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    素敵フォロワーさんの神絵に影響されて書いてるなうなホラー話ルツっす!

    遠征先で心中伝説の花嫁(怨霊タイプ)に取り憑かれたツとそれにやばい巻き込まれ方をしたルのお話…の、プロット変更の関係で実質冒頭となった部分。

    ※ツの女装。首絞めあり。ホラー注意
    ※推敲せず投げ込んでるので支部投稿時に修正&改変ありえます。ご了承ください

    ワンダショ幽霊騒動(仮)――しゃらん、と鈴の音一つ

    轟々と吹きすさぶ風の中でも、その音は嫌にはっきりと聞こえた。

    暗闇の中、木々や草花が不気味に揺れ動く。
    月光しか差さない山道の果て――その崖の前に立つ、"女"が一人

    『…………』

    その女性は、穢れの無い白無垢を身に纏っていた。
    "女性"と称したのはその服装故であり、その顔を伺おうにも"狐面"に覆われてしまえば表情一つ伺うことはできない。

    美しい。されど、恐ろしい

    そんな印象を抱いてしまえば、彼女を見た人間は、たちまち足を縫い留められてしまうだろう。
    そうして――"狐面の花嫁"がじっとこちらを見つめれば……


    『――私と、心中してくれませんか?』


    透き通るような声で――死出の旅へと誘い出すのだ。


    ***

    「ワンダーランズ×ショウタイムの皆さま!ようこそおいでくださいました!」

    都心から鳳家の出す車に乗って2時間ほど。
    普段見ることのない山々に囲まれた観光地に、ワンダーランズ×ショウタイムの4人は立っている。
    今回の宿泊先であるホテルの前で下車すれば、支配人の女性が笑顔で出迎えてくれただろう。

    「こんにちは!歓迎いただきありがとうございます!3日間という短い期間ですが、よろしくお願いします!」
    「ご丁寧にありがとうございます。あのフェニックスワンダーランドのショーが間近で見られるんですもの。私どもも楽しみにしておりました!」

    座長として司が丁寧に挨拶をすれば、支配人も嬉しそうに笑みを浮かべて頭を下げてくれただろう。
    そんな暖かい雰囲気のまま、ワンダーランズ×ショウタイムの面々はホテルへと荷物を持って入っていく。


    ――今回のお仕事は、とある山間部の観光地で野外ショーを行うことだった。


    この町は今の時期だと、町を上げての"祭り"をやっているらしく、そこに訪れる観光客や地元住民をターゲットにフェニックスワンダーランドの宣伝を兼ねてショーをしてくれ……というのが、えむの兄達からの依頼である。

    山と聞いて虫嫌いの司が身震いしていたものの、町のある場所は山からも離れているし、ショーをやるのは昼間のみだから問題ないと聞けば、彼もいくらか安堵したようだった。

    まぁともかく、今回のショーは昼間のみ二日間、合計二回の公演だ。
    そうなるとかなりの自由時間が出来てしまうことになるが……

    「あぁ、今回空いた時間は各々好きに過ごしてもらって構わない。
    ワンダーランズ×ショウタイムは今までいくつものショーを成功してきた実績がある。それを考慮し、今回はこちらからの"ボーナス"と思って是非休暇を楽しんでいってほしい」

    ――とまぁ、依頼を持ち込んだ慶介の気前の良い返事により、彼らはこの連休で仕事兼バカンスを楽しむことになっていたのだった。
    因みにこの回答を聞いたえむはハチャメチャに喜び何故か晶介に飛び込んでいた。今日も兄妹(けいまい)仲は良好である。



    「……とはいっても、ここで有名な観光地ってどこなんだろう」
    「む、寧々は調べてこなかったのか?オレは抜かりなく調査済みだぞ!」
    「僕も一通り目は通してきたよ。白狐が有名な神社だったり、ちょっとしたレジャー施設があるらしいね」
    「うわ~!楽しみだな〜!あたし釣りとかしてみたいかも!」
    「はいはい。とはいっても昼頃にはショーもあるから、遊ぶとしても近場じゃないとね」

    そんなことをロビーで語った後、司たちは一旦部屋に荷物を置きに行った。
    今回は一人一部屋形式で贅沢に借りており、部屋の広さもそこそこある。
    何と言ったってネネロボも部屋に置いておけるのだから、"鳳グループってすごい"などとえむ以外の皆は思ったりした……というのは余談だ。

    そうして荷物を置けば、明日か、使わせてもらうことになる野外ステージへと下見に向かう。
    町の公園に置かれているステージはそこそこの広さを持っており、明日からの祭りではワンダーランズ×ショウタイムをはじめ、様々な人たちがここで発表を行うということだった。

    「ハーハッハ!!こうして招かれたからには、一番に目立つ素晴らしいショーを見せようじゃあないか!」
    「ちょっと、恥ずかしいから大声出さないでよ……」
    「わっはっは!あたしも全力わんだほ~い!で頑張るぞ~!」
    「ああもう、えむまで……」

    ボーナスパワーなのか、いつもより元気いっぱいな司とえむに寧々が振り回される一幕もありつつ、一先ずは舞台の下見も無事に終えることができた。

    さて、今回はそんなに大規模なショーではない。
    使用する機械も類によって小型化や移動が楽になるよう設計されているため、今日中に全てを搬入する必要もなかった。

    ……となるとまぁ、夕飯まで沢山の時間ができてしまう。つまり早速"暇"だった。

    「ふむ、ならば早速市街地へ遊びに行こうではないか!
    そのあとは……確かホテル近くの山に高台があって、そこから一望できる景色が綺麗だとガイドに書いてあったな」
    「ほんと!?なら帰る時に寄ってみようよ!」
    「そうだね。多分日の入り頃なら町の光もあって綺麗に見えるんじゃないかな」
    「へぇ…まぁ、体力のあるうちに見ておくのも悪くなさそうだね」

    と、そんな具合でポンポンと段取りが決まれば、4人は早速観光へと踏み出すことにした。
    途中、昼食を食べたのに軽食の食べ歩きをしたり、街中にある神社にお参りしたり、えむが皆とひたすら写真を撮りたがる一幕もありつつ、暇な時間はあっという間に過ぎ去っていく。

    そんなこんなでもうそろそろ日が沈みそうだという頃、ホテルへと戻ってきた四人は、その足で近くの山にある高台へと目指したのである。

    山にある高台…といっても、道中にはしっかりと階段があり、そこから少し登っていくと高台につくという道のりだった。一応山奥へと進む道もあるらしいのだが、流石に今回はそこまで行けるほどの時間はない。
    そうして登り始めた階段は中々に数が多く、途中からは何故かえむ主催で階段じゃんけんをしながら4人は高台へとやってきたのだった。

    「はぁ…疲れた…」
    「お疲れ様。そこに腰掛けられる椅子があるから休むと良いよ」

    一先ず高台へと辿り着けば、大きく息を吐きながら寧々は椅子に座り込む。
    対する体力おばけのえむや司は、早速高台から一望できる景色に大盛り上がりをしていただろう。

    ――実際、夕暮れてきた町に灯る"光"はとても美しかった

    これ自体もショーの題材にできそうだと、そんなことを思いながら彼らは一通り町を展望していただろう。

    「さて、明日からの予定自体はシンプルだ。昼間に行われる本番後は余程のトラブルはない限り休息優先ってことでどうかな?」
    「あぁ、異論ないぞ!元より万全の準備をして備えてきた訳だからな!」
    「その"万全の準備"、観光の下調べも入ってそうだね……」

    寧々はやや呆れつつ司を見つめるものの、彼がショーに妥協しない性格であることはよく知っていたので、それ以上何か言うこともなかっただろう。
    ……元より、観光地で遊ぶことを密かに楽しみにしていたのは寧々も同じなのである。


    「とはいえ、山の方に行く時間はなさそうだからな。町内にある名所を巡ったり、祭りの催しを見るくらいしかできないだろうな」
    「おや、一応頑張れば近くのレジャー施設には行けるんじゃ……あぁ、司くんは虫が苦手だから……」
    「むぐっ、それを言うんじゃなーい!!」

    図星を突かれた司が大きい声で騒ぐ一幕もありつつ、時は賑やかに過ぎていく。
    気づけばそろそろ日の入り時となっており、夕食の時間も近づいているようだった。そうなればホテルへ戻ろうという雰囲気にもなり、各々が階段への道を歩き出した……そんな時だったか

    「……あれれ?なんだろう?」

    ふと、脚を止めたえむが何処かを向く。
    突然そんなことをすれば、当然ながら3人も気になってその場に留まっただろう。

    「どうしたんだえむ。何か見つけたのか?」
    「うん!さっきは気づかなかったんだけど、何だかおっきい石がないかな?」

    ほらあそこ!とえむが指を指した方を向けば、確かに灰色の大きな石が高台の隅……木々に隠れる形で置かれているのが見えただろう。

    「明らかに人工的に削られた石だね…もしかしたら石碑なのかな?」
    「せきひ?」
    「あぁ、記念碑だったり、何らかの歴史や伝承が彫られていることが多いかな。何か興味深いことが書かれているかもしれないね」
    「ほんと!?気になる気になる!」

    類の説明に目を輝かせれば、えむは喜び勇んで石碑へと駆け出していく。
    「あ、おい!」と司が声をかけたものの、止まる様子もなければ、結局皆で石碑へと赴くこととなっただろう。

    「暗いから上手く見れないけど…これは"物語"かな?」

    彫られている文字にスマホのライトを当て、類が興味深そうにそう口にする。
    文字自体は比較的新しいのか、司たちでも問題なく読めることができただろう。

    そして、問題の内容なのだが―――

    「悲恋の花嫁"おみよ" 永遠に眠る…?」

    その石碑の最初に書かれた題が、まさに今言った内容だったのだ。
    何だか不穏な印象を覚えつつ、それでも"物語"を紐解きたいと思うのが、"物語"を扱うワンダーランズ×ショウタイムでもある。

