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    桧(ひのき)

    @madaki0307

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    桧(ひのき)

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    マイ武(東リベ)
    pixivからの移行作品です。pixivのままの文章をそのまま載せています。
    pixivではまだ公開中です。(非公開にした場合でも、リスク回避の為削除はしません)
    転載や自作発言を固く禁じます。

    #マイ武

    君の為に蝶は羽ばたく2008年の遊園地での襲撃直後、武道がドラケンの手を握って意図せず、更に遡って2003年にタイムリープし、もっと以前からやり直す話。

    表紙素材をお借りしました。→(https://www.pixiv.net/artworks/39947125)


    ・独自に創作・捏造してる部分等もあります。(今回はタイムリープ周り)

    ・自己満足の上、完全に趣味の字書きです。

    ・全てノリで呼んでください。

    ・誤字は見つけてもスルーして下さい。








     降りしきる雨の中。仰向けに横たわる堅の身体からは、夥しい量の血が流れ出る。
     雨に晒された武道は、ぐっしょりと濡れたシャツが身体に張り付いていることも忘れ。ただ只管に堅の意識を保たせようと言葉を交わす。

     死ぬんだな、と呟くその顔。空を見上げて穏やかに。己の運命を受け入れている様であった。その姿が武道にとっては彼の最期を感じさせて。しかし彼は死なないと自身に言い聞かせる。蒼穹のような目から溢れる大粒の涙はとめどなく。彼の言葉に静かに懸命に耳を傾けた。
     自分を責めるな、と声を掛ける。武道が戻って来たせいではないのだと。武道に繋いで貰った命を返すのだと。そう、龍宮寺堅は告げる。
     微笑む表情が、今迄武道が見送って来た幾人もの臨終間際を彷彿とさせる。
    「わかったな?」
     武道はその問いかけに頷く。

     負けた時に見上げる空を、万次郎は知らない。だからこそ、堅は自分が教えてやりたかったと漏らす。
    「オレが、オレが……!何とかします!!絶対に!!マイキー君を救います!!」
    「ハハッ……頼もしい、な、タケミっち」
    「だって、だって、その為に戻って来たんですから……!」
     そうだったな、と堅は漠然と思い返していた。
     二年前のあの日。最愛のエマを亡くし茫然自失となっていた彼が、万次郎と共に橘日向から聞かされた武道の使命。
     幾度となく殴られても退かない。勝ち目など微塵も無く、死ぬかもしれないとしても。何度殴打されても、何回でも立ち上がる根性の。その裏にあった『幸せな未来を引き寄せる』為という御伽噺のような、彼の行動原理。
     それは全て、花垣武道が愛する橘日向を救う為だけに向けられた献身だったであろうに。
    「ヒナが、皆が、ちゃんと生きてて幸せなのに!マイキー君だけが、空っぽで……。不幸せそうだった──!」
    「でも、マイキー君を助けるには、皆が居ないとダメなんだ!ドラケン君だって、欠けたらダメだ……っ!」
     絞り出すような声に反して、武道は力の限りにきつく、堅の手を握りしめる。
     何回、過去と行き来したのだろう。何度、己の知らぬ未来で死と絶望を見たのだろう。当初の目的が達成され、それで武道は幸せになって良い筈だったのだ。そもそも最初の世界では、きっと万次郎と出会ってさえいなかった武道。孤独な男を救う為だけに、戻って来た。幸せを目前にしておきながら、彼と半ば心中までして。
    「あの時、マイキー君言ったんだ。『助けて』って。それで、俺の手を握り返してくれたんです……!その温もりが、忘れられないッ—―」
     しゃくりあげて、未来での遣り取りを悲痛な面持ちで吐き出した。
     撃たれた銃創の痛みも、徐々に寒くなっていく感覚も、間近に迫る死の気配すら忘れて、呆気にとられたのだ。そこに確かな愛を見た。友愛と一括りにしてはいけないような。言葉にできない程に絶大な。
     万次郎だけが後ろ暗い世界に身を置き、それが未来の東京卍會面々の平穏の礎となったのならば。それを知ったのならば、この男は、花垣武道という男は。
     それを絶対に許容しない。
     誰一人だって取りこぼしたくないのだ。何度失敗しても挫けず立ち上がったように、全員が幸せになる未来が来るまで繰り返すのだろう。
     あの万次郎に、未来で助けを乞わせる程の人間。武道という男の存在を心の底から、堅は尊んだ。彼を任せて逝ける。そうと思った。今日、きっとそう遠くない内に自身は死ぬのだろう。だが、この男がいる限り、佐野万次郎に救済の道は必ず拓かれる。
     託すように、武道の手を懸命に握り返した。

