ム幻のセカイでヨ想もできないギ曲をトモに。7(類side)
『何を聴いているんだ?』
『君がこの前見せてくれた話のイメージによく合う歌を偶然見つけてね』
『あの魔王と王子が戦う話か!』
オレにも聴かせてくれ、と身を乗り出す司くんに、僕はイヤホンを片方彼の方へ差し出した。嬉しそうにそれを受け取って耳に付ける司くんは、数秒目を閉じて歌を聴くことに集中する。そうして、ほんの少し不思議そうに目を丸くさせてから僕の方へ顔を向けてきた。
『…これは、恋歌か?』
『うん。会いたかった人に出会えた男性視点の歌だね』
『……類は、何故これがイメージによく合うと思ったんだ?』
魔王と王子が戦う話なのだが。そう言いたげな司くんに、なんと返すか数秒思案する。確かに、もっと好戦的な歌詞の方がイメージしやすいのだろう。王子視点から考えれば、だ。
『強い力を持ってしまったばかりに周りから避けられてきた魔王が、初めて自分を倒すかもしれない強者に出会う、というのは、“恋”と同じくらい高揚するのだろうと思ってね』
『…つまり、魔王は自分を倒しに来た王子に恋をしたということか?』
『似た感情ではあるんじゃないかな。少なくとも、好敵手というのはそういうモノでしょ?』
『言わんとしていることは、何となく分かる』
僕の言葉を、自分なりに噛み砕いてくれているのだろう。真剣な顔で頷いた司くんが、ゆっくりと目を閉じた。
いつ負けてもおかしくない程強い相手を前にして、“無感情”ではいられない。多少なりとも何かしらノ感情を持つものだ。嫌悪感もあるかもしれない。けれど、逆に言えば、好意的に感じる場合もある。この話の魔王も、真っ向から勝負を仕掛ける王子を楽しそうに迎え入れるのだから、きっと“好意”だったのだろう。それなら、この歌の歌詞のように、たった一人の存在に出逢えた奇跡を喜んだのではないだろうか。
孤独と戦ってきた魔王が、この孤独から引っ張りあげてくれた王子と真剣に剣を交えるように。
『…良い歌だな』
珍しいほど小さなその声があまりに優しくて、思わず息を飲んだ。ちら、と盗み見た司くんは、どこか遠くを見ているかのようだった。あまりに儚くて、それなのに、瞳の色だけはどこまでも強く輝いている。
『それは良かった』
やっとでてきた僕のその一言は、ほんの少し震えてしまった気がする。
ほんのりと赤く色付いた彼の頬をじっと見つめて、いつもより少し早い心臓の鼓動に手で胸を押えた。先程まで聴こえていた歌が急に止まってしまったかのように聴こえてこなくなる。目を瞑って真剣に僕のイヤホンで歌を聴く彼は、僕の知る司くんではないみたいだった。
(……こんな顔を、するんだ…)
また一つ知った新しい彼の表情に、不思議と胸の鼓動が早くなる。何故か目が逸らせなくて、じっとその顔を見つめ続けた。
『止まってしまったな』と、彼が僕に笑いかけるまで。
―――
「司くん、いないねぇ」
「そうだね。どうやらここも空き部屋の様だ…」
「…なんか、さっきより部屋の数多くない…?」
「確かに、二階より三階の方がなんだかお部屋が多いね」
長い廊下にずらりと並ぶ扉を見て、寧々とえむくんが首を傾げている。確かに部屋の数は増えている。その分、一つひとつの部屋の大きさが小さくなっているようだね。隣の部屋を覗く えむくんが、「誰もいなーい」と部屋の扉を閉めた。その向かい側では、寧々も首を横へ振って静かに扉を閉める。かなりの扉を開いたはずだけれど、一向に司くんは見つからない。
もしかしたら、司くんがいるのはこの上の階なのだろうか。
「うぅ〜ん、何も無くてつまんない。…そうだ! 寧々ちゃん、類くん! 二人は司くんのどこが好きなの?」
「は、はぁ…?! いきなり何聞くのよ?!」
「司くんが好きなとこ、一緒に話したらもっとも〜っと司くんの好きなとこ、増えるかなって」
「なるほど。この先の戦いでも役に立つかもしれない、という事だね」
「いや、全く役に立たないでしょ」