    「――じゃあ、とりあえず僕が読んでみるね……」


    一先ず類が代表し、その石碑の内容を読み進めていくことにした。


    そして……彼らはこの賑やかな町に隠された、一つの"伝承"へと辿り着くことになる。


    ***

    ――昔、この地には一つの名家があった

    そこの一人娘である"おみよ"は世にも美しい娘であり、数々の男を魅了してやまなかった。
    そんなおみよに惹かれた奉公人の男がいた。十兵衛というその男は優しい男で、一人の彼女をいつも傍で支え続けていた。
    やがておみよと十兵衛は惹かれあった。だが、元より身分が違う上に、おみよには許婚とも言うべき結婚相手が存在していたのだ。
    二人はどう足掻いても結ばれない運命であり、そのことを深く嘆いた。

    ――そして、せめて来世では共に結ばれようと"心中"を決意したのである。

    心中の決行は、彼女が許婚の元へと嫁ぐ前夜だ。
    彼女は白無垢姿のまま早くに家を抜け出し、約束の場所である木の下までやってきたのだ。

    そうして彼女は待った。待って待って待ち続けた。

    ……だが、男はいつまで経っても来ることなどなかった。

    "捨てられたのだ"
    そう悟った彼女は嘆き悲しみ……やがて、たった一人で崖より身を投げてしまったのだった。

    今でも、彼女は愛する男と結ばれなかった未練を抱えている。
    願わくば、その未練が癒え、永遠に眠れることを祈ろう。

    ――花嫁"おみよ"と、彼女と共に死んだ"魂達"に捧ぐ


    ***

    「魂達…?」

    最後に刻まれた不可解な一文に皆は首を傾げる。
    書かれている内容自体は確かに一般的な悲劇の一つであると言える。
    ただ、「終わった話」としては、最後の文などに不穏な要素があるが……


    「――花嫁はね。今でも誰かと心中したくてたまらないのさ」


    「どわぁ!?」
    「っ!!」
    「きゃあ!?」
    「ひゃっ!?」

    ざぁぁ、と木々が大きく揺れ動く。
    段々と薄暗くなっていく逢魔が時に、突然四人の背後からしゃがれた声がかけられたのだ。
    当然、四人は飛び上がるように驚き、そのまま凄い勢いで背後を向いただろう。

    「ふふふ…驚かせてすまないね。あんまりにも真剣に石碑を見ていたから、つい驚かせたくなっちまった」

    ――彼らの視線の先

    そこには一人の老いた女性が立っていた。
    杖をついた彼女は悪戯っ子のような笑みを浮かべ、中々良いリアクションをした面々を眺めていただろう。

    「びっ……くりした~~~……おばあさんは此処に住んでる人なの?」

    ドッキリから最初に立ち直ったえむがそう問いかければ、おばあさんは「そうだよ」と優しく頷いてみせただろう。
    時間が時間なだけにある種恐怖体験をさせてくれた彼女には言いたいことがあった……が、それよりも気になるワードを覚えていれば、類は取り合えず体裁を整えつつ彼女に質問する。

    「すみません。こちらの石碑や貴方が仰っていたことを聞くと……何やら"呪い"のような伝承があるように思えたのですが……」

    「そうだよ。ここいらでは以前から自殺者が時々出ていたんだ。他でもない、花嫁の呪いによってね」
    「じ、自殺者…!?」

    老婆が告げる事実に、寧々の驚愕する声が響いた。
    身の毛もよだつ事件が、確かにこの平穏な街で起きていたと彼女は言っているのだ。寧々だけではなくえむも、この事実に息を飲んでいたか。
    ――だが、その一方で類や司には疑問符が浮かんでいただろう。

    「ちょ、ちょっと待ってくれ!オレがホームページで調べた時には、そんなことなど書いてなかったぞ!?」
    「あぁ、そうだろうさ。元よりリゾート開発の時に『評判が悪くなる』とかで徹底的にお祓いをされてね……こうして石碑でひっそり祀り、花嫁の心を癒しているんだよ。その甲斐あってか、20年前からそういった自殺者はめっきり出ていないよ」
    「な、なんだ……そういうことだったの……」

    老婆があっさり告げたネタ晴らしに、寧々は安堵の溜息をついた。
    確かにそういった自殺者が今も続いているなら、流石に観光地どころではなくなってしまうだろう。
    ここのリゾート地化を進めたのは勿論鳳グループだ。そう考えると『鳳家グッジョブ』と心の中で思わざるを得ない。少なくとも寧々や司はそう思っていたか。

    「――ただ、私としては、彼女はまだ癒されてなどいないんじゃないかと思うんだがね」
    「へ?」

    それまで笑みを浮かべていた老婆の表情が、すっと真剣なものに変われば――


    「……気をつけなさい。彼女は自分と同じ、"恋が実らなかった者"を呪うんだよ。そうして自分の叶わなかった願いを果たすべく、"心中"を持ちかけるのさ」


    "――心中したくなかったら、"おみよ"に魅入られないことだね"

    彼女の告げる言葉に、冗談など一切感じられなかった。
    そのまま老婆は踵を返し、階段をゆっくり降りて行っただろう。

    ……そうして暫く、呆然とその姿を見つめる彼らが残されていたか。

    「……寧々ちゃん」
    「言わないでえむ。……こういう話って、大体フィクションだから」
    「そ、そうだよね…?」
    「どうだろう。"セカイ"なんてものがある以上、もしかしたら幽霊の存在も……いてっ」

    空気を読まない類を寧々が小突けば、えむの手を強引に取って階段を降り始める。
    「わわっ、寧々ちゃん待って~!」と言いつつ歩き出すえむの背を見送れば、類もその場から立ち去ろうとし―――

    「―――?」

    ふと感じる……違和感

    ざわつく心と共に振り返れば、そこには石碑と――その前に佇む、"天馬司"がいるのみだった。

    「……司くん?」
    「どわっ!?」

    類が呼びかければ、司はいつも通りの大袈裟な動作で飛び上がっただろう。
    こちらを見る目は驚愕と若干の恐怖に彩られている。至って当然の反応だ。

    「大丈夫かい?石碑を見てたみたいだけど……」
    「あ、あぁ。まさかそんなショッキングな伝説があるとは思わなくてな……しかし、恋が実らなかった者を呪う幽霊か……」
    「そうだね。てっきり恋が実った者を呪うんじゃないかと思ってたけど――どちらにせよ、今の僕らには関係なさそうだ」
    「………あぁ、そうだな」

    少しだけ間のあった司の返答を疑問に思うのも一瞬。
    「類く~ん!司く~ん!」とえむの呼び声が聞こえれば、類は「戻ろうか」と司に呼び掛け階段を下りていっただろう。


    「…………………」


    一人佇む彼は、その石碑を


    ――いや、その石碑の更に"奥"を見て……


    「…………………」


    ――やがて、皆と同じく踵を返して去っていった。



    ***


    季節外れのちょっとしたホラー体験も、明るいホテルに到着した頃にはすっかり薄れていただろう。
    意識はすっかり明日の本番へと向けられており、各々が身支度をすれば、その日は早めの解散と就寝になった。

    ――そうして、訪れた深い夜


    その時、寧々は一人部屋でぐっすりと眠りこんでいた。
    徹夜気味な類などはともかく、元より標準的な眠りをしていた彼女はこのまま朝まで問題なく睡眠できる筈だったのだ。

    ……妙な"物音"が聞こえる、その時までは

    "ガタ、ガタン―――"

    「………なに?」

    微睡んでいた彼女の耳に入った、微かな"音"
    それがどうにも眠っている意識の邪魔になれば、彼女はゆっくりと目を開いただろう。

    ――視界に入る世界にこれといって異常はない。

    据え置きのテレビやスーツケースなど特段変わった所はないのだ。
    ならば自分の気のせいだろうか。そう結論付けた彼女は願えりを打って再び夢の世界に……

    「――あれ」

    その瞬間、彼女は妙なことに気づいた。

    窓際に佇む、一つの人影
    自分よりずっと小さなその"影"が何もを言わず佇んでいたのだ。
    それに彼女は心臓が止まるほどの恐怖を――抱くわけではなく。

    「ネネロボ?なんで窓際なんかに……」

    そう、その影は彼女が部屋に置いていた"ネネロボ"だ。
    元より大きなクローゼットに充電も兼ねてスリープモードにさせていたのだが……勝手に起動してしまったのだろうか?

    「はぁ。ネネロボが勝手に動いてたんだ……流石にびっくりするからやめてよね」

    初期ならともかく、今の彼女はAIも搭載しているのでそういったこともあるだろう。とはいえ、明日までに充電はしないといけないので、彼女を元のクローゼットへ戻そうと寧々はベッドから起き上がった。


    "―――カタン"


    その瞬間だった。



    "ガタガタガタガタ!!!!!"

    「きゃあ!?」

    突然、部屋全体が大きく揺れ動く。
    地震か!?そう一瞬思ったものの、明らかにその"振動"は常識的なものではない。
    部屋に置かれたものがまるで飛び跳ねんとするが如く揺れ、部屋の電気がパチパチと点灯を繰り返す。
    明らかに異常な状況だ。こんなことがホテル内で起きてるなら、外はすぐ騒がしくなるだろう。

    ――それなのに、何時まで経っても振動以外の音が聞こえてくることなどなかった

    異常が発生したのは体感で十数秒程度――間もなく、ぴたりと揺れが止まり、部屋は暗黒に包まれた。

    「なっ、何……何なの…!」

    寧々はその心を恐怖によって染め上げながら、それでも何とか立ち上がって部屋の外へ出ようと――

    ―――ガシャン!