     マイキーを頼む、と願ったその心の奥で、堅は思ってしまった。
     ――場地が生きていたら、エマが殺されなかったら。マイキーが闇の道に進むこともなかったのだろうか、と。


     ふ、と。武道が堅の上に倒れ込む。
    「タケミっち……?」
     掠れた声で、堅は呼びかけた。繋いだ筈の彼の手が、堅の掌中からずり落ちた。だらり脱力して、反応が無い。まるで死んだかのように微動だにしない武道の異様さに当惑しながらも、流血で朦朧としていた堅自身の意識は、遂に糸が切れたように途絶えたのだった。


     何処かで、蝶が、力強く羽ばたく。
     遠い未来で、確かに在った愛の為に。


     知り尽くした感覚に陥った。過去へと遡った時と同じそれ。自身の両手に視線を落とす。何処となくその掌は小さくてまろい。武道は己の身体が縮んでいることに気が付いた。バッ!と勢い良く顔を上げて、次いで周囲を見渡す。其処は見慣れた実家の自室。ベッドから転がり落ちるように、勉強机の灯りに手を伸ばす。そしてカレンダーを荒々しく掴んで覗き込んだ。
     カレンダーには、〝2003年7月〟の文字。
     武道がやって来たのは五年前の過去。

    「もしかして、ドラケン君の手を握ったから!?」

     武道が〝タイムリープ〟する条件は、『過去を変えたい(変えて欲しい)と思ってる人の手を握り合うこと』である。
     強い思いが武道をもっと過去に送り、彼に〝やり直す〟チャンスを授けてくれたのだ。
     未来に帰るには、堅を探し出し握手しなくてはならない。だが、そもそも2008年の軸で、彼は息も絶え絶えの危険な状態。隔日に2008年の時間に戻るには、『何かを変えて』龍宮寺堅を2008年7月7日時点で、生存している状態にさせなくてはならないのだ。

     武道は思い出す。2003年の夏、大きなターニングポイントがあるのだ。
     佐野真一郎の死。それは万次郎にとって、かなり衝撃的で深い傷となった出来事の筈なのだ。それだけではない。彼の死を無かったことにすれば、芋づる式に幾つかの難所が切り抜けられることに武道は気が付く。
     まず一つ目。羽宮一虎が万次郎を逆恨みし、芭流覇羅へと赴く流れが潰えるだろう。
     次に二つ目。黒川イザナが拠り所とした真一郎の存在が保たれ、万次郎を兄の代わりにする必要がなくなる。延いては稀咲と手を結ぶ理由も旨みも無くなることを意味するのだ。
     そして三つ目。稀咲と手を組む可能性が極端に低くなるのであれば、関東事変の際に佐野エマを殺そうとする動きも消えるのではないだろうか。

     勿論、全ては『おそらく』という不確定なもの。とどのつまり希望的観測だ。あれこれ御託を並べているが、結局のところは、死を見過ごすことができないだけなのだ。真一郎が死ぬと分かっていて、その死をどうして見過ごせるだろうか。否、武道には無理だ。
     死ぬと分かっていれば、その者を何とかして生存させたいと思ってしまうのだ。
     たとえ稀咲のような、橘日向の死の原因のような相手であっても、その死を悼んだ彼なのだ。何度も手から零れ落ちた命。掬い上げられるものは全て延命させたいと考えるのは、自然なことなのかもしれない。
     目標を定めた武道は、只真っ直ぐ前を見据えた。
     空のようにも海のようにも感じさせる普段の青い双眸。しかし覚悟を決めた時、彼の瞳は燦然と煌めく。その様は、まるで太陽の光が海面に反射して目映く輝いているような。

