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    dorotkrb

    @dorotkrb 東リベ腐垢(ドライヌ・ばじふゆ・たいみつ)

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    dorotkrb

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    イヌピーの誕生日の話。

    #ドライヌ
    dryne

    いつかの夜「なあ、あの夜の事覚えてるか?」

    底に残ったビールのジョッキを一気に飲み干して、龍宮寺は笑った。
    網の上のホルモンが焼けて、丸まっていく。ぱちんと弾ける油に顔を顰めながら乾は首を捻った。


    【 いつかの夜 】


    今日は特別な…。と龍宮寺は仕事あがりの乾を近所の小さな焼肉屋に連れてきてくれた。
    恰幅のいい還暦くらいの旦那と、同じような体格の奥さんが二人でやっているそこは肉の油が焼ける煙にいつも店内が霞がかっている。年季の入ったテーブルの上に小さな箱タイプのガス焼き機。昭和の焼肉屋を絵に描いたようなそこは、それでも安くて美味いといつも満員の人気店だった。

    「ちわっ」

    たてつけの悪い木戸を引いて開けて、薄汚れた暖簾をくぐる。

    「いらっしゃい、空いてるとこどうぞー」

    油でべとつく床なんかはとっくに慣れっこで、二人は勝手知ったる何とやらのグリスと油で汚れたツナギ姿で空いていたテーブル席についた。

    「なんでも食っていいぞ。オレのおごりだから」
    「おごり?」

    なんで?と疑問に思ったけれど、すぐに解った。油の染み付いた店の日めくりカレンダー、それを壁に張り巡らされたメニューの短冊を眺めるついでに見遣れば今日が自分の誕生日だったとやっと気が付いた。
    龍宮寺の顔を振り返るとニッと笑われる。

    「イヌピー自分の誕生日、覚えてなかったろ?」
    「本当だ。そう言えばそうだった」
    「去年も同じ事言ってたぞ」
    「そうだったか?覚えてねーよ」
    「イヌピーらしいわ。おばちゃーん、生二つ!」

    ほら、じゃんじゃん頼めよ。と言われてじゃあ上カルビ三人前と言ったらそこは普通のカルビにしろと怒られた。



    「なあ、あの夜の事覚えてるか?」

    注文したものが運ばれてきて、言われた通り遠慮なしに肉に食らい付いていると龍宮寺はそう言って空になったビールジョッキをテーブルに置いた。

    「あの夜?」
    「とぼけんなよ。本当は覚えてんだろ?」
    「なんの事だよ」
    「マジかよ。オレは覚えてんぞ」

    油だらけになったタレの皿にタレを注ぎ足そうかと手を伸ばせば、少し先にそれに気がついた龍宮寺がタレの入ったボトルを差し出してくる。

    「おばちゃん、ゲタある?」
    「入ってるよ」
    「じゃあ、それ二つとホルモン二つ、あと生一つ」
    「大腸でいいね」
    「ああ、同じヤツでいい」

    注文し終えた龍宮寺がホルモンを箸で摘んで自分の皿に放り込む。タレのボトルを戻しながら、乾はまだ考えていた。あの夜はどの夜だろう?
    それに気がついたのか龍宮寺はホルモンを箸でつつきながらはあっと溜息を付いた。

    「初めて逢った夜の事だよ」
    「……」



           ■■■



    それは集会の無い週末の、月が綺麗な夜。もうそろそろ気温も厳しくなる秋の終わりの頃だった。遠出をしようと急に思い立って龍宮寺は一人バイクを走らせていた。
    誰も誘う気になれなかったのはバイクで流しながら考え事をしたかったからだ。
    東卍を立ち上げて、副総長になり、これからマイキーを軸にしてどうチームの統率を取るか。どう、新しく傘下に下った奴らをまとめていくか。それを自分の中で整理したかったのだ。
    先日チーム内で派手な揉め事があった。傘下に入った者同志のいざこざだ。
    そう言う小さな揉め事は放っておけばやがて大きな火種になりかねない。

    「どうしたもんかな…」

    呟いてふと国道沿いに光っていたコンビニの看板に目を留めた。
    決して温かくは無い季節、バイクに乗るには少し辛いような冷える夜だった。缶のホットコーヒーでも飲めばこの寒さを紛らわせるだろうかと咄嗟に駐車場に滑り込む。
    エンジンを切り、バイクから降りると、そのコンビの裏手には運送会社のトラックの駐車場がある事に気が付いた。深夜だから動いているトラックは流石に無かったが暗闇の中、国道を走る車のヘッドライトに微かに反射する数台のバイクの車体が見えた。
    形や色から察するに通常のバイクではない。ここいらのチームだろう。
    集会でもやっているのかと横目で見ればそのバイクの奥で数人が忙しく無く動いているのが見えた。

    ( なんか様子が違うな… )