    「ひっ」

    と、ベッドから降りた瞬間、とてつもない大きな異音が聞こえ、彼女は飛び上がる。
    その恐怖のまま音が聞こえた窓の方を見た。

    ……否、"見てしまった"


    「………あ」

    視線の先――そこには、仰向けに倒れてしまった"ネネロボ"がいた。
    だが、それはおかしいことだ。彼女が不意に倒れたりしないよう、類はその辺りの設計に気を使っている。
    つまり、彼女がああやって"倒れている"ということは、つまり"誰かに倒された"ということであり……

    ――窓の外、暗闇広がる木々と緑の中

    その闇に紛れるように……"それ"は立っていた

    穢れなく純白な"白無垢"
    綿帽子を深く被り、その顔の上半分は白狐の面で覆われてしまっている。

    外は風が吹いているというのに、一切たなびくことない"白"を身に纏い、その"女"は、寧々の部屋から少し離れた外に佇んでいた。

    寧々は動けない。純粋なる"恐怖"という感情に支配され、何もすることなどできなかっただろう。

    永遠にも思われた数秒……

    ――ゆるり、と女の肢体が動く

    顔を寧々へと向け、じっとこちらを見つめてくる。
    そうして、唯一隠されていないその唇が動けば―――

    『          』



    ――その夜、ホテルの一室に少女の悲鳴が響き渡った。


    ***

    「司様!!起きてください!!」
    「どわあっ!?」

    その時、司は自身の部屋で爆睡をしていた最中だった。
    このまま朝までぐっすり眠る筈だった身体は…しかし、突然飛び込んできた侵入者によって阻まれることになる。
    部屋に入ってきたのは従業員の女性であり、何やらただならぬ様子であっただろう。

    「なななななんだ!?一体どうしてオレの部屋に……」
    「良かった、その様子だとご無事だったようですね…。寧々様以外に異変は起きてないと……」
    「……!待ってくれ、寧々に何かあったのか!?」

    従業員の尋常じゃない様子と、"寧々"の名が出たことで司の寝ぼけた頭は一気に覚醒する。
    もしかして何か事件があったのでは…そう思えば、司は迫る勢いで従業員い問いかけただろう。

    「落ち着いてください!まず寧々様に怪我等はございません。強盗や事件もなく、"一部"を除き被害はございませんでした」
    「一部……?」

    司がその言葉をオウム返しすれば、従業員は困り顔で何が起こったかを話しだしただろう。



    「寧々!大丈夫か!?」

    現在深夜帯ともなれば、極力他の客の迷惑にはできない。
    司は早歩きで寧々の部屋に向かえば、部屋に飛び込み開口一番に皆の名を呼んだだろう。

    「司くん、静かにね。一応良い部屋だけど君の声は大きいんだから……」
    「す、すまん。それで、寧々と"ネネロボ"は…?」

    類の注意に謝罪をしつつ、寧々の部屋に入っていく。
    今回ばかりは女子の部屋だとか言っていられない事態だ。

    果たして、ベッドの上には蹲って震える寧々と、そんな彼女を慰めるえむがいた。
    類はすっかりカーテンの閉められた窓の前で、ネネロボの内部を弄っているようだった。

    「取り合えず従業員の人から聞いたんだが……」

    「寧々、お前"幽霊"を見たのか?」

    司は恐る恐る寧々にそんな質問をした。
    荒唐無稽とも言うべき内容であり、普段の寧々なら毒舌混じりの返答をしてもおかしくなかっただろう。

    ――だが、彼女はそんな司を言葉で刺すことなどなかった。

    それどころか青い顔をしながらこくりと頷いてみせただろう。

    司はリアリストだ。
    セカイのことだって最初は認めていなかったのだから、寧々が肯定を返したところですんなり信じることは"普通は"無い。

    それでも……今回ばかりは状況が"異常"すぎた。

    「……類、ネネロボが壊れたと聞いたんだが」
    「あぁ。僕が駆け付けた時には倒れていてね……。一応、明日までに修理できるくらい軽微なものだけど――」

    そこで類は一旦口を閉ざす。
    明らかに続きを言うべきかと迷っている顔だった。きっと寧々をこれ以上怯えさせないようにする配慮もあったのだろう。
    それでも、司が続きを促すようにじっと類を見つめれば――やがて彼は、静かに"事実"を語り出す。

    「――奇妙なことに、ネネロボの"外装"には傷が一つもなかった」

    「カーペットがしかれていれば、倒れても傷などつかないのではないか?内部の破損だってその時に」
    「いいや、違う。これは明らかに異常だ。
    内部は強い衝撃で叩かれたような破損の仕方だし、"倒れた程度"でつけられる訳がない」

    類の表情は真剣そのものだ。
    司をからかおうと冗談を言うこともある彼だが、自身の作品を傷つけられた今の彼がそのようなことをする筈もなかった。

    「……それだけじゃない。充電してたネネロボが勝手に移動してたり、部屋が地震みたいに大きく揺れたり、電気がついたり消えたりして……それで、窓の外を見たら――女の人が……」
    「寧々ちゃん!無理しないで!」

    えむに背をさすられながら寧々は語る。
    その表情もすっかり怯えきっており、"演技"などとは到底言えない様相だっただろう。

    ――ここまでくれば、流石に司でも認めざるを得ない。

    「つまり……"幽霊"が本当に出たってことか…」
    「そうだね。寧々の部屋が大きく揺れたのに、僕らを含めホテルに異常はなかった。そうなると、寧々が見た"白無垢姿の女性"がその"幽霊"なのかもしれない」
    「こんな事態なのによく冷静に分析できるな……」

    とはいえ、類が取り乱さずにいるのは頼もしい限りだ。
    ネネロボ自体も修理は可能そうだし、あとは寧々の状態が気がかりである。
    今日は本番一日目――今回ばかりは昼間のみ公演で良かったと思うが、それでも今の彼女が舞台に立てるかどうか……

    「――大丈夫。ショーは、問題なくやってみせる」
    「寧々ちゃん…でも、本当に大丈夫?すごく震えてるよ…?」

    えむの心配も最もだった。
    皆が心配そうな表情を向ける中、寧々は大きく深呼吸をして震えを落ち着かせる。

    「わたしたちのショーを楽しみにしてる人は沢山いる。皆を笑顔にするために、わたしが此処で挫けちゃいけないから」
    「寧々……」

    数々のショーを経て成長してきた歌姫の"覚悟"を感じ、司たちはじんと胸が熱くなる感覚を覚えただろう。

    ……寧々の想いを守るためにも、皆で支えあってショーを成功させなければならない。
    彼らはそんな一つの決意を胸に秘めたことだろう。

    「――あ、でも。もうこの部屋で寝たくはないな……」
    「それならあたしの部屋で一緒に寝よ~!!幽霊さんが出たらばばば~ん!!って驚かせちゃうから!あとは寧々ちゃんを怖がらせたのをめっ!ってしないとね!」
    「わ、わかったから…まぁ、えむなら本当に幽霊とか吹き飛ばせちゃいそうだね……」

    えむの提案に寧々が頷けば、取り合えず暖かい雰囲気が戻ってきただろう。
    一先ず、今回はえむと寧々を同室にすることで問題は解決しそうだ。

    ――ただ、幽霊騒動だけは気がかりのままである。

    「司くん、僕らも同室にしておくかい?」
    「……なっ!?お前さてはオレが幽霊を怖がると思ってないか!?生憎だが!オレは幽霊如きに怖がるほど軟弱ではない!」
    「よく言うよ…夕方の時とか飛び上がってた癖に……」
    「いや、アレはおばあさんがあまりにも突然来たからでな……」

    と、そうやって話を続ければ、間もなく恐怖の時間も終わりを告げる。
    一先ず同室とするのは女子組だけとして、作業を続ける類以外は解散となった。


    ――この時、彼らは誰一人として考えていなかった。

    この奇妙な"幽霊騒動"が、更なる恐怖を呼ぶ"事件(ショー)"の幕開けであったということを。

    ***

    寧々の見た"白無垢の女"はその後現れることはなく、問題なく朝を迎えることができた。
    若干寝不足気味ではあるものの、寧々はえむの存在に大分元気づけられたらしく、あれから再度眠ることはできたらしい。

    そうして朝食を終え、祭りによって賑わう町内へと出発する。
    あとは昼から始まる野外ショーに向けて、あらかじめ運ばれた舞台装置の設置と軽いリハーサルなどを行う……そんな段取りの筈だった。


    「……ぐぬぬ。なんなんだ、これは……」

    現在、司は控室でうめき声を上げていた。
    彼の視線の先には、卓上にあった筈のタオルが地面に散乱している光景が広がっていただろう。
    加えて、控室には4人全員とネネロボがいるというのに、その空気はどんよりと重く、寒気すら感じられていたか。

    ――そう。司たちは現在進行形で、"怪奇現象"とも言うべき事象に襲われていたのだ。

    積んでいた物や置いてた物が勝手に床に落ちるのは朝飯前。
    機械が時折勝手に電源オフになったり、何もない所で突然転びそうになったり……

    とにかく、断続的にぞわりと来る異常――そして身も蓋もなく言えばみみっちい嫌がらせ――がワンダーランズ×ショウタイムのメンバーに降りかかっていたのである。

    「困ったね…まさか昼間でもあからさまに怪奇現象に襲われるとは……」
    「ど、どうしよう!このまま幽霊さんがショーまで意地悪してきたら、ぞわわ~って大変なことになっちゃう……!」

    類が困り顔で考えこみ、えむは大慌てで現状を憂う。
    寧々はといえば、昨晩の出来事がやはりトラウマとなっていたのか、徐々に気分が悪そうな表情へとなっていただろう。

    ――そんな中、司は普段のオーバーリアクションを見せず、じっと床に散らばった白を見ていた。

    ……一体全体、どうして幽霊が嫌がらせをしてきているのかはわからない。
    何か怒らせるようなことをした覚えも、罰当たりなことをした記憶すらないのだ。

    そう考えていると、ふつふつと司の中で"憤り"のような感情が沸き上がってくる。
    ……ああ、そうだ。流石にこれは理不尽が過ぎる。悪戯好きなら好きにやればいいが、流石にTPOを弁えてこその現代幽霊ではないのか??