えむ君の言葉に、寧々が赤い顔で不服そうにしている。きっと恥ずかしいのだろうね。初めての頃に比べて、寧々は随分司くんと仲良くなっているし、僕から見ても分かるほど彼を意識しているから。練習の時も、よく二人で練習しているし、お似合いの二人だとも思う。
出来ることなら、応援もしたい。寧々の傷付く顔を見たくは無いからね。
(……司くんも、その方が…)
笑ってくれるだろう。
そう思うのに、何故かその顔が想像出来ない。寧々の隣で笑う司くんが、浮かばない。僕の隣で笑う司くんばかりを思い出してしまって、何故か胸が苦しくなる。
首をそっと傾げれば、えむくんが僕の方へ顔を向けた。
「類くんは、司くんのどんな所が好きなの?」
「ぇ……、いや、…僕は…」
突然の問いかけに、思わず言葉に詰まる。
まさか、僕にその質問がくるとは思わなかった。いや、流れとしてはくると分かっていたのだけれど、いざ問われると、なんて答えればいいか迷ってしまう。
仲間として、座長として司くんのことは好ましく思っている。僕の演出を受け入れてくれて、やりたいようにやれと言ってくれて、そんな彼を輝かせたいとも思っている。仲間想いで、家族想い、誰にでも優しく真っ直ぐな心を持つ彼を尊敬すらしている。
好きな所はきっと、彼のその強い想いと真っ直ぐな心だ。夢のためにひたむきに努力し続ける姿勢も好ましい。周りを明るく照らす性格と、屈託なく笑う笑顔だって……。
(…………何故だろう…? まだ、足りない気がする…)
怒った顔が、脳裏に浮かんだ。嬉し泣きする顔も、悔しそうにする時の顔も、無視を見て顔を青くさせた時の司くんも、眠る時の顔や、きらきらした瞳で僕の話を聞く時の彼の顔も。次々に脳裏に浮かんで、すぐにいっぱいになってしまう。よく考えてみると、僕は僕が思っている以上に司くんの事を好ましく思っているようだ。
彼が夢を叶える姿を、この目で見たいと願うように、彼の成長する様をこれからも見ていたい。彼が幸せそうに笑うのなら、それを近くで見守りたい。
「………類くん…?」
「ぁ、…すまないね…、中々思い付かなくて…」
「へぇ。なら、類は司の好きな所が一つもないんだ?」
「そ、そうなの…?! 類くん…!?」
「誤解だよ、思い付かないだけで、司くんの事は嫌いでは無いんだ…!」
にまにまと僕を見る寧々の言葉に、えむくんが泣きそうな顔を僕へ向ける。この、なにか含みのある寧々の表情は、なんなのだろうか。いやそれよりも、早く何か答えなければ、まるで僕が司くんの良い所を知らないというイメージがつきかねない。それは、司くんを助け出した後にも影響しそうでなんだか嫌だ。
「んー…、司くんの仲間想いな所とかは好ましいと思うよ…」
「……それと、笑った時の顔とか…?」
「そうだね、表情が豊かで裏表のない所も好ましいね。司くんの笑顔は特に周りを明る、く……」
そこまで言ったところで、ふと二人が僕を見ていることに気付いた。とても静かに、じっ、とこちらを見る二人に、口角が引き攣る。何故か えむくんはきらきらした瞳でこちらを見ていて、寧々は呆れた様な顔をしている。
なんとなく居心地悪く感じていれば、えむくんがにこりと笑った。
「類くん、司くんの事大好きだね!」
「…んぇ…?!」
「ほんと、分かりやすいんだから」
「ぅ、…いや、まぁ……」
二人の言葉に、何も言い返せなくなる。
確かに、司くんの事は好きだ。友人としても、仲間としても大切だ。こんなにも僕を必要としてくれて、僕を信じてくれて、共に夢を追ってくれる。特別にならないはずが無い。友人として、これ以上ない程信頼している。
それは、一種の“好意”というものなのだろう。確かに好きかと問われれば“好き”なのだけれど、こうはっきり言葉にされてしまうと、なんというか、気恥しい。本人が居ないからこそできる話ではあるけれど。
「……確かに、大切な友人として、司くんの事は好きだよ」
素直にそう言葉にしてみただけで、じわじわと顔が熱くなっていくのが分かった。思っていた以上に気恥しい。普段なら全く気にせず口にできたと思うのだけど、何故だろうか。もしかして、このセカイの影響かな。