    コーヒーを買うのを先にするか、様子を見に行くのが先か。
    物見遊山が過ぎると自分でも解っているが、なぜか特攻服も身に付けていない所為か今夜は好奇心が勝った。
    ゆっくりと歩いていくと、近寄る度に聞こえてくる怒鳴り声の大きさが増す。
    思った通りそれは、数人の小競り合いだった。
    暗い色の特攻服に身を包んだ男達が何かを取り囲むようにしている。
    ケンカどころか、袋叩きにでもしているようだ。

    ( リンチか? )

    いぶかしんでいると大きな怒鳴り声が響いて、その集団からふいに飛び出してきた白い特攻服姿の人間が、外側にいた男に派手な上段蹴りを叩き込んだ。わっとあがる声。そして龍宮寺のすぐ足元に何かが飛んで転げる音がしたのだ。

    「はぁ…?」

    歩み寄って確かめると足元に飛んできたものの正体は赤い女物のミュールだった。

    ( 女かよ!? )

    もう一度そちらを見ると白い特攻服が翻って正面のヤツを蹴り付け、次は背後の男に殴りかかっていく。金色の髪は短く、暗くて顔は見えないが女にしては長身だと思った。
    それにしても数人の男相手に立ち回っているこの状況は一体なんなんだ。疑問だらけの状況だが、東卍は女に手を出さないと言う暗黙のルールがある。

    「しかたねぇ…」

    特攻服を身にまとっていない今夜は自分の素性もばれない事だし、女が数人に囲まれてボコられているのを見過ごす事も出来ない。
    フードを被って念の為、頭の龍を隠して近寄ると一番近くにいた男の肩に手をかけた。


    「随分楽しそうだな?」
    「あ?なんだてめーはっ!!!」

    すぐに殴りかかってこようとするヤツの足を払って地面に転がすと、ブーツの底で踏みつけた。げえっと声を上げて動かなくなった男を仲間の男達が振り返る。ざっと十人はいるだろうか。

    「おい、女相手に何人がかりだ?てめーら恥かしくないのか?」

    そう声を張り上げると、男達は龍宮寺の長身にぎょっと目を剥いた。

    「なんだてめぇ!」
    「関係ないヤツはすっこんでろ!!!」

    一斉に喚きだす集団。余りの煩さに耳を塞いで見せると、それを狙った男が鉄パイプ片手に襲い掛かってきた。体を左に曲げて避けて、ついでに腹を目掛けて膝を入れてやると声も無く男は崩れ落ちた。力を失った手から転げ落ちた鉄パイプの音に他の奴らの目の色が変わる。

    「仲間呼んだのかコイツ!」
    「囲め、全員でやれ!」
    「はは、いやオレどう見ても一般人だろーが」

    到底そうは見えない風体だと自分でも解っていて、馬鹿にするように笑って言ってやった。男達は怒声を上げながら挑みかかってくる。
    白い特攻服を横目で確認しながら飛び掛ってくる奴等を片っ端から殴りつけた。



    数分後。
    全員が泣き言を言いながら逃げて行くのを見送って、地面に膝を付いた白い特攻服姿を振り返った。声を掛けようとしてそう言えば、と思い出して遠くにばらばらに転がった赤いミュールを拾い集めてやる。身長に見合う、華奢だけど結構大きいサイズのそれを差し出して並べてやった。

    「ほら、落としモン」
    「……」

    暗がりでこちらを見る白い顔。
    金色の髪が月夜に照らされてプラチナのようだった。長い睫が瞬いて、大きな青い目がこちらをじとりと睨む。美しい造形をしているだけに底冷えするほど冷たい顔だった。

    「あれ?」

    そして漸く気がついたのだ。ソイツはよく見れば女じゃなかった。

    「……」
    「いやお前、男かよ。女かと思った」
    「……っんだと?」

    低く唸るような声はやっぱり男のもので龍宮寺は二度驚く。女じゃなかった。けれど滅多に逢えないような美形である事に変わりは無かった。

    「てめぇもアイツらと一緒か!?」
    「いや、オレお前を助けたんだけど?怪我ねえか?」
    「…ねぇよ」

    殴られたのだろう唇の端が切れてルージュのように赤い血が付いている。白い特攻服の男はゆらりと立ち上がると差し出された真紅のミュールに悠然と足を入れた。その余りに刺激的な外観に龍宮寺は頭が痛くなる思いだった。
    男にしては細身な身体に近寄りがたいほどの綺麗な顔。色素の薄い髪と目と肌にあつらえた様な白い特攻服。極めつけのように華奢な赤いミュール。
    これじゃあどこに行っても男達に変な気を起こされるに決まっている。
    女と思って声を掛けたら男だったと逆上するタイプか。
    男と知っても尚、性的な目的で近寄ってくるヤツも当然いるだろう。

    ( 危ういよな…面倒くせぇ )

    何が一番面倒かと言えば、その事を本人は微塵も意識していない事だ。

    「怪我してねぇならいい。あんま一人で、うろうろすんなよな」
    「舐めてんのかガキ。てめぇにそんな事言われる筋合いはねぇよ」
    「へーへーそうですか」

    肩を竦めて返事をすると、つんっと顔を背けて彼はコンビニの方へと歩き出した。その背中に見えた【黒龍】の刺繍文字に目を細める。確か、東卍で潰したチームだった筈だ何故今頃と内心首を傾げる。