    この時、司は疲れていた。
    昨夜無理やり起こされたが故に寝不足だし、その上彼が大事にしているショーまで妨害されようとしていたのだ。

    とにかく溜まった疲労感、理不尽……それが、控室に"パン!"と響いたラップ音にえむや寧々が悲鳴を上げた瞬間―――ついに臨界点に達した。


    「……いい加減に、しろおおおぉぉぉぉ!!!!!」


    びいいぃぃぃん……

    控室どころかその外にまで響くクソデカボイス
    司以外の3人は、それこそきゅうりを見たネコのように飛び上がり、続いてじんじん痛む耳を押さえつけていただろう。

    「そこの幽霊!!オレたちに悪戯をしたいなら勝手にしろ!!だが、今日のショーのために、オレたちは途方もない時間をかけてきたんだ!オレの大切な仲間たちも傷つけられて、正直我慢ならん段階にきているぞ!」
    「このショーを心より楽しみにしている人は沢山いる!オレたちにとって何度もあるショーだとしても、それを見る人にとっては一生ものなんだ!それを邪魔しようものなら、誰だって許さないからな!」

    「――もう一度言うぞ。
    『せめてショーの間は、絶対に、邪魔をするんじゃない』」

    司は真剣な表情で虚空へと語り掛ける。
    傍から見れば異常者とも言えるだろうその行為は、しかし今この瞬間、誰よりも頼もしい"座長"としての威厳を保っていただろう。

    ……そんな司の心からの"願い"が通じたのか

    それまで控室に感じていた"重苦しく寒気がする空気"が、何故か和らいでいくように感じられた。

    「……え。もしかして、本当に何とかなったの?」

    寧々は恐る恐る周囲を見回す。
    最初に怪奇現象に会った彼女だからこそ、司の言葉をきっかけに変わった空気を感じ取れていたのだ。

    「――よし!何とかなりそうだな!」
    「いやはや……盛り塩やお祓いを検討してたのに、まさか司くんの鶴の一声で解決しそうだとはね……」
    「なるほど~…あたしも次に幽霊さんに会ったら、司くんみたいにおっきな声で驚かしてみるね!!」
    「流石にそんな真似まではしなくて良いよ……」

    と、怪奇現象への警戒はそのままに、一先ず4人はほっと息をつくことができたか。
    司のトンデモな声量が一体どれくらいの効果であったかは定かではない。
    ……ただ、これをきっかけに怪奇現象がぱったり止んだのは事実で、その後の本番や、本番後の明日の準備まで含め、彼らがこれ以上怪奇現象に襲われることはなかったのであった。

    ***


    「良かった~!幽霊さん、もう意地悪してこなさそうだねぇ」
    「はぁ…こんなに簡単な解決方法があったなんて……」
    「司くんはいつも明るくて賑やかだからね。幽霊みたいなものとは確かに無縁なのかな」
    「ハーハッハ!!もっとオレを褒めていいのだぞ!!」
    「調子乗らないで。第一、あのあと控室出たら変な目で見られてたの忘れたの?」

    夕暮れのホテルのロビーにて、4人は口々に今日のことを話し合う。
    本番後からホテルに帰ってくるまでの間でも特に異変は起こらず、今回ばかりはドヤ顔の司に感謝をしても良かっただろう。
    毒舌が戻ってきた寧々も、あの後さりげなく司の近くにずっといたのは此処だけの秘密である。司が『対幽霊兵器』認定を受けた瞬間でもあった。

    「ではまた明日だな。寧々とえむは今日も一緒に寝るのか?」
    「うん。どっちにしろあの部屋ではもう寝れる気がしないし……」
    「えへへ、寧々ちゃんと一緒にお泊りできて嬉しいなぁ~」

    寧々の言うことも最もであれば、彼女はえむと共に宿泊部屋へと戻っていっただろう。一応、寧々の部屋移動はホテル側にも連絡済みだ。

    ……これは余談となるのだが、司たちはホテル側に今回の怪奇現象についてもきちんと伝えていた。ただ、"このような事象が起きたのはホテル始まって以来"というのが支配人の回答だった。
    元より10年も経ってないホテルなので、特別いわく付きな"何か"があったということでもないらしい。

    「う~む……そうなると、寧々が見たという"幽霊"の正体は一体なんだったのだろうな?」
    「白無垢衣装の女……そう聞くと、昨日僕らが見た"伝承"が思いつくけど――」
    「だが、寧々は暗闇の中で見たのだろう?先入観か何かで見間違えた可能性はないのか?」
    「その可能性も否定はできないかな……。しかし、幽霊か。今日起きてれば僕も出会うことができたり――」
    「いや寝ろ!!明日も本番だからな!!!」
    「わかってるよ。やるにしても明日の夜にしておくね」

    相変わらず学者肌なところがある類に司は呆れつつ、その場はお開きとなった。
    「いいか、今日は絶対早く寝るんだぞ!」という司の念押しを軽くいなして、類は自室へと帰ってくる。

    「……さて、司くんはああ言っていたけど、"明日に向けて機械の調整"をしなければいけないからね――」

    "ごり押しにも程がある!"と司が叫びそうな言い訳を一つ重ね、類は早速自室にて機械いじりを始めただろう。
    とは言っても、流石に部屋をオイル臭くしてはいけないため、やることは軽いメンテナンスくらいだ。

    ――そうして、どれほどの時間が経っただろう

    時計の短針は間もなく天を突く。
    類は内心幽霊が見れることを心待ちにしていた……が、結局幽霊どころか怪奇現象の一つも起こる気配はなかったか。

    「うーん…本当に司くんの声量に驚いて逃げてしまったのかな?」

    それならそれで、明日の憂いもなく良い限りだが……
    幽霊を目撃できなかったことに若干の残念さを覚えつつ、流石にそろそろ自分も寝ようと類は考える。
    そうして、部屋の電気を消しに立ち上がった―――




    "パチン"


    「……おや?」

    類の伸ばされかけた手が、虚空で止まる。
    その指は明らかにスイッチへ触れていない……それなのに、何故かひとりでに部屋の電気が消えてしまったのだ。

    類は動揺することなく、再度スイッチへ指を伸ばし――触れる。

    "パチン パチン"

    「困ったね…停電でも起きたのかな?」

    何度もスイッチを押下するものの、やはり反応はない。
    そうなると全館で停電でも起きているのかと、類は様子見に部屋を出ようとし―――

    "ぞわり"

    「―――っ!」

    瞬間、自身の背に走る"嫌な悪寒"
    部屋の温度が急激に下がったような感覚を覚えれば、類は身震いを一つする。
    ……だが、それだけではない。

    ――誰かに見られている

    そんな考えが脳裏を過った瞬間、類は反射的に後ろへと振り返っていた。


    そして……彼は、見た。

    強い風が吹く窓の外。
    一階であるが故に、そこからは山へと続く道と木々が見えていただろう。

    そんな鬱蒼と茂る森の中に佇む、やけにはっきりとした"白"

    それは白無垢と綿帽子を纏っており、顔の上半分は狐面によって隠されている。
    明らかにこの場に似つかわしくなく、その雰囲気は美しさを感じさせながらも、何処か"怖ろしい"印象すら覚えただろう。

    その女は――間違いなく、昨夜寧々が見た"白無垢の女"

    「……」

    類は金縛りにあったかのように動けなかった。
    ――いや、どちらかというと……"見惚れていた"のだろうか?
    どう見てもこの世の者とは思えぬ存在を前に、彼は先ほどまで持っていた"好奇心"すら完全に失っていたのだ。

    "――しゃらん"

    放心状態であった類を元に戻したのは、何処からともなく聞こえた"鈴の音"であった。
    静寂の中に響く透き通る音は、類にかかっていた重圧をいくらか和らげる。

    「……あ」

    拘束を解かれた類は、窓の外を見て思わず声を上げた。
    遠くから見るだけだった"白無垢の女"は、しかしこちらに何もをすることなく踵を返す。

    そうして、森の奥へ歩みだそうとしていただろう。

    ――それを見た瞬間、類は何故か『それを追わなければいけない』と考えていた。

    まるで思考を誘導されるかのように、彼は違和感すら覚えることなくその考えを受けれいる。
    そうして、靴を履いて窓へと手をかければ、彼は弾かれるように屋外へと飛び出したのだ。

    ……追う。追う。追いかける

    鬱蒼と茂る草木を抜け、何処にいくともわからない白無垢を追う。
    ……不思議なことに、その距離は一向に縮まらない。
    白無垢の歩幅と類の早足。そこには明らかに速度の差があり、いずれ類が追いついてもおかしくはなかったのだ。

    そうして、どれほど"それ"を追いかけただろう。


    ――ふと、白無垢の歩みが止まる。

    それを認めた瞬間、類もその足を止めていた。
    ……いや。まるで"縫い留められた"かのように、その場を動けなかったのだ。

    向こうを向いたまま止まる白無垢と類。
    先ほどより近くで見たからこそわかったのだが、その白無垢は類と然程身長が変わらぬように思えた。
    確かに大人の女性ならそれも有り得るだろうが……それでも、類は微かな"違和感"を覚えていた、

    だが、その"違和感"をはっきりさせるよりも早く……白無垢が動き出す。

    ゆるりと、美しくも恐ろしさを感じる所作で、それはこちらを振り返った。
    暗闇の中でもはっきりと見える白。そして、狐面に唯一隠されていないその唇が、ゆっくりと動きだせば……



    『――私と、心中してくれませんか?』



    鈴の音の鳴るような……あるいは、酷いノイズが混じったような雑音が、類の耳へと投げかけられる。


    「―――ッ!!!」

    それを聞いた瞬間、今までぼんやりとしていた意識が一気に覚醒した。
    先ほどよりも一層強まった寒気……そして、恐怖
    その感覚を認識した瞬間、類は弾かれたようにその場を走り出していた。

    逃げる。逃げる。逃げ続ける

    バクバクと早打ちする心臓を抱え、類は後ろすら見ることもなく全力で走ったのだ。
    ……どれだけ走っても、背後から感じる"悪寒"は消えない。
    そのことに焦燥を覚えながら、それでも類は山道を走り戻ったのだ。

    ――やがて、ホテルの自室が見えてくれば、類は躊躇うことなく窓から部屋へと飛び込んだだろう。

    "ピシャン!"