手の甲で軽く頬に触れると、ひんやりと冷たく感じた。小さく息を吐いてから顔を上げれば、寧々とえむくんが何故か顔を付き合わせて不服そうな顔をしている。
「………類くん、司くんの事大好きなんだよね…?」
「無自覚なだけだから放っといていいよ。どっちも鈍いのにお互いの事しか見てないし」
「じゃぁ、類くんがとーっても強いのは、やっぱり司くんが大好きだからだね!」
「二人で話を進めないでほしいのだけど…」
僕に聞こえるように話をする二人に、手で頭を押さえる。
二人には一体僕がどんな風に見えているのだろうか。普段から、そんなに司くんの話をしていたかな。えむくんも寧々も学年が違うし、同じ学校に通う同級生で更に同性の司くんは二人よりも確かに話しやすい。自然と一緒にいる時間だって増えるし、共通の話題も多い。ただそれだけなのだけど…。
「……それより、早く司くんを見つけよう」
小さく息を吐いて、二人から顔を逸らす。なんとなく居心地が悪くて、逃げるように次の扉に手をかけた。ノブを引くと、扉が簡単に開く。中を軽く覗けば、先程までと少し雰囲気が違った。
「…ここは……」
「もしかして、司くんがいたの?!」
「あ、そうでは無いのだけど…」
「………子ども部屋…?」
僕の隣から部屋を覗き込む えむくんと寧々が、じっと部屋の中を見つめる。明かりのついたその部屋は、どこか見覚えがある。ベッドと、机、子どもらしい布団カバーと枕。カーテンを飾るのは、キラキラと輝く星のガーランド。玩具のピアノと、開けられた様子のないプレゼント箱。
部屋の中に踏み込んで、机の方へ近寄る。白い紙が沢山散らばっていて、その一つひとつに子どもの字が沢山書かれていた。龍を倒す王様の話。海に飛び出した猫の話。世界を旅する兎や、魔王を倒す勇者も。絵と一緒に書かれる物語はどれもハッピーエンドで、ついクスッと笑ってしまった。
「どうやらここは、このセカイに住む司くんの部屋の様だね」
このセカイの司くんは子どもの容姿をしているから、部屋の飾り付けも子ども時代の物に近いのかもしれない。それでも、ショーの物語が書かれた紙がこんなに沢山あるというのは、司くんらしい。妹さんの為に、沢山ショーをしてきたと言っていたし、これはその時のものなのだろうね。
けれど、この部屋に司くんの姿は無さそうだ。寧々とえむくんも部屋の中を見て回っているのに、子どもの姿は見当たらない。精神体なら、どこからでも現れることが出来るのだから、見つからないのも不思議では無いけれど。
そう考えると、尚のこと本物の司くんを見つけるのが早そうだ。
「なんで、プレゼント箱があるのかな…?」
「…クリスマスの時期とか…?」
「んー…でも、まだ開けてないみたいだよ? それに、こっちにも小さいプレゼントがあるのに、開けてないみたい」
「……それ、子どもが作ったのかな…? なんか、くちゃってしてるし」
えむくんが持ち上げた箱は、それなりに大きい。リボンも解いた様子のないその箱は、どうやら軽いのだろう。軽く振って耳を当てる えむくんは中になにか入っているらしく、不思議そうな顔をした。その箱の下から出てきた紙袋を、寧々が拾い上げる。持ち手のない小さな紙袋は、可愛らしいシールで封がしてある。『おにいちゃんへ』と拙い文字の書かれたその紙袋に、三人で顔を見合せた。
「…司くん宛ってことは、咲希ちゃんからかな?」
「でも、やけにシワが寄ってない…?」
「………」
飾り付けられたパーティー会場に、開けられた様子のないプレゼント箱。パーティーの参加者が居ないから開催されないと、えむくんのそっくりさんは言っていた。参加者の居ないパーティー…。それに、プレゼント…。子どもの頃の、一大イベント…。
そこで、はたと思い付いた。子どもが楽しみにする特別な日で、パーティーやプレゼントと言えば数は少ない。その中で、司くんが妹さんからプレゼントを貰うのなら、一番可能性が高いのは年に一回の特別な日だ。
「誕生日」
「…お誕生日……?」
「そっか、これ、司への誕生日プレゼントなんだ…」
