「そう言えば、ロイドのスーツ姿って見たことない気がするわね?」
エリィのその一言に支援課のメンバーの視線はロイドに集中し、俺?とロイドは首を傾げる。
「急にどうしたんだ?エリィ」
「いえ、ふと思い浮かんだだけなのだけど。でも実際、いつもラフというか、動きやすい格好が多いわよね?ランディは持ってるみたいだけれども」
「まあ、こういう仕事だからなあ。うーん。警察学校ではきちんと制服を着てたけど、それ以外となると確かにあまり着たことはないかもしれない。そういう機会もなかったし」
「そう。…なら、この機会に一着、誂えてみない?持っていて損はないと思うし」
ロイドは別にいいよ、と手を振るが、いつになく強く言うエリィに押し負けて、近いうちに百貨店へ行こうという事になる。
すると、その様子を面白そうに見ていたランディが自分も付き合うと言い出し、ならティオちゃんも一緒にどう?とエリィが言い。
そして結局次の休日、4人でぞろぞろと百貨店へと繰り出す事となった。
「へー。結構色々あるんだな」
「スーツとひと括りにするけど、着ていく場や用途に応じて種類があるのよ」
「そうそう。正装なんかだと時間帯によって違ったりもして、結構ややこしいんだよな」
「…詳しいんですね、ランディさん」
「まあな。伊達男だから、俺」
「はいはい。まあ今回は、正装とまではいかないけれど、そこそこきちんとした物を選べばいいんじゃないかしら」
「ようはある程度着回せるようなやつって事だな。カッコいいのを見繕ってやるから、大船に乗ったつもりで任せとけ」
「ええと、あまり高くない物でよろしく……」
そしてやってきた紳士服売り場では、あれはどうだ、いや、こっちの方が、と、服に詳しくこだわりがあるエリィとランディが意見を交わし合い、それをロイドとティオが(ロイドは値段を気にしつつハラハラと)見守っていたのだが、やがて2人の意見が一致したようでこれ、と指し示されたのは、値段はそこそこ(ロイドでもギリギリ支払えるくらい)だがかなり見栄えの良い、黒に近い濃紺のスーツだった。
「へえ。……まるで夜空みたいな、綺麗な色だな」
「アクセントに所々緋色が入ってるのも、なかなかお洒落よね。後はネクタイやピン、チーフなんかを工夫すれば、かなり良いと思うの」
「お前、案外ガタイも良いからな。ビシッと着こなせるんじゃねえか」
「そ、そうかな。……なら、これにするよ。それと、ネクタイを選ぶのも手伝ってもらえるかな?」
こうしてロイドのスーツが決まったところで、今度はクルリとティオの方を向いたエリィは、せっかくの機会だし、ティオちゃんのお洋服も見ましょう?と言い出し、私はいいです、と言うティオを引きずるようにして女性服売り場へと消えて行く。
それを見送ったロイドとランディは顔を見合せて苦笑すると、ロイドは採寸、ランディは自身の服を見るため別れ、それぞれ歩き出すのだった。
こうしてスーツを仕立てたロイドだが、結局それを着る機会が訪れる事はなかった。
その後クロスベルは大きな波に飲み込まれ、そしてようやく再独立を勝ち取った時には体格が変わってもう入らなくなっていて。
けれどもロイドはそれを、皆が選んでくれたものだからと、今でも大事に取っている。
その事を知っているエリィ達は(何せ指名手配された折、ロイドは、これを預かっておいてくれとわざわざエリィに頼んだのだ)、サイズ直しが出来ないかと百貨店に相談していたりするのだが、当の本人はまだそれを知らない。
そして突然百貨店に連れていかれ、採寸されてその話を聞かされる事になるのだが、それはもう少しだけ、先の話だ。