    大きな音を立てて窓を閉め切れば、部屋の中は静寂で満たされる。
    ……同時に、あの重苦しかった気配も、嘘のように消え去っただろうか。

    パッ、と部屋の電気が点灯する。
    暖かな光に包まれながら、類はずるずると窓を背にして座り込んだ。

    ――本当は、皆にも報告した方が良いのだろう。

    ただ、先ほどの遭遇劇で一気に気力を消費してしまった今の類に、それが出来る体力など存在しなかった。
    そうして座り込んでいる内に、いつしかその意識も闇へと落ちていったか。


    『――私と、心中してくれませんか?』


    意識が途切れる瞬間、あの時聞いた"何か"の声が、幻のように耳を過った……そんな気がした。


    ***

    翌日。一人だけ朝食の集合時間に来なかった類に、司たちが慌てて類の部屋へと向かえば――果たして、彼は無事であった。
    ホテルの廊下のため、静かさを心掛けつつもドアを連打すれば、やや憔悴した様子の類が出てきた。
    その時はもう、3人全員大層慌てていたか。

    「類!?一体どうしたんだ!?まさか本当に幽霊が……」
    「――まぁ、そうだね。中々興味深いものだったよ。アレは確かに、寧々の見間違いなどではなさそうだったね」
    「そんな冷静に分析してる場合!?類だって襲われかけたんでしょ…?」
    「寧々ほどの怪奇現象ではなかったよ。精々部屋の電気が消えてしまったくらいかな?」

    類は『問題ない』と言いたげに手を振ってみせただろう。
    ……それにしては、明らかに疲労が溜まってはいないか?
    そう違和感を覚えた面々ではあったものの、類はそれ以上語るようなことはしなかった。

    「こういう怪談話をしてしまうと、より一層霊を誘き寄せると言うだろう?僕が遭遇したことについて話すにしても、せめて本番後にしておこうじゃないか」
    「む、それは一理あるな……。今日の本番も幽霊に邪魔されてはたまったものではない。……だが!無理だけはするんじゃないぞ!気分が悪くなったらすぐに言うんだ!」
    「あぁ、勿論心得ているよ。何かあったらすぐに報告させてもらうさ」

    類が明らかに話していないことがあると誰もがわかっていたものの、今はショーを優先すべきというのは共通した考えだった。
    くれぐれも無理はするなと念押ししつつ、一旦この話は打ち切りとなっただろう。

    「類くん!もし怖いことがあったらあたしと司くんに言ってね!わっはっは~!って元気いっぱいに幽霊さんを退治してあげるから!」
    「ふふふ、それは頼もしい限りだ」

    道中、えむと話す類の様子はいつも通りだった。
    少なくとも、精神的に追い詰められてる風ではない。

    ――それなのに、彼と幼馴染である寧々は、心に巣食う"嫌な予感"を否定できなかった。

    (なんだろう……本当に、何も起こらなければいいんだけど……)

    "願わくば、今日のショーも無事に終わり、4人全員でフェニックスワンダーランドへと帰れますように……"

    寧々の小さな"願い"は、誰にも知られることなく彼女の心にそっと落とされたのだった。


    ――その願いが実に"儚い"ものであったと、彼女は後に知ることとなる。



    ***


    「――本日は観劇いただき、誠にありがとうございました!!」

    舞台に横並びし、観客たちへとありったけの挨拶を告げる。
    そうすれば割れんばかりの拍手が司たちの身体を包んだことだろう。

    ……結論から言えば、二日目の野外ショーも問題なく成功できた。

    1日目の評判を聞きつけ、2日目は立ち見が出るほどの満員御礼。
    それに加え、"幽霊騒動"で逆にやる気が倍々となったワンダーランズ×ショウタイムのショーはかなりの出来栄えであり、観客たちはその幻想的でトンデモなショーに釘付けとなっていたのだった。

    「私たちは"フェニックスワンダーランド"でショーを行っております。もし御来園の際は、是非とも"ワンダーランズ×ショウタイム"のワンダーステージをよろしくお願いします!」

    きっちりと宣伝を添えて挨拶を締めれば、人々の多くはワンダーランズ×ショウタイムやフェニックスワンダーランドに興味を示すような反応をみせていた。
    今回の宣伝大使としての仕事も無事成功したと言って良いだろう。
    あとは撤収作業を行ってしまえば、残りは自由に祭りや遊びを楽しむ"ボーナスタイム"が待っている。

    ――結局、あれから怪奇現象の類は見ることすらなかった。

    特に昨日の準備中に起こった現象以外、司とえむはこれまでこれといった怪奇に遭遇することすらなかったのだ。

    ……二人の共通点は"元気いっぱい"なところであるし、もしかしたら幽霊は本当に明るい雰囲気で退散してしまったのかもしれない。

    そんな予測を寧々が思ってしまうくらいには、本当に何も起こらなかったのだ。
    勿論、類が昨夜遭遇した怪奇現象という不安要素もある。
    ……だが、今日と昨日の夜の様子を考慮すると、そちらの"対策"自体も容易であった。


    「ねぇ、今日は男子組と女子組で一緒に寝ない?」

    祭り屋台や、えむ希望のレジャー施設での遊びも堪能した後。
    ホテルに戻ってきて開口一番、寧々は唐突にそんな提案をした。

    「……いや、別にオレは幽霊を怖がったりしてないのだが」
    「そういうことじゃないって。一昨日は私、昨日は類が幽霊を見たでしょ?それなのに司とえむは未だに幽霊を見てない……つまり、幽霊は二人が苦手なんじゃないのか……って……」

    そう説明しつつ、"自分は何を言ってるのだろう"と流石の寧々も途中で恥ずかしくなってしまったらしく、最後の方では俯きまごつきながら話していたか。

    対して、3人はその"提案"に一瞬ぱちくりと瞬いてみせ――

    「すご~~い!!寧々ちゃん大天才だ~!!!」
    「わぷっ えむ、いきなり引っ付かないで…!」
    「確かに悪くはない提案かな。男女関係なく遭遇するっていうのもわかったし、僕たちだけ狙われてるなら固まっておいた方が良いかもしれないね」

    えむと類は寧々の提案を笑うことなく合意してみせただろう。
    元より、幽霊騒動に困らされてきた身としては、そういったことを避けられるという希望があるだけでも悪くない。
    故に、全会一致で寧々の提案は可決される――筈だった、が。

    「…………」
    「司くん?どしたの?」

    一人だけ、寧々の意見へ返答がない。
    えむが気になって振り返れば、そこには神妙な顔で悩んでいる司の姿があったことだろう。

    「司くん?」
    「………」
    「つーかーさーく~~~ん!!」
    「……どわぁ!?いきなりどうした!?」
    「いきなりって…わたしとえむ、類と司で今日寝るのはどうかって話だったでしょ」

    聞いてなかったの?と寧々がジト目で問えば、司は不自然にびくりと跳ねる。
    「も、勿論聞いてたぞ!」と胸を張るが、どう見たって動揺を隠しきれていない。
    そんな光景に、寧々は呆れながらも少しの違和感を覚えていた。

    ……どんな形であれ自分が頼られてるとわかれば、司はうざいほど喜ぶものだと思ってたのだが。

    「……仕方あるまい!一人で眠れない類のため、オレが今日は傍についてやるとしよう!」
    「その言い方だと僕が子ども扱いされてるみたいだね?……とはいえ、幽霊退治の実績を頼りにさせてもらうよ、司くん」

    類がにこやかな笑みを浮かべてそう告げれば、司は何故か目を逸らして「も、勿論任せておけ…」と言い籠るようにして答えていただろうか。

    ――司の違和感は気になったものの、特段不穏なことでもない。

    加えて、部屋割り後は彼もいつも通りになれば、寧々はあっという間に違和感のことを忘れてしまっただろう。

    「えへへ~ もしかしたら今日幽霊さんに会えたりするのかな~」
    「いや、会わないための部屋割りだから。とにかく、今日はゆっくり眠りたい……」

    寧々のぼやきも最もであれば、彼女はえむを連れて「じゃあおやすみ」と部屋へと戻っていっただろう。
    因みに類の遭遇した怪奇現象については「せめて明日以降にして」という寧々のリクエストにより話され仕舞いだったか。
    まぁ、類より恐怖体験をした彼女のことを思えば、類とて"あんな経験"をおいそれと話す気もなかった訳だ。

    「じゃあ僕らも行こうか。今日はどっちの部屋で寝るかい?」
    「あ~……類に合わせるぞ。オレはどっちでも構わないからな」
    「それじゃあ僕の部屋にしようか。運が良ければまた今日も会えるかもしれないからね」
    「いや、だから会わないための部屋割りだろうに……あとちゃんと寝てくれ」

    寧々と全く同じツッコミを入れつつ、司は類と並んでホテルの一室へと赴く。
    先ほど見せた不自然な動きも今はなく、類の部屋に自身の荷物一式を持って司は入ってきただろう。
    風呂についても大浴場で済ませていれば、あとはただ寝るだけだ。

    ……だが、やはり予想していたように、類は"幽霊"をまだ諦める気などないらしい。

    「類…今日の朝はあんな有様だったのに、また幽霊に会おうとしているのか……。もしや魅入られたりなどしていないだろうな…?」
    「フフ、司くんは心配性だねぇ。昨日は遭遇したあとそのまま寝落ちてしまったから、あまり休める寝方ではなかっただけだよ」
    「どうだかな…お前は時々隠し事をするから信用がならん」
    「これはこれは手厳しい……なら、昨日起きたことをかいつまんで話させてもらおうか」
    「ちょっと待て!ここで話したら幽霊が来たりしないか!?」
    「僕としてはそれを望んでるんだけどねぇ。……それとも、もしかして怖」
    「怖い訳ないだろう!!さぁ、存分に話してみるが良い!」

    相変わらず妙なところで扱いやすい司に類は内心微笑みつつ、類は昨夜あった出来事について、司へと話し出しただろう。

    ――何故、司に話そうと思ったのか……その意味すら、無意識に考えないまま。


    「いやいやいや……。お前、それはかなり不味い奴じゃないか……」
    「やっぱり司くんもそう思うかい?」
    「当たり前だろう!寧ろそんな内容なら早く言ってくれ!!」

    類の予想通り、昨夜の様子を聞いた司はとてつもなく怒った。
    それもそうだ。まさか自分の仲間が幽霊を単身追って、その上"心中しないか"と誘われていたと来た。その白無垢が件の幽霊なら、類は危うく"向こう側"に連れていかれそうになったのと同等なのである。
    そんな不味いことを今まで黙っていたとなれば、司が怒るのも当然だった。