     今までに無く、完全に孤独な戦いを強いられることになった武道。それでもそこに絶望の色は一切なく、寧ろ希望で満ち溢れていた。
     彼が中学二年の年に亡くした場地やエマも助ける機会が与えられたも同然であるのだから。





     武道は懐かしい小学校の同級生には見向きもせず、思考に耽っていた。担任の声は遠く。チョークが黒板を叩く軽快な音。六年生にもなれば、学級崩壊を起こしていない限り、皆そこそこ真面目に授業に取り組む。板書のノートへの転記も彼はおざなりに。目下最大の〝分岐点〟である佐野真一郎についての情報を思い返していた。
     場地が〝踏み絵〟を終えた後に話していた内容。彼らが中学生一年生だった2003年の8月13日、佐野真一郎は自身の経営するバイク店で、羽宮一虎に殴打され逝去する。
     佐野真一郎という名前は、事ある毎に武道が耳にする名前だった。〝血のハロウィン〟が起きた原因は、佐野真一郎を殺害してしまった一虎の逆恨みが歪曲し、万次郎に向いた結果。言い換えれば、真一郎が死ななければ起こり得ない抗争であったのだ。
     もう一つ。天竺とぶつかった関東事変も同様だ。
     黒川イザナは彼が亡くなったことによって失意に落ちた。兄だと思っていた人物が血縁関係もない他人で、しかしその手を振り払ったまま真一郎は帰らぬ人となった訳である。稀咲と手を組んで万次郎の大切なものを全て壊し、真一郎の代わりへと仕立て上げようとした。もしも真一郎が生きていたならば、イザナが万次郎に執着することもなかったのではないか。
     一番幸せな時空で万次郎の精神が摩耗し、〝黒い衝動〟が増幅した背景には妹エマの死による拠り所の喪失も関係しているのだろう。そう考えると、やはり佐野真一郎の生存は必須だ。

     武道は慎重に計画を立てなければならなかった。
     僅かな禍根でさえも残してはならない。究極を言えば、場地と一虎が彼の店に盗みに入る状況を覆すのが理想だ。
    「(確か。二人が店に盗みに入った理由は、店頭に飾られていたバブをマイキー君にプレゼントしようとしたのが発端……。)」
     一番簡単な方法は、『真一郎の店にあるバブを、二人に目撃させないようにすること』だ。
     ノートに小さく作戦を書き連ねていく。
     最大の課題。それは、『どのように言い繕って店頭からバブを下げて貰うか』である。外から見えない所にバイクが置かれていれば、盗もうと言う気すら起こらない筈なのだが、如何せん良い口実が思い浮かばない。

