ヒュンケル〜狼煙剣術の修行中、唐突にミストバーンが視界の隅に現れたが、ヒュンケルは動揺を見せず飽くことなく剣を振るい続けた。
父バルドスと死に別れ、アバンと共に暮らし、そしてミストバーンに師事して、幾年たっただろうか。
生年もあやふやな孤児の身だが、確か10歳にはなるはずだ。
俺はアバンの元にいた時より強くなった。今の強さがあの時あれば父をムザムザと死なせなかったものを、とギリリと奥歯を噛みしめるヒュンケルを見てミストバーンが僅かに左手を上げる。剣術の稽古を終えろ、という合図だ。
剣を収めて流れ落ちる汗も拭かずに師の元へ歩む。
次は暗黒闘気の修行だろうか?
直接指導するのは珍しい、とヒュンケルは無表情のまま師を見る。
無口で知られたミストバーンだが、流石に修行や学問については直接指示をするか教師役の魔族に指導させていた。
マントの中の虚ろな光を見つめていると、ドンッと足元から衝撃がはしり、立っていられない程の揺れが続いた。
地震だろうか? 天井から壁から埃と土塊が舞い落ち視界を暗くした。
「別命あるまで待機せよ」
師の言葉にハッとして見上げるが既にミストバーンはその場から消えていた。
ようやく揺れがおさまると共に地底魔城に魔族たちのざわめきが響いた。
ヒュンケルはゆっくりと通路を遠回りしながら地上へむかう。
たかがニンゲンに情報を共有しようという酔狂な魔族はいないので、状況を知りたければ聞き耳をたてるしか無いのだ。
斥候が次々にヒュンケルを追い抜き、外へ飛び出していく。
地底魔城の入口であるすり鉢状の底に辿り着く頃には、地上部分に最初のルーラの着地音が響いた。
「発生源はパプニカに非ず!」
「カールまたはアルキード方面を捜索中!」
慌ただしく駆け抜けながら報告をする斥候の声にヒュンケルは驚きを隠せない。
ホルキア大陸でない所で起きた出来事が地底魔城まであのような激震をおこしたのか。冷や汗が背中を伝う。
やっと地上部分に辿り着き、勇者アバンの生まれ故郷であるカールの方角を見つめて目を疑った。
天まで貫く細い白い柱。その先端は一刻毎に姿を変えている。
アバンに叩き込まれた世界地図に置き換えると、もしカールで発生したことならば距離から考えると実際の柱の大きさは途方も無い規模になるはずだ。
「フフッ」
喉の奥から吐息が漏れ、それは直ぐに哄笑に変わった。
次々に戻ってきた斥候が、ニンゲンがおかしな鳴き声をたてている、と軽蔑の眼差しで見てくるが全く気にならない。
アバンよ。貴様が我が父の、地底魔城の魔族やモンスターの死骸をその血潮でこねて作り上げた「平和という砂の城」を突き崩す狼煙が上がったぞ。
あれだけの徴を貴様が見逃すはずが無い。
ニンゲンめ、人間め。
勇者に魔王軍のモンスターや魔族を殺させておいて、自分達は罪が無いと言わんばかりに平和を貪ってきた報いを受ける時がきたのだ。
うずくまり両手の拳で地を殴りつけながらヒュンケルは哂いつづけた。
頬を伝う涙が枯れるまで。