    「とにかく!今日は絶対に類を一人になどしないからな!幽霊が出たら即刻追い払ってやろう!」
    「おや、それは頼もしいね。司くんに存分に頼らせてもらおうか」

    司の強くも頼もしい言葉に、類は微笑みながらそんなことを言った。
    ……すると、司は僅かに肩を跳ねさせ、その視線を類から逸らしただろう。
    彼にしては少し違和感のある動作も、一瞬。
    「ふ、任せておけ!」と司はいつもの調子で類にそう胸を張ったか。


    ――それから、1時間と少し。
    類がホテルの卓上で機械弄りをし、司がソファに座ってそれを眺めるという光景がそこにはあっただろう。
    カチカチという針の音と無機質な金属音だけが部屋に彩りを添えている。
    ……要するに"平和"だった。

    「……しかし、流石に眠くなってきたな」
    「司くんは健康的な生活を送れてるみたいで何よりだよ」
    「いや、それは類が不健康なだけだろうに……」

    今の所は異変の影すら見当たらない。
    あまりにも平和すぎて、司は若干目がしょぼしょぼとしてくるほどだった。

    「いかんいかん……類が寝るまでは監視しとかねばならないからな」
    「そんなに信用がないなんて悲しいなぁ…よよよ」
    「ええい!嘘泣きはやめんか!!機械弄りをやめてさっさと寝れば済む話だろう!」

    早く寝ろ~!という司のコールが(ホテルなので控え気味に)響く。
    それに折れたのかはわからないが、類は卓上の道具を一度置いて、近くのベッドへと座っただろうか。

    「えむくんや寧々はともかく、流石にこのベッドで二人で寝るのは厳しいだろうねぇ」
    「……いや、流石にオレもそこまで横暴ではないぞ。そこのソファで休ませてもらうとしよう」

    そうして寝る場所を決めればようやっと寝る雰囲気になってくる……
    と思っていたところで、類はベッドに座りつつ「そう言えば――」と唐突に話を切り出しただろう。

    「僕の会った白無垢の幽霊……あれは間違いなく石碑にあった"悲恋の花嫁"だろうね」
    「………まぁ、オレも正直そう思っていたが」

    寝てくれないのか…という司のぼやきを黙殺しつつ、類はそのまま自分の考えをぽつりと口にしていく。

    「話の内容としては、身分違いの恋を嘆き"心中"を誓った男女が、しかしそれも叶わず女性が身を投げてしまった……という話だったよね」
    「あぁ、全くもって悲劇しか見当たらない話だ!待ち続けた花嫁を裏切った男についてもどうかと思うぞ!」
    「そうだね。どうして愛し合ってたのに男は来なかったのか……そこも気になる所だけど、そういった経緯があるからこそ、あの白無垢の女性は『心中しないか』って誘ったんだろうね」

    類の脳裏に残るあの声――自分と共に死なないかと誘う言霊
    20年前の自殺者などは、ああやって彼女の心中相手として誘われて死んでしまった……ということなのだろうか。
    そう考えると類もかなり危険な状況であったこととなり、彼は内心耐え難い恐怖を……抱いている訳でもなかった。

    そう、類はあの光景を"恐ろしい"などと思っていなかったのだ。
    それどころか、彼の心には恐怖以上に占める"もの"が存在していた。

    それは―――

    (――既視感、か?)

    ……そうだ。類は奇妙なことに、あの幽霊に対しデジャブのようなものを感じてしまっていた。
    それが果たして"容姿"になのか、"声"になのか、はたまた"振る舞い"になのか……
    どれに当てはまるのか結局わからないまま、ただ漠然とそんな感覚を抱いてしまっていた訳である。

    とはいえ、幽霊の知り合いなどいる訳でもない。
    結局は"気のせいだ"という結論に落ち着け、深く考えることなどなかっただろう。

    「それにしても……"心中"か。
    昔ならいざ知らず、今は恋愛も自由だからね。恋が叶わないだけで死ぬ、という感覚は僕には少しわからないかな」

    類はそんなことを本心から零していた。
    確かに一理あるかもしれないがあんまりな言い分であり、さしもの司も「もう少し言い方をだな……」と苦言を呈しかねない言葉であっただろう。

    またお小言を言われてしまうかな?などと思いつつ、類は司をなんとなしに見遣り


    「そうか?叶わない恋に生きたって辛いだろう」


    ――何てことない顔でそう言い放つ彼に、目を見開いた。

    こちらを見つめる司は至って普通だ。
    何か恐ろしい顔をしてる訳でも、感情が抜け落ちてる訳でもない。

    ……それなのに、類はどうしてか、目の前の"男"に強烈な"違和感"を感じていた。


    「――意外だね。司くんがそんな後ろ向きなことを言うなんて」
    「後ろ向きかどうかは人それぞれだ。"心中することで来世では結ばれよう"と考えるのは至って前向きで、恋に生きる人間にとっては普通の考えではないのか?」
    「……そういう考えもあるだろうね。でも、それは恋愛が自由にできなかった昔の話だ。重ねて言うけど、今なら身分もほぼ関係なく好きな人同士がつきあうこともできるし、心中なんて手段を取るのは」


    「いいや。心中で無いとダメだ。結ばれるには、それしかないんだ」


    類の言葉を遮るように、"それ"は強い言葉で断言した。
    ソファからすっと立ち上がり、ベッドに座る類をじっと見つめてくる。
    その表情も、声も、いつもの彼である筈なのに。

    ――何故だろう。その琥珀のような瞳が、まるで深淵のように薄暗く感じられた。

    "……逃げないと"

    段々と肌寒くなっていく空気と、全身をざわつかせる感覚。
    類の頭はひたすら警告を発し続けている。
    ……それでも、何もできない。したくない。

    「――なら」

    金縛りにあったかのように動かない身体でも、この口だけは自由であるらしい。
    類は何処か放心したように"それ"を見つめながら、じわりと言葉を溢れ出させる。


    「それなら、君は――今、誰と心中したいと思っている?」


    類は静かに尋ねる。目の前の誰かへと向けて。
    まるで目の前の人物が心中したがっていると決めつけるような言葉は、傍から見れば無神経そのものだろう。
    ともすれば、普段の"彼"ならば、怒ったり困惑することだってあった筈だ。

    そう、今の目の前の"彼"だって――

    「………………」


    ニィ

    口元を歪に――それでいながら妖艶に釣り上げ、それは笑った。

    深まった満月のような瞳がこちらを見る、見る、笑う、誘うように。

    "パチン"

    部屋の電気が、唐突に消え失せる。
    耳に痛いほどの静寂が、重苦しい空気が、目の前の見知らぬ"月"が、全てが類の意識に重圧となってのしかかる。
    それはやがて鈍い頭痛に耳鳴りとなり、彼の思考を奪うようにじわじわと侵食していっただろう。

    「誰と――か」

    耳鳴りで殆ど聞こえない中、それでも彼は聞いた。
    ぞわりとするほど美しい"鈴の音"の声を転がし、目の前の"何か"がうっそりと笑えば

    「そんなこと……」


    『決まっているでしょう?』


    知らない女の声が入り混じった"彼"の言葉を最期に――類の意識はふつりと途切れた。


    ***

    ざく、ざく、ざく


    断続的に響く異音に導かれ、ゆっくりとその意識は浮上する。

    ――暗い。それに、周囲が重苦しい

    次第に意識と視界がハッキリとしてくれば、彼は朧気ながらに自分の状況を把握していっただろう。
    今、自分はどういう訳か宵闇の中の森林を歩いているらしい。ざくざくと土を踏みしめ、その身はまるで引き寄せられるように森の奥へと歩み進めている。
    まるで他人事のように思えるのは、類がその身の主導権を握れていないからだ。
    ……そう、さながらショーを観劇する客のように、類は勝手に動く自分の身体をぼんやりと認識するのみだった。

    ――思考が上手くまとまらない

    "このままではいけない"と警告する意識も少しはあれど、それは途方もない虚脱感によって押しつぶされてしまう。
    そうなれば後は流されるままであり、類は虚ろな思考のまま、この行く先知らぬ山道を歩くしかなかったのだ。

    ……そうして、どれほど歩いただろう

    永遠にも思われた時間は、唐突に止まった脚によって阻まれる。

    (――――あ)

    動かぬ口の代わりに、思考が言葉を漏らす。
    それまで虚空をぼんやり見ていた瞳は、眼前に現れた"一つ"に一気に捕らわれただろう。

    ――それは、美しい白無垢だった

    こんな山道だと言うのに汚れ一つ存在せず、被った綿帽子も、顔を覆う白狐の面も、全てがその美しさを際立たせている。
    "女"はじっと類を見つめ、何も言うことはない。
    ともすれば惹きこまれてしまいそうなほどに、目の前の"女"は完璧だったのだ。

    それなのに……類は、それが"女"ではないとも思っていた。

    昨日見た白無垢と眼前のそれは明らかに同一人物だ。
    ――だからこそ、類は気づけたのだろう。

    昨晩遭遇した時から妙に感じていた"違和感"――あるいは、"既視感"

    白無垢によって体格は隠されてしまっているが、その背の高さは女性にしてはやや高く――類にとっては、見慣れたほどの小ささだ。
    唯一、白狐の面に隠されていない口元は、見ない日はないほどに己の意識に刷り込まれている。

    ――そうでありながら……眼前の"それ"は、明らかに"女"でもあった

    緩慢ながらも品のある所作、身に纏う恐ろしい雰囲気――ぞっとするほどの"美しさ"
    その全てが"女"を作り上げる要素であり……それこそ、目の前の"彼"を類が知っていなければ、その正体に気づくことすらできなかっただろう。

    "――しゃらん"

    何処から鳴る鈴の音
    それを合図に、"女"はゆっくりと自身の手を動かす。
    白無垢によって殆ど隠れているものの――それでも、どうやって隠せぬ"男の手"が、顔の狐面へと伸ばされれば……外される

    『………』

    狐面を手に、"彼"は静かに佇んでいた。
    光の無い山道であっても、その表情は何故かよく見えただろう。

    あらゆる色が抜け落ちた表情を浮かべ、どろりと濁った瞳は地を見て伏せっている。
    怖ろしいほどに整い、この世に存在しないだろうほどの美を携え、"それ"は類の目の前へと現れた。

