天の川も血の海も泳いで 連日持ち込まれる書類の中には、日付の記入を求められるものがある。そんなわけで本日の日付を記した時、はたと鯉登は気がついた。今日は七月七日である。
「愛する相手と年に一度しか会えないなんて酷い話だな。そう思わんか」
「七夕の話ですか?」
こちらはこちらで各所への手紙を書くのに忙しい月島が、突然振られた話題にもかかわらずそつなく拾った。
「与えられた仕事をしないからそういう罰を与えられたんでしょう。少尉殿も手を動かしてください」
喋っているとこちらまで間違えてしまう、と注意しながら、月島は自分の書いた文面を念のため読み直した。鯉登は手にした万年筆を振りながら大仰に嘆いてみせる。
「私なら耐えられん!あと50年生きるとして、50回しか会えんということだぞ。想い合っていながら離れ離れなど、寂しくて死んでしまう」
身悶えする鯉登のほうに全く見向きもせず、月島は手紙に結びの言葉と日付、宛名を入れて便箋を畳んだ。そして新たな一枚に取り掛かる。
「そういう感傷的なこと言ってる人間ほど、実際は死んだりしないもんですよ」
「ほう」
わかっているじゃないか、と鯉登は頬杖をついて目を細めた。色々あった結果、背負うものが増えてしまって、今や寂しかろうが悲しかろうが、手前勝手に死ぬことも許されぬ身の上である。この先、例え独りになろうとも、己は進み続けなければならない。独りになる覚悟は出来ている。
出来ていない覚悟があるとするならば、それは独りにする覚悟のほうだった。
「じゃあ、そういう感傷的なことを言わない人間は、実際のところどうなんだ?」
月島の手が止まった。
「……どうなんでしょうね」
鉛筆を持ったまま、その手を顎へやってぼんやりと首を傾ける。質問の答えを考えているのか、手紙の内容について考えているのか、その所作だけではわからなかった。
「教えてもいいですが……そのためにはまず一年離れてみませんと」
「ぜーったい嫌だ」
真顔だから、月島の発言は本気か冗談かわかりにくいところがある。どちらにせよその提案は却下だと、鯉登は目一杯に渋い顔で言ってやった。
多分、独りにする覚悟は一生出来そうにない。
元より独りにする気はさらさらないのだから、そんな覚悟は別に出来ずともよいと思っている。
少しだって、一日だって月島を独りにはしたくない。
そのためならば、天の川だろうが血の海だろうが、いくらでも泳いでみせよう。