     授業中丸々考えても良案は思い浮かばず。武道は、うぅん、と二つ目の方法に頭を悩ませながら帰路につく。
     万次郎や堅、他にも乾などの話を聞く限り、佐野真一郎という人は懐の広い人であったことはまず間違いない。だが、それでも殆ど初対面の人に、「自分はタイムリーパーで、未来から貴方の弟さんを助ける為にやって来ました」なんて馬鹿正直に告げられる訳がない。
     千冬や日向、万次郎と堅の四人が信じてくれた事自体が、そもそも奇跡のような状態で。普通なら、また冗談を、と笑い飛ばされて終わりだ。自然で説得力があり、尚且つ怪しまれないように、彼自身にバイクを店頭から下げて貰う言い分とはどのようなものだろう。
    「わかんないなぁ~……」
     後頭部ガシガシと掻きながら、ランドセルは揺れる。
     それにしても、ランドセルを背負う頃にまで過去に戻るとは。道すがら、店のガラスに映るまだ短い髪に染めていない髪色。その姿が如実に、今の自分の肉体年齢を自覚させる。同時に、誰かを守れるとは思えないような身体の小ささ。それでも、橘日向を救う為、数人の中学生の中に突っ込んでいったのだから、度胸だけは一級品だったらしい。
     中学・高校生になっても喧嘩は弱く、殴られて、ただ立ち上がる事しかできない己。
     思い返せば、東京卍會での抗争の時は、いつも誰かが常にいた。眼前に。背後に。もしくは両隣に。独断で動いたクリスマスの日、柴大寿に立ち向かったあの教会にすら。仲間がいた。そして、最後はいつも万次郎が颯爽と現れて敵に対峙するのだ。
     だが、今はどうだろう。荒事こそ無いものの、計略を張り巡らせないといけない状況。頭を使って考え事をするのも楽では無かった。寧ろ、この方針でいいのか、背中を押してすら貰えない辛さが、不安となって心に重くのしかかる。頼もしい仲間も、精神的に支えてくれた相棒の千冬も恋人の日向もいない。
     映る武道の顔は、煩悶と懸念の表情に満ちていた。

    「ママ~!あれ美味しそうー!」

     途端に響いた無邪気な声。思考を断絶するように耳をつんざいた。
     ほぼ隣で、幼い女児が母親に何かを強請っていたのである。
    「そうねぇ。この焼菓子、美味しそうねぇ」
     母親らしき女性が目を向けた視線の先には、綺麗にラッピングされた個包装のマドレーヌ。外からの通行人からも見えるように品よく並べられている。店の中にはケーキが整然と詰められたショーケースが。
     そこは、ケーキ屋であったのだ。
    「お菓子でいいの?ケーキじゃなくて?」
    「ケーキ?こっちじゃなくて、ケーキ食べた~いっ!」
     飛び跳ねる子供は、店の前に並べられたマドレーヌから、店内へのケーキへと興味関心が移ってしまったらしい。何処か微笑ましく思った武道は、あれ、と思った。すかさず、隣の女性に尋ねる。
    「あのっ!」
     武道の方を振り向いて、突然の問いかけに少し驚いたように首を傾げた。
    「この飾ってあるお菓子って、店内で、買えるんですよね……?」
    「え、えぇ……こういうケーキ屋さんなら、ケーキの他にクッキーやマドレーヌみたいな焼き菓子も購入できると思うわ。だってほら、ショーウィンドウに置かれているんですもの。普通、買えないものは飾らないでしょう?」

     武道はその言葉で、天啓が閃く。電撃が走るかのように、それは鮮烈に。
     堪らず彼は駆け出した。バタバタと身軽な身体が家へと急ぐ。この方法しかないと思った。武道がこの行動を取れば、彼がバブを店の奥へと下げてくれる可能性は高くなるだろうと踏んだのだ。
     さっきまでの八方塞がりが嘘のように。ちょっとした小さなキッカケで霞んだ視界は開けて行く。


     お帰りなさい、という母の声も遠く。自室にランドセルを投げて黄色い電話帳を開く。東京都にある商店で、彼の営むバイク屋の名前を探す。エ行の辿っていけば、該当箇所が見つかった。
     住所がわからないので電話をかけて尋ねようとして、思い出す。
    「あれ。そう言えば、オレ、真一郎さんのお店に行ってるじゃん—―!」

