リビングで珍しくスマートフォンに集中するクリスを見つけ、雨彦は近寄りながら声をかけた。
「何を熱心に見てるんだい?」
「雨彦」
雨彦の声にクリスはぱっと顔を上げる。そのままスマートフォンを向けてくるので、雨彦は画面を覗き込んだ。
「この間の仕事の記事か……」
クリスが見ていたのは、先日雨彦が単独で出演した仕事の取材記事。事務所を越えてアイドルが集うその仕事で、雨彦は執事の衣装に身を包んだ。周囲はかわいらしいメイド服を着た女性アイドルばかりで、少々戸惑ったのも記憶に新しい。
仕事の記憶を辿っていると、記事中の雨彦の写真を眺めるクリスはふふ、と笑みをこぼす。
「雨彦は何でもスマートにこなしますから、執事としても優秀でしょうね」
「お前さんにそう思われているとは、光栄だな」
自分が誰かに仕えている姿はあまり想像がつかないが、クリスに仕えるというのは面白いかもしれない。そう考えた雨彦の中に、ほんの少しの悪戯心が芽生える。
思いつきのままにソファに腰掛けるクリスの足元に跪き、恭しくその手を取った。きょとんとした表情を浮かべるクリスの手の甲に、雨彦はそっと口付ける。
「何なりとご命令を、ご主人様」
手を取ったままちらりと見上げて微笑むと、効果は抜群だったようだ。クリスは顔を赤らめ、口をぱくぱくとさせる。
「なんてな」
「あ、雨彦!」
動揺を隠せない様子のクリスに、雨彦は思わず笑ってしまう。
ちょっとした悪戯のつもりだったが、なかなか悪くない気分だった。
「だがそうだな、たまにはお前さんに命令されるってのも面白そうだ」
クリスは日頃自分の望みを多く口にする方ではない。そんな恋人の望みを命令という形で聞き叶えるのは、なかなか魅力的に思えた。
「今夜はお前さんの命令を聞いて、お前さんの望むように動こう」
そう囁くと、クリスは顔を赤らめたまま小さな呻き声を上げた。
だがクリスも雨彦にただ翻弄されるだけではない。少し考えるように視線を泳がせたクリスは、意を決したように口元に挑発的な笑みを浮かべた。そのまま雨彦の首に腕を回して引き寄せ、耳元に顔を寄せる。
「なら、私をうんと気持ち良くして、満足させなさい」
高貴だとも評されることがあるクリスの美しい顔が、間近で微笑んでいる。
クリスがそう望むのであれば、雨彦はそれを叶えるだけだ。
「ああ、お望みのままに」
まずは何から始めようか。もっと詳しく、一つずつ、内に秘めた望みを引き出してやるのも悪くない。
さらりとした長い髪を撫でながら、雨彦は思考を巡らせた。