上書きのキス 「い、いーおん……?」
ティファリアの鼓動はまるで心臓を握りつぶしてしまいそうな勢いで大きな音を立て、早鐘をうっていた。顔も真っ赤に染まり、熟れた林檎だと言われても頷いてしまうほどに赤かった。けれどイーオンは止まらない。ルビー色の瞳の中にティファリア、ただ一人だけを見つめながらまたゆっくりと口づけをその証へと向けた。
まるで犬猫がマーキングするかのように口づけを繰り返すイーオンに唇のキスではなく、肌にイーオンの唇が触れているだけだというのにティファリアはキャパオーバー寸前だった。
「ふ……顔が真っ赤だな。ティファリア」
「い、イーオンのせいだもん!」
ぱくぱくと口を開閉させてやっと反論の言葉を口にするティファリアに思わずイーオンは笑みを零す。
「自分のせい、か。それはなんとも良い言葉だな」
「怒ってるんだけど!?」
「…そうなのか?」
「そ、そうなの!な、なんでそこばっかりにキス……するのかも分からないし」
「……分からないのか?本当に?」
「う、うん…」
そうティファリアが言えば考え込んでしまうイーオンだったが次の瞬間には甘く、笑みを浮かべていた。
「……上書きを、していた」
「上書き?」
「この証は自分にとっては忌々しい呪いであり、そしてあの日皆との結束の証であった。それは苦しくもあるが喜ばしいことでもある…だが、しかし…」
「?」
「ティファリアの肌に自分以外のものによって付けられたものが未だ残っているのが…許せないんだ」
あからさまな嫉妬だった。イーオンと【普通で特別な日々】を過ごすようになってからイーオンは思っていたよりも嫉妬深いことは感じていたがまさかここまでとは…と思い、思わずティファリアは笑ってしまう。
「ふふ、イーオンってば可愛い」
「…そんなことを言うのは貴方くらいだ」
今度は顔を赤くするのはイーオンの番だった。拗ねたように顔を赤くするイーオンが愛おしくてそっと腕を伸ばし、両頬を手で挟む。
「でも、私はそんなイーオンが大好きよ。イーオンが妬いてくれてるように私も妬くんだから、私にだけ見せて欲しいって思うの」
「…そんなの、貴方だけに決まってる」
「うん、ありがとう。あとね…上書きもいいけど、その…」
そう言って何かを口ごもって恥ずかしそうにするティファリア。そんなティファリアに愛おしさが込み上げてきたイーオンはたまらずティファリアを抱き上げた。
「きゃあっ!?」
驚くティファリアを他所に頬を摺り寄せられ、顔が更に近くなる。
「………ティファリア、」
「……っ、もう……」
見抜かれていたことに諦めが生まれたティファリアは抱き上げられたままそっと自分よりも大きなその口に、唇にキスを落とす。一瞬だけのキスのつもりがイーオンに何度も何度も追うように口づけされ、息絶え絶えになってしまうのも【いつものこと】だった。
-Fin-