     そういえば、『S・S MOTOR』の店の跡地に行ったことがあった。色々なことがあり過ぎて、今の今まで忘れていた。
     殆ど廃墟と化した店は、天竺のスパイだった武藤に拉致されゴミ捨て場に捨て置かれた後に案内されて赴いた、乾と九井のアジト。乾が、己に11代目を継いでくれと頭を下げた場所。そして武道が黒龍を継ぐと承諾した場所。命を預けると言ってくれた乾。
    「そう考えるとオレ。黒龍初代総長のお店跡地で、イヌピー君に黒龍の総長になってくれって言われたんだなぁ」
     天竺との抗争が終結した後、東京卍會は解散。結局のところ武道が黒龍の11代目としてその座に在ったのはほんの僅かな期間。その上、隊員等のチームの構成員も乾以外は無かったも同然だった為、11代目と名乗っても良いのか判然としない。
     しかし、武道は、目頭がじんわりと熱くなっていくのを感じた。誰も傍には居ないのに、まるで皆の気配がすぐ傍にあって。宛ら背中を押してくれているかのようだったからだ。今までの彼らとの交流が武道を支えているのに、どうして不安がる必要なんてあったのだろう。
     場地と出会っていなければ過去の事件のことは知り得なかった。万次郎や堅に詳細を聞いていなければ、何時どのように行動すれば良いのか、今以上に暗中模索の状態であっただろう。乾と知り合えていなかったら、真一郎の店の場所も分からないまま。住所の特定や、下見において地図を持って場所を見つけ出す必要があった。
     ここまでスムーズに佐野真一郎に接触できるのは、今まで武道が未来を変える為に臆せず彼らと関わって過ごした軌跡があってこそ。その軌跡を大大切に思うから、万次郎だけが虚空で幸せそうではない未来が許容できないのだ。
     諦念を口にしながらも、彼の心は助けて欲しいと叫んでいた。ならば、応えよう。そして実現してみせよう。このもっと前からやり直せる最初で最後であろうこのチャンスを掴んで。



     次の休日、早速武道は遠出していた。
     緊張と不安で手に汗かきながら店の前に辿り着く。店頭にバブが飾られているのが視界に入る。
    「わぁ……――!」
     彼は感嘆を漏らした。顔を張り付かせるようにして、まじまじと。
     武道のライダーテクニックはまだ上手と言えるようなものではないだろうが、まがりなりにもバイクを走らせる東京卍會の一員。バイクを見れば、何だかんだと心は躍る。
     アクアマリンのようにキラキラと光る瞳でバイクを眺めていた武道を、見ていた男がいる。
    「お前、バイクに興味あんの?」
     開けた出入口の扉に腕をもたれかけさせ立つ、一人の男。
    「え」
     瞳や目元は、万次郎そっくりなその容貌。ひょろりと、身体の線は細く。未来の、瘦せて不健康そうな万次郎をどことなく彷彿とさせる。
    「あっ……、俺ですか!?」
    「ハハッ、そ、お前。なんか、外から俺の店熱心に見てると思えば……。バイク見てたんか。」
    「あの、俺、バイクに興味あって!……これ、CB250T──〝バブ〟ですよね!?」
    「そう、バブ。よく分かったなー。小学生か?それとも中学生?」
    「小六です。
    ――……ここに飾ってあるってことは、売り物ですよね?バブって、いくらで買えるんですか?」
     武道は真一郎に、そう切り出した。勿論、目の前のバブが売り物ではないことは百も承知。彼が弟の万次郎にプレゼントする為なのだから。
    「ん?あ~……、新車だと300万くらい。中古だと安ければ100万切るけど、ま、安くはないわな」
    「さんびゃく……、ひぇ……。(マイキー君とドラケン君が部品集めて直したって言ってたけど、中古でもそんなにするのか……!)」
     その価格のバイクを、武道はポンと貰った訳である。サーと血の気が引いていく。ただでさえ、内臓されていたエンジンは、目の前の彼がフィリピンで拾ってきた〝双子〟という、所謂忘れ形見なのである。
     そんな少年の顔色を勘違いしたらしい真一郎は、眉尻を下げて申し訳なさそうな顔をさせた。
    「でも、スマン……。これは弟にプレゼントする奴なんだ。十コ下に弟いてさ。あと一ヶ月ちょいくらいで誕生日なんだよ。」
    「……そうなんですね。弟さん、きっと喜ぶでしょうね!こんなにカッコイイんだもん……」
     兄のから弟へ。遺品として貰い受けるのではなくプレゼントしてもらえますようにと、心中で祈る。
    「――お兄さん」
     万次郎の兄である彼を、真っ直ぐに見据える。
    「大切なものは、ちゃんと閉まっておいて方がいいかもしれないですね。オレみたいに『商品なんだ』って思い違いしちゃう人もいるかもしれないから……」
     これで、バイクは店の奥へと閉まってくれると信じたかった。確証はないが、売る気が無い商品を陳列するリスク—―窃盗被害に遭う以前に、純粋な購入希望者に「売ってくれ」とせがまれる可能性──に彼は気が付いてくれたことだろう。場地と一虎が外からバブを見つけて盗みに入ろうとする可能性も、相対的に下がった筈だ。
     きっともう、万次郎と堅から年が明けた2006年に万次郎のバイクと双子のバブを貰うことはない。
    「さようなら」
    「あぁ。気ぃ付けて帰れよ」

