薬指の誓い今日のタカヒロは少し変だ。……と、ヒデユキはちらりと横目で彼を見た。
なんだかそわそわしていて、居心地が悪いのか座り直したり、やたら深呼吸を繰り返している。
何度か見た事があるので分かっている。あれは緊張しているときの癖だ。
例えば、大事な試合の前日。有名なゲーム雑誌からの取材。チームチャンネルの生放送前。何かやらかしてヒデユキに怒られないか心配している時。
──そして、殺しの直前。
(……まさかな)
最後の選択肢を頭から消し去る。前世ならともかく、今の自分達にそれはない。
そう、彼らは自分達の前世を知っている。
割れた子供達。
悲惨な過去と共に割れてしまった殺したがりの子供達による、極道最凶の殺し屋集団。
その中で、ヒデユキとタカヒロはそれぞれ司令と攻手を名乗る幹部格だった。
司令が敵の座標を薬で超強化した聴力で探り当て、攻手がその剛拳で徹甲弾を撃ち込む。
神槍などと言っていたあの頃を思い出すと、今となっては羞恥やら罪悪感やらで死にたくなってくる。
だが、そんな血に塗れた過去や、……そのきっかけになった、あの事故のトラウマを越えて。
二人で死んだ雨の日を越えて幾星霜。ようやく、普通の人間らしい生活を送っている。
タカヒロの親は彼に己の野望を強要して殴ったりしないし、ヒデユキの親もレールから外れようとした途端に自殺未遂で彼を脅したりしない。
星空の下の事故もなく、彼らは前世で叶えられなかった『FPSのプロになる』という夢を叶えた。
そして成人を機に二人暮らしを始め、今に至る。
ここで話は最初に戻る。やけに緊張している素振りのタカヒロ。
その理由は、一体何なのだろうか?
ヒデユキは考え込むが、心当たりは一切無い。
直近に大会はなく、雑誌や生放送の予定も今のところはなかったはずだ。
となれば、後は何か自分に怒られるような事でもしたのだろうか?
しかしそれにしては、罪悪感のような感じではない。
人より良いヒデユキの耳はタカヒロの心臓の鼓動を捉えていたが、その音は叱られるのを怖がる子供ではなく、どちらかと言えば一世一代の何かに挑む時のような──
「……なあ、タカヒロ」
このままでは埒が明かないと、ヒデユキは声をかけた。
びくりとタカヒロの肩が上がる。
「さっきから様子がおかしいけど、どうしたんだ? 心臓の音もデカいし……」
「はあ~~~~……っ。やっぱり、ユキには全部お見通しか」
自分の頭を乱暴に掻くと、意を決したのかタカヒロは真っ直ぐヒデユキの目を見据えた。
その眼差しがとても真剣に見えて、思わずヒデユキも佇まいを正す。
「……ユキ。これを、受け取ってほしい」
ポケットから取り出した何かを、タカヒロはテーブルに置いた。
それは、紺色の小さな箱。
ヒデユキは息を呑む。だって、それはどう見ても
「オレと、結婚してくれ」
開かれた箱の中には、シルバーの指輪が一つ。
宝石も、飾り彫りもないシンプルなものだった。
「────」
ヒデユキは呼吸を止め、指輪と、タカヒロを交互に見る。
言葉が出なかった。──互いに、そう思っている事は分かっていた。
前世では、全てが壊れてしまった勢いのまま一線だって超えた。
だからこそ、今世では。今度は。
そんなあやふやなものではなく、はっきりと、しっかりと段階を踏んで、そうなれたらと思っていたから。
「え、どうしたユキ? なんで泣いてんだ!?」
気が付けば、返事の代わりに涙が零れていた。
止まらない涙を無理矢理拭い、タカヒロの手を取る。
「……ああ! オレも、タカヒロがいい。ずっとお前と一緒にいたい……!!」
「へへっ、当たり前だろ? だってオレ達は、無敵なんだからな!!」
二人で笑い合う。もう彼らを阻むものは何もない。
運命でさえも、きっと二人を引き裂けない。
「それにしても、かなりシンプルなヤツを選んだんだな」
「そう思うだろ? 実はこれ結婚指輪も兼ねてるんだけどよ、……内側見てくれ」
「内側? ……あっ」
指輪の内側には、二人のイニシャルの刻印と小さなサファイアが埋め込まれていた。
「一応、買う前に天使とか舞踏鳥に相談してよ。オレ達が付けてても違和感がないくらい飾り気がないけど、特別なモンがいいって言ったらこのデザインを教えてくれた。裏石って言うらしい」
「そうか……。とてもいいな。気に入った」
「だろ? ほら、これがオレの分」
そう言ってタカヒロは同じデザインの指輪を取り出す。
ヒデユキはそれを取ると、代わりに自分の指輪を渡した。
「ユキ?」
「どうせなら、今指輪交換しないか? ……あの時みたいに」
「……そうだな」
立ち上がり、互いに向き合う。
「健やかなる時も、病める時も……」
「──喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も」
互いを愛し、敬い慰め合い、共に助け合い。その命ある限り、真心を尽くす事を。
誓いの言葉と共に、相手の左手の薬指に指輪を通す。
座標の暗号は必要ない。何故なら彼の目は見えている。
首に通すための鎖もいらない。何故なら彼には手足がある。
そして、今の彼らには未来がある。
いつか聞くであろう鐘の音と友人達の歓声より先に、二人は強く抱き合った。
星のように煌めく指輪の輝きは、きっと永遠に消えはしない。