11月17日という日【猪七】「猪野くん、今日はこの後空いていますか?」
「えっと、今日は飲み会あるんすけど、任務なら断りの連絡入れますよ!」
「いえ、任務ではないので大丈夫です」
七海サンにしては珍しく、なんだか煮え切らない感じで会話が終わってしまった。いつもはハッキリと用件を伝えてくれるので違和感が残る。何度か聞き返したが「大した用事ではないので」としか答えてくれず、結局そのまま帰ってしまった。なんだったんだろ?別の日でもいい用事だったのかな。なんだか物凄くモヤモヤが取れない。なんだろうね、この感じ。
* * *
「猪野、なんか浮かない顔してない?飲めよー!なんかあった?彼女にフラれた?慰めてやろうかー?」
「うっせぇよ。なんでもねーって」
そんなこんなで、モヤモヤの原因もわからないまま気晴らしも兼ねてとりあえず飲み会に参加した。七海サンも俺も元々ノーマルなので、恋人の性別や詳細は本当に身近な人にしか明かしていない。なので今日の連中には恋人は居るって事だけは言ってあるが、まあ普通は彼女だと思うよな。
「ていうか、猪野さん今日飲み会参加して良かったんですか?彼女さん記念日とか気にしない感じ?」
「は?」
「去年メチャクチャはしゃいでたじゃないですか!いい夫婦の日ってのも捨てがたかったけど、大好きな人の名前に七が入ってるからこの日に告って良かったって。すんごいうれしそうだったから覚えてますよー」
「………」
「なに?付き合った日が記念日とか?あー男はそーゆーの気にしねーんだって!なあ!猪野!………って、あれ?」
「あれはやらかしたねー。金置いて走って出ててったよ。修羅場だな」
「修羅場だね」
はっ、そうだよ。今日。そうじゃん。俺は何も考えずに店を飛び出してた。あいつらの修羅場がどうのって声が若干聞こえたけど。修羅場、にはならんとは思う。まさか七海サン、それ覚えてて声かけてくれたとか?いや、でも、そーゆーの気にしないタイプだろ。誕生日とかは祝ってくれたけど。まさか、でも、だとしたら、俺、すげー失礼なことしちゃった。どうしよ。電話繋がんねー。困ったな。家に行く?行ってごめんなさいする?違ったらどーする?あーもー混乱してる!!!うわっ!着信!七海さんからだ。良かった連絡ついた。
「猪野か?さっき電話かけただろ。七海が珍しく酔っている。伊地知も酔ってて車が出せん。タクシーに乗せて帰らせるから七海の家で受け取って介抱しろ。責任取れ馬鹿」
「………ええと、家入さんですか?」
「最強五条さんも居るよー!猪之助はほんと馬鹿だねえ、ぷぷぷっ、だからモテないんだよー、七海はねえ、意外と………あ!硝子電話返して!ちょっ!プツン………」
なんだあれ。えーっと、家入さんと五条さんと伊地知さんと一緒に飲んでたってこと?じゃあ、本当に大した用事ではなかったってことか?責任って何?はわっ!とりあえず七海サンの家に行かなくちゃ。七海サンに直接聞くのが早いだろうな。今日はなんだかずっとバタバタモヤモヤしてる。はーっ、なんだかなあ。つーか、七海サンにモテてれば十分なんだよ五条悟。………いや、待て。万が一七海サンが今日という日を大切に思ってくれていたとして、なんにも考えず友達と飲みに行った彼氏に愛想尽かして同僚と飲みに?とかいうパターンある?ねえ?五条サンのあの言い方。あの人すげームカつく時あるけど、言ってる事は的を得てたりするからな。わわわわっ、もしかして!?俺、今日フラれるってこと?いや、俺も酔ってるな。落ち着け、ほんと。ほんと、なにやってんだろ。
都会の夜は明るすぎて、隠しても隠しても自分の嫌な所が照らされて晒されてる気分になる。あー、ほんと、俺って最低だ。
急いで駆けつけた七海サンの家の前にちょうどタクシーが停まっていた。予想以上にウトウトフラフラしていて、「歩けます?肩に捕まって下さい」と言うと素直にもたれ掛かってくる。こんなに酔ってる七海サンを見るのは初めてだった。
* * *
「水飲めます?冷蔵庫のペットボトルもらいますよ」
