。

    「モトイさん……!しっかりしてください、モトイさん」
    「リンちゃーん!?ピュアハートは敵でしょ!」

     そいつの言葉は全部壊してやったのに。
    これ以上崇めることも、騙されることもなくなったのに。
    もう傷つく必要も、苦しむ必要もないのに。
    なのに何でお前は縋るんだ。

    「そうかもしれないけど……」
    「それに、俺たちがトップになったらピュアハートは……」
    「そうだけど!」
    リンドウが遮った。何も言えず、少しの間原宿の雑踏の音が一同の間を満たした。
    やがて、彼は重い口を開いた。
    「俺は……たとえ借り物でも、アナザーさんの言葉、好きだった。
     だからもし……何か方法があるなら……協力できないかと思って……」 
     それきり彼は黙ってしまった。リンドウにも考えはまとまっていなかったのだ。ただ何とかモトイを助けることができれば、それしか考えていなかった。
     それは純粋な好意だった。例えるならば雛が親鳥を慕うような、純粋な好意。
     フレットは初めて自分の失敗を悟った。親鳥から無理やり引き離したとしても、雛鳥は雛鳥なのだ。

    「……心中お察しいたす、桃斎殿」
    二人だけに聞こえるような声で、ナギが声をかける。
    「…………うん、ありがとね、ナギセン」
    軽く流した。流さなければならないと思った。

     この二週間というもの、渋谷は晴模様だった。今日の竹下通りも青空が広がり、多くの人が互いに和やかに声を掛け合い、買い物を楽しんでいた。何一つ変わりのない景色の中で、リンドウは再びモトイの後ろ姿に呼びかけていた。
    俺はこの風景を忘れないだろう。
    背負い続けるだろう。
    そう思った。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    限界羊小屋

    DONE用語
    <キルドレ>
    思春期で成長が止まり決して大人にならない種族。一般人からは異端視されている。
    ほとんどが宗教法人か戦争企業に所属して生活する。
    <戦争>
    各国に平和維持の重要性を訴えかけるために続けられている政治上のパフォーマンス。
    暴力が必要となる国家間対立は大方解決されたため実質上の意味はない。
    <シブヤ/シンジュク>
    戦争請負企業。
    フレリン航空士パロ 鼻腔に馴染んだガソリンの匂いとともに、この頃は風に埃と土の粉塵が混じっていた。緯度が高いこの地域で若草が旺盛に輝くのはまだもう少し先の話。代わりのように基地の周りは黒い杉林に取り囲まれている。花粉をたっぷりと含んだ黄色い風が鼻先を擽り、フレットは一つくしゃみをした。
     ここ二ヶ月ほど戦況は膠着していた。小競り合い程度の睨み合いもない。小型機たちは行儀よく翼を揃えて出発しては、傷一つ付けずに帰り着き、新品の砂と飲み干されたオイルを差分として残した。だから整備工の仕事も、偵察機の点検と掃除、オイルの入れ直し程度で、まだ日が高いうちにフレットは既に工具を置いて格納庫を出てしまっていた。
     無聊を追い払うように両手を空に掲げ、気持ちの良い欠伸を吐き出した。ついでに見上げた青の中には虫も鳥も攻撃機もおらず、ただ羊雲の群れが長閑な旅を続けていた。
    8396

    related works

    限界羊小屋

    DONEモトリン
    AnotherDay次元

    最近はこの次元なら二人は幸せになれるのではないかと言う仮説が熱いです
    はじめての再会 友人はよく何かに没頭して周りが見えなくなる。そう珍しいことではないし、もう自分も慣れている。6割ほどの席が埋まっている休日のカフェで、丸いテーブルとコーヒーのマグカップ2つ分を隔てて彼は大判の本を開き、熱心に見入っていた。ページを繰っては、はぁ、と恋する乙女のような甘い溜め息を漏らしている。コーヒーに手を伸ばそうと彼が本を置いたタイミングでフレットはそっと話しかけた。
    「本当に”アナザーさん”?好きだね、リンドウ」
     マグカップからコーヒーを一口啜ったリンドウが目を輝かせて答える。
    「当たり前!お前も読んだだろ!」
    「う〜んまぁ、パラパラとは読んだけどさ……正直俺には刺さんなかったかなぁ」
     いいこと言ってるから!と半ば押し付けられるようにして彼と同じカラー本 ~ アナザーさん語録集 ~ を手渡された時は驚いた。特典のサイン会応募券のために3冊買って、もう1冊は抜かりなくガールフレンドへの布教に使ったのだという。手垢の付いていない新品の語録集は巻末の切り取り部分だけがなくなっていた。なお中身について特にコメントはない。
    3428

    recommended works