指先に纏うオブラート(信乃敦) 人の話し声、肩をぶつけながら歩かねばならない群衆の足音、それから暖を取るために燃やされている焚火に、屋台の呼び込みの声。それらが合わさって響くはずの喧騒が、何故か鼓膜の表面を撫でて通り過ぎているかのようにどこか遠くへと聞こえていた。それよりも大きく響いていたのは己の心音。繋いで手から伝わる熱に眩暈がしそうになって、はたして自分がまっすぐ歩けているのかわからないほど。
吐き出す息が熱くて、息を吐くたびに零れる白いもやが浮かれた感情のようで、吐くたびに少しだけ落ち着いてくる自分の恋心。
己の手を引く大きな背中は、きっとこんな熱視線なんか一つも感じていないだろうと思ったらほっとするようで少し悔しくもあった。
1969