司くんは知り合いの誕生日をいつも盛大にやっていた。特に家族の誕生日は張り切っている。他の行事に対しても熱心に取り組むけれど、誕生日は特に特別だ。それは、彼の誕生日も同じくらい彼の家族が祝ってくれるからだろうね。それなら、このセカイの盛大なパーティーも納得がいく。
「でも、なんで開けてないんだろう? 司くんのお誕生日は過ぎちゃったよ?」
「…このセカイは時間が進まないとか…? 誕生日の前日か、パーティーの少し前で止まってるんじゃ…」
「それなら、プレゼントが彼の部屋にあるとは考えにくいね。多分、パーティーはしなかったんじゃないかな」
“参加者がいない”という事は、なにかの理由でパーティー自体が中止になったのだと思う。人が集まらなくて。準備だけ終えたパーティー会場がそのままなのは、多分ここが彼のセカイだからだ。片付けたくなかったのかな。プレゼント箱が開けられていないのも、恐らく一人で開けたくはなかったからか…。
黙ってしまった僕の顔を二人が覗き込む。そんな二人にへらりと笑って見せ、立ち上がった。周りを見回せば、誰も居ない部屋は少し寂しく感じる。その部屋の中央に置かれた未開封のプレゼント箱。
幼い司くんが、この場所でその箱を抱える姿が浮かんだ。寂しそうな顔で、じっと箱を見つめる姿が。
「もしかして、彼の願いって……」
ぽつりと零れた言葉が、そこで途切れる。
突然、後ろから大きな爆発音がして勢いよく爆風が襲ってくる。腕で顔を覆って振り返れば、部屋の扉がぼろぼろになっていた。爆風に耐え切れず、寧々が後ろへ尻もちをつく。
すぐにおさまった風に安堵すれば、扉の方から人が入ってきた。ふわふわの髪を揺らして入ってきた“寧々”はにこりと笑った。
「……わ、たし…?」
「おおおぉお! 今度は寧々ちゃんのそっくりさんだーっ!!」
「…二人とも気を付けておくれ。多分、彼女の武器は爆弾だからね」
「接近戦の二人には難しい相手じゃん……」
うわ、と顔を顰める寧々に苦笑して、腰にさげた鞘から刀を抜く。えむくんも慣れた様にハンマーを出して、それをぐるぐると回し始めた。
「ドカーンッ、ドドドド、ジャジャーンッ、て倒しちゃうもんね!」
「……意味わかんない」
「すぐに片をつける、と言ったところかな」
「おー!」
えむくんの元気な掛け声と共に、僕らは寧々のそっくりさんに向かって飛び出した。
―――
(えむside)
「ひゃ〜〜っ!?」
「えむ、左に避けてっ…!!」
「わわわわわっ…?!」
ドゴッ、ボンッ、ボボボンッ、と色んな所から爆発音がして目が回りそう。寧々ちゃんが爆発する場所を教えてくれるからなんとか避けられているけど、次にどこが爆発するかなんて分からないよ。
(しゃぼん玉に近付いちゃ駄目って類くんが言ってたけど、しゃぼん玉だらけで全然近付けないし…)
寧々ちゃんのそっくりさんは、ふーってしゃぼん玉を膨らませてる。そのしゃぼん玉は全然割れなくて、ふわふわ〜って部屋中に浮かんでる。最初から場所が決められているみたいに、しゃぼん玉一つひとつが寧々ちゃんのそっくりさんを囲うように広がって、ピタって止まっちゃうの。ハンマーで叩いても爆発されちゃうとあたしも後ろに飛ばされちゃうから、全然近付けない。
『ほら、止まったら飛んでっちゃうよ?』
「……ふぇ…?」
『ぱぁん』
にこにこと笑顔の寧々ちゃんのそっくりさんが、小さくそう言った。瞬間、あたしの隣を漂うしゃぼん玉が勢い良く破裂する。チリッとした肌の焼けるような痛みと、突然の爆風に足が地面から離れた。目を開けていられないくらい強い風に息を止め、飛ばされた体が背中から壁に強く打ち付けられる。ドンッ、と背中から強い衝撃を受け、気持ち悪くなった。
両手を口に当てて咳をするあたしの方に、寧々ちゃんが駆け寄ってきてくれる。背中を撫でてくれるあったかい手に、泣きそうなほど安心した。
「えむ、大丈夫…?」
「…うんっ…! あたしは平気だよ!」
「………やっぱり、二人とは相性が悪いよ。ここは一度退いた方が…」
「ダメだよっ! 早く司くんを見つけるなら、先に進まないとダメなんだから!」
