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    sasa

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    sasa

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    【カイアサ】
    お題:ご機嫌
    第2部第9章第4話の前日譚捏造。(付き合ってない)

    #中央主従マンスリーお題
    @silver_red_box

    透明な花 〈大いなる厄災〉の傷をなんとかしたい、という話はよく聞いていた。触れるまで人が見えないというその傷は、痛みこそないようだが、何をするにも不便だということは想像に難くない。

     例えば、声だけが聞こえるときに強く意識したら見えるのではないか。もし触れたあとすぐに眠ったらどうなるだろう。逆に、眠らずにいたらずっと見えるままなのではないか。カインなりにいろいろと考えて試しているようだった。

    「あとは、意識のないときに触れられたらどうなるのかは気になるな」
    「意識のないときと言うと、眠っている間とか?」
    「ああ。でも扉を開けた音で起きちまうから無理かと思って、試してないんだ」
    「そうか。眠りが浅いのかな」
    「騎士団の頃に染み付いた習性みたいなものだな。野営のときなんかは命に関わるから、生き物の気配が近付くだけで目が覚めるんだ」

     そして世間話のように語られたカインのその言葉は、アーサーの好奇心を大いに掻き立てたのであった。

     翌朝、──というか明け方ですらない、言うなれば未明だ。

     アーサーはすっかり寝静まった魔法舎の中、とある部屋の前で立ち止まり、少しだけ耳をそばだてて室内の様子を伺った。聞き耳を立てるくらいでは実際は何もわからないのだけど、きっと寝ているだろうという希望的観測をもとに、アーサーはその部屋の扉を、ゆっくりと、開けた。

     ノックもせずに人の部屋に入ることなんて普段はしないが、今日だけは特別だ。今日だけ、になるかは部屋の主次第かもしれないが。

     アーサーがベッドサイドに立っても、部屋の主、すなわちカイン・ナイトレイはまだ眠ったままのようだった。

     扉の開く音で起きてしまうと言っていたので、慎重を期して音を吸収する魔法を使った。気配でも起きると言っていたが、そこはあえて何もしないでみた。
     何よりアーサーの気配でも起きてしまうなら、カインが本当の意味で安らげる場所などないような気がして、試してみたい気持ちもあった。試しているのはカインでもあり、アーサー自身でもある。主君として、友人として、ほんの少し意地を張ったのかもしれない。

     寝顔がよく見えるように、膝をついて覗き込む。
     思い返せば、カインの寝顔はあまり見たことがないかもしれない。どんなに疲れていても、カインはうたた寝をするようなこともなかった。だからこれは、とても貴重なのだろう。そう思うと、まるで見てはいけないものを見ているような背徳感と、そして少しの悪戯心が生まれてくる。

     何か驚かせるようなことをしてみたい気持ちを抑えつつ、アーサーはカインの手に触れた。

     途端にカインは身じろぎをして、重たいまぶたを持ち上げたかと思うと、すぐにアーサーの姿を認めて開けたばかりの目をさらに見開いた。

    「わっ……、えっ、殿下……?」
    「本当に起きてしまうのだな。驚いた」
    「驚いた、のは俺のほうだ。もしかして、昨日の話か?」
    「ああ。早速試してみたいと思って、忍び込んだ」
    「そ、そうか。おはよう、なのかな、アーサー」
    「おはよう、カイン」

     何か驚かせるようなことをしてみたい、というのは図らずも成功したようだ。ただ、あまりにもすぐに起きてしまったので、残念でもある。

    「もう少しおまえの寝顔を眺めていたかったよ」
    「……やめてくれ、面白いものじゃないだろ」
    「ふふ、どうだろう」

     カインはアーサーの前では特に格好付けたいようだから、無防備な寝顔を見られるのは不服なのだろう。拗ねたような物言いは、まるで自分のほうが大人になったようで気分が良い。

    「……こんな早朝から、いや、夜中なのに、ご機嫌ですね、殿下」
    「おまえだって、私が口を尖らせると嬉しそうにするだろう」
    「はは、まあ、そうだな」

     ふと、カインは何かに気が付いたように視線を動かして、少し目を伏せた。
     いつもは大輪の夏の花を思わせる活気のある笑い方をするのに、まるで夜露に濡れる透明な花のように、静かに微笑んだ。

    「……それにしても」

     触れたままだった手を、ぎゅっと握られる。
     先ほどまでの子供じみた雰囲気が嘘のように、低くひそめた声は大人の男のものだった。

    「いつもなら部屋に入られる前に起きるのに……。アーサーだからかな」
    「そうだったら良いなと思うよ。何度か試したら、触っても起きなくなるかもしれないな」
    「……そうだな」

     カインは満ち足りた顔で笑って、アーサーの手を引き寄せた。
     カインはたまにこういう顔をする。あまりにも嬉しそうに、満足そうにアーサーを見つめるから、そのたびにアーサーは、胸のうちに木漏れ日が差すような、それでいて強い光に焼かれるような心地になって、目を合わせることができなくなってしまう。

    「なあ、アーサー。まだ夜中だろ、眠くないか?」
    「そう言われれば、眠くなってきた」
    「……このまま朝が来て、またアーサーが見えなくなったら」
    「さみしい?」
    「……ああ。さみしいよ、すごく」

     世界は未だ夢の中。
     まどろみに誘われるままに、その腕の中に潜り込んだ。


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