ハンドクリームの日11月に入り、寒くなってきたな、なんていう会話が街のあちこちで聞こえてくるこの頃。支援課も例外ではなく(むしろ割と古い建物のため隙間風も吹き込んできて結構冷える)、昼食の片付けを済ませてから特に炊事は手が冷える、と皆して話をしていた時に、エリィがある事に気付き、あら、と言った。
「ねえ、ロイド。手が荒れてない?」
「ん?ああ、寒くなってきたし、乾燥してるからな。水仕事をすると、どうしてもこうなってしまうんだ」
「ティオちゃん。ランディも、ちょっと手を見せて?」
「俺ら?」
「ええ、構いませんが」
「やだ、貴方たちもじゃない。このまま放っておいたら、どんどん酷くなって切れちゃうわよ?」
「それは、ちょっと困りますね」
「そう言うお嬢はどうなんだ?」
見せてみろよ、と言うランディの前に差し出されたエリィの手はいつもと変わらない。きちんと手入れされた爪の先まで美しく、一同は思わずほうっと感嘆のため息をつく。
「とても綺麗です、エリィさん」
「そうだな。全く荒れてる様子もねえ」
「白魚のような、というのは、こういう事を言うんだろうな」
「ちょっと、ロイド。貴方ねぇ…」
「ん?何かおかしな事を言ったか?」
「いえ、いいわ。貴方に言っても仕方がないし」
「諦めが肝心ってな、お嬢」
「ランディは黙ってくれる?」
「はい、スミマセン……」
通常運転のロイドの言葉にため息を吐いたエリィは、切り替えるように頭を振ると、少し待ってて、と言い残して出ていく。
それを見送ったロイドの顔には?マークが浮かんでいて、我らがリーダーは相変わらずだな、とティオとランディは顔を見合わせ、肩をすくめた。
やがてしばらくして戻ってきたエリィの手には何かチューブのような物が握られていて、それは何ですか、とティオが尋ねる。
「ハンドクリームよ。水仕事や手を洗った後、それから寝る前や起きた後に塗ればだいぶ違うと思うわ」
「そ、そんなに塗るのか?」
「ええ、それが望ましいわ。でも、面倒くさいって言いそうな人もいるわね…。ならせめて、寝る前と起きた後、それから入浴後と水仕事の後くらいは塗ってちょうだい?何本か買ってきて、台所や浴室に置いておくから」
「分かった。お金は雑費から出すから領収書を後でくれるか?」
「なら、皆で買いに行きませんか?まだ昼の休憩時間は残っていますし」
「そりゃ良いな。こういうのを扱ってるのは百貨店だろ?んでもってついでに食料の買い出しも済ませちまおうぜ?」
エリィの言葉からあれよあれよと全員で百貨店に行くことが決まり、それぞれ身支度を始めて。
その様子を自身も上着を羽織りながら眺め、この平和がいつまでも続いてくれれば、と密かにエリィは考える。
そして百貨店へと行き、あれこれと試した結果、全員エリィの使っているのと同じ物を選び(さすがというか、高級品ではあったが一番香りも感触も良かったのだ)、冬の間、支援課の面々(キーアも含む)は手から同じ香りをさせながら、職務に、雑事にと励む事になるのだった。