心配してくれる寧々ちゃんにそう返して、勢いよく立ち上がる。今ここで止まっちゃったら、司くんに会えないもん! 四人で帰るんだから、相手が寧々ちゃんのそっくりさんでも逃げたりなんて出来ないよ。
爆風を上手く避けながら寧々ちゃんのそっくりさんとの距離を縮める類くんは、やっぱり凄い。そんな類くんみたいに、あたしも出来ることをしたい。大きく息を吸い込んで、グッ、と止める。そのまま、お腹の奥から思いっきり大きな声を出した。
「あたしだって司くんがだーい好きだもんっ!!」
「っ〜〜………?! …ちょ、ちょっと…えむ……!?」
あたしの隣でお耳を塞ぐ寧々ちゃんが、お顔をきゅ、ってさせてる。でもでも、これくらい大きな声じゃないと、司くんに聞こえないから。あたしが司くんを大好きって気持ち、司くんにも届いてほしい。
ふふん、と胸を張ってハンマーの柄を強く握りしめる。そのまま数歩前に出て、思いっきりハンマーを振り回した。
「な、なにしてっ…?!」
「おやおや、また面白い事を始めたねぇ」
「いっくよー!! わんわん〜〜っ…!」
右足を軸にぐるんぐるんぐるーんってハンマーを振って、心の中で3、2、1って数える。
「っ、…わんだほーーーいっ!!」
0、と同時に手を離せば、タイミングバッチリでハンマーが寧々ちゃんのそっくりさんの方へ飛んで行った。驚く寧々ちゃんのそっくりさんが ぱちん、と両手を合わせると、お部屋の中がピカッ、と眩く光り出す。大きな爆発音がして、あたしも寧々ちゃんも後ろに飛ばされちゃった。
もくもくと黒い煙さんがお部屋の中に漂っていて、周りが何も見えない。うへぇ、と立ち上がって顔の前で手を振れば、キィンッ、て高い音がした。
「…っ……、そう上手くは、いかないねぇ…」
『信じらんないっ…! 仲間がそばにいるのに普通あんなもの投げないでしょ?!』
「ふふ、それをやってしまうのが、…えむくん、だよっ……」
類くんの振り下ろした刀が弾かれて、寧々ちゃんのそっくりさんが怖いお顔をしてる。あのしゃぼん玉のストローさん、類くんの刀でも切れないってすごいね?! 何でできてるんだろう? 金属? それともダイヤモンドかなぁ…。
むむむぅ、と寧々ちゃんのそっくりさんが持ってるしゃぼん玉のストローさんを じっ、と見つめるあたしの横で、寧々ちゃんが起き上がった。頭をぶつけちゃったのか、泣きそうなお顔をしてる。
「寧々ちゃん大丈夫?」
「うん…、ていうか、ハンマー投げちゃったら、えむが戦えないじゃん」
「あっ…!」
呆れた様に寧々ちゃんに言われて、ハッ、と手元を見る。そういえば、さっきの爆発でハンマーがどっかに行っちゃったよ…! ど、どうしよう…?!
「こ、これ、もう一回でてこーいっ! ってしたら、出てこないかなぁ?!」
「そんな都合よく出るわけないでしょ…」
「うぅ〜…ハンマーさん出てきてぇ〜!!」
むむむむむむぅ、と目を瞑ってお腹の底から力を入れる。両手をギュッて抱き締めて、前みたいに心の中で出てきて〜って強く願った。「むぐぐ〜…いでよ〜っ!!」って大きな声で言って両手を天井の方に向ければ、ズシッ、とした重みが手にかかる。およ? っと目を開けてみると、そこには確かにあたしが使っていたハンマーがあった。
「寧々ちゃんっ! 出せたよ〜!!」
「…え……」
「よぉ〜しっ! これでシュシュシューッ! ぶんぶぶぶーんっ! ドォーンッ! ってできるよぉ!!」
「ほんと、このセカイ意味わかんないんだけど……」
はぁ、と溜息を吐いて頭を押さえる寧々ちゃんに笑顔を一つ向けてから、あたしはもう一度ハンマーを持ってぐるんぐるーんって回る。さっきはしゃぼん玉さんがいっぱいで当たらなかったけど、今なら壁になるしゃぼん玉さんはないもんね。
3、2、1、と心の中でカウントして、思いっきり振り回したハンマーから手を離した。
「飛んでっちゃえ〜〜!」
手から飛んで行ったハンマーは、そのまま寧々ちゃんのそっくりさんの方へ真っ直ぐ向かっていった。
―――
(寧々side)
