時計の針が回る前にからからからから。車椅子の車輪が回る音が、乾いた地面の上に響く。
季節は秋。少し冷えてきた空気は、近付く祭りに俄に浮足立っている。
そんな浮かれ気分など、本来は意に介さないはずの二人──司令と攻手は、今日はどこか上機嫌だった。
「全部あるといいな、司令」
「ああ、そうだな。攻手」
車椅子に乗る司令の膝の上。後ろ前に抱えられたリュックの中には、今日買う予定のゲームソフトに丸を付けたカタログがある。
いつもなら他のメンバーに頼んでアジトのゲーセンのラインナップに追加してもらうのだが、今回ばかりは二人で買いに行くと譲らなかった。
理由は、これが今回の自分達への誕生日プレゼントだから。
背丈は圧倒的に攻手の方が上だが、生まれた順番は司令の方が早い。
……と言っても、同い年で数か月程度の差だ。
しかし、年頃の男子がマウントを取るための条件としてはそれなりに上位にあるもので、司令も攻手と喧嘩になった時はそういう「数か月の年上」を何度も持ち出したものである。
──無論、割れる前の話だが。
閑話休題。
いつもなら煩わしい奇異の視線やひそひそ声もどこ吹く風。
二人は今までに貯めたMPを換金したキャッシュカードを使い、欲しかったゲームを買い漁った。
「ふう……。大漁だ」
「おう。全部あって良かったな」
ほくほくとした顔でリュックをゲームソフトでいっぱいにして、二人はアジトへと向かう。
その、最中。
「お、攻手。少し止まってくれ」
「司令?」
司令の言葉を聞いて停止しつつ、首を傾げる攻手。
「いい匂いがしないか?」という一言に鼻を動かすと、確かに甘い匂いが漂ってきた。
「これは……もしかして、クレープか?」
「ああ、移動車販売みたいだ。買わないか?」
「そうだな。誕生日だもんな」
司令の暗号に従い、攻手が足をクレープを売っている車へと向かっていく。
二人ともケーキのような、食べるのに食器を必要とするものはあまり食べたがらないが、逆にクレープのような片手で完結する食べ物はよく好んだ。
司令も攻手も同時に食べられるからだ。
近くの公園にベンチを発見したので攻手が座り、司令の車椅子をその隣に添える。
片手に自分のクレープを、もう片手に司令の分のクレープを持ち、彼の口元へ持っていく。
『いただきます』
揃った声。昔は言わされていたそれを自発的に口に出す。
養育の義務や見栄、体づくりなんかのためではなく、自分達で稼いだ金で食べる、自分達のための食事。
それは、あの頃よりもどこか美味しく感じた。
クレープを食べ終わり、再びアジトへと向かう。
アジトの高級住宅塔のエレベーターに乗り込み、自分達の部屋の階へ。
『ただいまー』
部屋に入ると、二人は途端にいそいそと準備を始めた。
……と言っても、司令の指示に合わせて攻手が全て用意したのだが。
今回、特別にゲーセンコーナーから借りてきたゲーム機とモニターを前に、買ってきたゲームを片っ端からプレイする。
ジャンルは主にFPS。ストーリーが複雑なRPGなどはあえて避けた。
できる限り数時間で終わるゲームばかりを揃えた形だ。
誰にも邪魔される事なく、途中休憩を挟みながらも数十時間。
「疲れた……」
「同意。目も耳も限界だ……」
二人でぐったりとビーズクッションにもたれかかった。
「司令、今何時だ?」
「えっと……」
まだ疲れでしょぼしょぼする目を凝らし、司令は壁にかけられた針を見る。
「……もうすぐ、今日が終わる」
「……そうか」
しんと静まり返る。
司令の耳に入るのは、二人の鼓動と時計の針の音だけ。
「なあ、攻手。お前はまだ──」
「決めただろ。さいごまで二人でいるって」
「……ああ、そうだな」
攻手が立ち上がる。
「アレ、どこ置いたんだっけか?」
「13・06……」
司令の指す座標には、テーブル。その上には錠剤と水の入ったペットボトルが二つずつ置かれていた。
それを持って、攻手は司令の元へと戻る。
「口開けろ、司令」
「あー」
司令の口内に錠剤を入れようとして、
「あ、その前に一言だけ。いいか?」
その言葉に止まった。
「今までありがとうな、攻手。最期まで、一緒にいてくれて。オレの手足になってくれて」
「…………ああ。オレこそ感謝な。最期までオレの目になってくれて。……だけど」
「ああ、そうだな。これからも、死んでもオレ達は一緒だ」
「おう。──二十歳の誕生日おめでとう、司令」
そして二人は、錠剤を口に含み、水と共に飲み干した。
割れた子供達。
彼らの最期は、限られている。
忍者に殺されるか。他の誰かに殺されるか。
──あるいは、大人になる前に当代のNo.1に殺してもらうか。
しかし、たまにこうして一生を終える者もいて、そのための毒物も完備していた。
一人では死にきれないから、二人で死ぬ。
人殺しには相応しくない、穏やかな眠り。
──夢のような、彼らの救い。
数日後、アジトの最上階。
パーティールームに、また一つ写真が追加されていた。
そこには、誰も見た事のない笑顔を浮かべた二人の姿があった。