    未来で乗った自身の単車に、武道は人知れず別れを告げたのだった。








     8月上旬。夏休みも盛り。
     ゆだる暑さも、2017、18年の夏に比べれば緩やかなもの。真一郎の生存を見届けるまでは堅と接触して未来に帰る訳にもいかず。かといって、今の武道の中身は26歳。友人と外で遊ぶ気にもなれず。とりあえず、未来に帰る前までに夏休みの宿題を終わらせて、過去の自分に楽をさせてやろうと机に向かうこと、早数時間。
     母の呼びかけで昼食を取る。外で全く遊ばないと不自然に思われてしまう為、午後は外出するのが、夏休みのルーティーンだった。「朝の涼しいうちに勉強やっておこうと思って!」と言えば、「流石、来年は中学生なだけあるわね」と感心される。罪悪感を覚えないでもないが、致し方無い。

    「そういやオレ、未来に帰れるのかな……」
     公園の木陰で、ぼんやりとしながら独り言ちる。彼には危惧していることが一つあった。
     『2008年に帰ることができるのか』という点である。堅の手を握って意図しないタイムリープが発生したのは予想外であった。その予測不能な出来事のせいで、以前橘直人と約束した──過去へ行っている最中は仮死状態になる為、直人の部屋、若しくは人のいないところでタイムリープをすること──ことを守ることが出来なかったのである。
     そうなるとどうなるか。武道は死んだものと思われているのだろう。堅の近くにいた武道は一見すると息をしておらず、心臓も動いていない筈だ。『タイムリープの影響故の仮死状態』とは、直人のように事情を知る者でなければ判別できない。
     全く事情を知り得ない救急隊員からすれば、瀕死の堅の傍に身綺麗なまま死んでいる青年が一人……と判断が下されて、死亡扱いになっている可能性も大いにある。
     正直な話、「帰れない」可能性の方が高いと踏んでいた。
     2003年に来てからおよそ一ヶ月。仮死状態も一ヶ月続けば延命も終了するかもしれない。実際、仮死状態は心肺停止であることには変わりなく。元居た2008年に戻れるかは不明である。
     だからこそ、彼は決断を迫られていた。
     2008年の時間軸に戻れた時のことを考慮して、橘日向が花垣武道に恋をする瞬間を無くすか、否か。
     12歳の肉体に26歳の精神が入ったままならば、一番成功した道順をもう一度なぞればいいだけの話。――というよりも、主に稀咲鉄太の動向を窺って先回りして計画を潰してくことになるだろう。
     だが12歳の肉体に12歳の己を戻したならば。最適解には持って行けないだろう。

