Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    ゆりお

    @yurio800

    毎日文章を書くぞ @yurio800

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 65

    ゆりお

    ☆quiet follow

    お題「神畑樹」

    ##灼カ

    神畑と冴木/灼カ 彼は一番隅で、まるで気配を消すように黙々と机に向かっていた。
    「精が出るねえ」
     声をかけ、冴木は手に持っていたペットボトルを彼の目の前に置いた。声と気配で分かっていたのだろう。神畑はちらりと視線を向けたが、すぐにノートに目を戻してシャーペンを走らせる。挨拶すらなかった。
     冴木は小さく息をつき、彼の対面の席に座る。積み上げられた参考書の一番上を勝手に手に取り、パラパラと捲る。
    「朝からやってんのか?」
    「俺の成績ではかなり難しいところだからな。かなり無理をしないと遅れは取り戻せない」
    「ま、今までカバディに忙しかったからな。お前だったらすぐ追いつけんだろ」
     冴木はすぐに数式に飽きると、無造作にそれを机に放った。
    「冴木」
    「なんだよ」
    「……私語は禁止だ」
    「誰が守ってんだよ」
     冴木は笑った。彼の言う通り、図書館は夏休みの子供たちの声でさざめいていた。
     神畑がようやく顔を上げた。こけた頬はすでに膨らみを取り戻していたが、不思議と減量時よりも疲労が濃い印象を受けた。
    「お前なら楽勝だろう」
     冴木は眉をひそめた。一瞬、意図が掴みそこねたからだ。神畑が赤い本を手に取る——そこに書かれた『英峰高校』という文字を見て、思わず乾いた笑いが漏れた。
    「は? なんでだよ。俺がお前にテストの点で勝ったことあるか?」
    「手を抜いていただけだ」
     神畑は断言した。まるで冴木自身よりも彼のことを分かっているかのように。そんな傲慢な響きがあった。
    「お前なら選べるはずだ。どんな道だろうと」
     神畑は真っ直ぐに冴木を見つめた。長い付き合いだ。彼の言う通り、冴木は聡かった。それだけで、冴木は何を求められているか察することができた。
    「買い被りすぎだよ。俺のことも、お前自身も」
     大きく溜息をつき、冴木は立ち上がる。そのまま立ち去ろうとしたが、珍しくつま先が惑う。
    「お前、下手だな」
    「何がだ」
    「人を口説くの」
     はっ、と冴木は馬鹿にするように鼻で笑った。一度口にしてしまえば、吹っ切れたように舌が回った。
    「高校行ったら、彼女でも作れよ。その方がよっぽど生産的だぜ」
     踵を返し、一歩踏み出す。
    「……お前は上手かったな」
     まるで独り言のような小さな声に、思わず足が止まる。
    「人を誘うのが」

           *

     一瞬、まるで走馬灯のように過去の思い出が蘇る。その強烈さに眩暈を覚え、神畑は目を閉じた。
     ゆっくりと、目を開ける。友人が置いていった未開封のペットボトルが汗をかいている。
     顔を上げる——冴木の姿はもうなかった。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    👏👏👏
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works