アイス、メントール、大蒜と生姜 「夏バテ」***
「お前……晩飯前にアイスを食うな。昨日も言ったはずだ」
「体が欲する物は食べるのが正解だと言ったのはお前だろう」
「そうだが順序があるだろう…。まずはシャワーを浴びてさっぱりして、それから麦茶を飲め。暑いのはわかるが、安直に毎回アイスに頼るな」
ラーハルトは、暑い中、首に温泉旅館の名前が入った薄いタオルを巻き、中華鍋を振りながら、ヒュンケルに小言を言う。ヒュンケルは、残りのアイスを二口で口の中に収めると、風呂場へ向かった。
「お前のメントール入りのシャンプー使ってみてもいいか?」
「肌が弱いんだからメントールも駄目じゃないか?使ったことあるのか?」
「ない。そうだな、やめておこう」
ああ見えて繊細なのは心だけではないのだ、この男。
幾分すっきりした顔つきのヒュンケルが出ると、入れ替わりに、台所で大汗をかいたラーハルトが風呂場へ向かう。食卓には、大蒜の香りと鮮やかな彩りが食欲をそそる、豚肉と夏野菜の炒め物と、きゅうりの生姜スープが並んでいる。カラスの行水とからかわれがちなラーハルトが風呂から出て、清々しい香りをうっすら漂わせた金髪を銀色のヘアバンドで固定し終えると(何度見ても派手な組み合わせだとヒュンケルは思う)、二人で「いただきます」と声を揃えた。
「台所暑いだろう。いつもすまんな」
「暑いぞ。まぁでも湯を浴びれば済むことだ。それより暑いからと冷たいものばかり食べていると夏バテになるぞ」
「お前が作らなければ俺は毎晩素麺だろうな」
「お前な、素麺とてまずは茹でるのだから、その間は暑いんだぞ」
「たしかに」
「素麺もいいが、そればかりでは内臓が冷える。こういう温かいものも必要だ。それに、肉と野菜も食わんと、暑さが落ち着く頃にはもはや栄養不足で力が入らんようになる」
「あぁ。夏バテという言葉があるが、あれは元々、夏の暑さで参った体が、秋口の気温変化についていけずに体調を崩すのを言ったそうだな」
「そうなのか。お前は妙に博学だな」
食事を終えると、ラーハルトはレポートに取りかかった。ヒュンケルは皿を洗う。
「前から思ってたんだが、お前それ上手いな」
「どれだ?」
「ペン回し」
「ただの癖だ。本題に切り込もうとしているときに自然とやっていることが多いな。小学生の頃にまわりがやっているのを見て始めた癖だが、最初から上手くできた」
「そうか」
「ヒュンケル、レポートは1時間くらいで終わるから、終わったらまたあのホルキア語で伝わる竜の騎士の話をしてくれないか」
「いいとも。お前あの話が好きだな」
「なぜか知らんが強く惹かれるんだ」
「オレも、あれは人物の動作こそ荒々しいが、人の心のどうしようもなさと美しさがよくわかる、実に細やかな、素晴らしい話だと思う。語り継がれるだけのことはある。じゃ、頑張れよ」
「ああ。皿、ありがとう」
「いや。飯、ありがとう」
Fin.