このセカイを進んで行って分かったことは、類だけ何故か戦闘能力が高い事。それから、えむの要望は割と叶うって事。
「いいねぇ、えむくん。その調子でどんどん投げておくれ」
「はいはーいっ! いっくよ〜! ぐるぐるハンマーアターック!」
「…………なんであれが通用するのよ…」
ホントめちゃくちゃ。類は楽しそうに目をきらきらさせてて、えむは次から次に復活させたハンマーを投げ続けてる。目が回らないのってくらいぐるぐる回って、わたしのそっくりさんにハンマーを投げ続ける。それをしゃぼん玉の爆風で相殺させるわたしのそっくりさんも大概だけど、にこにこと自分は流れ弾を避けながら見守っている類も意味がわからんない。
なんかもうわたしは要らなそうだなぁ、って眺めながら、壁に背中を預けて座る。向こうのわたし、よくあの二人と一緒に戦えてるなぁ。
(わたしに攻撃手段は無い。よくて妨害程度。それに比べて、二人は攻撃特化型。後方支援って程役にも立たないし、もう見守るしか出来ないけど…)
羨ましい、とも思う。司の為に何かしたくても、わたしには何も出来ないから。きっと、類の引き立て役くらいなんだろうな。まぁ、わたしは元より類と勝負する気なんてないけど。
しゃぼん玉の攻撃が間に合っていない。そろそろ決着がつくかな。えむのそっくりさんの時よりも、早く終われそう。それはそうだ。身体能力の高いえむと違って、わたしは戦闘向きじゃないし。
「…いっ、……」
不意に、床についた手が痛んで、顔を向ければ、手首が青くなっていた。どうやら、爆風で飛ばされた時に捻ったみたい。腫れてきてるし、折れたりしてないといいんだけど…。そこでポケットの中に残っていた飴玉の事を思い出して、手を伸ばす。まだ残っている飴玉の内の一つを取り、包みを開けて口に放り込んだ。ころころと口の中で転がせば、飴玉が溶けて手の痛みが引いていく。
それに安堵したわたしの体が、キラキラとした虹色に覆われた。
「………ぇ…?!」
薄い膜は光を反射させてキラキラと輝いている。抜ける穴は無く、完全に大きな球体の中だ。そっと手を伸ばしかけたわたしに、『やめた方がいいよ』と声がかかる。
ハッ、と顔を上げれば、わたしのそっくりさんがにこりと笑った。えむのハンマーを片手で掴み、反対の手がストローで類の刀を受け止めている。
『ちょっとでも動いたら、割れちゃうから』
「寧々ッ…!!」
「寧々ちゃんっ…!」
ぼうっとしていて、しゃぼん玉が近付いていたのにも気付かなかった。というか、こんな風に人を入れることも出来たの? 入れたなら、出ることだって出来ると思うけど、今このしゃぼん玉が割れたら……。
割れた時のことを想像して、ゾワリと背が粟立つ。『ゲームオーバー』の文字が脳裏に過ぎって、震える手を自分の手で掴んだ。
(どうしよう…、また、……わたしだけお荷物だ…)
目の前が、だんだんと暗くなっていく。
怖い。もしこのまましゃぼん玉が割れたら、ぐちゃぐちゃになっちゃうのかな。死ぬのは怖い。さっきの手の痛みより、ずっとずっと痛いと思う。もしそうなったとしたら、どうなるの? もとのセカイに帰れるの? それとも、ここと同じように、向こうのわたしも…。
嫌な方向に意識が向いて、じわりと涙が滲む。そんなわたしの耳に、類とえむの呻く声が聞こえた。
「っ…類っ…! えむっ…!」
『ずるいなんて言わないでね? わたしは、二人みたいにはなれないんだから』
「…やめて…! これ以上二人に怪我させたら……」
『だって、わたしだけでいいもん』
ぱちん、とわたしのそっくりさんが手を叩くと、えむと類の体が爆風で後ろへ飛ばされる。ぱらぱらと崩れ落ちる壁と、凹んだ床。傾いた本棚から、絵本が数冊落ちた。立ち上がろうとする類の手を、もう一人のわたしが踏み付ける。「ぐっ…」と苦しそうに呻いた類が刀を手放すと、もう一人のわたしはそれを蹴って遠くに飛ばした。
にこ、と笑うその顔がわたしの方へ向けられて、一瞬でぞわりと鳥肌が立つ。
『二人さえいなければ、……わたしだけなら、司を諦めなくていいから』
その言葉に、ひゅ、と喉が乾いた音を鳴らした。