「つづるー!!!!」
荒々しい音と共に自身の名前を叫ばれた瞬間、俺はキッチンに隠れるべくしゃがみ込んだ。隣に立っていた伏見さんが目をまん丸にしてこちらを見つめている。
「……読んでるぞ?」
「俺はここにいないんで」
むちゃくちゃを言っているのは分かっている。しかし感じるのだ、面倒事の気配を。
前にもあんな感じで名前を呼ばれた記憶があるのだが、とりあえずめんどくさかったということしか覚えていない。恐らく中身がアホほどしょーもなかったのだろう。
「なんで俺はここにいないっす」
「それが通用すると思ってるの!?」
「うわきた」
「酷くない!?」
いつの間にやらキッチンまで乗り込んできた至さんにドン引きするが、見つかってしまったなら仕方ない。
「とりあえず部屋行きます」
伏見さんに断って、喚く至さんを引きずる。千景さんは談話室にいたから至さんの部屋でいいだろう。
「そんで、今度はなんすか」
「なんでそんな塩なの!」
「めんどくさいから」
「酷い!! 仮にも彼氏に対して!!」
確かに、俺と至さんは付き合っている。が。
「それとこれとは別っすよ」
「うう……そんなとこも好き……じゃなくて、これ!」
ずい、と至さんが差し出したスマートフォンには今朝方見た姿が。
「ああ、これ」
「なにこれ!? 浮気!?」
「はあ!? どこが!!」
「ペアルックでツーショとか浮気しかないじゃん!!」
「そんなん言い出したら学生みんな浮気してますよ……」
「やだ! 爛れてる!」
「真に受けるな!!」
「と、冗談はさておいて。ずるいと思います」
「何が」
「ペアルックでツーショ! 俺もしたい!!」
散々喚いた後に真面目くさって何を言い出すのかと思えば……。呆れを全面に出しても至さんの主張は変わることなく、むしろ激しさを増した。
「俺彼氏! 俺の方が権利があるはず!」
「そもそもペアルックとかじゃなくてただの高校ジャージっすよ」
「それがずるい! 俺だって綴と同じ高校通って青春送りたかった!」
それを言われると、弱い。至さんの高校時代というのは、はっきり言ってあまりいい時間ではなかったと俺は思っているから。そんなことを言われたらなにかして上げたいと思ってしまうのが恋というものだ。しかし、どうしたものか。
顎に手を当てて考えるポーズをしてみる。特に意味がないはずなのに、何か浮かぶ気がしてくるから不思議だ。
うんうん唸って、数十秒。もうこれでいっか。
「至さん、とりあえず着替えといてください」
「へ?」
「じゃ!」
朝の誰かさんのようにいい逃げをして一〇三号室を後にする。千景さんに声をかけて、自室からあるものを持ち出し、まだ一〇三号室に戻ってくる。お利口な至さんは言われた通りに着替えを済ませていつもの干物スタイルだ。
「することないから着替えたけど、話はまだ……」
「ハイハイ。それ脱いで、これ羽織って。よし!」
グチグチ言ってる至さんから派手なスカジャンをひっぺがし、手に持った芋ジャーを被せてファスナーを1番上まであげた。着いて来れない至さんは目をキョトンとさせてされるがままだ。
その隙に俺も着替えてしまう。上は白いシャツに下は芋ジャー。
「至さん、上見て上」
「上?」
カシャッ! と音を立てたスマートフォンには間抜けな顔をした至さんが写っている。それを手早くライムに送ると、至さんのスマートフォンから無機質な音が鳴った。
「これでいいっすか?」
「これでって、おまえ……」
「お望み通りのペアルックでツーショですよ」
「そうだけど!そうだけど……!」
望みを叶えてあげたというのに、至さんは何か言いたげだ。それが上手く言葉にならないらしく口をパクパクとさせている。
「なんかさ〜そうじゃなくてさ〜」
「しょーがないっすねー、じゃあ添い寝付きでどうです?」
「……まじ?」
「千景さんに今日部屋変わって貰ったんで」
「綴さん……」
「はい?」
「ありがとうございます……!」
「はい」
想像を超える喜びように内心ちょっと引いているが、それも愛されているが故としておこう。
「でも風呂は入ってきてください。あと飯」
「あ、はい」