雨の日、蜜豆、濡れた髪 雨粒が地面を、壁を、屋根を叩く音が外から絶え間なく響いてくる。
「誰も来なかったな……」
「雨だからな」
事務所のデスクで時間を持て余しているロナルドのぼやきに、応接ソファでジョンとマルチプレイに興じるドラルクが淡々と返す。流水を嫌う吸血鬼にとっては雨もまた忌避すべきものになりがちで、今晩は珍しく何の騒動もないまま深夜の二時を回ろうとしていた。
時計を確認したロナルドがぐっと背伸びし、欠伸を噛み殺しながら立ち上がる。ドアを施錠し、帽子を預かるメビヤツをぐりぐりと撫でた。時を同じくして、ドラルクたちもゲーム機をスリープモードへ移行させる。
「今日はもう閉めるか……メビヤツ、誰か来たら頼むぜ」
「ビッ」
「ヌヌヌヌヌヌ、ヌヌーヌ、ヌヌヌイヌン」
「ジョン、デザートかい? ふむ……ササッと蜜豆でも作るか」
「ヌー!」
居住スペースへ移動し、ドラルクとジョンはキッチンへ、ロナルドは浴室へ向かった。先に寒天を煮ておけば、若造が出て来る頃には冷やし固まってるだろう。ロナルドの入浴時間を勝手に目標タイムに設定し、ドラルクは調理を開始した。
◇
ロナルドが風呂から上がると、蜜豆を盛られたガラスの器が二つ、ダイニングテーブルの上に並んでいた。ジョンからスプーンを受け取って椅子に座ると、呆れたような声が背後からかかる。
「せっかちゴリルドめ、髪ぐらいちゃんと拭け」
「あぁ? っ」
反射的に拳を繰り出す前に、頭に被せられたタオルに行動を阻害された。そのまま水気を取るように、毛先、地肌、耳の裏へ柔らかい布が押し当てられる。タオル越しに伝わるドラルクの細い指の感触に、ロナルドは行き場に迷った両手をテーブルに置いた。
何てことない様子で先に蜜豆を頂いているジョンを眺めてどうにか気持ちを静めようとする。美味しそうに食べているジョンはいつだって可愛い。それはそれとして、やっぱり頭を拭かれるのが落ち着かない。
「い、つまでやってんだよ」
「んー?」
声を上擦らせながら頭を上げると、思ったよりも近い場所でこちらを覗き込んでいる赤い目と視線が合う。予想外の距離感にこっちが反応を数瞬遅らせている間に、唇に冷たいものが重ね合わされた。
触れるだけ、でも確かな口付け。
「はい終わり、次は自分で拭けよロナ造。……誘っているなら、乗ってやるがね」
「なっ……はあぁぁぁ?!」
逃げるようにキッチンへ向かう吸血鬼に、咄嗟に丸めたタオルを投げ付ける。見事的中し砂と化したドラルクを見て、ジョンが金時豆を食べながら涙した。
「ウエーン湿ったタオルが絶妙に気持ち悪いよぉ」
「うるせータイミング選びやがれクソ砂」
改めて椅子に座り直して蜜豆を味わう。固まった寒天の清涼感、シロップの中に浸かったバナナのスライスの甘さを噛み締めて、ロナルドは雨の中に突っ込んで火照った顔を冷ましたくなる衝動をどうにか抑えたのだった。