とりあえず家の中に運んでソファに座らせた。まだウトウトとしていて反応が薄い。水、飲めるかなあ、あー、口移しで飲ませてもいいかな。ちょっとずつ、んっ、んんっ、喉が震えたから飲めてるな。そんならもっかい飲ませて。あ、ちょっと目が覚めてきたっぽい。
「猪野くん、飲み会は?何故ここにいるんですか?」
「七海サンに電話したら家入さんが出ました。酔っているので介抱してくれと」
「はぁ、余計なことを。猪野くん、ありがとうございました。もう大丈夫ですので戻ってください」
「なんでですか」
「飲み会抜けてきたのでしょう」
「なんでそんなこと言うんですか?俺、七海サン心配で走った来たんです………もしかしてあれですか?今日が大切な日なの忘れてたから怒ってるとか?そうならそうとちゃんと言ってくださいよ!」
「なんのことです?」
「そうやって常になんでもないって顔するのやめてください!平気なフリするの、やめてくださいよ。俺、今、自分が許せない、大切な人を蔑ろにしてしまった事が許せない」
「だからなんの話です」
「………っ、確かに俺は大人な七海サンが好きです。だけど、俺と二人の時はもっと、もっと………あー!もー!だから!記念日とか気にする可愛い所とか!覚えてない事にガッカリして同僚と酔うまで飲んじゃう所とか!そーゆーの全部大好きだから隠さないで下さい!!!」
酔ってる勢いと、この際思ってること全部ぶちまけてしまえ!ってなってしまったのとで、結構な大声を出してしまった。七海サン、びっくりして黙っちゃったな。つーか、これで全然俺の勘違いでトンチンカンな事言ってる感じになってたらめちゃくちゃ恥ずかしい。どーしよ、帰りてぇ。
「………はぁ、君には敵いませんね。そうですよ。気にしているのに言い出せなくて勝手に落ち込んでる女々しい人間です。幻滅したでしょう?」
幻滅?まさか。俺は七海サンを力一杯抱き締めた。だって、こんな可愛い人が俺の大事な人なんだよ。てか可愛すぎだろうが。そしてほんと、俺、ダメダメじゃんよ。あの七海サンが、恐らくあれが精一杯のアピールだっただろうにそれを汲み取れなくて、てか忘れてる時点でダメだわ。ほんと、俺ダメだわ。
「七海サン、取り敢えず一発殴ってもらっていいですか?」
「なぜ」
「忘れてたから」
「普通、覚えてないものでしょう」
「去年の俺、相当はしゃいでたらしいですよ?いい夫婦の日よりも大好きな七海サンの七が入ってる今日で良かったとか言ってたそうです。というか言いました、今日会った連中の前で、覚えてました」
「随分と恥ずかしい事言いましたね」
「でしょ。好きな人の事になると恥ずかしいとかなくなっちゃうんです、たぶん。だから七海さんの色んな面も見せてくださいよ、俺、全部好きになっちゃう自信しかないから」
酔っているのと、恥ずかしいので真っ赤になった七海さんの顔に、満遍なくキスを落とす。ちゃんとした大人を演じている七海サンも、本当は他の呪術師の誰よりも人間らしさを持っている七海サンも、俺は大好きだから。だから勇気を出して告白したんだ。
「今日はこの後空いてます」
「………では、私と一緒に居てください。酔わないとこんなことも言えないなんて情けないですね」
「俺は、そーゆーシャイな所も好きっすよ。七海サンが恥ずかしいと思ってる七海サンもいっぱい見たいし」
「私は見せたくないんですよ」
今度は七海サンからキスをしてくれる。今までで一番酒臭くて、でもそーゆー所も隠さず晒け出してくれたって喜んじゃうくらい俺は七海サンが好きだから。
「今夜はいっぱいさせてください。お詫びと、一年楽しく過ごせたお祝いと」
「してください。私も君と居る日々が楽しくて仕方ないんです。これからもよろしくお願いします」
なんだか新婚さんみたいな会話をしてしまったので、二人で笑っちゃった。いい夫婦の日じゃなくて、いい猪野と七海サンの日。恥ずかしいくらい二人とも好き同士なんだから、こんな記念日があったっていいよな。
【終】