    ――そこにいたのは、"天馬司"だった

    紛れもなく、類が良く知っている彼。
    ……だが、そこに太陽のような"笑み"も、周りを照らすような星の"光"も、今は何も存在しない。

    あるのはただ、亡者のように昏くなった顔と、深淵渦巻く2つの月のみ。

    そうして、伏せっていた瞳が――ゆるりとこちらを向けば



    『――私と、心中してくれませんか?』



    今度ははっきりと聞こえた"彼"の声で、"女"は死出の旅へと誘い出す。

    笑みはない。感情もない。
    幽霊のように佇みながらそっと手を差し出す姿は、誰がどう見たって応じてはならない"誘い"だ。

    ――それなのに、類の足はまるで誘われるように一歩を踏み出す。

    上手く思考を編めない。
    目の前の"女"はぞっとするほど美しく……彼女と共に終わらないといけないと、類の意識を全て染め上げるのだ。

    ……応じなければいけない。彼女の手を取らなければいけない

    今はただそれを考え、類は一歩一歩確実に歩んでゆく。
    そうして、"彼女"との間を少しずつ縮めてゆけば――やがて、その距離は手が届くほどになっていた。

    "彼女"はただ、その手を差し伸べ続ける。
    類が応じてくれることを信じて――そして、共に終わってくれることを願って。

    だから、彼は導かれるままに手を動かすのだ。
    最早何もを考えられない意識の中――それでも、"悪くはない"などと思考を遊ばせて

    そうして、青白いその手に、生者の手が重なろうと――


    "――類!!"


    ぴたり、と手が止まる。

    不自然に静止した類に対し、"女"はそっと面を上げて彼を見た。
    ――変わらずの深淵が類に最期の一歩を歩ませようと、じとりと揺らめいている。
    ともすれば、あっという間に引き摺りこまれてしまいそうな闇の底……

    "類!"
    "類くん!"

    ――それでも、男はどうしても"一歩"を踏み出せなかった。

    自身の昏い願望を塗り潰すように、太陽のように明るい"声"たちが聞こえた気がした。
    それが単なる幻だったとしても……類は、自身がようやく手に入れた"幸福"を、捨てることなどできなかったのだ。

    永い孤独を埋めるように出会った仲間たち。
    ようやく叶った幼き日の夢。
    そして――"君"に導かれたことで出会えた、たくさんの笑顔。

    その全てが、類を現世に引き留める"楔"となる。
    共に終わってしまえる幸福すら押し留める、彼にとってかけがえのない"宝物"たちだ。

    ――その想いを抱いた時、彼の頭の中で何かが解けるような感覚を覚えただろう。


    「……ごめんね」

    ぽつりと唐突に零せば、目の前の"女"――いや、"司"は、その昏い瞳を僅かに揺れさせる。

    「昔の僕だったら、その手を取っても良かったかもしれない。孤独で生きることが辛くなれば、そういう結末だって有り得た筈だ」

    類は寂し気な微笑で司に微笑んで見せる。
    そうして、一瞬だけ目を伏せ――

    「――でもね。僕も、"君"も、まだここで幕引きには出来ない。
    ……そうだろう、"天馬司"」

    再度見開いたその瞳は……もう何にも揺らがない強い"意思"の炎を宿していた。

    類はハッキリとした意識を携え、"取り憑かれた"司へと確かな声を投げかける。それを"司"が認めれば――あるいは、その"声"が届けば、今度こそ眼前の彼は大きく目を見開いた。
    そうして伸ばされていた"司"の手がそっと落ち、彼は顔を俯かせただろう。

    「帰ろう。僕らは此処で失うにはあまりにも惜しい物を沢山持ってしまった。君だって、ここで終わらせたくはないだろう?」

    そうして、今度は類から手が差し伸べられる。
    柔らかい微笑を携え、"女"ではなく、他でもない"司"へとその手は向けられたのだ。

    "共に帰ろう"――そんな想いを宿して

    「……………」

    果たして、彼は沈黙した。
    風一つない静寂の森に、その白無垢はただ佇んでいる。
    何もを言わず、何もをせず……

    「―――だ」

    ……そうして、伏せっていた面がゆるりと上がっていけば


    『……いやだ』

    どろりと濁った深淵が二つ、類の心を射抜くのだ。


    「――っ!!」

    突然、轟と凄まじい突風が吹き荒れる。
    その風によって類の身体がぐらりと揺れれば、次の瞬間には抗えないほどの強大な"重力"がその身に襲い掛かった。

    類はまるで弾き飛ばされるように側方へと弾き飛ばされ、その身は背中から大木へと叩きつかれただろう。

    「かはっ――」

    衝撃で息ができない。全身が悲鳴を上げる。
    まるで磔にされたかのように倒れることも逃げることも許されず、それでも息をしようと大きく吸い込んだ。

    「ぐ、ぁ…!?」

    ――だが、吐き出すよりも早く、その喉は空気の循環を拒絶する。
    自身の喉が何者かによって強く締めあげられる。ギリギリと強い力をかけられれば、最早言葉すら発することが出来なかっただろう

    類は明滅する意識の中、それでも目を開き――眼前の"彼"を見る

    『――いやだ』

    類の喉を常人のものではない力で締め上げ、"彼"は――"彼女"は、痛々し気に目を見開いていた。

    『いやだ』

    『いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ』

    まるで呪詛のように拒絶の言葉を吐き続け、かつて愛していた男に捨てられた"女"は、哀れなまでの様相を曝け出す

    『あぁ、どうして……どうして共に死んでくれないの……この恋が叶わないなら、せめて来世で結ばれたかったのに…!』

    『どうか、どうか私と死んで……この"想い"は抱えるには、あまりにも重すぎるから……』

    類のよく知る司の声で、知らない誰かが嘆きの悲鳴を上げる。
    ――それなのに、類は何故か、その言葉が"女"だけの物ではないのかと、そんな考えすら浮かんでいた。

    『あぁ、お願い……』「頼むから……」『この想いが…』「叶わないと言うのなら――」


    『死んで』
    「死んでくれ」


    ――混濁した瞳から、一つの雫が零れ落ちた。
    重なる声は音こそ違えど、"同じ願い"を持って類へとぶつけられる。
    そうして、■する男と果てるべく、首へと込められた力は全てを終わらせようとしていた。

    「…………」

    類は、涙を流しながら希う彼女(彼)を見ていた。
    意識は最早暗闇へと飲まれかけ、あと数秒も経たずに自分の命が尽きてしまうことさえ感じられただろう。

    ――それでも……

    最後の力を振り絞り、その手がゆっくりと動かされる。
    緩慢な動きで伸ばされたそれは、されど自身の拘束への抵抗に使われることはなかった。

    ただ、ゆっくりと――それでも確実に。
    その震える手が……彼の"頬"へと、触れた

    『………!』

    冬でもないのに、まるで氷のように冷たい彼の身体。
    それを暖めるかのように、優しくその頬を包めば、呆然と泣くだけだった表情が大きく揺れ動いて―――


    「     」


    自身の"最後の空気"を使い切り、音にならない言葉を遺す。
    それを最期に、類の手は力を失ったように空を切った。

    ――定められた終わりへと歩むように

    最早何もを考えられない意識は、誘われるように昏い深淵へと……









    「類くん!!!」
    「類!!!」


    ――その瞬間、世界に光が溢れ出した





    堕ちていくだけだった意識は、突如現れた"光"によってすくい上げられる。
    続けて、喉や全身にかかった重圧が一気に消え去ったような感覚を覚えただろう。

    「っ、げほっ!ごほっ!……はぁっ」

    どさりとその場に崩れ落ち、激しい咳と共に大きく深呼吸をする。
    未だに視界は明滅を繰り返しているものの、類は酸素の足りない頭で、それでも"世界が一変"したことを感じ取っていた。

    『リベンジ!リベンジ!今度ハ負ケマセン!!』
    『――ああぁっ!!!』

    轟々と吹く風の隙間に、何やら場違いな機械音声が聞こえてくる。
    それと同時に、視界を覆っていた光が若干弱まれば、続けて"女"の悲鳴のようなものが聞こえてきたか。

    「類!大丈夫!?」
    「類くん!!」

    こちらに駆けよってくる足音が二つ
    そうして馴染みのある声が聞こえれば、例え視界が悪くても、それが"誰か"など簡単に理解できただろう。

    「……は、だいじょ、ぶだ。なん、とか……」
    「どう見たって大丈夫じゃないでしょ…!」
    「ひっ……類くん、首が……」

    何とか目を見開いて前を向けば、そこには泣きそうな顔で類を見る寧々とえむがいた。
    特にえむは、類の首元を見て微かな悲鳴を上げていたか。その理由は纏まらない思考でも簡単に予測できる。

    ――これは暫く、包帯でも巻いてないと厳しそうだ。

    そんな場違いなことを考えながらも、類はようやく整った息を吐いて、二人を見上げた。

    「……ありがとう。寧々、えむくん」
    「感謝は後でね…!それより今は"司"を――」

    『ああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!』

    寧々が言葉を紡ぎかけた瞬間、身の毛もよだつ絶叫が響き渡った。
    えむも寧々も恐怖に染まった表情で声が聞こえた方を見る。そして類も痛む首でそちらを見て――気づいてしまった。

    自分たちの近くに立っていた小さな勇者――ネネロボは、その眼から強烈な光を照射し、"白無垢"をひるませていたらしい。
    ただのライトとはいえ、やはり幽霊にとっては強烈だったのか――それとも、今は人間の身体に取り憑いているから効くのか、"彼女"は顔を覆って苦しんでいたのだ。

    ――ただ、それも"今さっき"までの話だ

    "パチン"

    『ギギ…!?夜間照明モード強制停止、原因不明デス…!』

    それまで"彼女"を強く照らしていたネネロボのライトが、突然糸を切ったかのように消失する。
    そうなれば世界は"夜"へと舞い戻り、再び"彼女"を止める力は消失してしまったのだ。

