熱を幻視する 電子レンジでぬるめに熱した牛乳へ、人工血液をスプーン一杯分投入。そのまま、赤い色が拡散して色味が均一化するまでかき混ぜる。
「本当にこれだけでいいのか?」
「それ以上入れたら胃もたれ死するから」
棺桶から聞こえた返事にロナルドは眉をひそめながら、言われた通りに作った血の牛乳割りをドラルクへ差し出した。気怠げに身を起こした吸血鬼はマグカップを受け取り、退治人手ずから用意したそれをちびちびと飲み始める。棺桶のすぐ傍ではアルマジロのジョンが水で濡らしたタオルを懸命に絞っていた。
「吸血鬼は風邪引かないんじゃなかったか」
「人間の病気にはかからないが、調子が悪くなる時はある」
見たまえこの顔色、と血色の悪い顔面を指してドラルクは言う。ロナルドには普段との差が分かりにくいがジョンには一目瞭然のようで、ヌヌヌヌヌヌ、と不安げに主人を呼んだ。
「心配してくれてありがとう、ジョン。なぁに、今晩しっかり休めば大丈夫さ」
――今日はドラルクがいつにも増して死ぬ日だった。最初は妙に砂になる回数が多いなと思う程度だったが、料理の味つけを失敗したと悔しがりながら死んだのを見て流石に変だと思い、ジョンと共に問い詰めてみれば、寝起きの気分の悪さからそのまま体調不良に陥ったとのこと。
「吸血鬼というのは精神に肉体が引きずられやすくてね。退屈や憂鬱はそのまま物理的なダメージとなり得るんだ」
「ティッシュ貰い損ねるだけで死ぬもんな、お前」
「思い出させるなアホ微妙に死んだわ。ま、逆に言えば精神が“休んだ”と感じられたら肉体の調子も戻る。今日はゲームも配信もせずにのんびりさせて貰うさ」
言葉の合間合間に牛乳割りを飲んでいたドラルクが、ふと事務所へ通じるドアを一瞥する。ソファに座り様子を見ているロナルドへ視線を戻すと、呆れたように肩を竦めた。
「全く、臨時休業にする程でもないだろうに」
「るっせえな、誰か来た時は出るからいいんだよ」
「ふーん? 素直にドラドラちゃんが心配だって……言っても構わんよ?」
「明日殺すわ」
気合いでデザートを冷蔵庫へ突っ込んだ後で力尽きたように棺桶の中へ倒れたドラルクを見て、ロナルドは仕事モードの退治人衣装から部屋着のジャージへ着替え直した。SNSで臨時休業の旨を報せた後、看病の準備を始めたジョンを手伝ったのである。
心配というよりは、当たり前のことをしている感覚。ジョンが風邪を引いたら当然ながら看病に専念する心持ちだし(急を要する退治には泣く泣く行くものの)、ロナルドが熱を出した時はドラルクが勝手に休みにした(緊急の用件に向かおうとしたら滅多にない剣幕で怒られた。解せない)し、なら今回だって休業日にするのが筋というものだろう。
「やれやれ、これだからツンの出力バグりルド君は――ん、何?」
「いや……」
軽口よりも普段は後ろへ撫でつけられている前髪が降りているのが気になって、ロナルドは何となくドラルクの額へ手を伸ばした。不意打ちで死ぬかな、という予想に反して目の前の吸血鬼は不思議そうに目を瞬かせるのみ。
「こんな時でも、熱とかないんだなって」
ひやりとした額に触れるため、強引に捻り出した理由。ああ、とドラルクが軽く頷く。
「吸血鬼だからね。よほど興奮した時とか感情が動いた時でなければそう上がらんよ」
「ふーん……」
――じゃあ、素肌を重ねた時に焼けるような熱を感じるのは何なのだろうか。体温差に低温やけどでも起こしているのか、吸血鬼の手練手管に翻弄されたロナルドの錯覚か。
「ギャーーーどうした若造急に発熱して!」
「ヌァ?!」
「あ」
ロナルドの指先で塵と化したドラルクに、慌てて手を引っ込める。流石にばつが悪くなったので何かして欲しいことがないか尋ねれば、普段より殊勝な笑みを浮かべた吸血鬼は空のマグカップを差し出しておかわりを所望するのだった。