     『橘日向に花垣武道の存在を認知させない』のは、その時の為の〝保険〟なのだ。2008年に戻ることができた時を想定して、最も確実な方法で稀咲の動きを封殺する。
     稀咲は彼女のことが好きだった。そんな彼女は武道に、目の前で恋に落ちたのだ。そして、自分は「不良になること」を目指した。稀咲にとってのヒーローが不良の道に向かったからこそ、彼もまた後を追ってきてしまったのだ。そして、後ろ暗い世界で頂天を目指そう、という思考に曲がる。
     日向が不良に絡まれて、武道が助けに入る流れを壊してしまえばいい。
     武道の恋は真の意味で終わることになるが、彼女は花垣武道という男を知らないまま中学生になるだろう。彼女の恋は、始まることすら無くなる。恋をしました、と振り返って笑ってみせたあの表情。ウェディングドレスを試着してくるりと回って見せた晴れやかな姿。
     忘れることはない。この記憶はあの世まで持っていくつもりだ。
     生涯に唯一だった恋人の生存の未来が開けただけで、十分ではないか。だって元々そのつもりで過去と未来を行き来していたのだから。
     未来の武道は日向との将来よりも、万次郎の過去を選んだ。だから、一つを追い求めるならば、もう片方は諦めるのが筋というもの。武道にとっては、彼女が生きてさえいてくれればそれでいい。そして、万次郎が幸せになれるならば最高だ。それはきっと、紛うことなくハッピーエンド。

     件の公園は、おそらくここだろう。12歳の夏。14年前のことは、彼自身の記憶は殆ど残っていない。日向から聞いた話と照らし合わせると、ここしかない。塾から彼女の家への帰宅途中にある公園で、武道の行動範囲が重なる場所はこの場所だけだからだ。
     今から彼は、2008年に戻れた時のことを想定して分岐点を作る。遠いどこかで、ガチャン、と。レールが切り替わる音がしたような気がした。


     中学生が三人、公園に入ってくる。本物の不良を見て来た今の武道にとって、彼らは不良ですらなかった。猫を囲んでは追いかけ回している。下劣な笑い声。早く追い払わねば。首をコキリと小さく鳴らした。
     相手は三人。此方は一人。向こうは中学生。己は小学生。
    「おい」
     静かに声をかける。
    「動物虐待とか、何ダセーことやってんだよ。」
     敢えて挑発するように、鼻で笑ってやる。いっそ面白いくらいに挑発に乗ってくるではないか。逆上したように殴りかかる少年に、呆れてものも言えない。何故か、拳を振りかぶる動作が遅い。加えて躊躇しているのが丸わかり。そこまで喧嘩慣れしていないであろう彼ら。その手に武器はない。ナイフや銃はおろか、バットや鉄パイプすら持っていない。
     刺傷も銃弾も受けたことがある。恐怖など一ミリも湧かなかった。喧嘩は弱い部類だが、それでも東京卍會壱番隊隊長にして黒龍11代目総長である。実際抗争では殴り合いに参加していたのだ。喧嘩ができない訳ではない。
     わざと軽く掠るくらいに拳を受けて、眼光鋭く睨み上げた。
     ひっ、と喉を引き攣らせたような声を出して。しかしもう遅い。
    「先に殴ったのは、そっちだからな。……正当防衛な」
     もろに彼の拳が年上の少年に入る。殴られ慣れて
     まだ体格の面から考えても小柄故にパワーはないが。ただの中学生相手ならば、地面に倒れるだろう。
     武道の拳が、一人の頬にのめり込んだ。その勢いのまま、よろけて転ぶ。
    「ひぃっ~~……ッ!!」
    「お、覚えてろッ……!」
     たかが一発殴られただけで逃げ出すとは。ふぅ、と這い這いの体で走り去った三人を見て、猫を抱え上げた。人間に追いかけ回された猫は怯えて爪を立てようとしたがすぐに抵抗を止める。背中を撫でる手に気を良くしたのか、大人しく収まっていた。