    「ついてくんな」
    「オレのバイクもそっちに停めてあんだよ」

    言い合いながらカツカツと細いヒールで器用に歩く男の後ろを歩いていく。
    なかなか滑稽な雰囲気ではあるが、東卍の特攻服を着ていたらもっと違う出会いになっていただろう。愛機の元に辿りつき白い特攻服の男を見れば、そいつもこちらを見ていた。
    その背後には古いナナハンキラーが停めてある。彼の愛機だろう。白いカウルが独特のフォルムで車体を覆っている。
    コンビニの明りに照らされた駐車場で自分のゼファーに跨った龍宮寺は、そこで初めて被っていたフードを下ろした。
    側頭部に踊る龍があらわになるとそれを見た、白い特攻服の男は目を見開いた。

    「じゃあな。気を付けて帰れよ」
    「おい、お前…!」

    何か言いかけたのを遮るようにエンジンをスタートさせる。唸り声をあげた愛機のハンドルを曲げ、国道へと走り出す前に佇んだままの彼に軽く手を上げて見せた。



             ■■■



    久しぶりの肉に腹が膨れた二人はバイク屋までの道をほろ酔い気分で歩いた。
    夜の風はすっかりと冷え込んで、やがて来る冬を匂わせている。枯葉が目立ち始めた街路樹が街灯の下で揺れていた。
    月のおかげで夜だと言うのに、足元に出来る黒い影を踏みながらバイク屋に辿り着くと裏口の鍵を開けて中に入る。すぐ横にある階段を上がれば二人が暮らす部屋だ。
    仕事の汚れと焼肉の煙が染み付いたツナギを脱ぎ捨てて、交代で風呂に入ると龍宮寺は濡れた髪のままの乾を呼んだ。

    「イヌピー、ちょっと座れよ」
    「なに?」
    「いいから」

    椅子に座らされ、何をするのかと思っていれば龍宮寺は冷蔵庫から小さな箱を取り出した。
    そして乾の目の前に置くと丁寧な手つきで箱を開ける。

    「ドラケン…?」

    目の前に現れた小さな丸いケーキ。赤いイチゴとキュウイとバナナが飾られ、チョコレートプレートには『イヌピー誕生日おめでとう』と書かれている。

    「……」

    そしてそのプレート支えるように小さなマジパン人形が二人、ケーキの上で肩を並べていた。見覚えのあるフォルム。それはどうやら自分達を模した人形だった。

    「どうしたんだ、これ」
    「裏のケーキ屋に予約したら、サービスしておいたって言われてさ」
    「裏の?」

    乾も知っているアーケードの商店街の、小さなケーキ屋だ。確か孫娘が老夫婦の跡を継いだと聞いていた。頷きながら小さなロウソクを龍宮寺がケーキに飾る。

    「火つけてもいいか?」
    「……うん」
    「おっけ、ちょっと待ってろ」

    少し椅子を引いて離れた乾を確認した龍宮寺が、ポケットに忍ばせておいたライターで火を灯した。殺風景な男の二人暮らしの部屋が急に暖かい風景になる。

    「おめでとう、イヌピー」

    乾が火が苦手な事を知っていても、今年はロウソクをあえてつけてくれたのだろう。
    揺れる火に少し緊張しながら、それでも笑顔が漏れる。

    「ん、ありがとう…」

    息を吹いて火を消すと、なんだか一つ階段を登った気がした。次は自分が龍宮寺のケーキのロウソクを灯してやろうと乾は決心する。そうやって二人の時間を重ねていく事で、深かった傷口は塞がり、また新しい別の何かへとなっていく。

    「ドラケン…」

    手を伸ばしてスウェットの端を自分の方へと引き寄せる。
    そっとキスを強請ると、立ち上がった龍宮寺はテーブル越しに触れ合わせるだけの優しいキスをくれた。

    「お前が、いて良かった」
    「……ああ。オレもだ」

    龍宮寺が笑う。頷いてくれたのが嬉しくて乾も笑う。
    いつかの夜の事を思い出せば、二人でこんな風にケーキをはさんで向かい合う事なんか想像もできなかった。
    龍宮寺が焼肉屋で問い掛けてきた初めて二人が出会った夜を、本当は覚えている。
    それを今夜、ベッドにもぐりこんでから話してやろうと思う。
    長い、長い話になる。
    あの夜、急に自分を助けに現れた黒い龍を刻んだ男に自分がどんな風に胸を高鳴らせたかを。


    「よっしゃ、食おうぜ」
    「切らないのか?」
    「いいんじゃね?ちいせぇしな。このままフォークで食おうぜ」
    「おい、バナナ先に食うなよ」
    「いいだろ、イチゴすっぱいんだよ」



    棒倒しのように両側から削られていくケーキの上で、二つの人形が寄り添いあっていた。
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