    ――"女"は、顔を覆っていた手を、静かに下した

    そして


    『ゆるさない』


    吐き出された呪詛と共に――彼らを取り巻く空気が一変する。

    「ひっ…!」
    「これ、は……」

    最早氷点下とも錯覚しそうになるほどの空気が辺りを包み込む。
    何処からともなく霧がじわりと侵食し、大地が不自然に鳴動する。
    ぽつり、ぽつり、と女を取り囲むように現れたのは……無数の"人魂"だ。

    "取り囲まれた"

    相対するのはたった一人だと言うのに、類たちはそう思ってしまう。
    ――それほどまでに、彼らを取り囲む"気配"は増えていたのだ。

    「司くん…!」

    彼女たちも、類を助ける過程で幽霊の"正体"を見ていたのだろう。
    えむが悲痛な声で、幽霊にその身を奪われた"司"へと呼びかける。
    だが、彼女たちがいくら呼んだところで、その明るい琥珀は沈み切ったままだった。

    『……死んで』

    たった一言。彼女が願いさえすれば、抗えない恐怖が全身へとのしかかる。
    ただの高校生たちが、超常的な存在を前に足掻ける訳などない。
    故に、ただ一人死ぬ筈だった運命は、数を増やすだけで何の変化もなかったのだ。

    この瞬間、彼らの至るべき終焉は決まった――





    「………違う」



    ――ある少女が、静かに言葉を零すまでは

    「……違う!絶対に違うよ!
    そんな悲しい終わり方、あたしは絶対にいやだもん!!」

    彼女は――えむは、その運命を強く否定する。
    自分たちが死ぬのも、大切な"彼"がその身を奪われるのも、そうして望まぬ殺しをしてしまうことも。

    その全てが、鳳えむにとって受け入れ難い"物語"であり――全力で書き換えたいと願う"筋書き"だったのだ。

    ――だが、そう強く叫んだところで何になる?

    周囲は怨霊によって取り囲まれ、眼前には人質に取られたとも言うべき"司"がいる。
    加えて、彼に取り憑いてる幽霊は、周囲のどの幽霊よりも強大な"力"を持っていただろう。

    八方塞がり、絶体絶命。ここから逃れる術は存在しない


    「……あっ」

    ――いや、本当にそうだろうか?

    えむは柔軟な発想のできる少女だった。
    自分たちは相手に絶対叶わないからこそ、取れる方法は"逃げ"一つのみと理解していた。
    だが、周囲を囲まれた状態で何処へ逃げると言うのか?

    ……あるじゃないか

    自分たちだけ訪れることのできる"セカイ"が!


    「ネネロボちゃん!寧々ちゃん!類くん!!司くん!!!」

    えむは叫ぶ。大切な仲間たちの名を
    そして自身の懐から持ってきていたスマホを引き抜けば――その指は音楽再生アプリへと伸ばされる。

    「お願い!届いて――!」

    えむは近くにいたネネロボと類と寧々……そして、こちらを今度こそ殺そうと襲い掛かる"司"を巻き込めるように強く願えば――


    「いっけええぇぇ!!!」


    闇を切り裂くような"想い"が、絶望のセカイへと強く鳴り響く。
    そうして――とある"曲"が静かに流れだした。

    『――っ!』

    その瞬間、彼らの視界は全て"白く"染め上げられる。
    虹色の光が身体を包み込み、現実全てを置き去りにすれば―――




    「みんな!!」

    ――彼らの意識を引き上げたのは、とある少女の"呼び声"だった。

    ゆっくりと目を見開けば、そこには暖かな光に溢れる"サーカステント"の風景が広がっていただろう。
    先ほどまでの寒気や重圧は嘘のように消え去っており、周囲に溢れていた怨霊ですら影も形もなかったか。

    類、寧々、えむはそれぞれ地面にへたり込んでおり、とてもじゃないが立てる状態ではない。
    直近まで極限状態であったが故に呆然としていた思考は、こちらに駆けよる足音たちによって引き戻される。

    「大丈夫!?急にセカイがゆらいだと思ったら、みんなが飛び込んできてびっくりしたんだよ!?」

    果たして、彼らに急いで駆け寄ってきたのはミクであった。
    普段のふわふわとしたテンションも引っ込んでしまうほど、尋常ならざる彼らの様子に大層慌てていただろう。
    全身で"大慌て"を表現する彼女を見ている内に、最初に類が"冷静さ"を取り戻すことができたか。

    彼はハッとして周囲を見渡す。
    寧々、えむ、ネネロボ――類以外の3人は近くで座り込んでいる。

    そして―――

    「司くん!しっかりするんだ!」

    耳に飛び込んだ"カイト"の鋭い声に、類は反射的にそちらを振り返っただろう。

    ――果たして、自身らより離れた位置に"司"は倒れていた。

    その服装は、類と最後に話した時に着ていた就寝用の軽装と変わらず、ともすれば死んだような表情で眠り続けていただろう。

    「っ!司くん…!」

    類はそれを認めた瞬間、弾かれるようにその場から立ち上がり、走り出した。
    若干よろめきながらも司の傍に行き、その場で片膝をつく。
    先に近くにいたカイトは、司を仰向けにして呼吸の確認をしていただろう。
    ……やがて、その顔が司より離れれば――

    「……大丈夫。呼吸はしっかりしているよ。他に大怪我もしていないし、時期に目を覚ますだろう」

    安堵の表情でカイトが告げる。
    その言葉を聞いた瞬間、類は糸が切れたように崩れ落ちてしまっただろう。

    「――良かった」

    極限状態がようやく解けたからか、はたまた死の淵から生還したからか。
    類はそう呟けば――同時に、自身の意識がまた遠のいていくのを感じていた。

    「……安心して眠って良いよ。もう君たちを脅かすものは何もない。あとは僕らに任せてくれ」

    地面に倒れかけた類をカイトが寸でで受け止め、優し気な口調でそう囁く。
    そうすれば、類もようやく心から安堵でき――安心して、その意識を手放したのだ。

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    Kakitu_prsk

    PROGRESS相互さんに捧げるF/F/1/4の世界観をベースとしたファンタジーパロ🎈🌟の序章
    兎耳長命種族冒険者🎈×夢見る冒険者志望の幼子🌟
    後に🍬🤖ちゃんも加わって🎪で四人PTを組んで冒険していく話に繋がる…筈。

    ※元ネタのF/F/1/4から一部用語や世界観を借りてますが、完全同一でないパラレルくらいに考えてください。元ネタがわからなくてもファンタジーパロとして読めるように意識しています。
    新生のプレリュード深い、深い、森の中――木々が太陽すら覆い隠す森の奥深くに、小さな足音が響き渡った。


    「待ってろ、お兄ちゃんが必ず持って帰ってくるからな……!」

    そんなことを呟き足早に駆けているのは、金色の髪をもつ幼い少年であった。質素な服に身を包み、不相応に大きい片手剣を抱くように持っている。

    人々から『黒の森』とも呼ばれているこの森は、少年の住む”森の都市”を覆うように存在している。森は都市から離れるほどに人の管理が薄くなっており、ましてや少年が今走っている場所は森の比較的奥深く……最深部ほどではないものの、危険な獣や魔物も確認されている地帯だった。
    時折、腕利きの冒険者や警備隊が見回りに訪れているものの、幼子一人が勝手に歩いて良い場所ではないのは明らかだ。だというのに、その少年は何かに急かされるように、森の中をひたすら走っていたのである。
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    Kakitu_prsk

    DOODLE人間🎈がうっかり狛犬🌟の封印を解いたことで、一緒に散らばった大量の悪霊を共に封印するために契約&奔走することになるパロの冒頭ができたよ!!
    書きたいネタをぶつぎりに入れたりもしたけど続く予定はないんだぜ。取り敢えず投げた感じなので文変でも許してちょ
    大神来たりて咆哮す(仮)――ねぇ、知ってる? 学校から少し離れた場所にある森に、寂れた神社があるんだって。
    ――そこに深夜三時に訪れて、壊れかけてる犬の像に触れると呪われるんだってさ
    ――呪われる?
    ――そう!なんでも触れた人は例外なく数年以内に死んじゃうんだって!
    ――うわ~!こわ~い!!


    ……僕がそんな噂話を耳にしたのは、昨日の昼休みのことだった。

    編入したてのクラスには噂好きの人間がいたのか、やたらと大きな声でそう語っていたのを覚えている。
    現実的にも有り得ない、数あるオカルト話の一つだ。そう信じていながら、今こうして夜の神社に立っている僕は、救えないほどの馬鹿なのだろう。

    絶望的なまでに平凡な日々に変化が欲しかった。
    学校が変わろうと”変人”のレッテルは変わらず、僕は何時だって爪弾き者だ。ここに来て一か月弱で、早くもひそひそと噂される身になってしまった僕は、この現実に飽き飽きしていたんだ。
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    recommended works

    hukurage41

    DONE #ritk版深夜の60分一発勝負
    演目)七夕
    ※画像でもあげたのですが、なかなか見にくかったのでポイピクにも同時にあげます。

    ・遠距離恋愛ルツ
    ・息をするように年齢操作(20代半ば)
    ・かつて書いた七夕ポエムをリサイクルしようと始めたのに、書き終えたら案外違う話になった
    星空を蹴っ飛ばせ「会いたいなぁ」

     ポロリと口から転がり出てしまった。
     声に出すと更に思いが募る。言わなきゃよかったけど、出てしまったものはしょうがない。

    「会いたい、あいたい。ねえ、会いたいんだけど、司くん。」
     類は子供っぽく駄々をこねた。
     電子のカササギが僕らの声を届けてくれはするけれど、それだけでは物足りない。
     
     会いたい。

     あの鼈甲の目を見たい。目を見て会話をしたい。くるくる変わる表情を具に見ていたい。
     絹のような髪に触れたい。滑らかな肌に触れたい。柔らかい二の腕とかを揉みしだきたい。
     赤く色づく唇を味わいたい。その奥に蠢く艶かしい舌を味わいたい。粒の揃った白い歯の硬さを確かめたい。
     匂いを嗅ぎたい。彼の甘く香ばしい匂い。お日様のような、というのは多分に彼から想像するイメージに引きずられている。チョコレートのように甘ったるいのともちょっと違う、類にだけわかる、と自負している司の匂い。その匂いを肺いっぱいに吸い込みたい。
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