     塾からの帰る途中の少年少女は、ひと気の消えた公園には目もくれず。無情にその場を通り去った。


     慰めるように、猫が鳴く。
     蝉の喧騒は異様に大きく。夏空は、憎たらしい程に晴れ渡っている。

     それから、武道の行動は一貫していた。
     この時代の堅を探して、親交を持とうと近づいた。何せ夏休み。時間はたっぷりとある。2008年の時間に戻るだの、戻れないだのの前に。大前提として、彼と自然と握手ができるような仲にならなくてはいけないのだ。
     武道は堅と存外に気が合った。自由奔放で唯我独尊な万次郎を頭に、不良のチームをまとめ上げる補佐をしていた副総長なだけある。万次郎の私生活を支えていた程に面倒見も良いのだ。喧嘩の腕も立つ男ではあったが、彼が育った環境がそうさせたのか、大人びていて一般的な倫理や思考も持ち合わせている。
     堅が2008年から2003年へのタイムリープのトリガーであることを除いても、26歳の精神を持つ武道にとって、精神的な成熟が早い堅との交流は安心感を得られた。

     反対に堅も、武道への評価は高く。不良な青少年達に臆することなく立ち向かう様子に好感を持てた。不義理を嫌い、卑怯を忌避する。何度転んでも起き上がる姿は、荒事の手練れな東京卍會の面々には無く新鮮に映った。無免許でバイクを乗り回すのも犯罪ではあったが、その辺りの〝ワル〟を許容する、清濁併さった性格も面白い。堅が万次郎に彼を紹介するのも当然の流れだったのかもしれない。
     けれども、堅は同時に武道が何処か遠い場所に思いを馳せていることを知っていた。「手、握っていいですか」と握手を求められる度に、悲しそうに顔を歪めるものだから。ただならぬ危うさがあった。芯はしっかりしている筈なのに、いつの間にかふらっと飛んで姿を消してしまうのではないか、と。
     彼は、武道の交流を広めてやらねば、と使命感にも似た気持ちで以って、万次郎に引き合わせることにしたのだ。東京卍會はまだ六人しかいなかったけれども、この世に

    「へぇ~ケンチンのダチ?めずらし~。オレ、マイキー。――お前は?」
     もう随分と見ていなかったように思う、彼の楽しそうな顔。ニヒルに口元を上げ、目を細めて無邪気に笑うその表情を、2018年の未来まで武道は繋げていくのだ。
    「花垣武道です」
     黒曜石のような瞳をまっすぐ射抜く。万次郎の瞳には、闇は未だ影も形もない。
    「へぇ。――本当に小学生?」
     ずい、と顔を覗き込むように近づけて、試すように尋ねる。
    「……まぁいいや。お前、今日からオレのダチな。な?タケミっち」
     その懐かしい言葉に、武道は嬉しそうに微笑んだ。佐野万次郎が幸せな未来を開いてみせる。その為に、時を超えてやってきた。

     たかが蝶一匹の羽ばたきが、遙か遠くで嵐を起こすだろう。
     その嵐の後には、きっと晴れて澄み切った光景が待っているのだ。


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    桧(ひのき)

    DONE五十路真一郎×四十路武道……と言いつつあまり年齢操作感の無い真武

    花垣武道誕生日記念本 web公開 真武分。
    佐野真一郎(初代総長)23~24時の出来事。

    ※本の中では4839字だったんですが、ポイピクでは5千字超えてしまっています。
    愛の特権 散々な一日だった。
     近年稀に見る程に、疲れた日であったとも言えよう。

     その地域のレンタルビデオ店のエリアマネージャーであるとは雖も、その日は久方振りの二日間連続での休暇であった。だが悲しい哉、脆くも崩れ去る。
     その店の社員は三人。本来、この日に出勤予定であった社員の家族が緊急入院したのである。良く言えば少数精鋭、悪く言えば人員が不足気味な職場である。故に急遽、花垣が休暇の予定を返上して勤務に入ることになったのだ。

     記念すべき四十歳になる日。世では『不惑』と定められる年齢になったが、物事に惑わされない精神を保つ事は難しく。感情に振り回されてしまうことも屡々。己の精神年齢は成長していないように思えて。ただ無意味に年齢だけを重ねているのではないかと、毎日思う。同棲して既に二十年を越した恋人からの十分大人になったよ、という言葉を胸に、今日も〝大人〟を演じるのだ。
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